パラディオンへと帰還する道中────私の馬にティナが、オルちゃんの馬にリリィが同乗することになった。私の後ろで、せっせとティナが何かを作っている。多少なりとも揺れる馬上で、平然と作業するティナに感心する。
「はいお姉様! できたよ!」
ティナが天高く掲げたのは、肉球のついたフカフカのブーツだった。
「……何よこれ?」
「肉球ブーツだよ! 肉球のおかげで足が痛くならないよ!」
肉球ブーツを受け取ったリリィが、訝しんだ目でその靴を見つめている。
事の発端は、リリィがヒールを失ったことだった。裸足の姉を見かねたティナが、『お姉様の靴はボクが作る!』 と意気込んで靴を作り始めたのだけれど、一体この靴の材料はどこから出てきたのだろう……。
もしかするとティナは、何かそういった能力を持っているのかもしれない。
「ささ、履いて履いて!」
「……はぁ」
ため息を吐き、観念したように肉球シューズを履き始めるリリィ。サイズはぴったりのようで、履き心地も悪くないのか、リリィの顔が少し明るくなる。
「どーお?」
「まぁ……悪くないわ。あったかいし」
「でしょでしょ! じゃあ、はいコレ!」
ニコニコのティナが次に渡したのは、肉球のついた手袋だった。
それを受け取ったリリィは、文句を言う事なく装着している。
「足だけだと浮いちゃうかなぁと思って、手も作っておいたよ」
「戦場でその格好の方が浮いてないか?」
オルちゃんから至極真っ当な意見が飛んでくる。
ただ、正直言って……ものすごく可愛い。お嬢様の様な顔立ちに、抜群のプロポーション。そんなリリィが肉球のついた手袋とシューズを履いている姿にはギャップがあって、より可愛らしさが強調されている。
「リリィ……可愛い」
「そ、そう? まぁ、あたしにかかればどんな物でも着こなしちゃうからね」
「だからって、その歳でクマさんパンツはないでしょ」
そういえばパンツはクマさんパンツだった。それも可愛いと私は思うけどね。
そんなオルちゃんのツッコミにリリィが憤慨するかと思ったけれど、意外にも怒ったのはティナだった。
「オルちゃん! そのクマさんパンツは、ボクがお姉様にプレゼントした
「え……」
「それだけじゃない。お姉様が着けてるカチューシャだって、昔ボクが作った花冠を加工して着けてくれてるんだよ!」
美しい白薔薇が飾り付けられた髪飾り──フルティナが作ってくれたプレゼントを、ずっと着けてるんだ。分かってはいたけど、やっぱりリリィは妹想いの優しいお姉さんなんだね。
「そ、そうだったのか。……ごめん、ティナ」
「優しいんだね、リリィって」
「はぁ? 別に……デザインが気に入っただけよ。気に入らなけりゃ捨ててるわよ」
頬を赤らめ、リリィはそっぽを向いてしまった。
ふふ、照れてる照れてる。
「……って、ちょっと待って。あんたさっき
「え? うん、言ったよ」
場の空気が一気に変わるのを感じた。オルちゃんは何かを察したようで、『あー……』とため息混じりの声を出している。
「一応聞くけど、どーゆー魔導具なわけ?」
「えっとねー、パンツの汚れ具合に応じてクマさんの表情が変わるようになってるんだ!」
そ、それって他人に汚れ具合を教えてるようなものなんじゃ……。
特にリリィは、スカートで空を飛んでパンツを大公開してたし。その時のクマさんの顔はニコニコだったと思うけど、大丈夫ってことだったのかな?
……でも、リリィの精神は大丈夫じゃなかったみたいで、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。
「な……な……な……なんて事してくれてんのよこのバカぁぁぁ!!」
「えぇ!? だってお姉様綺麗好きだし、汚れ具合が分かったら便利かなぁって──」
「ふざけんじゃないわよあんたぁ!!」
ティナに掴みかかるリリィ。肉球の付いた可愛らしい手で、ティナの首を締め上げている。
そしてリリィの怒りが伝染してしまったのか、後ろにいる仲間の馬が暴れ始めていた。
「グエエェェ……よ、良かれと思って────」
「ちょッ、姉様! 暴れないでッ、落ち着いて! 馬が混乱してる!」
先頭にいるオウガ様とガウロンさんも足を止めてこっちを見ている。二人とも表情は分からないけど、多分……オウガ様は笑ってる気がする。
「くッ、捨てる! 捨ててやるわ!!」
「え、捨てるって……!?」
怒りのままに馬から飛び降りるリリィ。着地した瞬間、プニュ! という可愛い音が響き渡った。
「何よ今の音は!?」
「折角肉球をつけたんだし、音も出るようにしたんだ! 可愛いでしょ?」
「ば……バカにしてくれちゃって!!」
悪びれる様子のないティナに、怒り心頭のリリィ。プニュプニュと音を響かせながら、パンツに手をかけようとする。
「姉様ッ、こんなとこで脱がないでよ! お……お前ら、あっち向け! 見るなッ、見たら殺すぞ!!」
慌てたオルちゃんが剣を抜いて、その剣先を仲間に向ける。馬は暴れるし、オルちゃんに脅されるしで気の毒だ。それにしても凄いカオス状態……。
そしてリリィはというと、なんか苦戦してるみたい。
「くッ……肉球が邪魔でうまく掴めないッ! 邪魔よこの手袋!!」
手袋を外そうと試みるけど、それもうまく掴めない。ブンブンと手を振って遠心力で飛ばそうとしてるけど、まったく外れる気配はない。
「は、外れない!? ちょっとフルティナ! どうなってんのよ!?」
「簡単に脱げちゃうと煩わしいと思って、お姉様の魔力と癒着して外れないようにしてあるんだ!」
「あ、あんたって子は────ッッ」
「呪いの装備じゃないか……」
「どうやって外すのよ!?」
「えっとねー、まずは手の魔力の流れを止めて、それから両手を合わせて8つの肉球を同時押しして、それから3秒以内に魔力を流し込んでくれたら待機状態になるから、それから両手の中指と小指を曲げてもらって、あ! 他の指は曲げちゃダメだからね!それから──」
「それからそれからうっさいわね! この状態でそんな小難しい事できるわけないでしょ! あったまきた……まとめて吹っ飛ばしてやるわッ!」
リリィの目が金色に変色していき、全身が神気に覆われていく。溢れ出るリリィの魔力に呼応するように、肉球手袋も激しく発光し始めていた。
「姉様!?」
「お姉様綺麗!」
「あぶな──」
響き渡る爆音、黒煙が青空へと昇っていく。
辺りには焦げ臭い匂い……ではなく、フローラルな香りが漂っている。
────爆発したリリィは無傷。無事手袋を破壊できたみたいで、今は落ち着いている。カッとなったことには反省しているみたい。
私を含め、巻き込まれた仲間や馬も衝撃の割には大した怪我はなかった。とはいえ、怪我はしているので私はせっせと治癒に励んだ。
まさか、戦闘後にこんなに怪我人が出るなんて思ってもいなかった。
でも、私は初めてだった。
治癒士として不謹慎だとは思う。でも……怪我人の治癒をしていて楽しかったのは、これが生まれて初めてだった。
「ふふ。フラウがいてくれて本当に良かったよ」
オウガ様も、私と同じ気持ちだったみたいだね。