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第71話黄鬼 オベロン

 「敵襲だぁあ、敵襲ッ、敵襲~~~~」


 ベルクリフト王都は混乱のただ中にあった。


 まるで狙い澄ましたかのように勇者一行が魔狼帝の元へ向かった直後、急激に周囲のモンスターが凶暴化して城壁に集結し始めた。



 王都の平和を守る正規軍の司令官であるヘルメドー将軍は、この前代未聞の危機を前にして即座に王族の避難を進言した。


「それは出来ぬ。民を見捨てて我らだけ生き長らえるなどできよう筈もない」


「しかし国王陛下ッ。貴方様がいなければ、生き残った民達を導く者はいなくなります。ご決断をっ」


「ならんっ! 私は逃げるわけにはいかんのだ。だがヘルメドーよ。そなたの言うことは正しい。故に、次世代のベルクリフトを導く指導者を守れ」


「そ、それは」


「娘達を頼む。必ず逃がしてやってくれ」


「ははっ!」


 ヘルメドーは王の覚悟を受け取り、そのまま踵を返して双子姫の元まで走った。


 その口元を奇妙につり上げて……。


◇◇◇


 ここはアーシェの寝所となる塔の中。

 天蓋付のベッドでは痩せ細ったアーシェと、それを看病するレネリーがいた。


「お姉ちゃん、魔物が……」

「時間が……時間がない……」


 ベッドから起き上がれない姉の看病をするレネリーは、外から伝わってくる殺気を感じながら震えていた。


 その殺気に当てられたアーシェの体はどんどん衰弱し、もはや死の直前まで追い詰められている。


「大丈夫。いざとなったら私の弓で追い払うから」


 国内随一の弓の腕前を持つレネリー。

 そして病床に伏せるアーシェも、もとは大槌を振り回す体力自慢の戦士である。


 本来であれば魔物などものの数ではない。


 だが異様な殺気を放ちながら城の中に攻め入った魔物達の凄まじい咆哮が彼女達の恐怖を煽る。


 レネリーはいつでも戦えるように自慢の大弓を部屋に持ち込み、腰には近接戦闘用の短剣を差している。




 トントン……


「どなた?」


 扉のノックを聞いて立ち上がると、慌てた様子のヘルメドーが入ってきた。


 レネリーは急いで天蓋から出てアーシェの前に立ちはだかった。


 何故なのかは分からない。何か妙な予感がしたのだ。


「ヘルメドー将軍」


「無許可の立ち入り、なにとぞお許しください。王都が魔物に囲まれております。それがしが護衛いたします。すぐにお支度を」


「ダメ……私達は、逃げない」


「なりませぬ。これは王命にございますれば。お二人の御身、この命に替えてお守りいたしますっ! なにとぞ、すぐにお支度を」


 ヘルメドー将軍は返事を待たずして立ち上がり、アーシェの横たわるベッドに身を乗り出した。


「止まって」


「むっ⁉ どうされました。お時間がありません。お早くっ」


「あなたは、誰? そんな禍々しい殺気を放ちながら近づかないで」


 レネリーは咄嗟に弓を持って矢を構え、ヘルメドーに向けて引き絞った。


 武器を向けられ、無骨な武人の顔が醜悪に曲がっていく。


 三日月のように弧を描く口元が悪魔のように開き、伸ばしていた手を引き下げる。


「ほっほっほ……。さすがは精霊の巫女たるエルフの姫。魔法が使えぬとはいえ油断できぬのう……。殺気と邪気は極限まで押さえ込んだ変身じゃったが、まだまだ改良の余地がありそうじゃ」


「ヘルメドー将軍じゃない。一体何者……」


 ヘルメドーの姿がドロドロのスライムのように溶けていき、その中から何者かが現われる。


 髪の毛は頭部の左右にしかなく、腰は曲がり、土気色の肌には無数のシワが刻まれている。


 ドクロをかたどった禍々しい形をした杖を突き、二人の姫をマジマジと眺める。


 それは年頃の女性である二人を嫌悪感で溢れさせるには十分過ぎた。


「ほっほっほ。ワシの名はオベロン。邪神様の使いである四鬼衆が一人。黄鬼のオベロンじゃ」


「邪神……。そう……。ようやく姿を現した……。本物のヘルメドー将軍は、どこ?」


「ヘルメドー? おお、この姿の本体か? なぁに心配いらん。死んどりゃせんよ。ちゃーんとワシの実験動物として役立ててやる」


 それは決して無事を知らせているようには見えない。


 下劣と醜悪を押し固めたような笑いを浮かべるオベロンの低い唸りにレネリーの身が震えた。


「生きてる……ホントに?」

「もちろんじゃ。ちゃーんと生皮を剥いでモンスターの因子を注入してやった。今頃は王都の同族共を仲間に引き入れるために殺して回っている頃じゃよ」


「外道めがっ」


「さあさあお姫様方。ご挨拶もそこそこですがねぇ。ワシの実験に付き合ってもらいますぞ」


「ち、近づかないでっ」


 咄嗟に弓を向けるものの、オベロンはそれより早く真後ろへと移動してしまう。


 それが意味するところはレネリーにとってもっともあってはならないことだった。


「お姉ちゃんっ!」


「ほっほっほ。うんうん、実に良い具合に痩せ細っておる。邪神様の呪いがたっぷりと体に染み渡っておるようじゃのぅ」


「離れてッ!」


「おっとっ」


 近接用に短刀で斬りかかるも、老人とは思えない軽やかな動きで受け止めてしまう。


「双子か……うんうん。いいになってくれそうじゃ」


 まるで実験動物を見るような目付きはレネリーを震えさせる。


 ゆっくりと伸ばしてきたその手を振り払うことができず、彼女はただ震えることしかできなかった。


 だが……。


「せぇええええええやぁああああああああああ」


「なんとっ⁉」


 突然窓ガラスが割られ、オベロンはレネリーを掴んでいた手を離す。


 二人の間に割って入った人影に、オベロンは口元をニヤけさせた。


「ほうほう……君は」


「ゆ、勇者様ッ」


「間に合いましたっ! お姫様達に手出しはさせませんっ!」


 剣を構え、オベロンの前に立ちはだかるホタル。


 そのホタルを見て、醜悪な笑顔を向ける老人の喉が鳴る音が、不気味に鳴り響いていた。

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