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第69話悲しみの狂気と希望の花飾り



『主よっ、魔狼の相手は我にお任せを。周りの小さき者達を頼みます』


「頼むぞサダルッ。みんなっ、浄化ノ光を準備しろっ。短期決戦で決着を付ける」


「分かりましたッ!」


 魔狼帝の凶暴化が始まり、呼応するように配下のウルフたちが襲い掛かってきた。


「双剣乱舞ッ!」


 多対一であれば手数が勝負。飛びかかってくる狼たちをいなしていく。


(ん……? こ、この気配はまさか)


 よく見ると配下のウルフたちの目からは赤い筋が垂れてきている。


 模様かと思われたそれは、心の慟哭を叫ぶ彼らの血涙ではないか。


(まさかこいつら……そうだ、ウルフ族は群れが家族だ)


 このウルフたちはフェンリルの家族達だ。狼系の魔物は群れでの絆が強く、集団で子育てをするくらいに仲間意識の高いモンスターである。


 だから彼らを殺す事は最終的にフェンリルを救うことにはならず、引いてはアーシェとレネリー、両ヒロインを悲しませることになる。


 俺が目指すのは完全ハッピーエンド。手違いで悲しみを生むようなことはあってはならない。


 くそ、もっと早く思い出していれば……。


 森の中で散々襲い掛かっている狼たちを殺してしまった。

 そんな余裕はほとんどなかったが、気が付いていればできることは多かったはずなのだ。


 殺さないように剣の柄や刃の側面で叩いていく。


「せいっ」

『ぎゃおんっ⁉』


 ステータスが上がっているので手加減が大変だ。


 優しく撫でるように攻撃を加え、ウルフたちを気絶させていく。


「こっちは順調だ。フローラ、どうだっ」


「もうすぐですっ。より鮮明に、より繊細にっ。フェンリルさんに巣食っている邪悪の全てを浄化できるように」


 フローラは言葉に魔力を込めながら集中力を高めていく。


 浄化ノ光は三人で使う連携技の一つ。最大の効果を発揮させるためには、詠唱で集中力を高めるしかない。


 しかしそれをしている間は無防備になってしまう。


 実に不便極まりないが、俺がフォローすることで問題無く行使する事ができる。


 彼女達の周りにウルフたちが寄ってこないように威力を抑えた広範囲技に限定し、殺さないように手加減していく。


 雷魔法も威力を抑えれば気絶させるのに有効な魔法にもできるが、俺の魔法は威力が強すぎるので扱いが難しい……。


『シビルさんっ、こんな時こそ二次創作の出番ですぜっ』


 あ、そうか。よしっ。


「二次創作発動……『パラライズ・コンテイジョン』」


 電撃の魔法の派生で麻痺の『パラライズ』を全体化する魔法を作り出してみた。


『ごがっ』

『ぎゃいぃっ』


「よし、成功だッ」


 電撃魔法で広範囲を攻撃すると死んでしまう者もいるかもしれない。


 だが本来単体効果しかない麻痺魔法のパラライズを全体化することができれば、効果は劇的だった。


「すごい。あの数を一斉に無力化するなんて」


 新しい魔法が功を奏したようだ。威力を調整しなくても麻痺で動けなくすることができるようになった。


 ドラグニート山の10日間で、オレはレベルを上げるのは困難だった。


 それは裏ダンジョンで十分やってきたし、経験値効率の意味でも他のメンバーの手伝い以上の意味は生まれなかったのだ。


 ならばオレにできることといえば、二次創作によって戦略とその手段を増やすことだった。


『OOOOOOOOONNN――』

『ぬおおおおおっ』


 ウルフたちを制圧し終わった頃、サダルとフェンリルの戦いは熾烈を極めていた。


 互いが互いにズタボロになるほどのぶつかり合いであり、両者ともにこの世界の最高位に位置する生物の頂点だ。


『ぬぅ……邪神の波動がこれほどに強烈であるとは。我が主に強化してもらった力がなければ押し負けていたところであった……。だがっ……』


 サダルの爪の一撃がフェンリルを突き飛ばし、一瞬の隙ができる。


 それを見逃すこと無く大きく口を開いたサダルの目の前に凄まじい魔力が急激に集束していった。


『かぁあああああっ』


『GUOOOOOOOO⁉』


 裂帛の気合いと共に吐き出される光球がフェンリルを直撃する。


 魔龍帝の必殺スキル『カイザーブレス』


 戦況に合わせてランダムに属性を変えながら打ちだしてくる凶悪な攻撃力を誇る魔法・物理の複合スキルだ。


 直撃したフェンリルの断末魔にも似た叫び声が段々と掠れていくのが分かる。


 ちょっとやりすぎてないだろうか。それだけ勝負が接戦でサダルにも余裕がなかったらしい。


『なに。しっかりと手加減はしておりまする。我の魔力は以前の10倍以上。いかに邪神の眷属とて後れをとることなどありませぬ。しかし……』


「想像以上に手強かった……か?」


『御意にございます。情けない話ですが、殺傷力に特化したブレスを当てなければ押し負けていたかもしれませぬ』


 それだけギリギリの戦いだったわけか。

 だがどうにかフェンリルを抑えることができた。


「フローラッ」

「はいっ。準備はバッチリですッ。神技ッ、浄化ノ光ッ」


「フローラの魔力が伝わって来た。ホタル、準備はいいかっ?」

「うんっ、バッチリですっ。いつでもイケますっ」


「よし、いくぞっ」


 浄化ノ光が宿った武器を振りかぶり、サダルの一撃で昏倒しているフェンリルに攻撃を炸裂させる。


『GURURURU!UOOOOONN!!』


「うわあっ」

「くぅうっ、こ、これはっ」


 だがすんでの所でフェンリルの反撃で吹き飛ばされる。


「あれはハウリングロア。魔狼帝がやられ際になるとやってくる大技だ。まさかあの体勢から放ってくるとは。俺としたことが頭から抜けていた」


 せっかくの浄化ノ光が消し飛んでしまった。

 レベルを上げてコントロールはできるようになったが、やはりあの技は集中力が必要だ。


 ましてや邪神の瘴気に狂った魔狼帝が相手では同じ手は二度と使えない。


 手負いの獣ほど手強い敵はいないからだ。瀕死の重傷とは言え、邪神の瘴気はそれをものともしない……どころか、ますます禍々しい闇のオーラを大きくした。


 完全に俺の采配ミスだ。


『マズいですよシビルさん。フェンリルさんの生命が尽きかけてる。なのにレベルはどんどん上昇してます。このままだと龍帝さんでも勝つのは困難になります』


 くそ、厄介だな。どうするか。殺すわけにはいかない。

 かといってこれ以上追い詰めるとフェンリルが死んでしまう。


 長く考える時間はない。なにかいい手はないだろうか…。


『グルルル…』


「あれは」


 その時、フェンリルの首元に光る何かを発見する。

 あれはフェンリルのコアだ。首元にあったのか。


 よく見るとそこには不思議な瑞々しさを誇る花の飾りが結わえ付けてある。


(思い出した。あの花飾りだ)


「サダル、一度城に戻って双子の姫を連れて来てくれっ」


『むっ、主よ、いったいなにを』


「説明している時間はない。暴れるフェンリルは俺が抑える。お前はホタルたちを連れて城に戻るんだ。一刻も早く二人を連れて来い」


『むぅ、分かりました。勇者達よ、主の命令だ。すぐに出発するぞ』


「わ、分かりました」


 あの花飾りだ。あれがフェンリルを呪いから解放する最後の希望になる。

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