ベルクリフト大森林の守護者である魔狼帝は、幼い頃の双子ヒロインを特に可愛がっていた。
ゲーム本編だと後半の魔王復活パートになってから、双子ヒロインを攻略している時にその深掘りがなされる。
彼女達にとってフェンリルは物心つく前から一緒にいた、いわば心の友であり、実際ゲーム内でもアーシェ、レネリー攻略の時だけ特別なイベントが起こる。
『UGUOOOOO!』
「くっ、大人しくしてくれっ、頼むッ」
暴れ回るフェンリルの首元にしがみ付き、怪我が広がらないように柔らかく包む。
だが正気を失ってしまったフェンリルの力は限界突破したオレのステータスでも容易には押さえ込めなかった。
倒すだけなら一瞬で終わる。気絶させようにも邪神の瘴気がそれを許してくれない。
サダルとの戦いの時、その場に残った邪神の瘴気をミルメットが分析してくれた。
その時に分かったことだが、こいつは理性を飛ばすだけでなく、生命力の全てを戦闘力のために犠牲にしてしまう。
心安まる時間もなく、恐らく死ぬまで暴れ続けるのだろう。
言い換えるなら、魂までも全部が闘争本能に奪われてしまう恐ろしい呪いだ。
こんな凶悪なものを撒き散らしやがった邪神の一派にはいつか報いをうけさせてやる。
『ぐぅうう、ウオオオオオン』
「フェンリルッ⁉」
涙だった。暴れ回るフェンリルの眼からポロポロと流れる大粒の涙がオレの腕に伝ってくる。
『オネ、ガイデス……コロシテ、クダサイ……勇気アル、人間、ヨ……』
「あんた、意識が戻ったのかッ」
先ほどの浄化ノ光が僅かに届いていたんだ。
くそ、こんな時にオレも使うことができるなら……。
コイツを救うためには、絆を結んだ双子の力が不可欠だ。
「しっかりしろっ。あんたが大切にしてるあの子達の為にも邪神の瘴気に負けるなっ」
『ううううっ、ウウウオオオオオッ』
苦しげな声を上げるフェンリルに何かできることはないのか。
このままじゃ二人を連れてくる前に限界が来ちまうかもしれない。
オレの二次創作では浄化ノ光は再現できなかった。
魔力を使うにしても、あれはフローラや勇者が持っている神の力を凝縮してぶつける技だ。
オレは勇者でも大魔女の末裔でもないから神技を行使できないんだ。
(いや、っていうかオレって女神の使いじゃねぇのかよ)
今そんなことを考えても仕方ないが、オレってばなんでもできるように見えて実はなんにもできていないのかもしれない。
だったらできることをするしかないんだ。
「くそっ、頑張れ魔狼帝ッ。あんたはそんな弱い奴じゃないだろっ。頑張れっ、アーシェとレネリーのためにもっ」
『アーシェ……レネリー……カワイイ、子供、タチ……うううっ』
いいぞ、微かに理性が戻ってきた。アーシェが引き受けている分だけ希望はありそうだ。
「そうだっ。あんたの可愛い子ども達のことを思い出せッ!」
『GUOOOOOOOO!』
「うわっとっ」
押さえ込んでいた腕がとうとう外れ、地面に振り落とされてしまう。
「あ、おい待てッ!」
フェンリルはそのまま走り出し、その場から離れていく。
「くそっ、逃がすかっ! パワーストライドッ」
スキルでダッシュをかましてなんとか追いつく。
こいつ、何か一心不乱にどこかに向かい始めているのか。
「この方向は……まさかっ」
まさかこいつ、ベルクリフトの王都に向かっているのか。
子ども達のことを思い出して、本能的に求めているのか。
あるいは別の意識で動いているのだろうか。
このままでは怪我の具合からして体力が尽きてしまうかもしれない。
『シビルさんっ、甘露の水差しで回復させましょうっ』
「そうかっ。よしッ」
『GUO⁉』
アイテムボックスから甘露の水差しを取り出し、フェンリルの体に振りかけていく。
『ぐ、ウウッ……ナゼ、ハヤク、コロシテ』
「そうはいかねぇんだよっ。絶対に生きてもらうぞフェンリル」
体を回復させて命を引き延ばすことはできたが、浄化されたわけではない。
(手足を斬り飛ばして傷口を焼くか……。いや、そんなことをしては彼女達がどれだけ悲しむか)
だが躊躇している時間がないのも事実だ。
とにかくどうやら王都に向かっているらしいフェンリルの走るままに向かわせて、向こうが連れてくるはずの二人と合流するしかない。
人的被害が出ないギリギリの位置まで移動しよう。
◇◇◇
シビルとフェンリルが格闘している頃、サダルは王都の双子の元へと全力で飛行していた。
「シビル様、双子のお姫様を連れて来て何をさせるおつもりなんでしょうか」
「分からん、が、主の事だ。我々には思いつかない素晴らしいアイデアがあるに違いない」
「うん。シビル君は、何の考えもなしにあんなことを言う人じゃないもん。私達は信じて行動をしなくっちゃ」
『うむ。我も同意だ。我が主は女神の使い。邪神に対抗するための知恵を持っておられるのだ。我らはそれを信じる他あるまい』
「そうだ。我らを龍帝陛下と共に行かせたのも、双子姫の説得と、あの場にいても我らにできる事はないことの両面からの思惑だろう」
「私が浄化ノ光を失敗しちゃったから……シビル様のお役に立てなかった」
「それは違うよフローラさん。確かに私達がいたら暴れる魔狼帝から私達を守らないといけない。だからシビル君は自分が思いきり動けるように龍帝さんと行かせた。でもそれだけじゃないはずだよ」
「ホタルちゃん…。うん、そうだよね」
「それに、さっき気が付いたんだけど…」
「え?」
『ふむ。王都の方に何やら不吉な気配を感じる…。これはまさか…』
「むぅ…これは、この禍々しいヒリつくような殺気が王都の方から漂ってくる感じは」
「ま、まさかっ! セイナちゃん、これってっ」
「ああ、王都で何かが起きている。主はこれを予見していたのかもしれない」
するとその時、ホタルの視界に一筋の黒煙が映り込んだ。
「あ、あれはっ! 王都から煙が上がってるッ!」
『ぬぅ、この漂う殺気。どうやらただ事ではない。急ぐぞ皆の者。戦闘態勢に入れッ』
不吉な殺気の漂う王都。フェンリルとは別の戦いが始まろうとしていた。