あの場に現われたおっさん貴族は、王様の勇者に対する態度に苦言を呈していた。
平民には常にエラそうにしていないと貴族らしくないとか、要約するとそんな感じの事を言っている訳だ。
舐められたら終わりとかそんなヤクザな理論を振りかざすおっさん貴族――トマリーノ伯爵というらしいそのおっさんをたしなめている。
王様も苦労が絶えないんだな。こめかみがピクピクしているのがこの距離でも分かっちゃうぞ。
なんとかしてその場をやり過ごした俺達は、王様との謁見を終わらせた。
「シビル・ルインハルド」
「はい?」
謁見の間を後にした俺は、その直ぐ後に大臣に引き留められた。
この人確かゲームにも出てくるな。名前なかったけど。
「貴様には呼び出しが掛かっている。応接室まで来なさい」
「私一人ですか?」
「そうだ。勇者様とお連れの方々は晩餐会にてお食事を召し上がって頂きます。今夜はごゆっくりお休みください」
「は、はい。あの、シビル君は」
「彼はガイスト公爵から特命を預かっておりますので、明日のご出立まで別行動となりますのでご容赦ください」
特命なんて聞いてないけど……。
「シビル君……」
「まあ明日から大変な旅が始まるんだ。美味いものいっぱい楽しんでこいよ」
「う、うん。分かった」
『シビルさんと離れるのがちょっと不安みたいですね』
俺もそれは理解しているが、国王の命令じゃ断る訳にもいかないからな。
まあ城の中じゃ変なことは起こらないだろうし、さっさと用事を終わらせて合流するとしよう。
◇◇◇
「よく来てくれた、シビル・ルインハルド。いや、シビル君」
「お招きに預かり光栄に存じます、国王陛下」
俺を呼び出したのは国王陛下だった。まあ割と予想通りではある。多分ルルナは元気かとかそういうのだろう。
「ここは公式の場ではない。楽にしてくれ給え。臣下の礼も不要だ」
「では失礼いたしまして」
許可を得て立ち上がり、促されるままにソファに座る。
ガイスト公爵の時と違い、同じレベル帯の人と対峙しても怒気を孕んでない分だけ気楽だった。
「よく来てくれたシビル。5年ぶりくらいかね?」
「私などの事を覚えていてくださって光栄に存じます」
「可愛いルルナの遊び相手だった少年だ。忘れようもない。あの頃に比べると随分様変わりしたようだが……」
「色々とありまして」
「そうか。ルルナとは仲良くやっているか?」
「残念ながら、私と姫殿下とは立場が違いすぎて。取り巻きの方々が近づけさせてくれません」
ドコの世界でもカースト制度というのは存在する。
上位教室に編入した俺であるが、エミー以外は完全にアウェイな俺は他のクラスメイトからは煙たがられていた。
しかし、その中でルルナ姫だけは分け隔てなく接してくれた。
とは言っても、ルルナ姫は多くの貴族達に囲まれて、常に取り巻き達が囲っているため中々近づく事ができない。
あわよくば学園に通っている間に攻略してしまいたかったのだが、まだその時期ではなかったらしい。
取り巻き達は常に彼女の周りをガードして、悪い虫が付かないように見張っている……というより、ルルナに誰も近づけないように囲っていると言った方が正しい。
だが、俺にはエミーがいる。
今はまだタイミングじゃないということで、彼女の攻略は魔王を討伐した後に行なうことになっている。
とりあえず、彼女を攻略するためには地盤固めがまだ足りない。
下手に手を出して目の前の国王の耳にでも入ったら攻略が難しくなる可能性もあった。
故に俺が旅に出ている間、エミーがルルナ姫と仲良くなるための地盤固めを行ない、復学した後、もしくは王都の学園に入学した後にしようということになった。
「ふむ。それは残念。君の幼馴染みのエミリア嬢とは仲良くやっていると手紙にはあったが、君の事は書いていなかったな」
「それはそうでしょう。中等部に入学してから、私は姫殿下と言葉を交わしてはいませんので」
実際シビルはエミリアにそうしたように、ルルナの事も遠ざけていた。
エミーとルルナは無二の親友だ。必然的に近くにいる事が多かったし、ルルナ姫は何故かサウザンドブライン領の中等部に入学しいている。
ある時期から取り巻き達に囲まれるようになったので、それ以降近づいていないが、俺のことはあまり良く思っていないかもしれなかった。
そういえば、なんだかんだでルルナ姫のステータスはまだ見たことがなかったな。
俺に対する好感度はどうなっているだろう?
「君が勇者に同行して魔王討伐のメンバーに抜擢されたと聞いたときは驚いたぞ。ガイストから聞いている。ギフトスキルの使い方を理解したそうだな」
「ええ。必ず勇者様の力になってみせます」
「自信に満ちているな。以前とは桁違いの力強さだ。君は誤魔化そうとしているようだが、内在魔力は私以上だろう。初級の魔法ですら凄まじい威力になるだろうね」
そういえばステータスが高くなって魔力がダダ漏れになっているんだったか。
相当な手練れじゃないと内在魔力の感知って難しい技術だから、ガイスト公爵以外にはバレなかったから忘れていた。
この辺のコントロールってどうやって訓練したらいいんだろうな。
『魔力を練る訓練の延長でできますよ。あ、そうそう、私に言ってくれれば感知魔力を誤魔化すことも簡単ですがな』
そういうことはもっと早く言ってくれよ。
『聞かれなかったのでww』
殴りてぇ……。
まあ今まで問題にはなってなかったのでこれから気を付ければいいか。
「まだスキルには目覚めたばかりでコントロールが上手く行きません。この旅を通じて研鑽を積みたいと思っています」
「分かった。旅が終わった暁には、是非とも私の警護の仕事に就いてほしいものだ」
「私にはエミリアの夫になる使命がありますので、まずは未来の妻と相談しないといけませんね」
「はっはっは。そうか。君がエミリア嬢とそういう仲になったというのは本当だったんだな。ガイストの奴が歯ぎしりをしている顔が目に浮かぶようだ」
「冗談抜きで殺される寸前でしたよ。魔王を倒さないと私は処刑されるでしょうね」
「その時は私が拾ってやろう。そうだ、ルルナの婿にどうだ? 王位継承権は放棄してもらうことになるが、私の近衛騎士として爵位を進呈しようじゃないか」
「ご冗談を。そもそも魔王を倒さないと帰ってこられませんから、その選択肢は選べません」
「そうだな。ではこうしよう。ルルナを側室にくれてやる。エミリア嬢と一緒にこの国一番の貴族になってみせよ」
「私にそこまでの力はありませんよ」
なんか面倒くせぇし。領地運営とか大変そうだしな。
『その辺はエミリアちゃんに任せちゃっていいんじゃないっすか?』
だよな。俺に領地運営なんてできる気がしないし、餅は餅屋って奴だ。
「まあいい。勇者と共に帰ってくる事を祈っているよ」
「粉骨砕身で努力いたします」
王様は終始俺のことをねぎらってくれた。
それにしても、こんな世間話をするために俺を呼んだんだろうか?
王様的にも娘の友人には気を配ってくれたってことなのかな。
◇◇◇
「それでは国王陛下、私はこれで」
「ああ、君の武運を祈っている」
「ありがとうございます。それでは」
シビルが立ち去った後、国王アルバートは椅子の背もたれに深く腰掛けて溜息を付く。
「ふぅ……。素晴らしい。なんという素晴らしい魔力だ。あれなら我が国を救ってくれる。間違いなく奴らの暴走を止めてくれるだろう……」
思いを馳せる国王の胸に去来するのは、この国の闇に潜む邪悪なる者達の影。
『ほう、それは誰の事かな?』
「ッ⁉」
誰もいない筈の部屋の中に冷たい風がそよぐ。
頬を撫でた気持ち悪い感覚の方向へ振り返ると、いつの間にか開いていた窓の淵に腰掛けている男がいた。
「いつからそこにっ!」
「そんな事はどうでもいい。それより、貴様の子ども達のうち、誰を生け贄にするか決めたのか」
「も、もう少し……もう少しお待ちいただきたい!」
年の頃は二十歳前後。紫色の髪をなびかせ、細い体は不気味なほど青かった。
人族では有り得ない肌色をした男の瞳は、血のように真っ赤である。
アルバートはその場にひれ伏し、懇願する。
「君が贄を差し出さないのであれば、この国の民達全員が犠牲になるとしても?」
「どうかそれだけはご勘弁を……。ただいま生け贄に相応しい者を選出しておりますゆえ……」
「くっくっく……。まあいい。まだ時間はある。せいぜい考え続けるがいい」
アルバートの顔が屈辱と怒りに歪む。だがうつむいて決して青い男には見せることはない。
(貴様は理解しなかったようだな……。そちらの野望を打ち砕く男が、たった今そこにいたことを……)
「ところで、さっきまでここにいた男は一体誰だい? 不思議な魔力を持っているように感じたが、一瞬で消えてしまった……」
「は、はい……。娘の旧友です」
「ふーん。なるほど……あれが貴様の希望か?」
アルバートの体がギクリと痙攣する。
そのことに闇から這い出た青い肌の男がほくそ笑む。
「何者かは知らないが、その希望を潰したら君はどんな顔をするのかな?」
「そ、それはっ!」
「くっく……やはりな。小賢しいことよ。だが想定内だ。まずはその希望がどの程度のものか見に行くとしようか」
そして闇の風に吹かれながら、笑い声を残して消えていった。
アルバートは冷や汗を拭ってその場に脱力した。
「ふぅ……ふぅ……。邪神の遣いめ……。この国は絶対に渡さんぞ……。頼んだぞ……女神の眷属よ」
謎の言葉を呟きながら、旅立っていくシビルに想いを託した国王アルバート。
その真意をシビル本人が知るのは、もっと後になる。