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第72話醜悪な老鬼

【sideホタル】


「ほうほうほう。まさか勇者までやってくるとはなっ。一気に実験材料が増えたわい。僥倖僥倖」


 醜悪な魔物のようなお爺ちゃんが嫌らしい視線を浴びせかけ、私の体は言い知れない嫌悪感に身震いした。


 龍帝さんに乗せられて王都に辿り着くと、そこかしこから黒い煙が立ち上って悲鳴を耳にし、放っておけないとセイナさんが飛び出してしまった。


 それをサポートするためにフローラさんも後を追い、私はお姫様達の元に向かった。


 シビル君の元へお姫様を連れて行くのは一人で十分との判断で、市政の人達を救助しながらモンスターを倒す役目が必要だったからだ。


 そうして飛び込んだ塔の中で、明らかに普通じゃない人がお姫様を襲っていた。


 私は咄嗟に剣で斬りかかり、お姫様から老人を引き離す。


 邪神の眷属だ。間違いなくそうだ。


 確認しなくたって分かってしまうくらい、あの青い鬼って奴と同じ禍々しい気配を放ってるんだもん。


 それに目付きがもの凄く気持ち悪い。

 まるで人間を見る目じゃない。なんだろう。実験動物でも見るような……。


 掃き溜めのような場所で暮らしてきた私ですらこんな目をした人には会ったことがない。


「お爺さん、邪神の関係者ですね」


「ほほほっ。その通り。黄鬼のオベロンじゃ。先日は青いのが世話になったようじゃのう。しかし、その強烈な強さを持つ不思議な男は遠くに行っておる」


 この人、まさかシビル君がここにいることが分かってて騒動を起こしたの?


 だから王都を離れるタイミングを待ってたんだ。


 こんな奴があと二人もいる。シビル君は四鬼衆っていうのは下部組織で、たぶんまだまだ上がいるって言ってた。


 この人は危険だ。できればここで倒しておきたい。


 私にどれだけのことができるか分からないけど、とにかく相手から情報を引き出さなくっちゃ。


「オベロンさん、でしたね。どうしてこんなことをするんです? 邪神さんの目的はなんなんですか?」


「ほっほっほ。見かけによらず冷静なようじゃな。若いのに良きことじゃ。しかし残念。ワシらは邪神様の目的なぞ知らぬ。末端組織の木っ端に過ぎぬからのう。そして……」


「⁉」


 相手から目を逸らしてなんていなかった。

 一瞬たりとも油断していたつもりはないのに、目の前のオベロンが消滅してしまった。


「ワシとオヌシとでは勝負にならんよ」


 いつの間にか、そう、いつの間にかオベロンは目の前に迫っていた。


 ねろんっと腹を撫でられた。言い知れない怖気が全身に鳥肌を立たせて嫌悪感が感情を支配する。


「いやぁああああ!」


 反射的に剣を薙いで牽制するが、既にその場にはいなかった。


「き、気持ち悪い! なんてことするのよっ」

「ひひひひひっ! ええのうええのう。いじり甲斐のある体をしておる。どうじゃろうのう、解剖させてくれんのう?」


 ニタニタと気持ち悪い笑いを浮かべる老人に明確な殺意を覚える。


 お腹を撫でられた。シビル君以外の男性に体を触られるなんて嫌悪感しかない。しかもこんな醜悪な老人に。



「うっひひひひっ。素晴らしいぞ。この世界の人間とは明らかに違う部位が存在する肉体。一体どうなっているのか直接見せてくれんかのう? そして是非とも解剖させてほしいっ」


「ふざけたこといわないでっ!」


 シビル君のそばにいない時はあの体の特徴は現われない。


 オベロンが何を指してそう言ったのか分からないけど、この世界の人間にはない特徴なんて言われて、それを見透かされてるようで嫌悪感が強くなる。


 特に好きな男性にしか見せない部分だから、余計だった。


「はぁ、ふぅう、ふぅう」


「ほっほっほ。心が乱れておるのう。神託の勇者といえど、まだまだおぼこい娘ッ子じゃ」


「くぅっ!」


 相手の動きがまるで読めない。杖を突いた老人なのに動きがまったく見えなかった。


「さて、遊びすぎて本懐を忘れては本末転倒。そろそろ目的を果たさせてもらおうかのう」


「くっ、お二人とも下がってっ」


 とはいえ、この狭い塔の中で逃げられる場所なんてない。私達はこの老人に一人に事実上追い詰められていた。


「さあ心を明け渡せ。邪神魔法【ナイトメア・ノイズ】」


 オベロンの手の平が不気味な光を発し、耳の奥に気持ち悪い音がグワングワンと響いていた。


 体の中身をゲジゲジ虫が這い回っているような悍ましい嫌悪感が支配した。


「うわっ、こ、これってっ」

「音がっ、いやぁああ」


「ッ……」


「あぐっ、んうううう」

「いぎぃ、おいお、お、あぎぃいい」

「ひっ、んん、ぐぅうう」


 涙とヨダレがダラダラと滴り落ちるのも止められない。

 悲鳴を上げたいのに肺の中から空気が出ていってくれなかった。


 苦しい……。泣きたい……。逃げ出したい。


 ありとあらゆる負の感情が全身を這いずり回って嫌悪感に満ちていく。


 お父さんとお母さんが目の前で殺された時。

 悪辣な貴族に理不尽な暴力を振るわれた時。


 これまでの人生で感じた全ての悲しみと憎しみが心の奥からほじくり出されたような気持ち悪い感覚が感情の全てを塗り潰していく。


(シビル君ッ、シビル君ッ、ダメ、消えちゃう、私が消えちゃうっ……シビル君と一緒に作った思い出が消えていく。私の中からシビル君が消えちゃうよっ)


 憎しみの感情が心を支配していき、老鬼の醜悪な笑い声がやけに心地良く聞こえて初めてしまっている。


 なんで? あんな奴の笑い声が、どうして心地良く聞こえてしまうの?


「シビル、君……シビル、君……」


「ほっほっほ……。勇者といえども、強きものに庇護されてきた甘ちゃんではこのナイトメア・ノイズの誘惑には逆らえまい。邪神様のもたらしてくださる殺戮衝動の甘美に酔いしれるがいい」


 邪悪な笑い声で不気味に体を揺する老鬼に対する嫌悪感が、確実に薄れ始めていった。


 破壊衝動、殺戮衝動、憎しみ……。


 それらのマイナス感情こそが愉悦であるような……。


 闇色の甘美に意識が侵食されていくのを心地良く感じながら、私は意識を手放した。

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