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第30話やっぱり貴族って碌でもない

「す、すげぇ……あのデカ物を」


「一撃で……」


 俺はクイーンを討伐し、歓喜の声を上げる訓練兵達の元へ向かう。


 というより、そこで脱力しているホタルの所へ急いだ。


「よく頑張ったねホタル。もう大丈夫だよ」


「し、シビル君ッ!」


 ホタルの覚醒イベントを見守り、無事に勇者のスキルが覚醒したので救出することにした。


 彼女は安心したように壁に背を預けている。


「す、すごい……すごいねシビル君」


「遅れてごめん。ちょっとあいつら数が多くてさ。中々前に進ませてくれなかったんだ」


「……シビル君……本当に強かったんだ……」


「大丈夫かホタル」


「……安心したら、腰が抜けちゃって」


「頑張ったねホタル。君は立派に勇者だったよ」


「えへへ……。嬉しいな……はゎあ……」

「おっと、大丈夫か?」


 ホタルは全ての力を使い切り、そのまま気を失った。


「ゆ、勇者様ッ……」


「大丈夫。気を失っただけだ。俺は敵の死体を片付けてくるから、ホタルを治療してやってくれ」


「わ、分かった」


 その場にいた訓練生にホタルを任せ、俺は残った死体を調べる為に訓練場の現場に戻ることにした。


 スピンオフ小説の勇者覚醒イベントだった筈の訓練場襲撃だが、キラーアントではなく更に強力なタイラントスパイダーが出現した理由が知りたい。


 死体を調べれば何か分かるかもしれないし。


『確かに奇妙な感覚がありますねー』

「妖精さんパワーで何か分かったりするか?」


『うーむむむぅ。混じりっ気がおおいですねぇ。ちょっと遠くてよく分かりません。死体の近くまで行って貰えますか』


 よしきた。


 こんがり焼き蜘蛛になってしまったクイーンの死体に飛び乗り、ひっくり返った胴体の辺りから調べることにした。


『あ、シビルさん、魔石を回収すれば魔力から何か分かるかもしれませんよ』


「そうか。確かにな。っていうか魔石ってどうやって回収するんだ?」


 ゲームだと戦闘後のドロップアイテムとして自動的に取得できるが、現実だと魔石ってどこにあるんだろう。


『魔物によって様々ですが、蜘蛛型の魔物の場合は額のコアの根元か胴体の中だと思います』


 あの貫いたコアの奥か。魔石ごと粉々になってないだろうな。


 人の顔みたいな形をしているので人間の脳天をブチ割ったようなグロさがある。


「ぐぇ……キモいなぁ。勘弁してほしいぜ」


 グチャっという音と共に二つに割れたコアが外れて地面に落ちる。


『ありました。これが魔石です』


「これか。結構小さいんだな」


 小石くらいの魔石を取り出して懐にしまう。ドロドロの血液が付着していたので布で拭いておくのも忘れない。



『ふーむ。なんだか変な魔力を感じますねぇ。これはもしや……』


「何か心当たりがあるのか?」


「おいルインハルド。どうしたんだ。何があった?」


 思考を巡らせていた途中だったが、集まってきた貴族達に状況を説明するしかなかった。


 とはいっても、俺が知っている事など何もないだけに見たままを伝えるしかない。


「分かった。では後の始末はこちらで引き受ける」


 ええ……面倒がなくて助かるけど、そんなんでいいのか?


「ところで、このモンスター達を倒したのはお前だという目撃情報があるが」


「ええ。私が倒しました」


「なるほど。大ボスを倒したら雑魚も弱体化したわけか。見た目ほど強くなかったという訳だな」


「なんですって?」


「典型的な見かけ倒しだったというわけだ。子蜘蛛に戦闘を任せて自分は奥に引っ込むタイプだな」


 なんでそんな結論になるんだよ。お貴族特有のお花畑理論にしたって頭が悪すぎる。


 いや待て、現在初期レベル以下である筈のホタルが、中盤の魔物であるタイラントスパイダーを三体も倒せてしまっている。


 この理論はあながち間違ってない可能性も残ってるぞ。


「事後処理は全てこちらでやる。今夜の事には箝口令が敷かれるので他言無用を徹底するように」


 アホくさい。だがこれ以上ここでできる事は無さそうだ。


 面倒だから俺も関わるのはやめておこう。


 これだけの騒ぎだ。どうせ後でガイスト公爵の耳に届くし、そうなれば俺も無関係ではいられない。


 遅かれ早かれって奴だ。


『大丈夫です。分析に必要な魔石さえあれば、もう調べることはありません』


 よし。それならホタルの所に行ってねぎらってやろう。


◇◇◇


「あ、シビル君」


「ホタル。目が覚めたか」


 ホタルは医務室のベッドで横になっていた。

 力を使い切ったらしく、ぼんやりと天上を眺めているホタルの隣に座る。


「気分はどうだ?」


「力を使い切って動けないの……でも、なんだか興奮してる」


「立派に戦ったね。まさしく勇者だった」


「でも、最後は足がすくんじゃって」


「それでも勇気を出して皆を守ったじゃないか。すごいよホタルは」


「えへへ、ありがとう……」


 実際チートスキル持ちの俺ですらあんな勇気ある行動はできる気がしない。


 根っからの勇者なんだなホタルは。それでこそヒロインだ。


――――――――


【ホタル(人間族)】女・勇者

――LV14 HP240 MP88

――友好度【友情】

 腕力 80

 敏捷 78

 体力 99

 魔力 88


――――――――


 おお、経験値が入ってレベルが爆上がりしてる。

 どうやらこの世界、倒したモンスターの経験値は時間とともに馴染んでいくみたいだ。


 ゲームでも戦闘終了後にレベルアップするし、それを現実に表すと時間差という現象として現われているのだろう。


 タイラントスパイダーを討伐したことで普通じゃない量の経験値を取得した。


 初対面の時が2だったことを考えれば、驚異的な上がりだ。


「ねえシビル君」


「なんだい?」


「あの大っきな蜘蛛のモンスター、親玉を倒したのはシビル君なんだよね」


「ああ、まあね」


「凄いねシビル君は。私なんかよりよっぽど勇者だよ」


「それは違うよホタル。勇者っていうのは勇気で皆を守れる人のことだ。俺は力がなければあんなことはしようともしなかった。だから俺は勇者じゃない」


「そう、なのかな」


 いかんな。自信を失っているみたいだ。


「大丈夫だホタル。これからの戦い。君の力が必要になる場面はきっとある。だから魔王討伐まで頑張ろう。心配ない。俺がついてる」


「うん、そうだね。ありがとうシビル君。心強いよ」


 如何いかにこれから勇者として英雄になっていくとはいっても、今の時点じゃ町娘の女の子に過ぎない。


 彼女が確実に力を付けるまで俺が守ってやらなくちゃ。


 裏ダンジョンに連れて行ってパワーレベリングでもできればいいんだが、ミルメットの話ではできないらしい。


 そのことは後で説明しよう。


「はぁ……なんだかまた眠くなってきた」


「大変な1日だったんだ。もう寝た方がいい」


「そうするよ……ねえシビル君」


「なんだい?」


「頼りにして、いいんだよね?」


「ああ、もちろん」


「ねえ、何かお礼したいな……」


「お礼なんていいけど……」


「ううん。お願い、何かさせてほしい」


 うーむ。ここは彼女の顔を立てた方がいいかな。


『デートでも申し込んじゃえばいいんじゃないですか。そんでそのままホテルに連れ込んじゃいましょうぜ☆』


 ゲスなことを言いやがって。この世界にラブホなんてありゃしねぇだろ。


 あ、でも連れ込み宿はあるな。中で何をするのか知らんけど。


 でも確かに、ホタルを攻略するチャンスを逃す手はない。


 俺自身もホタルとデートしてみたいし。


「よし、じゃあデートしてくれよ」


「ふぇっ⁉ で、デートッ」


「そう。ホタルともっと仲良くなりたいんだ。繁華街に遊びに行こう。旅に出たらもう遊びに行くのは難しくなるだろうからさ」


「うん。分かった。じゃあ、デート、しよ……」


「ああ、約束だ」


「ありが……とう……すぅ……すぅ」


「お休み、ホタル」


 頑張った勇者様にまずは称賛を送りたい。

 イレギュラー展開とはいえ、スピンオフ小説の勇者覚醒イベント。実際に本人を目の前にすると感動モノだ。


 本当に素晴らしかった。


 彼女のことがますます好きになったぜ。


「シビルッ。シビル・ルインハルドはいるかっ」


 ったくうるせぇな。せっかく良い気分でヒロインの寝顔を拝んでたのに野暮な大声が響きやがる。


「お静かに。ホタ……勇者様がお休みになったところですので」


 よっぽど文句を言ってやろうと思ったが、厚顔無恥なアホ貴族の騎士は威にも介さず命令だけ伝えやがった。


「ガイスト公爵閣下がお見えになっている。貴様に話が聞きたいとの事だ。すぐに訓練場広場に直行しろ」


「閣下が? 夜遅くにご苦労なこって」


 閣下が来たのなら呼び出しを無視する訳にはいかない。


 ここでホタルの寝顔を眺めながら夜を明かしたかったが、仕方がないので広場に向かうことにした。



◇◇◇


 モンスターの襲撃を受けた訓練場の上空。


 訓練兵が治療を受けたり魔物の死体を処理している光景を、空に浮かび上がった一つの影が見下ろしていた。


「ふん。失敗したか……。おい邪妖精。これで良かったのか? 僕は今すぐにでもシビルの野郎をぶっ殺しに行きたい」


『まあまあ慌てないでよ。あの力は厄介だ。今の君じゃ良くて互角、かなりギリギリの戦いになることは間違いない。だから力を溜めよう』


「チッ……ガマンできねぇよ。あああああっ、殺してぇええっ!」


(予想以上に暴力性が強くなっちゃったかな。でも彼にはもう少し働いてもらわないと、宝玉の力が高まらない)


『君はあのサウザンドブライン家のお嬢様が欲しいんだろう? だったらもっと目標を大きくしてみない?』


「どういうことだ?」


『この国を裏から支配しちゃえばいいんだよ。あの男、もうすぐ勇者と一緒に旅に出るんだってさ』


「なるほど。でもお前の目的は勇者の抹殺じゃなかったのか?」


『ああ。でもそれは他の奴が担当してくれる事になった。僕は君の力をもっと高めるのを見守る事にするよ』


「そうかよ。いいぜ。この力は素晴らしいッ! ならばアイツがいない間にこの国を裏から支配するとしようか。ひ、ひひひひっ! そうだそうだそうだっ! エミリアだけじゃない。ルルナ姫やこの国に名だたる美女達をすべてのものにすればいいじゃないかっ! ははははははっ!」


(宝玉の力に飲まれちゃってるなぁ。それでこそ『我が主』の為になるってもんだ。せいぜい絶望を生み出してくれよ、愚かな人間)


 互いに違う意味で邪悪な笑いを浮かべる2人。


 暗躍する怪しい影との決戦は、しばらく後になる。


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