レネリーの案内で姉のアーシェが療養している塔の中へと赴いた。
彼女が何故オレを救世主と呼ぶのかはまだ聞いていないが、今はそれよりヒロインを助けることが先決だ。
「お姉様……救世主様がいらしてくださいました」
ガタンッ、と扉の向こうから聞こえてくる。
王城の片隅に目立たないようにひっそりと建っている塔の中に、彼女はいた。
扉一枚隔てた先に感じる気配は、ここにいるレネリーと同じものだ。
双子だからなのか。あるいは俺が彼女達をヒロインと認識しているからなのか。
彼女達がそこにいるのが分かる。
『救世主……様……。そこにいらっしゃるのですね』
しゃがれた声。その姿は知れないが、ここで扉を開くような愚行はしない。
『どう、か……お助け……く、ださい……』
悲痛。
そういう感情が伝わってくる。
(あれ……? え? こ、これは……)
そこで気が付いた。彼女と、扉の向こう側にいるアーシェとスピリットリンカーで繋がっている。
「レネリー様、少しお話をさせていただいても?」
「はい、お願いします救世主様。ただ」
「分かっています。扉を隔てて、ですね」
コクリと頷くレネリーに許可を得て、扉に近づいた。
「初めましてアーシェ姫殿下。シビル・ルインハルドと申します」
『……ぁ、ぅ、シビル、様…と、仰るのですね』
「はい。喋るのもお辛そうなので、ひと言だけ、お伝えしたいことがあります」
『……』
扉の模様がガリッと爪を立てる音が聞こえる。
「必ずあなたをお救い申し上げます。方法はまだ分かりませんが、私の全てをかけて、必ず」
『どう、して……』
「それは、私があなたの救世主だからです」
『ッ!! おねが、い、します……助けて、ください』
「お任せを。フェンリルの呪い、必ず解いてご覧に入れます」
『おね、がい……あの子を……』
「もちろん分かっております。大丈夫。心配しないでください」
彼女が紡ぎかけた言葉。あの子とは、フェンリルのことだ。
その辺の詳しいことは後で説明しよう。
本来は本人に会って症状を直接見たいところだが、もしもゲームと同じであるなら、呪いを解く方法はちゃんとある。
フェンリルの呪いというのはなかったが、ここはゲームの世界だ。
魔法やその他の要素がゲームの通りに働き、例外はこの俺と邪神の一派のみ。
その他の仕組みは同じなのだ。そして邪神が関わっているとなれば、フェンリル自身を浄化ノ光で元に戻してやれば、
「まずはフェンリルに会ってきます。アーシェ殿下はご無理なさらぬよう。ただ、詳しい状況を知りたいので、レネリー殿下におたずねしてもよろしいでしょうか?」
『は、い。よろしくお願いします』
「承知いたしました。もう少しの辛抱です」
邪神のクソ共め。俺のヒロイン達になんてことしやがる、絶対許さんぞ。
『まだシビルさんのって決まったわけじゃないですよー。っつっても、既にやる気満々なんでしょ?』
当然だ。彼女達のバッドエンドを回避するためにはハーレムエンドしかない。
そうでなくたって俺が愛してやまないヒロイン達を不幸にしてなるものか。
「レネリー殿下。まずはフェンリルの呪いに掛かった時のこと、詳しく教えていただけませんか」
「かしこまりました。その前に、姉は長くベッドを離れることはできません。詳しいことは宰相にお聞きください」
そういってレネリーは侍女達も受け入れないというアーシェの部屋へと入っていった。
俺達はベルクリフトの宰相であるファルマスという人物から詳しい話を聞くことになった。
◇◇◇
「では、フェンリルの呪いが発動したのは先月のこと。みるみるうちにアーシェ殿下は痩せ細っていったと?」
「その通りにございます」
国王様は政務があるとかで既に席を外している。
一国の王様がいつまでも一つの案件に関わっているわけにはいかないだろうからな。
娘を心配そうにしていたので、安心してもらうために一刻も早く問題を解決しなければ。
「先月のことです。森の主であり、我がエルフの国の守護獣であるフェンリル様が、突如として我が国に襲い掛かってきました」
魔狼フェンリルはエルフの国が存在するベルクリフト大森林の魔物達を取りまとめる森の大ボスのような存在だ。
ゲーム内だと魔王の瘴気に当てられて森の魔物達と共に凶暴化してしまう。
ここら辺はサダルと同じだ。しかし魔狼の場合は大森林の魔物が徒党を組んでスタンピードを起こす。
魔王の瘴気ですらそれだ。
邪神の瘴気ならどうなってしまうか分からない。
「そうして荒ぶったフェンリル様の怒りを一身に引き受けたのがアーシェ様でございます。以来フェンリル様は森の奥で沈黙していますが、アーシェ様の体はどんどん衰弱しており……」
つまり、邪神の瘴気をアーシェが身代わりになって引き受けているのかもしれないな。
「それならやっぱり呪いの解き方はフェンリル様を浄化する方法がよさそうです」
「貴殿は呪いの解き方をご存じであったか。しかし、精霊魔法に長けた我らエルフ族の叡智を集めて呪い解呪を試みたのです。それでも効果は無かった。故に打つ手無し。我々にできるのは殿下を人目に付かないところで静かに過ごしていただくしかなかった」
事実上諦めてしまっているわけか。
だが、この国の魔法の知識は世界随一と言われている。
精霊魔法じゃない系統の魔法に長けた魔法の王国は別にあるが、呪いを解いたり生命を活性化したりといった、敵を倒す以外の効果は遙かに高い。
このゲーム世界の魔法って普通のRPGであるような回復魔法がもの凄く少ないのだ。
俺が甘露の水差しを真っ先に手に入れたのは、敵と戦っていく際に回復手段がポーションなどのアイテムに頼るほかないという鬼畜仕様だからだ。
お金を貯めて回復ポーションを買いだめして攻略を進める、というルーティンを組まないとダンジョンの奥で回復手段が枯渇して詰み、というパターンも存在する。
だからマド花はレベル上げと回復手段の確保が非常に重要になるんだ。
俺がドラグニート山でレベル上げしたのも、邪神のこともあるが、通常のルートをリプレイする場合でも詰み要素をできるだけ潰しておきたかったのも大きい。
「もしも魔龍帝サダルゼクスと同じ条件ならば、ここにいるフローラ様の浄化魔法でフェンリル様を正気に戻すことができるはずです」
「なんと。我々の精霊魔法でも浄化できなかった呪いを解くほども魔法をお持ちだというのですか」
「はい。実際のそのおかげで龍帝陛下を正気を取り戻すことができております」
「ほ、本当なのですかっ」
『うむ。その通りだ。我が主の力を借りて発動される失伝魔法を、この娘は行使することができる』
「それが本当なら大変頼もしい。お願い申し上げます」
「とにかくまずはフェンリルの様子を見に行こう」
森の奥にいるというフェンリルに会いにいき、呪いを解いてしまおう。
もしも邪神の一派の仕業なら、絶対に許さんぞ。俺のヒロイン達を泣かせやがった報いは受けてもらうからな。