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第31話胃が痛いガイストさん

 ガイスト公爵は突如として発生したモンスター襲撃事件の現場を視察に来ていた。


 本来なら下っ端に任せるような仕事ではあるが、勇者が関わっているとなればそうもいかなかった。


 更にはあのシビル・ルインハルドまでいるとなれば尚更である。


「これは……なんという」


 ガイストはこの場の異常さに体が震える思いだった。

 惨状極まる化け物達の死骸の数々。


 その中で圧倒的大部分を占める死体の特徴は、「額のコアを一撃で叩き割られている」という事実だった。


「この魔物は……」


「はっ……まだ調査中ですが」


「まだら模様の赤い大蜘蛛……まさかこいつは」


「訓練兵の報告ではタイラントスパイダーと呼んでいる者がいたと」


「や、やはりタイラントスパイダーかっ」


 タイラントスパイダーは腕の立つ剣士と魔導師が徒党を組んでようやく一匹対処できるかどうかというレベルの高い魔物である。


 ガイスト公爵なら問題なく倒せる程度であるが、訓練兵や教官達ではこれだけの数を、それも一撃で葬るなど不可能であった。


 しかもこんな強力なモンスターはダンジョンか、魔族領のような瘴気の濃い場所でしか出現しない。


 王都の真ん中に出現していい魔物ではないのである。


「よく死者がでなかったものだな。なぜそんな奴が突然王都に……?」


「原因は目下調査中でありますが、一つ気になる報告が」


「なんだ?」


「モンスターを軒並み倒して回ったという男がいまして」


「それは?」


「目撃情報によれば、シビル・ルインハルドという三流の三男坊だと」


 やっぱりか……。


 ガイストの腹の奥がキリキリと唸っていく。


(私でもこの程度の軍勢を退けることはたやすい。だが額のコアを拳で一撃など……本当に英雄クラスの強さがなければ……)


「しかもクイーンまでほぼ一撃とは……足の切断面はどんな名剣で斬り付けたのだ」


 額のコアの破壊方法に考えを巡らせ、その可能性に戦慄する。


「焦げた痕……。炎魔法か。しかしこんな鋭利な炎魔法など……。魔法剣を使った私でもできるかどうか……」


 考えれば考えるほど胃が痛くなってくる。


 こんな強さを持っていたのでは、魔王軍との戦いの前に異端者認定されかねないではないか。


「どうやら親玉を倒す事で子蜘蛛も弱体化したと思われます。クイーンの個体はそれほど強くなかったということでしょうな」


「貴様、それは本気で言っているのか?」


「は、は? いやしかし」


 見聞力のない部下に頭の痛い思いだった公爵だが、全滅してしまった後ではそれを正す意味もないと考え、それ以上は何も言わなかった。


「まあいい。ともかく冒険者ギルドに連絡。連携して素材の回収、解体を行なうように手配しろ」

「はっ」


「何にしてもこいつらの脚は刃物の素材としては上質。活かさない手はあるまい」


 刃物のように鋭い脚は武器の素材。

 骨や皮、吐き出された糸などの素材は利便性に事欠かない高級品として扱われる。


 何処の誰かは分からないが、このようなモンスターを送り込んできたことに溜め息がとまらない。


 幸いにして死者はゼロであることに安堵するしかなかった。


◇◇◇


 訓練場の広場に向かった俺はクイーンの死体の前で難しい顔をしているガイスト公爵に声を掛ける。


「お待たせしました公爵閣下」


「やはり貴様か。すぐに私の屋敷まで来い。詳しい話はそこで聞こう」


「承知いたしました」


 合法的に公爵邸にお邪魔することができそうだ。ついでにエミーとイチャイチャしにいこう。


 ぶっちゃけ戦いの興奮で奇妙な昂揚感が止まらなくなっている。


『女が欲しくなっちゃうお年頃ですよねぇ。特に戦いの後は☆』


 遺憾ながらその通りである。


 包み隠さずいうなら戦いの熱で女が欲しくて堪らない。

 エッチな行為が存在しないこの世界の男達は戦いの衝動をどうやって抑え込んでいるんだろうか。


 そういや娼館とかってあるのかな……。あとで調べてみよう。たぶん行かないけど。


『行ったらエミリアちゃん泣いちゃいますよ』


 だろうな。でも俺はヒロイン以外とエッチなことをすることにあんまり興味ないし、あっても行かないだろう。


 公爵の忌々しげな視線を感じながら手配された馬車に乗って公爵邸へと移動する。


 一緒の馬車に乗るように命令され、ギラついた目付きで睨み付けるガイスト公爵とマンツーマンになってしまった。


「やってくれたな貴様。あのタイラントスパイダーの集団をほとんど一人でほうむったというのは本当か?」


「皆様の協力あればこそですよ」


「ヌケヌケと。訓練兵共にアレを倒す戦闘力はない。ましてや額のコアを拳一撃で叩き割るなどという芸当ができる者など、この王国に数えるほどしかおらぬわ」


 数えるほどはいるのか。心当たりは目の前のガイスト公爵、王国騎士団長とか、コロシアムのチャンプとかそういう奴かな。


 ゲームの中だとそれなりにレベルを上げれば一撃で葬るのも不可能じゃないしな。


 かといってゲームだと弱点判定とかそういうのはなかったし、単純に物理で殴ればよかっただけだった。

 恐らくクリティカルヒットとかそういうのが弱点攻撃として反映されてるんだろう。


 やっぱり全部ゲーム通りって訳にはいかないな。しかし弱点さえ分かれば確実にクリティカルを狙えるのは、ある意味でゲームではできなかった事だ。


「私は貴様が恐ろしい。その戦闘力が本物であるなら、今すぐにでもクーデターを起こせるではないか」


「興味がありませんね。私の目標はエミーとの幸せな未来ですから」


「またそういうことを……」


「できる事ならば、平和な一生を終えたいと思っています。わざわざ争いを引き起こすような事をしたくありません」


「……」


「それに、この力はまだ制御が難しく、私自身は戦闘経験に乏しい新兵も同然です。歴戦常勝の公爵閣下に、多くのことを学ばせていただきたく思います」


「……ふん。それで媚びを売ったつもりか」


 ガイスト公爵のご機嫌を取ることはままならなかったが、時間をかけて分かってもらうしかないな。


◇◇◇


「シビルちゃーん♡ お帰りなさーい♡」


「わっとっ。やあエミー。よく俺が来るって分かったね」


「だってエミーはシビルちゃんの奥さんだもん♡ 遠くからでも匂いでわかっちゃうもん♪」


 屋敷に到着すると早速ガイスト公爵の執務室に案内されることになったのだが、その前にエントランスの扉を開けた瞬間に待ち構えていたエミーに飛びつきハグをされてお出迎えされた。


「はは。そうか。エミーには敵わないなぁ」


「ねえっ、今日は泊まっていくでしょ? ライハル様には使いの者を出してあるから、泊まってって。いっぱいお喋りしましょ♪」


「え、エミリアたん。パパにお帰りは言ってくれないのっ……」


「お帰りなさいお父様お仕事お疲れ様です」


(一息で言い切ったッ⁉)


 エミリアは早口の挨拶で父親を一瞥だけして挨拶。

 その後はもう用はないと言わんばかりに俺の腕に絡みついてくる。


「シビルちゃん、お夕飯まだでしょ? ご馳走いっぱい準備してあるから一緒に食べよ♡」


「ぐぬぬぬっ……貴様ぁ……いったいいつからエミリアたんとそこまで親密に……」


 背中に射殺すような凄まじい殺気を受ける事になり、流石にマズいと思ってエミーをたしなめる。


「エミー。俺よりもお父上へのご挨拶を優先させないと。それにこの後は閣下とお話しないといけないから、もう少しだけ待っててくれないか」


「えー。そっかぁ。分かった。シビルちゃんがそういうなら」


 エミリアの言い方がいちいち父親よりも俺最優先に発言するもんだから、そのたびにもの凄い殺気をたたきつけれる事になって大変なのであった。

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