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第116話 天然と養殖

「さて、彼らとぶつかってみることにしましたが──あなたが重視する『勢い』という概念、どのようにして対処しますか?」


 名無しの神ジョン・ドゥは問いかける。


 暗い部屋の中にはモニターだけが輝きを放っていた。

 そのモニターの前で『勝負服』に着替えているのが、チャンネル登録者数500万人超の世界有数配信者『ピカり』。歌って踊って戦えるDSダンジョンストリーマーだ。


 彼女は実力のみでここまでのし上がった──と述べればきっと、彼女の『事実』を知ることが出来る者がいた場合、何割かは反論を述べるだろう。

 何せ彼女は『神』から力を授かっている。それも、この世界の神が与えたものではなく、いわゆる喩え話としての『神から授かった才能』というものでもない。外なる神に求め、神が与えた絶大な力があるのだ。


 これを『実力のみ』とか『努力して』とか述べるのはきっと、同意を示さない者も多いだろう。

 だが、ピカりの視点において、それさえ含めて努力であり実力である。


 差し出した。

 不自由を呑んだ。

 そうして手に入れた。


『神に出会うのは運だろ』と述べる者には、『出会っただけで力をくれるようなサービスのいい神様じゃねーし、そもそも人間生きてりゃ誰だってチャンスに巡り合ったり、巡り合わなかったりすんだろ。その時に成果を掴む決断が出来たのは自分の実力に決まってんじゃねーか。それとも人生で一度も運が良かったことがねーのかよお前』と言い返すだろう。


『持って生まれたルックスと能力があったお陰だろ』と述べる者には、『持ってるものだけ見て後ろで腕組んでそれっぽいこと言ってりゃいい他人は楽でいいな』と鼻で笑うだろう。


『とにかく神から授かった力での活躍が実力なわけない』と述べる者には、『じゃあ、同じ力を手に入れたらお前は同じぐらいになれると思い込んでるわけ?』とかわいく小首をかしげて問い返すだろう。


 人類は平等ではない。良くも悪くも。

 自分の人生を振り返ってみて、自分が世界で一番運が悪くて、世界で一番何も与えられていなくて、世界で一番かわいそうだと心から思い込める者は頭がおかしい。人は誰だって、『誰か』より優れた何かを持っている。

 そしてだいたい、自分が簡単に出来ることは、自分自身で評価しないから、『持っていない』扱いになる。


 人は誰でも何かしらの才能はあるとピカりは思っている。

 人格と才能に関係はないとピカりは思っている。

 そして、才能があって才能に気付ける者は少ない。『自分の才能に気付けるかどうか』、ここを軽視して、ただただ『自分は一番カワイソウ』という悲劇に浸っている、無自覚に主人公気取りをしている自己客観視が出来ないアホは本当に多いと思っている。


 傲慢だ。


 自分自身を精査せずに、自分の中に眠っているもの、それから自分を支える環境、それがどれほど優れているかを気付けないまま、ただただ『成果』を出している誰かを妬んでキーボード叩いてるゴミどもは本当に傲慢だ。


 ピカりは自身を肯定するために多大な犠牲を払っている。

 ……だから。


「潰せない新人が出て来て、脅かされることなんか、別に初めてじゃないし」


 探索者用のボディスーツに身を包み、背中の吸着型ジッパーを上げる。

 地肌を少しだけ綺麗にしたような色のボディスーツの上から、今日の配信で使う衣装を身に着けていく。


「『勢い』はすげーよ。うん、ほんと、すっごい。勢いあるだけで、ヘタクソも、無能も、性格ゴミでも、とにかくすごいものに見える。そんでもって、馬鹿な連中はそういうのに騙される。『誰かがすでに認めてるもの以外は、認めることが出来ない』──自分で自分の『好き』も選べないゴミどもが、この世界で『人間』って呼ばれてる大多数だってのはとっくに知ってるわけ」


 衣装をまとって鏡の前でくるりと回る。

 これは確認作業だ。シワの一つ、変な折れ方一つ、衣装全体のコーディネート一つ。示された『お手本』から違和感を覚える時だけ多くのゴミの脳味噌は人間並みに稼働する。人間は間違い探しが得意な生き物だ。どんな人間でも、何かの違和感を指摘したり、出された意見に反論を述べてる時だけ、『自分、賢い!』とはしゃぐことが出来る。

 そしてちょっとした間違いが、それまで積み上げて来た実績を全部崩す。

『なんか、衣装ダサくね?』という一言を誰かがつぶやいて、『言われてみればそうかも』と同意する人数が多ければ、あっという間に『衣装がダサい』というレッテルの出来上がり。そうして出来上がったレッテルは延々擦られ続ける。擦られ続けたレッテルが『イメージ』につながる。


 だから、演出したい方向以外のイメージを作りそうな要素は、徹底的に潰す。


「だから、勢いには──乗っかるべきだよね」


 鏡の前でスマイル。

 ピカりは『日本の正統派アイドル』の容姿を作っている。

 髪の色は黒。露出は抑えめ。スタイルはあまり見せないような服装を選び、もちろん、服の中身からだを作ることを怠っているわけではない。

 チャンネル登録者数も100万を超えていればアピール先は日本に限らない。けれどそういう人たちに合わせて『世界の基準』を取り入れるのは……発言内容などはともかく、容姿とキャラクターに関しては間違いだ。


 黒髪ロング。

 ツーサイドアップ。

 フリル控えめ。でも要所には加える。

 モノトーンでキメて、チェックとプリーツ。

 ちょっとしたコメディ要素。使う武器はでっかいハンマー。


 ……この、ピカりが『何が世間で人気になるか』を分析して作り上げた容姿。

 猫屋敷ねこやしき奈々子ななこは、天然で最初から持っている。


 アピール用に加えた毒気、追い込むために置いている隙、キレるタイミング、声質、偽装で整えてる感情の起伏。

 ピカりが計算でやっていることを、容姿も含めて奈々子はすべて天然で持っている。

 だが、ピカりが『最初から優れている』という見方をされるのに対し、奈々子はそうは思われない。欠点だらけで、無能スタートで、だんだん印象を良くしていく、『推せる』感じだ。アレを計算ではなくやってのけるんだから、ピカりから見ればブチ切れても仕方ないぐらい『持ってる』側に分類される。


「あたしは何にも持ってない」


 能力はあった。容姿はあった。

 でも、上はいる。


「でも、あたしはいろんなものを持ってる」


 上には上がいる。

『本物』はどうしようもなく存在する。

 自分は『偽物』だ。

 でも、本物を凌駕するものを確かに抱えている。


「ピンチだって初めてじゃない。──さ、見せようか。ちょっと人気に甘えてたかも? ここからは、魂ぶっ壊れるまでとばしてくよ」


 ピカりはこうして完成する。


 名無しの神は、微笑んだ。


「素晴らしい。あなたという乱数に期待します。どうか、世界を完全なるものに」


 興味ねーよ、と返事をして、ピカりは家を出て行く。

 目指す場所はもちろんダンジョン。


 今日の配信は、バズる予感がした。

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