国境の町へ到着し、いよいよ明日から魔族領へと脚を踏み入れる。
この2ヶ月近い旅はかなり順調だった。
だけどそれは、あのシビル・ルインハルドさんの異常に豊富な魔物知識、そして戦闘能力が原因だった。
あの人は凄い。多分、剣の腕はセイナちゃんやホタルちゃんより上。
そして魔法も凄い……と思う。
まだ直接その全貌を見たわけじゃない。だけど見たこともない魔法を使ってるし、魔力量も凄く多い。
アルムデニーズ家は優秀な魔導師を輩出する家系として名を馳せてきた。
魔王討伐の栄誉を賜り、見事それを成し遂げた暁には、私は一人前として認められる。
だけど、この旅に私は必要なんだろうか。
宮廷魔導師であるお父様より、遙かに凄い魔力を、彼は持っている筈。
彼は底が知れない。セイナちゃんはすっかり彼の虜になってしまったみたいだ。
この頃は私よりも彼のそばにいることの方が多くなっていた。
ホタルちゃんは、出発までの3ヶ月で関係が進展したんだろう。
出発前にはもう距離が近かった。
かく言う私も、男性としての彼にドンドン惹かれている。
魔王討伐の旅だというのに、命の危機に瀕したことは一度もなかった。
彼は強い。普通ではない強さを持つシビルさんに付いていれば、この旅で危険な目に遭うことはよほどないと思っていた。
だけど、あの死体の灰で出来た巨人と戦って忘れていたことを思い出した。
これが命懸けの旅なんだということを。
私は怖くなってしまった。命のリアルを肌で感じ、この先戦っていける自信が喪失しつつある。
生まれた時から恵まれた環境で育った私は、これまで魔法の才能を育てられてきた。
家族の期待を一身に背負い、回復魔法以外の全ての系統の魔法を習得して出発した旅。
魔物との戦いは出発前の訓練でも何度か行なってきた。
怖いと思ったことはない。フェアリール王国の周辺にはもともと強い魔物はそこまで多くないと聞いているし。
だけど、あの死という概念を丸ごと具現化したような化け物は、単純な恐怖だけではない、底冷えするような嫌悪感を沸き立たせてきた。
これからの戦いで、あんなのを何度も味わわないといけないなんて……。
「フローラ様、少しお話ししませんか」
「し、シビルさん……はい」
町で宿を取り、自由時間となった夕方。
シビルさんは私を散歩に誘ってきた。
このところ、ホタルちゃんやセイナちゃんが彼にご執心だった関係でお話できていなかった。
彼がどんな気持ちで私に声を掛けてきたのか分からないけど、笑顔を向けられるだけで安心感に包まれてしまう。
「あ、あの」
「すみません、このところフローラ様をほったらかしにしてしまって」
「い、いえそんな……。セイナちゃんと、婚約するんですか?」
「はい、本人から求婚されまして」
私も加えて欲しい。そんなはしたない事を考えてしまう。
「私、自信が無くなってしまいました……。あんな戦いがこれからも続くかもしれないって思うと、不安で、怖いんです」
「フローラ様、戦いはこれからも続きます。無理はなさらなくて良い。ここでやめるのも一つの選択肢だと思いますよ」
「え……で、でも」
「もちろん、お家の名誉の事もあるでしょう。しかし、私はそんなものよりご自分の命を守るのも立派な選択だと思います」
「克服しろとは、言って下さらないんですか?」
私は何を言っているのだろう……。自分で選択できない人間が何かを成し遂げるなんて出来るわけないのに。
「もしも覚悟がお有りなら、私があなたを強くすることができます」
「本当に……? そんなことが可能なんですか?」
「はい。ちょっと普通じゃない方法なので、フローラ様には覚悟を決めてもらわないといけません」
私の中で、何かが変わろうとしていた。
「私、変わりたいです。シビルさんなら、私を強くしてくださるんですか」
「フローラ様次第です。私にはきっかけを与えることしかできませんから」
「わかりました……私、強くなります。お願いしますシビルさん、いえ、シビル様ッ」
変わりたい。皆と一緒にいても恥ずかしくないように。
「教えてください。私は何をすればよろしんですか」
厳しい試練にも耐える覚悟。そんな薄っぺらな気持ちなんて、まるで通用しないことを、彼の言葉は告げていた。
「魔龍を討伐しにいきます」
「ま、魔龍ッ⁉」
そんな私の心を見透かしたように、彼は笑っていた。