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第122話 猫屋敷vsピカり 3

 ダンジョン探索配信は偶発的に始まった文化だ。


 そもそもこの世界の神──うずめちゃんはダンジョン配信というのを意図していなかった。

 彼女がやったことは『権能のほとんどを手放し、ダンジョンという名のアマノイワトに続く「人間が通れる道」を具現化すること』だけだった。

 だが世界の核に降りていくダンジョンという名の閉鎖空間が、中で犯罪が行われたり、反社会的な組織のたまり場と化したりという危険性を孕んでいた。

 その対策として政府が『ダンジョン内での行動の撮影の義務化』を作り、ダンジョンに潜る者はカメラを所持し、これを常に起動していることと定めた。


 そもそもその時代のダンジョンは政府の選んだ公務員が潜るものであった。

 だが、このダンジョンに鉱山的な資源があるとわかり、なおかつ、いわゆるところの『安定したマイニング』──設備を作って放置したり、政府公認の、ようするに『一つの団体の意図で動く大人数』が入れないことが分かっていく中で、民間からダンジョン探索者を求めるしかない流れになっていった。

 そこで、先に決まりが出来ていたので、民間の探索者にもカメラを使用させ、その探索の様子を撮影させることになったのだ。


 ……その時ちょうど黎明期であった『動画配信』『個人が行う生放送』と、『撮影の義務化』とが結びついたのは、必然であったのだろう。


 ダンジョンが出来てから政府がいろいろなものを整備してきた時間と比べれば、まさしく『一瞬』と言える時間でダンジョン配信は文化として成り立ち、各国政府はこれをコントロールするために奔走せねばならなかった。

 何せダンジョンは危険であり──死ぬ可能性もある。

 深層に行けば行くほど、その危険性は高まる。普通の者は、30階層に到達出来ただけでも凄い、素晴らしいと大絶賛されるし、そういった実力者が20階層あたりでうっかり死んだりする。そして、死亡の様子が動画になって配信されてしまうというショッキングなことも起こる。


 ショッキングなことは人気が出ない。

 グロやゴアなどを本当に好むのは一部の者だ。出来れば痛そうだったり、人が死んだりという様子は見たくないのが大多数で、『死ぬと炎上する』(どうして安定した探索をしなかった、どうして油断した、人が死ぬシーンは不快だから配慮してください、などの文句が死者のアカウントに大量に寄せられる)といったことさえ起こった。


 そんな世の中で、50階層を踊るようにしながら駆け抜けていくその人は、一体どういうことなのか。


「だからさあ! なんで無言でやるの!? もっと声出せ!」

「何をだ?」

「その50階層の難敵を一撃で倒すやつだよォ!」

「声出せとは、どういう声を出せばいい?」

「解説とかさあ! あと『うおおお!』とか叫んだりさあ! もしかしてダンジョン配信は見たことない!?」

「いや、ある。だがあれは苦戦の中でシャウト効果を狙ったり、冷静になれないピンチの中で自分を落ち着かせるために現状を言葉にして把握してるのではないのか?」

「そういう人もいるかもしんないけど、大体はわざとやってんの!!! 動画として映えるから!!! ガチで勝てるかどうかわかんない相手に挑んでる動画配信者なんかいねーよ!!!」


【ピカり、ぶっちゃけてるな】

【まーた他の配信者に怒られる】

【得意技は炎上】


 口喧嘩をしながら駆け抜けていく。

 ……というよりこれは、喧嘩ではなかった。


(なるほど、こうして演出するのか)


 ピカりが、キレて『見せている』。


 重要なのは危機感と安心感のバランスだ。

 偶然にも『猫屋敷ねこやしきさとしを探していますチャンネル』は、世界記録保持者執事が後ろで見ていることで『決定的なピンチ』はないと視聴者が安心し、なおかつ、奈々子ななこがキレたり泣き喚いたりと本人視点では本物のピンチの中に放り込まれたりすることで、人がピンチに陥っている様子を笑って見ていてもいい環境が形成されていた。


 だがディが表に出てしまうと『危機感』がない。求められているのはあくまでも『決定的なことにはならないピンチの中で必死に大騒ぎしながら立ち向かう様子』なので、ただただ安心できる実力で安定した攻略をしていくだけのものは、つまらないのだ。


 だから、別な場所で『危機感』を確保する。


 ピカりが今、やっているように。


「しかし難しいな。声を出すタイミングになったら言ってくれ」

「今だよぉ! 今!!! 今、すっげー硬いヤツをノールックで一撃で斬ったやつ!!!」


【執事なんもわかっとらんくて草なんよ】

【まあ実際、執事からしたら全員平等に雑魚だからな……】

【しかも横にピカりいるからな、今は】

【今は「どれ、ちょっと重り(猫屋敷)を外すか……」状態なので】

【チャンネル主が重り扱いされてて草】


「あたしが苦労して倒してるヤツを雑魚扱いされるの傷つくんだけど!」

「しかし実際、そう難しくはない相手だ。……なるほど、解説をするタイミングか」

「そうだね!」

「あいつは岩のような体をしていて実際に硬いが、額にある幅2mmほどの隙間に刃の先端を差し入れて押し込むと簡単に倒せる」


【すいません、なんて???】

【70階層まで30分で行こうっていうペースで走りながら出来ていいことじゃないんですよ】

【ピカりのお陰で言語化を始めてくれたから、執事のヤバさの解像度が上がった。サンキューピカり】

【いいね2回押しとくね♡】

【3回押せ】


「今通り過ぎた蜘蛛のようなのは本体ではなくて爆弾のようなものなので、ソロだったら無視して本体に直行するのがいい。今は後ろに奈々子がいるから分解した」


【ソロで来るとこじゃないんですよ】

【人間にも出来る対策を語ってくれ】

【分解って何???】


「関節に刃を入れて外した。ダメージを与えすぎると爆発するのでダメージを入れず動きだけ奪うのがコツだな」

「は、ヤバ」


【今日はピカりの素がたくさん見られて素敵な日だ】

【後ろで猫屋敷が死にそうな呼吸してる】

【(猫屋敷、今日も死にかけてるな)】


 無双している本人がヤバいというのは、『安心して笑っていい危機感』だ。

 ピカりはここを理解して、それが出るようにディを誘導した。

 誘導されてみればわかる。なるほど、こう魅せるのか、と。


 今までこのチャンネルは突っ込み役が視聴者だったが、ピカりがリアクションを担当することで、驚き方がわかりやすくなった。

 やっていることは単純だが、気付けた視点と、細かい技術がやはりある。


「勉強になるな、ピカりさん」

「いや何一つ常人に出来ていいことじゃねーんだわ」

「? ……ああ、いや、俺の語るモンスター対処ではなく、動画の見せ方──」

「それより前見ろ。よそ見運転は荒れるから!」


 ピカりに言われて前を見るが、別に見なくとも壁のようなモンスターがそこをふさいでいるのは理解している。

 だから要するに『話題を逸らされた』ということなのだろう。この情報は視聴者向けではないのだ。


【もうピカりが相棒でいいんじゃないかな】

【猫屋敷奈々子を探しています】

【後ろでゼイゼイ言ってる】


「ところでピカりさん、動きが鈍っているようだが休憩は入れるか?」


 ディの視点において──


 ……近くで見て、改めて、わかる。


 ピカりは壊れかけていた。


 動画でも注意深く観察しないとわからないぐらい──しかも『名無しの神がかかわっている』という前提で、チートというものが存在する前提で観察しないとわからないぐらいに、ピカりの偽装は完璧だ。


 だが、こうして真横でいろいろ言われていればわかる。

 ピカりは途中から動けていない。横で突っ込み役に回っているだけだ。

 かなりの速度で駆けているのでわかりにくいが、横で見ていれば手指が震えているのもわかる。


 常に肋骨が折れているとか、末端に血が巡らないとか、人間用に喩えればそういう症状だと女神イリスは言っていた。


 肋骨が折れたら動けないし、息も出来ないのが普通だ。

 末端に血が巡らなくなれば冷えて動きがにぶる。

 そういう症状のまま動き回れば呼吸が苦しくてたまらなくなるはずだ。


 だというのに、ピカりは苦しむ素振りを見せない。

 真横で、事前情報を持っているディだからこそ気付けた『壊れ方』。

 ……どのような忍耐力なのだか想像もつかない。


「何、煽ってんの?」


【乗るなピカり! 戻れ!】

【煽り判定がガバすぎる】


「煽っているつもりはない。心配している」

「それが煽りだって言うんだよ。……知らないわけじゃないでしょ? あたしら、敵同士だから」


【お、そういえばそうだったな】

【本当に70層から先は互いにソロでやるんですか? なんのためのコラボ?】

【ピカりのお陰で執事のヤバさの解像度上がったろ】


 もちろん──


 視聴者は知らなくても、ディにはわかる。


 ピカりとディとの関係は、それぞれ、神の戦いの代理、あるいは前哨戦だ。


 ディの目的がどうしようもなく名無しの神の完全殺害である以上、事に及ぼうとすればピカりは立ちふさがるだろう。

 特典を与えた神が死ねば、与えられた特典もなくなる。

 ……それで『許容量以上に特典を負った傷』がなくなれば話はシンプルなのだが、そういうことではないらしいのだ。


 だからきっと、名無しの神との戦いが起こるなら、ピカりとは殺し合うことになるのだろう。

 今、名無しの神を殺されても、彼女は失うだけなのだから。


「……俺としては、あなたと敵対する理由はさほどないという考えではあるが。まあ、譲れないものはあるか」

「お前が決めた動画コンセプトだろ。完遂しろよ」


【そうだぞ執事、猫屋敷がピカりにボコボコにされる図を俺たちに見せてくれよ!】

【猫屋敷をボコボコにするとそこの保護者が本気出すんだよなあ……】


「あたしに情けをかけるな。あたしを憐れむ資格は誰にもねーんだよ」


 そのつぶやきはマイクの向こうに届かなかった。

 だが、ディには届いた。


「……なるほど。失礼だから全力を出す──そういうのもあるのか」


 互いに互いを嫌い合っているわけではない。

 むしろ、認め、尊敬している部分もある。

 憎めないし恨めない。そういう展開にはならなかった。


 だが、倒す。

 それも、ナボコフとの殴り合いのようなものではない。ゴールにはどちらかの死がある。そういう戦いをしなければならないのだ。


 とはいえ、ここまで言わせて『それでも』と食い下がるディではない。


「わかった。やるか」

「ハッ。シンプルでいいね本当に」

「とはいえ動画コンセプトは守る。あくまでも迷宮最奥を目指すのが優先だ」

「先にたどり着いた方が『力』を得るらしいじゃん? その力であんたらをボコボコにしてやるから」

「そうだな。気を付けよう」

「……煽りがいのねぇやつ!」


【ちょっとマイク音量間違えてたんとちゃう? ままええわ】

【あらすじ「ピカりが執事を煽った。執事には効果がなかった……」】

【聞こえなくてもだいたいわかった】


 迷宮最奥に肩を並べて進んでいく。

 ……いつか向かい合う時が来るまでは、同じ方向を目指して、進んでいく。

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