目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第45話不穏な魔力

 城での歓待を受け、俺達はいよいよ魔王討伐の旅に出発する。


『うーん……うーんっ、これはもしかしてぇ……うーん』


 どうしたアホ妖精。パンツでも拾い食いしたか?


『してませんよっ! 私、体ないですからっ! つーかそもそも食いもんじゃないですよそれっ!』


 このあいだエミーのパンツがどうこう言ってたくせに。


『エミリアちゃんのパンツは美食でしょうがっ、匂い嗅いで口に含んで出汁だしを吸うのがジャスティス!』


 お前のおふざけの基準が分からんよ。絶対実行させないからな。


 ところでさっきから何を唸っているんだ?

 ははーん、さては便秘だな。


『可愛い妖精さんはそんなものにはなりませんっ! っていうかこの世界でその概念ないですからっ!』



 いつもやられてばかりいるので、ここぞとばかりにやり返してみたが、ちょっと面白くてもっとやってみたくなる。


 でも話が逸れまくりそうだから本題を切り出しておくことにしよう。


「それで、何か気になる事でもあるのか?」


『それがですねぇ。城の中でちょっと変な魔力を感じたような気がしたんですよ』


「変な魔力?」


『ええ。応接室を出たあたりから、なーんか変な魔力が城の中にいた気がしたんですけど……気のせいかも』


「不吉だな。タイラントスパイダーの件もあったし、こっちでも変なことが起こる予兆なんじゃないか?」


『その可能性もありますねー。もう気配は消えてますけど、この国にも何かあるのかなぁ……』


「うーん、だとすると放置して旅に出るのは憚られるな」


『でも探し回ってる時間もありませんし、私の気のせいかもしれないですから』


「仕方ないか。まだ俺達の敵だと決まった訳じゃないしな」


『ですねぇ。最悪の場合でも、ルルナ姫はエミリアちゃんのそばにいますから心配ないでしょう』


 だな。できればフェアリール王国に累が及ぶことはないようにしたいが、俺は正義の味方でもないし、救世主でもない。


 ただのモブキャラに一般人の記憶が蘇っただけの男に過ぎない俺に、トラブルの全てを救っている余裕はない。


 俺の生きる目的はヒロイン達と幸せになること。


 最優先にするのは彼女達に関連することだけであり、ここにヒロインのルルナがいない以上は旅を優先するべきだ。


 もちろん、ルルナの実家な訳だから、守ることイコール、ルルナを守る事にも繋がる。


 ただ今は不明瞭な点が多すぎることを調べているヒマはない。


 さっさと魔王を倒してしまった方が早いかもしれないしな。


『とりあえずシビルさん。次善策を打っておきませんか?』


 何か良い方法があるのか?


『いまできる妖精さんパワー全開でヤッちゃいましょう』


 そうして妖精ミルメット提案による次善策を打つために動く事になった。


 その次善策が功を奏することになるのは、俺達が国を出た後なのであった。


◇◇◇


 旅立ちから3日。


 俺達は大陸の北にある魔王の居所を目指して街道を進んでいた。


 本当は騎竜に乗っていければ楽だったのだが、それだと戦闘経験が積めない。


 勇者としての地力を積み上げながら資質を覚醒させていく必要があるので、各地にいるであろう魔王軍の幹部と戦いながら経験値を獲得していく。


 まあもっとも、経験値という概念も、レベルという概念もこの世界の住人は知らない要素であり、俺だけが知っている。


 ただ、本編前のスピンオフ小説の登場キャラである魔王がどのくらいの強さかは不明だ。


 ゲームだとホタルの初期レベルは14だった。


 勇者だけあって全キャラの中で初期レベルがもっとも高いのがホタルである。


 言い換えるなら、長い戦いを制してきたにも関わらず初期レベルが14なのだ。


 戦いが終わってレベルが下がったとかの描写はない。


 戦いから離れたから衰えたとかの言い訳も利かない。


 なぜなら本編が始まるのが魔王討伐から僅か半年後だし。


 『魔王って14レベルで倒せるんかい』ってのが、ゲームの雑談スレでは鉄板のネタだった。


 ほらアレだ。続編で前作の主人公が登場するんだけど、どんだけ頑張ってレベル上げしていても、ゲームが違うから微妙な強さに再調整されてたりするだろう。


 ゲームってそういうものって言われればその通りだが、魔王を倒すほどの戦いを経験してもなお14というのはおかしな話だ。


 この理論がそのまま通じるならちょっとレベル上げるだけで魔王を討伐できる事になってしまうが、そんな単純な話である筈がない。


 だって覚醒したばかりでタイラントスパイダー3匹討伐しただけで既に14まで上がってしまっている。


 そんなんで魔王が倒せりゃ苦労はしない。


 なんてことを考えても仕方ないのだが……。


『まあこっちにはカンストステータスのシビルさんがいるし、そうそう負けることはないだろうと思いますけどね』


 楽観視は危険だと思うんだが。


――――――――


【ホタル(人間族)】女・勇者(リンク強化→シビル)

――LV16 HP290 MP107

――友好度【恋愛+】

 腕力 101

 敏捷 88

 体力 113

 魔力 97


――――――――


 3ヶ月に及ぶ訓練の成果もあって、レベルは14から16に上がっている。


 騎士団の人達との訓練を見ている限り、確かに【勇者の魂】の影響で突出した強さに成長したホタル。


 じゃあ世界を脅かす魔王を討伐できるほどかと言われれば否である。


 既にこの時点で原作ゲームでの同レベルステータスを大きく上回っているものの、それでも魔王を倒せるほどとは思えない。


 サウザンドブライン領にもフェアリール王都にも不穏な影がチラついているし、俺がパワーレベリングしながらぱっぱと魔王を倒してしまった方がいい気がしている。


◇◇◇


 ~1ヶ月後~


「今日はこの村で宿を取りましょう」


 旅を始めて1ヶ月。街道をひたすら北上しつつ魔物と闘いながら魔王城を目指していた。


 途中、冒険者登録をして素材を売ったりと、路銀を稼ぐ手段を確保するために色々とやったが、そこは割愛しよう。


 ファンタジー異世界というのは現代日本で暮らしていた俺にとっては山や草原やらの人の手が入らない場所が相当に多い印象だ。


 シビルも故郷のルインハルド領の森に行ったことがある程度で、町以外の場所に行くことはほとんどなかった。


 旅ってのは凄く地味だ。今の所整備された街道をひたすら進んでいくのみで、他にやることがあるわけじゃない。


 時折点在する大小の町や村に立ち寄って宿を取り、旅に必要な物資や食料を買いそろえて再び出発。


 そして宿を取れない時は全て野宿。乗合馬車を使える時は使う。


 のどかな草原の風景だって何日も続けば退屈を通り超して苦痛になってくる。


 勇者の旅なんだから馬車とか獣車とかくらい融通してくれたっていいだろうに、とも思うが。


『まあ大変な旅をした方が強くなれるって神託がくだってちゃぁね』


 そう。どういう訳か教会からの神託では勇者には旅の苦労をさせるみたいなことを言っている。


 理屈は分かるが非常にもどかしいところだ。


 シビルとしても前世の俺としても、慣れない野宿は精神を疲弊させる。


 小さな村でも屋根のある場所が見つかったのは非常に有り難い。


 現代日本のようにスマホのマップ機能があるわけでもなし。


 地図の正確さも相当に曖昧であり、街道に沿って進めば人の住んでいるところは見つかるが、いずれそれもなくなっていくだろう。


 なあミルメット、お前ってマップ機能とかないわけ?


『人をスマホみたいに言わないでくださいよ。でももうちょっとレベルアップすれば使えるようになるんで、早くセイナちゃんとフローラちゃんをエロエロ攻略しちゃってくださいな』


 できるんじゃねぇか。便利機能の為にヒロイン攻略とか言われると複雑な気分だが、彼女達を守るためにも攻略は急いだ方がいいのは確かだ。


「それじゃあ宿を探してきますので、三人で夕食が食べられる場所を探してきてください」


「わ、わかりましたぁ」


 この1ヶ月でセイナ、フローラとも少しずつ打ち解けている。


 大体町で雑用をするのは俺の役目として請け負っている。


『女子に良いかっこしようとしてるぅ』


 やかましいわ。ステータスが高い分だけ疲労も少ないんだから、同じ条件で旅をしている彼女達に気を遣うのは当たり前だ。


『まあ確かに思ったよりバトル少なかったですし、疲労感は強いですよね』


 そうなのだ。乗合馬車で移動していく最中も魔物や盗賊の襲撃は一度もなかった。


 徒歩で移動しているとそれなりに襲撃はあったが、思った以上に頻度は少ない。


 RPGって10分も歩いていれば2、3回はエンカウントするものだが、現実はそうもいかないらしい。


 これはゲーム知識を活かして、強い敵が出現するダンジョンに寄り道するのも手段の一つかもしれない。


 そんなことを考えながら村の人達に挨拶しつつ、今夜の宿を探して回った。


「え、宿屋はないんですか?」


「ええ、小さな村ですだ。旅人も滅多におりませんで」


 村の人に聞いて回ると、どうやらこの村には宿泊施設がないらしかった。


『村人は50人くらいですねぇ。行商人がたまにくるくらいで、老人率が高い村みたいです』


 まあ宿屋のある町ばかりじゃないわな。村の入り口には柵が設けられているが、かがり火を焚いて見張りが2人ほど立っていただけだ。


「旅人はあんまり来ないんですね」

「んだ。どうしてもってんなら、村長の家に泊めてもらうといいだ」


「分かりました。ご親切にどうも」


 親切な村人爺さんに教えてもらい、村長の家の部屋を借りる事ができた。


 この夜、俺達は盗賊の襲撃を受けることになる。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?