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第115話 敵

「……この動きとこの動き、どう見てもつながらない」


 うずめちゃんの部屋──


 ディによってすっかり綺麗にされたその空間、こたつ布団を仕舞われた場所で豆から挽いたコーヒーの湯気をくゆらせ、ディは動画を見ていた。


 チャンネルは『PIKARIチャンネル』。

 アイドル系有名配信者──最近では『ガチな攻略系』というような色合いまで出してきている、ピカりのチャンネルだ。


 その録画配信を見ながらディが分析する。

『つながらない』とはつまり──


「特典が複数あるようにしか見えない。一つだけの特典ではどうしようもない」


 その言葉に微笑みを深めるのは、イリスだった。

 ただしその微笑みは、教師が優秀な生徒を見るようなものだ。


「さすがです、ディ様。……彼女は四つの特典を宿しています」

「……四つ? 確か……」

「普通の魂は、最大でも一つ。才能ある者でも、二つ」

「限界を超えている、ということか。……超えるとどうなる?」

「魂が壊れます」

「……」

「魂というのは、生命の核。……実のところ、知的生命体の『原初』つまり魂がどうやって生じるのか、その詳しいところのメカニズムは神でさえも完全には把握していません。『世界の核』、ここで言えば『アマノイワト』が生み出しているという説はありますが──」

「世界の謎はどうでもいい」

「──失礼を。そして魂というのは流動する資産なのです。お金のようなものですね。特典を与えるというのは、たとえば、紙幣に名前を書くようなもので、書きすぎれば紙幣としての価値を棄損します。その代わりに、神の名を書くことで、その紙幣にただの紙幣以上の価値を与えることが出来る」

「その『神の名前』を書く余白が普通、一つも書けばいっぱいになってしまう、と」

「ええ。紙幣に喩えておきながら、その大きさは一定ではないと思っていただければ」

「紙幣としての価値を棄損した紙幣は、どうなる?」

「焼却処分──つまり、転生が不可能になります。魂の生産・処分のメカニズムの解明が完全でないので確定したことは申し上げられませんが、恐らく世界の核に還るのだろうと思われます」

「核に還る魂と、還らない魂との違いは?」

「紙幣に触れる者が増えれば、様々な者の指紋がつくでしょう? その指紋が『魂の特有性』を保持します。つまり、個性的になり……個性的な魂というのは、どこに転生・転移しても、特典と無関係に煌めくものです。つまり、価値が出ます。処分されれば、それまで積みあがった価値もまっさらになります」

「ふーむ……まぁ、『魂の価値』についてはわからないでもいいか。とにかく神的には『とんでもないこと』だと」

「……まあ、その理解でいいでしょう。ですから、特典の与えすぎは許されません。せっかく情報を積み上げた魂が台無しになるかもしれない行為ですからね」


 神は『魂が何度転生したか』に価値を見出しているようだった。

 そして特典は与え方を間違えればその価値を棄損する──


「『将来的に転生しなくなる』のはわかったが、『今』はどうだ?」

「もちろん死にます。魂が壊れて死ぬというのは……惨いものですよ」

「……名無しの神ジョン・ドゥが騙して特典を背負わせていると思うか?」

「違うでしょうね」


 イリスの返答は早く、そして、はっきりしていた。


 ディは思わず視線をモニターからイリスへ移す。

 コーヒーを飲み、アップルパイなど食べているイリスは、ディの視線に気付くと、にっこりと微笑みを返した。


 ディは、


「……コーヒーとアップルパイが似合わないな……」

「……………………あの、急になんです?」

「いや、つい……」


 そもそも今のイリスは『神』の服装なので、白い、透けるような不可思議な布をまとった姿だ。

 布面積そのものは多いのだが、イリスの見事な玉体を隠すにはデザインが不向きと着ている。だが、下品さ、淫靡さよりも神々しさが先に来る。そういう服装。

 それがこたつ布団ののけられた四人掛けのこたつテーブルで、コーヒーを飲みながらアップルパイを食べているのは、奇妙に似合わなかった。


 別にコーヒーとアップルパイに落ち度があるわけではなく、神がシアトルのカフェみたいなコーヒーブレイクをしているところに、異質感がものすごいのだ。

 とはいえ出し抜けに『似合わない』と言うのはさすがに失礼なのは、ディも思った。

 ただ口走ってしまうのもしょうがないのだ。ピンク髪とはいえとんでもない美女がおしゃれにコーヒーブレイクをしている。だというのにこんなに合わないことがあるんだ……という純粋な驚きが口から飛び出してしまったのだ。


 ディは素直に謝罪することにした。


「すまなかった」

「本来、我々は食事を摂ることがない存在ですから」

「いや、うずめちゃんは似合いすぎるぐらい似合っているのもあって、つい」


 しかしこっちもこっちで、首もとだるだるで『お前、見ているなッ!』と文字がプリントされた白いだぼだぼTシャツを着ているもさもさ髪の女神に頬張られていると、なぜだろう、アップルパイはコンビニで買った二百円以内の品のように見えるし、コーヒーはインスタントに見える。別にコンビニアップルパイとインスタントコーヒーに落ち度があるわけではないのだけれど、あの神はすべてのものをどことなくお安く見せる雰囲気があった。


「それで──」

「では逆に、誰がアップルパイとコーヒーが似合うのでしょう」

「その話題を続けないといけないか」

「あなたが始めた雑談でしょう?」


 何かがイリスの何かに火を点けてしまったらしい。

 そうなるとディも『何か言いつくろうべきなんだろうな』と思いつつ、嘘をつくこともしないので、こう答える羽目になる。


奈々子ななこが一番似合っている」


 予想通りイリスの視線が厳しくなり、うずめちゃんが『ここにいません』と言いたげにモニターの前で身を丸くして存在感を消し、普通におやつを食べていた奈々子がアップルパイを喉に詰まらせた。

 ディはここで気付く。


(もしかして女性三人と逃げ場のない部屋でコーヒーを飲んでいるこの状況、ものすごく気まずいのでは?)


 発言一つがこれほど一気に空気を変えるとは思っていなかった。

 特に最近は、イリスから奈々子への態度も和らいできている──最初が敵対状態に近しいものであり、今も別に仲良くはなっていないので、『冷戦状態』と述べるべきかもしれないが、表面には問題が生じない状態にはなっていたのに、逆戻りした。


「すまなかった」


 ディは謝った。それ以外にどうしていいかわからなかった。

 謝って、


「それで、イリスは名無しの神の行動に確信を持っているようだが、根拠はあるか?」

「普通に話を続けるのがディ様らしいと思います」

「どうしようもない問題を前に答えの出ない悩みを続けるのは時間の無駄だ。俺には謝る以上のことは出来ない。償いの方法があるならば提案して欲しい」

「はい、わかっています。……根拠というほどのものはありません。ですが……なんとなくわかってしまうのです。神は基本的に嘘をつかない……つけない、という前提のもと、それでも『事実を隠す』ということは出来ます。けれど、あの神は特典を与えるなどの重要なことを、相手の要求無しにしないように思えるのです」

「根拠ではなく、性格読みか」

「あの神は、性質としてわたくしに近い」


 そう言うイリスはわかりやすく不機嫌だったので、うずめちゃんと奈々子が、不機嫌さにあてられて動きを止めていた。

 イリスは「失礼」と笑って怒りを引っ込め、


「恐らく、外なる世界において、わたくしと同じ役割を負っていたモノなのではないでしょうか。……神というのは職責に個性がかなり影響されます。自然神などがわかりやすいですね。雷を司るモノは、人の『雷』に対するイメージにかなり性格を左右される──という感じです。その結果、同じような役割で、性質も似てしまっているのではないかと」

「俺の視点では、そう近そうにも見えないが」

「それはいいことです。……ですが、個人的には共感も覚えますし、やろうとしていることも理解出来ます。本当に、少し前のわたくしであれば、目こぼしして、力を貸したように思うのです」

「ふむ。では信じよう。……つまりだ」


 ディはモニターに視線を戻し、


「……あいつはタカシのように、真実を伏せられて、都合のいい物語を吹き込まれた者ではない。自分の意思で望んで、リスクを呑んでまで力を得た──ということになる、か」


 ……ピカりと戦うと決まったわけではない。

 ただ、向こうは接触をしたがっていた。うずめちゃんの能力を活かしたスケジュール調整で、のらりくらりと断ってはいたが……


 きっと、接触することになる。

 それに、戦いにもなるのだろう。……ディは今のところ、ピカりから被害を受けていない。だから、邪神の息がかかっている者とて、すぐさまこれと敵対するというつもりはなかった。


 だがそれは、火の粉が降りかかった時、払いのけるのをためらうという意味ではない。


 ……戦いになる。

 そういう、気がする。


「努力のしがいがありそうだ」


 覚悟し、自覚的に『特典』を振るう者。

 これは紛れもなく、これまでで最強の敵だった。

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