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第117話 抜きつ抜かれつ

「なるほど、『別解』か」


 ディは配信画面を見ながらつぶやく。

 ピカりの配信はどう考えても、ディたちの配信の後追いをしていた。


 ディがしつこいぐらいデータベース化して『誰でも出来る〇〇層攻略』というような動画と、苦行動画──『死亡遊戯』動画を出しているのに対し、ピカりもまた同じようなものを出してきている。

 ただしパクりではない。コンセプトを同じくして、別解を示すような動画。某動画ではこういう方法をとっていたけれど、こういう方法もあります、というような攻略動画。

『死亡遊戯』めいたこともやっている。というか、ディたちがブームを作って『ダンジョンこもり』というコンセプトを擦る配信者が増えた。その中でダンジョンキャンプをやりだす者、ダンジョン内で食べるものに重点を置いた者、色々いる。


 ピカりはただひたすら潜り、ただひたすら『生活』する動画を出した。


 もともとアイドル売りをしていた配信者だ。その生活に密着している動画には古参のファンの評価がつく。それに加えて『作業用』ということで死亡遊戯配信を巡回している層を取り込んで、作業の邪魔にならないように、しかしブラウザを閉じられないように、『適度なうるささ』を早くも発見しているようだった。


 ディや奈々子ななこからするとちょっと騒がしすぎるようにも思えるが、世間の好みはあっちらしい。いちいち思っていることを全部口に出すスタイルで七日間耐久死亡遊戯をする様子は、視聴者からはウケがよく、一部の視聴者からは『あの状態で七日ずっと過ごせるの凄すぎる』と戦慄されている。もちろん、好ましい戦慄だ。『見なよ、俺のピカり……』と腕組をする視聴者たちがいる。


 流行のコンセプトは擦り倒すべきだ。


 流行は短い。瞬時に切り替わる。だから、何かが流行れば素早くフォローして、人々が飽きるまでに再生数ブーストをかけて、飽きる前には別な乗っかり先を見つける。

 ピカりは『乗っかり』もプロだった。分析が素早く正確で、コンセプト発案者よりもうまくやってのける。

 流行は『先行者有利』と『先行者を見て改善点を見つけ出して改善案を出す後発者』とのせめぎ合いだ。ディたちの死亡遊戯はあまりにも過酷だったが、それでも『ディたちにしか出来ない点』をうまく避けて、独自性を持たせた配信者たちが再生数を伸ばしている。


 それでもピカりが一番強い。

 ディたちがやっているような『深い階層での耐久』を出来る者は少ないが、ピカりはそれが出来る。出来る上に、オリジナリティを加えるのが上手い。加えすぎると別物になるが、加えなさすぎるとパクりになる。リスペクトはいいが、パクりは良くない。このうまく明文化出来ている者が少ないであろう『リスペクトとパクりの違い』を、ピカりは恐らく言語化出来る。そしてその認識能力を活かしてギリギリを攻めている。


 結果、再生数、チャンネル登録者数は、奈々子とピカりで、抜きつ抜かれつ、相乗効果がまで発生して、天井知らずに伸びていっている。


「しかし、魂が崩れかけていますね」


 すっかりたまり場と化したうずめちゃんのアパートには、今日もこたつ布団をどかした卓にイリスが着いている。

 彼女は目をこらすようにしてモニターの中のピカりを見て、「やはり」とつぶやく。


「魂がひび割れている。相当な苦痛のはずです」

「具体的にはどういうことになる?」

「……■△△〇×××」

「…………んんん? なんだ?」

「人間には認識出来ない概念だったようですね……ええと、魂が壊れると来世がない、というのは説明しましたね? それもそれで苦痛の一種なのですが、肉体的な痛み、苦しみは……常に肋骨が折れている状態?」

「息が出来ないな」

「それに、恐らく、指先の感覚がないものと思われます。心臓の鼓動によって血液を体の隅々まで巡らせているのが人体というものですよね? 魂は同じように『気』を全身に巡らせます。そして、魂が弱まれば体の末端から気が送られなくなっていく。気が送られなくなると、だいたい、血が送られなくなるのと同じような症状になります」

「……もう助からないのか?」

「助かりませんね。魂の修復は『世界』の領分であり、神の領分ではありませんから、我らには助ける方法はわからない──というか、助けたいのですか?」


 イリスがじとっとした目を向けると、ディはコーヒーを飲みながら目を閉じて考えこむ。


「……そうだな。自分でも意外だが……助けたい気持ちはある。確かにピカりはあからさまにこちらを狙っているが、現在のところ、その競争はとてつもなく健全なものだ。あいつは凄い。こちらも学ばせてもらっている。確かに邪神の協力者なのかもしれないが、実際のところ、こちらの殺意を呼び起こすようなことを、ピカりは一度もしていない。だから、出来るなら、助けたいと思っている」


「そんなにお人好しでしたか?」


「お人好しと言われると違和感があるな。なんと言えばいいのか……ミズクメを思い出した。ミズクメ、シシノミハシラの強い巫女の……」

「説明されてもなんとなくしか思い出せません。わたくしの興味を惹く対象ではないので」

「……ミズクメは『その世界にとって非常に有益な存在』だった。これを世界から奪うことには罪の意識を覚える。ピカりはそういうたぐいに、俺の中ではなっている」

「あの強さは邪神の力ありきです」

「本当にそう思うなら、お前はまだまだ人間を知らない」

「……」

「俺は、あの努力に敬意を表する。まあ、だから、お人好しとか、有益な存在かどうかというよりも、ただ俺の好みの問題で、どうにかして助けられないかと思ってるという話なのかもしれない」


「好みの問題!?」


 そこで大声を挙げるのは、イリスがいる場所では大抵存在感を消している奈々子だった。

 急に卓を叩いて立ち上がるもので、動画編集作業とスケジューリング作業をしていたうずめちゃんまで奈々子に視線を向けていた。


 集まった視線に奈々子がひるんで、それから一番弱そうなうずめちゃんをにらんでから、腰を下ろす。


「……ディはああいうのが好きなの?」

「努力というのは大抵、評価の対象にならない。けれど、俺は努力こそ評価したい。そういうものだ」

「わかんない」

「頑張る人を見ると、自分も頑張ろうと思える。それが好きなんだ」

「勝手に頑張ったらいいじゃん!」

「そうだな。努力は勝手にするものだ」

「そういうことじゃない!!!」


「すいません、自分、一言いッスか」 


 うずめちゃんが挙手するので、「どうぞ」とディが片手で示す。

 この神らしくない神が言葉を向ける先は、どうにも奈々子のようだった。


「そこの人、今時珍しい鈍感系なんで、かなりはっきり言葉にしないと伝わらないよ」

「知らない!」


 一応のアドバイスだったようだが、奈々子はへそを曲げてしまったので、通じている様子はなかった。

 うずめちゃんはディへ視線を向け、


「……ま、頑張ってる人を応援したい気持ちはね、うん、すっげーわかるんだよね。おじさんなんか、若者の頑張りを吸って生きてるから」

「そうか」

「でもありゃあ助からんよ。神様の奇跡でも無理だ」

「……」

「あのまま、どんどん進んでいけば、ね」

「……活動を辞めさせれば助かる可能性がある?」

「すべてのことに可能性はある。この世に起こらないことなんかない。なんせ、この世界は神様が手綱を放してるからね!」


 手綱を放した本人が言うと、なかなかどうして奇妙な説得力があった。

 ディは考え込み、


「……現状、互いに一進一退でチャンネル登録者数を伸ばしている状態だ。きっと、ピカりはこちらが登録者数を伸ばし続ける限り活動を辞めないし、こちらも登録者数を──『応援してくれる人たち』を取り込むのをやめるわけにはいかない。ピカりは潰せるタイミングになったら容赦なくこちらを潰すだろうからな」

「そう理解してその好感度の高さなんだ」

「やっていることは戦いで、紛れもなく敵だ。だが、敵にも好ましい者はいる」

「サムライの人?」

「俺は侍ではない」

「いやわかってるっていうか……はい、その、続きをどうぞ」

「……ピカりにとりあえず活動を休止……休憩してもらい、これ以上の魂の崩壊を止めようとするなら、圧倒的に、相手があきらめるぐらい大差をつけるか──決着をつけるしかない」

「つまり?」

「コラボしよう」


 そこでイリスがピクッと口元を動かしたので、うずめちゃんは何かを言いかけて引っ込めてしまった。

 しかしそのイリスが視線で『言え』と要求すると、「はぁい」と弱弱しい声を出して言葉を発する。


「おじさんもこれ言いたくないんだけどね。……魂がぶっ壊れてるんだよ、相手は。長くないんだ。このまま、現状維持を続けるだけで、勝手に倒れるんだよ。だから、コラボなんて、今まで避け続けた危険なこと、する必要はないんだよ」

「勝手に倒れるからこそ、仕掛けなければならない」

「だろうと思った」

「それに、考えてみて欲しい。名無しの神は今、間違いなくピカりの背後にいる。だが、ピカりが倒れれば、どこに行くかわからない。あいつの隠密能力は、イリスでも捉えるのに苦労するほどなのだろう? だったら、居場所がわかっている間に仕掛けるのは、もともとの目的にも沿うはずだ」

「って言ってますけど、どうです?」


 イリスはため息をつく。


「……新しい『対象』を見つける際には気配を発します。そこを捕まえてもいいと、わたくしは考えています」

「そうか」

「けれど、そういう方針にしてしまうと、ディ様は『では、こちらはこちらでやる』と言い出すでしょう?」

「心を読んだのか?」

「いえ、これは人間でもわかります。……ですから止めません。いいでしょう、決戦としましょう。もっとも、チャンネルの主人の同意は必要でしょうけれど」


 視線がまた奈々子に集まった。

 奈々子は不満そうにほっぺたをふくらませて、


「やる」

「そうか、では──」

「理由聞いてよ」

「言ってくれ」

「決着、つける。あいつより、頑張ってるから、私。それを、見せてあげる」

「そうか」

「興味持ってよ!!!」

「持っている。それに、努力をしているのも知っている。何せその模様を配信しているからな」

「そうじゃなくて……!」


 ディが首をかしげて奈々子の言語化を待つのだが、奈々子は言いたいことをうまく言葉に出来なかった。

 結果、ふくれっ面で「知らない!」と言って、テーブルに顔面を押し付けてしまう。


 ディはしばらく奈々子を見ていたが、動きがないので話題を進めることにしたらしい。


「では全員の同意も得られたようなので、コラボをしよう。うずめちゃん、スケジュール調整を頼む」


「君たち、おじさんのこと便利に使いすぎだよねぇ!? いやまあこっちからあの黒いのジョン・ドゥの退治をお願いしてる立場だから協力はしますけど!? なんかあってもいいよねぇ、感謝とか!」

「フォンダンショコラを作ってみたのだが」

「やりまあす!」


 かくしてピカりにコラボの打診が出されることとなる。

 その返事は──


 もちろん、快諾、だった。

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