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第17話 スキルの使い方

 振り下ろされた斧は、固い何かによって弾かれた。


「何だ!?」


(これは……)


 木の枝だ。伸びてきた枝がアレンを狙った斧の攻撃を防いだ。一本一本は細いが束になることによって防壁となっている。


(植物……確か、トレント族か)


「アレン! 逃げて!!」


 エミリアの声が飛んだ。なんとか立ち上がろうとするも足に力が入らず立ち上がれない。


(くっそ……)


 予想以上にダメージが大きい。痛みに耐えているだけでも精一杯だった。


(でも、ここがチャンスだ。形勢逆転を狙うなら今しかない)


「こなくそぉっ!!!」


 もう一度、男は体重を乗せた一撃を放った。枝がしなり何本かが糸が切れるように切れていく。


 アレンは息を吐き出すと、目を大きく開けた。色のない黒い瞳にあらゆる情報が映し出される。


(エミリアたちは20、いや30の人数はいる。これだけの人数ならギルド員とも対等に戦えるだろうが、ここに辿り着くまでにはまだ時間がかかる。──攻撃範囲は、トレントのユニットがとんでもなく広いが)


 今はアレンを守るのに費やされている。防御ではなく攻撃に転じれば、全員が揃うまで時間を稼ぐことは可能。


 アレンは握ったままのナイフに力を込めた。


『生き逃げろ、アレン』


 グリングの言葉を思い出す。何度も何度も口癖のように呟いていた言葉。前世を悲惨な死で迎えたアレンは、生きるために逃げることを選んだ。どんな理不尽な目にあっても、生きるためになるべく戦いを回避し逃げ続けてきた。


(違うだろ、グリング。逃げ続けた先に生はない。本当に生き逃げるためには、戦わないといけない)


「アレンっ!!」


 エミリアの声に呼応するようにアレンは立ち上がった。猛烈な痛みに耐えるために腹の底から声を張り上げて。


「何っ!!」「立ち上がった!?」


 アレンはさらに一歩踏み出すと、ナイフを逆手に持って振り上げた。


「馬鹿め、守られてれば助かったものを!!」


「馬鹿はお前だ」


 刃物のように鋭利な枝が厚い鎧を貫いた。アレンが動ける以上、守る必要はない。わざわざ身体の向きを変えて隙だらけの人間に致命的な一撃を食らわせるのは難しいことではなかった。


「……うぐっ、くっ……」


 男は地面に倒れた。兜の隙間から血がポタポタと垂れていく。斧が手から離れると赤色から元の鉄の色へと戻っていった。


(残り7人。そして──)


「アレン、大丈夫!?」


(こちらは二十数人)


 残ったギルド員を挟むようにエミリアと連れてきたスラム街の住人が到着する。アレンはエミリアに向かって頷いてみせたが、ふわっと身体の力が抜ける。よろけたアレンを柔らかな枝が支えてくれた。


 枝の先を見ると柔和な顔の緑色の老婆。


「フレヤさんありがとう!」


 エミリアは隣にいたフレヤに笑顔を向けるとすぐに厳しい表情に変えた。


「後はこの人たちを倒すだけだね。アレン! 指示を出して!!」


 役目を終えたつもりでホッとしていたアレンはエミリアの突然の提案に眉をひそめる。


「……指示だと?」


「そうよ! 言ったじゃない! あなたの力は私が使ってあげるってね!!」


 エミリアは腕を組むと不敵な笑みを浮かべた。


(あいつ……秘密にしていないといけないのに……いや、スキルと言わなかっただけまあいいか)


 赤い敵ユニット達がそれぞれの武器を手に動き始めた。


「隊長がやられた!」「人数が多いぞ!」「関係ない! こっちは聖ギルドだ!」


 武器を持ったはいいが頭がやられたからか統制はまるで取れていない。アレンとスラム街の住人達に身体を交互に向け、明らかにどちらを攻撃するか迷っている。


 この状況、この場合、取る手は。


(一斉攻撃しかないだろう)


 アレンは傷口が痛むのも構わず大声を張り上げた。


「エミリア! スラム街の住人がどんな能力を持っているかはわからない! だが、今やるべきことは全員で突撃だ!」


「わかったわ!」


 エミリアも大声で返すと後ろにいる仲間たちへと顔を振り向けた。


「みんな、聞こえたでしょ! 全員で──今までの恨みつらみギルド員にぶち撒けて!!」


 一斉に声が上がった。天に向かって高らかに伸びる声は、オーケストラの合奏のようにアレンには聞こえた。


「えっ、ちょ、突撃……?」「マズいっていくらなんでもあの人数じゃ──」「臆すな! 戦うぞ! 正義は常に我らにあるんだ!!」


 怯える鎧姿の様子を見てアレンはにやりと笑む。


(そうか──これが、このスキルの本来の使い方)


 青色のユニットと赤色のユニットが交戦し合う。圧倒的に有利な展開だった。ギルド員が剣を振るうものなら後ろから攻撃される。弓を放とうとするのなら接近されて詰められる。魔法は詠唱前に領域に侵入されて発動することができない。


 アレンの目はそれらの動きを全て捉えていた。味方と敵の一挙手一投足が把握でき、どこに隙があるかどうすれば活路を見出だせるのか、勝利への道筋を計算することができる。それはやはりゲームのようだ。将棋や囲碁と同じ、もっと言えばシミュレーションロールプレイングゲームと同じ。


 この目があり戦力があれば、あとは的確な指示をすることさえできれば逃げることなく真正面から戦うことができる。


 ギルド員が全員倒れた後、フレヤは全員を一箇所に集めて枝で拘束した。隊長を含めて誰一人死んでいるわけではないが、これで当面の脅威はなくなった。


 ──はずだった。


 アレンの目に大勢の緑色のユニットが現れた。


「エミリア! すぐに全員を遠くへ逃がせ!」


「えっ、急に、どういうこと?」


 場所はまだ遠い。だが、ぐんぐんとスピードを上げて近付いてくる。その中に一体だけ赤色のユニットが混ざっていた。これだけの人数を集められるのはギルドの力でしかなかった。


「ギルド員だ! 大勢のギルド員が向かってきている!! このままじゃ取り囲まれるぞ!!」


 ギルドへの反逆は国家への反逆と見なされ罪となる。捕まってしまえばどうなるのかわからない。


 皆、混乱していた。迫る足音も聞こえず、アレン以外には状況を正しく把握できる者はない。


「みんな! とにかく、逃げて!!」


 エミリアに促されて皆、散り散りに逃げ出す。あろうことかギルド員側に逃げる者もいたが、もう収拾がつかなかった。


 エミリアがアレンの側に走り寄ると手を掴んだ。後ろからはずっとアレンを支えてくれていたフレヤもいる。


「アレンも逃げよう! フレヤさんも逃げて!」


 フレヤはふるふると首を横に振った。試すようにピンク色の目がじっとアレンを見る。


「どうしたの? アレンは私が連れて行くから、フレヤさん早く!」


(状況を理解してくれているんだ。俺はもう一人では立っていられない。でも)


「離して大丈夫だ。行ってくれ」


「そうだよ! フレヤさん大丈夫だから! 私が必ずアレンを連れて──」


 アレンはエミリアの柔らかな手を振りほどいた。


「行くのはお前もだ、エミリア。ケガ人を庇って逃げられるような状況じゃない」


 きょとんとした青い瞳が瞬いた。


「何、言ってるの……? 一緒に逃げないと!」


「おかしなことを言ってるのはお前だ。俺とお前は成り行き上一緒に行動してただけだろ? 逃げられる今、逃げないでどうする!」


 敵がもう接近してきている。緑色のユニットは素早く2列に編隊し、狭い一本道を移動し始めた。


「……本気で言ってるの? アレン、私──私は」


 ギルド員側に逃げてしまった味方のユニットが事態に気づいて反対側へと動き始める。しかし、捕縛されたのか一人ずつ動かなくなってしまった。


「時間がないんだ! 行け!!」


 唾が出そうな勢いで怒鳴ったアレンの身体がふわっと軽くなった。


「いちゃいちゃしてる場合か! お前も一緒に行くんだ!」


「なっ! あんたは──」


「ユリウス!」


 豚のような獣人がアレンを軽く持ち上げ、荷物のように肩に担いだ。フレヤが目を細めて微笑む。


「行くぞ! 間に合うかどうかわかんねぇが、ここまで来たら全力で逃げるのみだぜ!!」


 4人は脱出を試みる。全力で走り、危機を脱しようとしていた。それがもはや不可能であることに気がついていたのは、アレンだけだった。


「ダメだ! 俺を置いていけ! すぐさま遠くへ逃げるんだ!!!」


 盤上の眼は、闘技場で見たのと同じ情報を映し出していた。攻撃範囲を示すオレンジ色のマスが周囲一体を埋め尽している。


 緑色のユニットの中に唯一存在する赤色のユニットが魔法を発動しようとしていた。あのとき見たのと同じリージョン魔法だ。


 ユリウスの足が突如止まった。続いてフレヤ、エミリアと体が動かなくなった。


「何だこれ! 足が……足が!!」


「これって……アレン!」


 魔法が始動した。足元から頭上に向けて徐々に氷で固められていく。


「もう遅い。リージョン魔法だ。逃げることはもうできない」


「そんな! こんなとこで捕まってたまるかよ!」


 ユリウスは足に力を込めて無理矢理氷から抜け出そうとしていた。血管が切れて血が半透明の青色に滲んでいく。それでも氷は壊れるどころか1ミリも動く様子がなかった。


「くっそ、くっそ! くっ……」


 最後の言葉すら氷に呑み込まれていく。支えがなくなり、アレンはすでに氷の床へと化していた地面へと落ちていく。


「アレンっ!!」


 エミリアが手を伸ばしていた。アレンはエミリアの元へと向かおうとするが、自身の身体も氷に覆われ初めて上手く動くことができない。


「エミリア──」


 手を伸ばした先には、もう金色の髪まで覆われた氷像が誕生していた。アレンの腕が震えたのは、寒さのせいだけではない。


「……嘘だろ、俺はまた同じ目に遭うのか! 救えないのか! 俺は──」


 顔まで氷に覆われて、呼吸ができなくなる。その間もアレンの目は動き続けて情報を更新していた。


 赤色のユニットがアレンへと近付いてくる。


「君は強かったよ〜でも、残念ながら君の力じゃ敵わない人もいるんだ」


(誰、だ……?)


 意識を失う直前にアレンが見たのは、目深にフードを被った白髮の人物だった。

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