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第14話:水の都パラディオン

 カザン傭兵団の本拠地、パラディオンへと凱旋する道中────リリィのちょっとしたアクシデントはあったけど、無事にパラディオン領へと続く関門を抜けることができた。巨大な関門を抜けて先へ進むと、仄かに磯の香りが感じられる。

 整備された道を進み、坂を上り切った眼下には、目を奪われるような美しい街並みが広がっていた。



「これが……水の都パラディオン」

「うわぁーすごい! 見て見てお姉様! 街全体に水路が張り巡らされてる!!」

「ふーん。戦争中だってのに、綺麗なもんね」



 リリィの言う通り、とても戦時下にある街だとは思えない。しかもこのパラディオンは、敵の最大拠点であるゲヘナ城塞に極めて近い。 それにも関わらず、ここから見える街の風景は平和そのものだ。



「昔は度重なる徴兵と重税で大分寂れてたみたいだよ。八年前に都市長となったラヴニール様の力で、ここまで立て直されたんだ。……って、私も聞いただけなんだけどね」



 『私は敵側だったし〜』とオルちゃんが苦笑いしている。オルちゃんもカザン傭兵団に入ったのは三年前らしいから、その頃は知らなくて当然だよね。



「そのラヴニール様って何歳なの?」

「確か二十歳ですよね? オウガ様」

「あぁ。俺の一個下だ」



 二十歳でこれだけの街の都市長……しかもこのパラディオンは独立都市だと聞いている。ラヴニール様が就任した後に独立したらしいから、都市の復興・独立・繁栄を一気に成し遂げたという事になる。すごい人だとは聞いていたけど、目の前に広がる街を見て噂が本当なのだと確信した。



 ……えーと、ちょっと待って。今が二十歳なら、八年前ってことは────




「あ、あのオウガ様? そのラヴニール様が都市長に就任した時って──」

「十二歳だ」



 ですよね!?

 オウガ様は、当然だろ? みたいな感じで言ってるけど、十二歳で都市長に就任って……一体何があったんだろう??



「無論、どれだけ優秀だろうと十二歳のラヴニールに求心力は無かった。だが前都市長の息子、現副都市長の『ファーレン』の手助けによって復興は成された。全ての政策を考えたのはラヴニールだが、それらを実行できたのはファーレンのおかげだ。今もこの二人によってパラディオンは守られている。そして、そのファーレンの秘書を勤めているのが『ルリニア・ノヴァリス』だ」



「そう……ここにルリニアがいるのね」

「さすがルリ姉様! 副都市長の秘書だなんて出世したんだねぇ」



 リリィとティナも嬉しそうだ。当然だよね……ずっと離れ離れになった姉妹と再会できるんだから。



 遠くから眺める街の全容。海には多くの漁船、港町を上って行くと、色とりどりの建造物が並んでいる。そしてその隙間を縫うように張り巡らされた水路。その水路が日光を反射して、街全体がキラキラと光り輝いている。


 そして水路を更に上って行くと、一際大きな建造物が目に入る。



「オウガ様、あの建物は?」

「あれがラヴニールのいるセントラルだ。今から検問所を抜けるが、多分あいつのことだ。検問所まで迎えに来ているだろう」



 正直言って緊張している。このパラディオンを『水の都』と言われるまでに復興し、十二歳と言う若さで都市長になった賢人。でも、私が気がかりなのは……そのラヴニール様に付けられた異名だった。



 【殲血のラヴニール】────約五年前、『全滅のカザン』と共に認定された異名持ちノムトール。祖国ソレイシアでは、『死の翠星ルジーラ』と同じく厄災に指定されている。

 全滅のカザンに殺されたという噂も流れていたけど、まさかその二人が仲間だったなんて……。一体どんな女性なのだろう。



 検問所に掲げられた旗は、オウガ様が掲げている紋章旗と同じものだ。一本の木を表したであろう紋様から広がる流水模様。これがパラディオンの紋章旗。


 特別な手続きをする事なく、私たちは検問所を抜けた。

 その先に、二人の女性が立っていた。その内の一人、青髪の女性がオウガ様の前へと歩み寄る。



「お帰りなさいオウガ」

「ただいまラヴィ」


 まるで夫婦のように簡単な挨拶を交わす二人。聞くまでもない……この人がラヴニール様だ。


 絹のように艶のある青みがかった黒髪に、優美なまつ毛と翡翠色の瞳。藍色の外套で顔の半分は隠れているけど、その美しさを隠すことはできていない。身長は私よりも低い。外見からでは、とてもあの物騒な異名持ちとは思えない。

 一つだけ気になるのは、ラヴニール様の額に飾られた赤い宝石だ。あの宝石からは、何か神聖な力を感じる。



「みんな!」


 後ろから声をかけてきたのは、これもまた美しい女性だった。輝くブロンドの髪に、スラリと伸びた手足。特徴的な白い瞳に涙を浮かべ、リリィ達の元へと駆け寄って行く。



「リリィ姉様……ティナ……本当によかったですッ」

「ルリニア、元気そうね」

「うえぇぇん、ルリ姉様ーー! 会いたかったよぉーー!!」


 ティナを抱きしめながら、ルリニアさんはリリィに対して心配そうな表情を向けている。



「リリィ姉様、こんなにボロボロに……。苦労なされたんですね」

「えぇ。でもこうやって再会できたんだから、そんな苦労なんて忘れたわ」

「いやいや、なに被害者ヅラしてんの!それ自業自得だから! ルリ姉騙されちゃ駄目だから!!」


「うるさいわねオルメンタ! 元はといえばフルティナが悪いんでしょ!」

「今度はもっと外しやすくしとくね!」

「うふふ、相変わらずみたいですね」


 無事に再会できて本当によかった。

 四姉妹の喧騒を眺めていると、私の目の前にラヴニール様が立っていた。



「フラウエル・セレスティアですね?」

「えッ……は、はい!」


「私と一緒にセントラルへ来てください。ルリニア、あなたは姉妹の方達を家へ案内しなさい。今日はもう休んで結構ですよ。ガウロン、あなたも後でセントラルに来てください」



 ラヴニール様の指示でみんなが動き出した。ティナが『また後でね』と大きく手を振ってくれている。それに応えてから、私はオウガ様とラヴニール様に付いてセントラルへと出発した。



 ……き、緊張する。というか、なぜ私だけ別行動なのだろう?



「すまないなフラウ。久々の再会だから姉妹水いらずにしてやろうと思ってね。フラウには早急に確認したいことがあるんだ」

「確認したいこと、ですか?」


「あぁ、大したことじゃない。詳しくはセントラルでしよう」

「……分かりました」



 その後は、水路に目をやりながら街の様子を観察した。

 笑顔に満ちた街の人々、子供の遊ぶ声がそこかしこに溢れている。


 本当に綺麗な街だ。流れる水のせせらぎ、楽しげな人々の声、美しく並び立つ家々。とても戦時下とは思えない平和がここにはあった。



 セントラルと呼ばれる四階建ての建物に到着した私達は、最上階にあるラヴニール様の執務室へと向かった。


「どうぞ、入ってください」

「し、失礼します」


 最上階はラヴニール様の執務室が全てを占めていて、かなりの広さだった。どうやら自室も兼ねているみたいで、オウガ様も一緒に暮らしているらしい。

 部屋の四方に窓が設置されていて、街の全てを観ることができる。来客用のソファーに腰掛け、『街の景観を眺めながら紅茶を飲んだら美味しいだろうなぁ』なんて考えてしまった。


 そんなことを私が考えていると、隣に座ったオウガ様の鎧から淡い光が放たれる。

 レガリアである白銀の鎧が消え、オウガ様がその姿を露わにした。



「いいんですか?」

「あぁ。フラウは俺のレガリアを手にした。既に知っているから問題ないよ」



 月光を反射する雪のような銀色の髪、パッチリとしたアクアマリン色の瞳に長いまつ毛。端正な顔立ちに、しなやかに伸びた手足。カップを手に取ろうとする細く綺麗な指先の動きは、一つ一つがまるで美しい舞を見ているかのようだった。


 この目でオウガ様の姿を見るのは初めてだ。でも、私はオウガ様のレガリアを持ったことで容姿については知っていた。だから驚きはないのだけれども、それでもつい目を奪われてしまう。



「そうですか。ならいいんです」

「さ、気にせず始めてくれ」


 い、一体何を始めるというのでしょう?

 まさか、オウガ様の秘密を知った私の口封じとか!?



「────では、始めましょうか」

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