「勇気が、湧いてくるっ! 来いっ! 掛かってこい化け蜘蛛ッ!」
『クァアアア』
『ギャギャギャギャッ!』
三体の大蜘蛛が一斉に飛びかかってきた。
私は剣に伝わった力の奔流に任せるままに腕を振った。
数日間とはいえ、振り下ろしと横薙ぎは反復練習してきた。
基本の動きはスキルに伝わって自然と体を動かしてくれる。
「やぁあああああっ!」
ズバァアアアンッ――
『ギョェエエエエエ』
振り下ろした剣が一体を仕留める。やっぱり、スキルの力が上昇して、訓練の成果がダイレクトに力になってる。
「せりゃぁああっ!」
『ガバァアアッ⁉』
続く二撃目の横薙ぎで2体目も真っ二つにできた。
『ッギョッ!』
素早く三撃目を放とうとしたが、流石に軽快したのか最後の一体が距離をとった。
「す、すごい……」
「さすが勇者様だっ!」
「が、がんばれ勇者様っ!」
背中に浴びる声援が勇気を奮い立たせてくれる。
そうか、これが勇者の力なんだ。勇気を出せば、いくらでも力が湧いてくる。
私を蔑んでいた人達も、同じ命を持った人間なんだ。死ぬのは怖いに決まってる。
ガキィンッ!
最後の一体に剣を振るうも、さすがにもう不意打ちは通用しなかった。
刃物のように鋭い前足を何本も使う連撃を捌き、徐々に立っている位置をずらしていく。
皆が逃げられるように、できるだけ意識を私だけに集中させるように誘導した。
『カッ!』
「えっ⁉」
蜘蛛なんだから、当然想定していくべきだった事に気が付く。
モンスターは口から野太い糸を吐き出してくる。
剣を絡め取られ、もの凄い力で引っ張れた。
「くっ……うううっ!」
『クカカカカカッ! クカカカカカッァァアア♪』
愉悦。それが目の前のモンスターが発していた感情であることが分かる。
死が、迫っていた。
(怖いよ……怖い……死にたくない)
前足の刃が迫り、いよいよ死の瞬間が迫っていた。
私はギュッと目を閉じてその瞬間が訪れる覚悟を決める。
(死にたくないッ!)
「まだ、死ねないッ! はぁああああっ!」
体に駆け巡る大きな魔力の塊が腕を突き動かす。
剣に炎の魔力が宿り、頭の中に叫ぶべき技の名前が浮かび上がってくる。
(分かるッ。これが、勇者のスキルッ!)
「ブレイジングソードッ!」
炎の魔力が剣に伝わり、大きな力が漲っていく。
燃え盛る炎が刃を覆っていき、まるで炎が
『クカァアアアア』
「たぁああっ!」
振りかぶった刃物の前足を掻い潜り、体をダッキングさせて力を溜め込み、バネのように一気に上方向へと斬り上げを放つ。
『ギョァアアアアアア!』
最後の一体が炎に巻かれながら真っ二つになっていく。燃える剣から着火し、左右に分かれた肉片が激しく燃え上がった。
「うわぁあああっ!」
更にもう一撃ッ。
大きな蜘蛛は剣の炎に焼かれ、細切れになりながら灰と化していく。
「す、すごい……」
「ゆ、勇者……まさしく勇者だ……」
「すげぇえ! 勇者様っ!」
「勇者様ぁあ~!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
人々の称賛の声が倒れ込みそうになる体を支えてくれる。
炎をまとった剣は崩れ落ち、全身から力が抜けていく。
「皆さん、ご無事……ですか?」
「勇者様のおかげです」
「凄いよ勇者様ッ」
人々の称賛の声がこそばゆい。だけど、戦って良かった。勇気を出してよかったと思えた。
『ギョカカカカカカカカカカッ!』
「⁉」
「なっ⁉」
「な、なんだっ」
安心したのも束の間。
大広間を覆っていた壁が轟音と共に突き破られ、更なる脅威が姿を現す。
全てが終わったと思った。だけど、戦いはまだまったく終わってはいなかったことを目の前の巨大モンスターが表してしまっている。
「そ、そんな……さっきより全然デカい……」
「あんなのどうすれば……」
『ギャカカカカカッ!』
目の前に現われたのは、死に物狂いで倒した蜘蛛の化け物より、更に巨大で凶悪な姿をした超巨大蜘蛛のモンスター。
絶望が、目の前を支配した。誰もがその場にへたり込み、私も体に力が入らない。
「まだっ……諦めないッ!」
「勇者様……」
だけど、勇気は失っちゃいけない。私が皆を守らなきゃッ!
「みんな逃げてくださいっ! 私が全力で食い止めます。その隙に逃げてください」
モンスターの前に立ちはだかり、再びスキルを発動させる。
だけどもう魔力も何も残っていない体からは、先ほどのような漲る力は皆無だった。
(ここまで……なのかな)
その時、何故だかシビル君の顔が浮かんでくる。
俺が守るから……。そう言っていた彼の顔が浮かび、泣きそうになる。
当てにしちゃいけないのに、当てにしてしまう。
巨大な刃の前足がこちらに迫ってくる。いよいよ死が、今度こそ間違いない死が迫っていた。
「シビル君……」
目を閉じて、来るべき時を待つ。
衝撃が……来なかった。
「え……?」
気が付けば、超巨大蜘蛛の前足が斬り裂かれ、空中を舞っていく。
「え……ええっ⁉」
「ホタル、よく頑張ったな」
「し、シビル君ッ!」
いつの間にか、私の背中を支えてくれるふくよかな感触。
倒れそうになる私を支えてくれたシビル君は、優しく微笑んで言ってくれた。
「もう大丈夫だ。後は俺に任せろッ!」
力強い言葉。ふくよかな体型とは思えないガッシリした腕の筋肉が、私に安心感を与えてくれる。
体から力が抜け落ちていく。
それは安堵の感情であり、私はその安心感に任せるままに、彼に背中を預けるのだった。