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第28話覚醒イベントの裏側

 ふい~。なんとか間に合った。


 だだっ広い訓練場で混乱する戦いの中、妖精のミルメットにホタルの居場所を探してもらいながら敵を蹴散らすまま進むこと30分。


 大ボスとなる超巨大蜘蛛モンスター、タイラントスパイダーの親玉が彼女のいる大広間を襲撃する場面に乱入し、ギリギリのところでホタルを救出することに成功した。


 あとはこのデカ物を片付けてしまうだけだ。


 ここに来るまでに非常に面倒な事態に巻き込まれ、来るのが遅れてしまった事情があったのだ。


◇◇◇



~ホタルがスキル覚醒する前~


 ミルメットの警告と奇妙な衝撃音により、訓練場へと戻った俺。


 そこで見たのはゲーム本編だと中盤に出現するモンスター『タイラントスパイダー』による襲撃だった。


 こんな大きな町のど真ん中でいきなり出現するなんて、そんなイベントあっただろうか。


『これってスピンオフ小説の勇者覚醒イベントに似てますねぇ』


「あ、そうか。訓練所が襲撃されたってくだりがあったな。でもあれはタイラントスパイダーじゃなくて、キラーアントの巣が王都の地下に伸びてたって話じゃなかったか」


 そうだとしたら、この戦いはホタルが勇者としての適性に覚醒するために必要なイベントって事になるんだろうか。


 だが小説で起こった事実と違うなら放置するのは危険かもしれない。


「とにかくホタルを探そう。どこにいるか分かるか?」


『魔力反応を辿ってみます。戦いの気配が濃厚でサーチが難しくなってます。それに……』


「ああ。小説だとこの場面では死者は奇跡的に出なかったとされている。だけどタイラントスパイダーが相手じゃそうもいかないかもしれない」


 キラーアントはゲーム本編内でも序盤で起こるイベントのボス戦で登場するモンスターだ。


 王都の地下に勢力を伸ばしてきた巣の一番奥にいるクイーンを倒す事でイベントが終わる。


 スピンオフ小説の勇者覚醒イベントの場合だと、それよりも少し勢力の小さい規模の巣を叩く事になっている。


 キラーアントクイーンとタイラントスパイダーを比べると、雑魚一匹ですらクイーン数体分の強さに匹敵する。


 初期レベル状態のホタルでは到底勝ち目がない。


『シビルさん、あんまり小説の事実と事象がズレてしまうと、どんな弊害が生まれるか分かりません。訓練所の人達を守りながら探しましょう』


「仕方ないか。だが最優先はホタルの安全だ。急ぐぞっ」


『ガッテンでいっ』


 ミルメットのサーチを頼りながらホタルを探しつつ、訓練所を襲っているモンスターを討伐していく必要がある。


 やることが多くて大変だ。急いで回らないと。


 ◇◇◇


 タイラントスパイダーはゲーム中盤のイベント『大蜘蛛の狂乱』で登場するモンスターだ。


 同じ頃に登場するフィールド雑魚に比べると、防御力が高く攻撃が通りにくい。


 炎属性の魔法で焼き払うか、防御ダウン魔法でデバフをかけながら武器で攻撃するのが有効とされている。


「はぁあああっ! そりゃっ! おらおらおらおらおらあああああっ!」


『ギョァアアアア!』

『ぐぼっ』

『ごばぁああッ⁉』


 だがカンストステータスの俺なら拳でぶん殴れば一発でバラバラだ。


 途中に落ちていた兵士の剣を拾って攻撃したが、俺のパワーに耐え切れずに砕け散ってしまったから、それ以降は殴りつけている。


「大丈夫か?」


「き、貴様は、ルインハルドッ⁉」


 見れば貴族の誰かだった。確か中等部の誰かの兄とかそんなんだったな。


 名前は忘れた。


「あ、あれは一体なんだっ」


「タイラントスパイダーです。額にある宝石みたいな核を壊せば倒せますが、めちゃくちゃ硬いから、まずは炎魔法で弱らせてから殴打武器で破壊してください。持ってなければ剣のつかでも叩き付ければいいです」


 ゲームだと弱点判定とかそういうのはない。だが設定資料のモンスター図鑑に額のコアが弱点と書いてあったな。


 実際に頭を拳で叩き割ってやると一撃で絶命する。


「な、なんだとっ。三流の分際で我々に命令するのか」


 ええいっ面倒だな。こんな時まで身分どうこうにこだわるとか。

 これだから貴族のアホは嫌いなんだ。


 俺はもう丁寧な口調を取り繕う事もやめて素のままで怒鳴る。


「別に聞かなくてもいい。黙って殺されろ。俺はお前らなんぞどうなってもかまわん」


「な、なんだとっ。なんだその口の利き方――」


『ガガガガガガガガッ』


「う、うわっ! くるなぁああっ!」


 別の個体が次々と襲い掛かってくる。貴族のボンクラに斬り付けようとした脚の刃を受け止め、そのまま引きちぎって額のコアに突き刺してやった。


 続いて2体目の個体はそのままコアを殴りつけて絶命させる。


「す、すごい…」


「死にたくなかったら死ぬ気で戦え。お前も一応貴族の戦士だろうが。一般兵や訓練生くらい守ってみせろよ」


「な、何をエラそうに」


「そんなことはどうでもいい。ホタルを見かけなかったか?」


「ほ、ホタル? 誰だそれは?」


「神託の勇者の名前くらい覚えとけクソボケがっ!」


 いくら勇者とはいっても、こいつらの中じゃ平民と扱いが変わらないのか。


 クソ貴族どもめ。もうこいつらぶっ殺されてもいいんじゃないか?


「勇者はどこだって聞いてるんだっ!」


「ヒッ! し、知らんッ」


「クソがッ」


 アホ貴族のせいで時間を食ってしまった。俺はそいつらをその場に残して向かってくるモンスターを薙ぎ払っていく。


 拳をぶつければ一撃で倒せるが、如何いかんせんリーチがないから長剣か槍の武器が欲しい所だ。


 無い物ねだりをしても仕方ないので小規模な炎魔法を駆使しながら突き進んでいく。


 意識すればそれなりに威力は絞れるみたいなので、出力が大きくなり過ぎないように気を付けよう。


 そのまま放置してたら初期のファイアボルトで山が消し飛ぶからな。


 やっぱり建物内では危険すぎる。


 建物ごと蒸発させてしまうかもしれない。無関係の人を巻き込んでもよくない。


 くそっ。ゲームじゃないと面倒な事が多いな。


「ミルメット、ホタルの居場所は見つかったか?」


『まだですよぉ。部屋にはいないみたいです。どこかに移動してるんだと思います』


 クソが。俺にとっちゃ敵じゃないが、まだ訓練を始めたばかりのホタルでは何分も持たないだろう。


 都合良く敵だけを殲滅できる魔法でも使えればいいんだが、そんな神様チートみたいなことはこの世界の魔法じゃ無理だ。


「そうだ、タイラントスパイダーにもクイーンがいたはずだ。どっかに反応はないか?」


『えっと~、えっと~。いましたっ! 大広間の前にある訓練場の広場です。巨大な反応と雑魚無数。次々に生み出して、このままだと町に溢れてしまいます』


「建物の反対側か。よーしっ! クイーンを倒せば雑魚は生まれない筈だからな」


 あの広い場所なら少々大きめの魔法を放っても被害は出ないだろう。


 俺は急いで訓練場の広場へと向かう。するとタイラントスパイダーの数倍はデカい大蜘蛛がポンポコ卵を産み続けていた。


「うわ……実物はもの凄いデカさだな。モンスターの迫力って段違いだぜ」


 現実にこんなデッカい生物に対峙することなんてなかったからな。


 アフリカ象の3倍はデカい蜘蛛なんて見てて気持ちの良いもんじゃなかった。


『ギョカカカカカッ!』


 何人もの兵士達が倒れている。そして子蜘蛛が糸を巻き付けて繭を作っていた。


 恐らくこれから生まれてくる赤ちゃん蜘蛛のエサにでもするんだろう。


 確か設定資料にはタイラントスパイダーは人間を生きたまま繭にくるんで保存食にするって書いてあった。


「ってことはまだ死んでないな。さっさとクイーンをぶっ殺して終わらせるとするか」


『カンストステータスでも拳一発って訳にもいかないですねぇ。ダメージを蓄積させて動きを鈍らせましょう』


「ああ。そうしよう」


 赤い体躯が夜の闇で光っているかのようだ。俺が主人公にでも転生していたら、ボスモンスターをリアルに見られる興奮に駆られていたのかもしれないが……。


 目的はホタルの覚醒イベントかどうかを見極める事だ。


 あんなのはサッサと倒して彼女を探さないと。


『おっ。ホタルちゃん発見しましたよ。第二棟兵舎の扉の中にある大広間でスパイダー3体と交戦中です』


「なんだとっ⁉」


 これはイカン。一体でも厄介なのに、三体同時じゃ太刀打ちできないじゃないか。


『いえ、どうやら心配ないみたいです。ちゃんと勇者の力が覚醒しかかっています。やっぱりこれは変則的ですが小説の覚醒イベントと同じ出来事ですね』


「そうか。ってことはここで助けに入ると彼女の覚醒を邪魔しちまうのか」


『そうなります。とりあえずとっととクイーンぶっ倒してこの場を納めちゃいましょうっ』


 よーしっ。そんじゃあいっちょやってみますかっ!


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