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第121話 猫屋敷vsピカり 2

 登場、撃破、進行。


 ディの速度は本当にすさまじかった。


(…………いや、速いのは知ってたけど……これただ突っ走ってるだけじゃねーな。本当に一匹もモンスターが抜けて来ないでやんの。はは、何これ)


 ピカりは思わず、素の笑いを──あきれたような、疲れたような、苦笑を浮かべそうになった。


 露払いとか、先行索敵とかいうのは、『漏れ』を前提としたものだ。

 とにかくさっさと進むという工程は、最近の深層攻略が増えた配信動画にはよくあるものだった。そこで開発されたのが『斥候スカウト系が索敵しながら先導するスタイル』──『深層ダッシュ』と呼ばれるものになる。


 索敵能力の高い斥候系のDSダンジョンストリーマーが先行しながら偵察し、敵や罠の位置を発見し、処理できそうなら処理、できなそうなら後ろに警戒を呼び掛ける、というものだ。

 基本的に深層に挑むような極まった連中がやることなので、そういう『ただ目的の層まで流して進んでいるだけ』という様子でも見ごたえはかなりある。素早いやりとりのために暗号化された不思議な言葉が飛び交う中、モンスターと罠を処理してぐんぐん進んでいくスピード感は、それ単体でコンテンツとしての価値を持つほどだ。


 で、そういう連中、基本的には最戦闘に索敵専門、そのやや後ろに索敵が割と出来る前衛、その後ろに索敵能力に不安が残る者が続く、という感じだ。

 索敵能力に不安が残るのに深層に挑むパーティに入っているというのは、つまり『それ以外』が優れているわけで、先頭が処理しきれなかった敵を一撃で豪快に処理する様子などは、『深層までのダッシュ動画の華』という感じになる。


 で、そういうコンビネーション前提の『走りながら索敵して道々の敵や罠を破壊していく』『深層ダッシュ』を、今、ディが先頭でしているわけだが……


(……本当におかしいな、コイツ)


 ピカりの四つある特典チートの中には、危機を感知するものがある。

 名無しの神ジョン・ドゥの授ける特典はだいたい『世界観』を背負うもの、神から奪った『その世界の力』である。


 なのでピカりの危機察知能力はただ単純に敵の居場所がわかるものではない。

 悪意や敵意が疑似的に温度で感じ取れるようになるものだ。


 ただの索敵よりよほど直感的で正確なこの特典による索敵に、本当に罠もモンスターも引っかからない。


(あの速度で一つも漏れがないって嘘でしょ)


 攻撃力が高いのも、防御力が高いのも知っていた。

 ソロで世界記録を保持するほど深い場所まで行っているのだから、もちろん索敵能力も高いのだろうとは思っていた。


 だが、これはただ、『能力が高い』というだけの話には思えなかった。


(執拗──『後ろに絶対に危険を通さない』っていう信念)


 ピカりはディの後ろに続きながら、横を見る。

 そこでは、


「ねぇ! ディ! ディ! ちょっと! 速い! 速いってば! 疲れる! 疲れるから! このあと戦えなくなったらディのせいだからね!!!」


 めちゃめちゃ文句を言いながら駆ける猫屋敷ねこやしき奈々子ななこの姿がある。


 ピカりはその姿を見て、思わず鼻で笑いそうになる。


 猫屋敷はまったく『漏れ』を警戒していない。

 武器さえ手にしていない。意識も完全にディに向いていて、周囲をまったく警戒していない。


(ああ、これは『推せる』)


 動画配信者としてのピカりは冷静に分析してしまった。

 ただ文句を言っているだけの女は不愉快だが、文句の裏にある信頼が読み取れればそれは『カワイイ』になる。


 猫屋敷奈々子の根底にはディに対する絶大な信頼があった。

 子犬、あるいはひな鳥のような信頼──この見た目であの幼さで、こうしてディに対して絶大な信頼を抱いている。なるほど、猫屋敷の不思議な人気にも納得がいく。この女は、『女』というより、『子犬』とかの動物カテゴリで人にかわいがられているのだ。


 女はかわいくなるか、エロくなるかしかない。

 表で言えば大炎上に決まっているが、ピカりはこれを真実だと思っている。釣りやバイクの動画でことさら体を見せつける服装をするのはなぜか? ただの旅の動画で鼻にかかったような甘くて高い声を出すのはなぜか? それは、視聴者に『かわいい』か『エロい』という気持ちを抱かせるためだ。


 人気の配信者は声やしゃべり方を作る。基本的には声は普段より高めに、リアクションは普段よりだいぶオーバーに、それから、よくキレるように心がける。キレる、つまり困っている様子を見せると人気が出やすいからだ。


 猫屋敷はやはり、そういうのを素でやっている。


 声が高い。骨格や年齢から考えれば素の声はもう少し低いはずだ。だが、常にディがいるから、常に甘えた声になっている。

 しゃべり方が幼い。これも恐らく素だろう。あの性格が『マジ』だとすれば、精神性はかなり幼いはずだ。普通にしゃべってこの感じになるのは、本当に強い。

 それだけだとただのいけ好かない女で、見ていて幼さが鼻につくだけのわがままな生き物にしかすぎなかったはずだ。だが、こうして無茶ぶりをされているとかわいい。無茶ぶりをされながらも必死について行く様子で許される。


 そばで見て、改めて思う。


 ディは強敵だ。──探索者として。

 そして猫屋敷奈々子も強敵だ。──配信者として。


(猫屋敷は天然モノ──だけど、それを活かしてるディは考えてやってる方だと思ってた……ん、だけど、なんかそういう感じじゃねーんだよな? え、まさかあの鬼畜執事スタイルが天然で、ダンジョンにひたすらこもって深層まで行くのも、天然でやってる???)


 奈々子を引き立たせるために死亡遊戯なんぞを始めたかと思っていたが、ディの言動には『作ってる人』特有のブレがない。

 そもそもDMからしてそうだった。ある程度は考えているし、ある程度は社会性があるし、ある程度は作っているのだろうなというのはわかるのだけれど、そもそも『素』がかなり一般とズレている、業界特有の社会人仕草に感じられたのだ。そして、その感覚は本人と話せば話すほど正しかったと思える。つまり……


(このチャンネル、二人ともおかしくて、二人とも天然なのかよ)


 才能。


 間違いなく、ピカりより『持っている』。


 だから、


(上等じゃん)


 燃え上がる。


 ピカりは自律放火装置などと呼ばれるぐらい、炎上まがいのことをたびたび起こしている。

 もちろん計算してのことだ。ガチの炎上まではいかないが、炎上して騒ぎになって、『今、自分を見ている人』以外に自分という存在を拡散させるために、あえて炎上しやすいキャラでやっている。

 人は議論する時には熱心に情報を広げたがるものなので、議論、特に『発言の是非』のあたりを論じたくなるような炎上を心がけている。すでにチャンネル登録をしている連中の中で評価が真っ二つになるような炎上なんかが最高で、なおかつ政治や民族、人種をこき下ろすという『発言者の品性を否定して終わりの単純な炎上』ではないものを提供しなければならないので、難易度は高い。だが、やってきた。


 しかしそれとは別に、ピカりは苦境にあればあるほど燃え滾る性格をしていた。


 ピカりがよく火や炎というものを装飾されるのは、ネット上の炎上がきっかけとしても、自分に似合っていると思っている。


 常に火が点いたような人生だった。

 最後、燃え尽きる一瞬まで、強い炎でありたいと思う。


「ディさ~ん♡」


 彼氏がいる男には媚びる。そういうキャラだから。

 時々マジになって燃えてくれる人がいるのはありがたい。男に粉をかけるというのはビッチ扱いされて冷める者も多いのだけれど、DSというのはどうしても実力で絡む相手が決まるため、男とのコラボを避けにくいという背景がある。そのため、男を見たらとりあえずあからさまな──あからさま過ぎてまともな相手なら『冗談でやってるな』と思う範囲で好き好きアピールをすることにしていた。


 たまにガチでなびくヤツがいる。

 火種にして捨てる。


 ディはといえば、ピカりを振り返る視線には恋愛感情が一切なかった。

 ピカりはファンからはある程度の警戒と『同性扱い』をされるような気安さがある──そう演出しているが、見た目も整えているだけあってかなりいい。これに甘えた声ときらきらしたお目眼を向けられてちっとも心が動かない男というのもそういないのだが……


(なんなんだこいつ? 昆虫?)


 ディの目には感情の乱れも、なんなら、ピカりに対する単純な興味も見えなかった。

『呼びかけられたので振り向いた』以上の情報が動作や表情から伝わってこない。

 それは人間というよりも、昆虫などの、もっと感情が理解し難い生き物をピカりに連想させた。

 ……名無しの神を思い出す。あの男神も、表情こそ笑っていて、顔の造りこそいいが、反応や表情が人間のものではないのだ。ディは、それと同じ系統に属すると、ピカりの勘は告げていた。


「どうした」

「あのー、ちょっと変わりましょうか~?」

「平気だが」

「うんわかった、正直に言うね。淡々と無双されても尻しか見るとこないから、動画としてつまんないんで、変わるね?」


 ピカりが『ぶっちゃけ』を演出すると、ディの体の周囲にコメントが流れる。


【ピカり、よう言うた!】

【なんだろう、このスピード感でこれだけ動きがないって感じるの、珍しいですよ】

【速すぎて逆に止まって見える】

【それとは違うと思うけど、なんかこう、や、凄いことしてるのはわかるんですけどね】


 ディはコメントの反応を見て、二秒ぐらい考え込むように視線を俯けた。

 ……なお、その間も進んでいて、見もせずにモンスターを処理し、罠を解除し、走り続けている。

 もっと演出すればもの凄いシーンに出来るのだが、当たり前のようにやりすぎててつまらないので、もったいない──というのは、ピカりが動画編集も自分でやっているがゆえの感想だろう。


「しかし、ここから先は50階層だ。80到達者でもキツくなってくるはずの場所だし、あまり体力的負担を負わせたくはないな。公平性の観点から」

「それ言い出したらスパチャの問題があるでしょ。ようするにさあ、そっちばっか事前に『魅せ』るのは不公平じゃね? ってこと」


【まあそれはそう】

【スパチャは戦う力だからな】

【でもこの執事の深層ダッシュ見ててもスパチャ贈ろうって気持ちが全然わかないんスよね】

【執事の後ろで悲鳴挙げてる猫屋敷にはすげースパチャ贈りたい気持ちになるぞ】

【だからそこが不公平だっていう話をしてんだろ】


「……なるほど。そういう指摘は助かるな。さすがだピカりさん」

「いや真面目か? っていうかあたしのチャンネルでも配信してるのにずっと執事のお尻を見てる配信は趣旨わかんなくてヤバない? って話なんだよね」

「歌ったりしないのか?」

「深層ダッシュしながら!? 歌を!?」


【猫屋敷、新しい苦行よ!】

【深層ダッシュしながら歌うの、息切れヤバそう】

【ミュートのせいで気付かないけど、猫屋敷がだんだん無口になってるからな】

【普段の倍のペースで走ってるので……】

【っていうか15分で50階層に入るの? これ一時間じゃなくて30分ペースで走ってないか?】

【執事が実際に発言したよりヤバい苦行を猫屋敷に課すのはいつものことだろ】

【巻き込まれてるピカりさんがかわいそうだとは思わないんですか!?】

【このチャンネルとコラボしたらそうなる宿命なので……】


「わかった、ではこうしよう。右側を俺が、左側をピカりさんが、そういう感じで行くか」

「いやだからさあ!」

「面白くしてみてくれ、俺の『深層ダッシュ』を」

「……」

「動画配信を始めたせいかな、そういうことに興味がある。プロの腕前を知りたいが、いいだろうか?」


 ピカりは一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 だが、意味を理解して──


 つい。

 素の、心のままの。

 ……あの日、ダンジョンで死にかけたあと、名無しの神に救われたあの時のような、笑顔が、出て来た。


「上等じゃん。じゃ、ここからはあんたの無双じゃなくて──あたしの動画を、始めるよ」


【ピカり、火が点いたな】

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