『ウオオオオオンッ』
フェンリルは何故か一心不乱に走り始め、理性の色は無くしつつも暴力的に暴れることはなくなっていた。
先ほどよりも更に純粋に王都に向かって走っている。
まるで自分に降りかかった呪いを振り払うようにだ。
俺はフェンリルを無理に止めようとすることなく、背中にしがみ付いて流れに身を任せていた。
「フェンリル、一体どうしたんだ……。王都に何がある」
『なんだか王都の方面からただならぬ気配です。四鬼衆が現われたのかもしれません。青鬼とは別種の禍々しい魔力です』
「なんだとっ。じゃあホタルたちが危ないじゃないか」
『急いで向かうしかありませんよ。フェンリルさんが王都に向かって走っているのにも何か理由があるのかも……双子ヒロインちゃんに危機が迫ってるとは考えられませんか?』
確かに邪神の一派はこっちの動きを読んでいるかのように先回りしていることが多い。
このフェンリルの呪い騒ぎも同様だ。
邪神の奴らはどういう訳か俺達の行く先々にトラブルを起こしている。
これが偶然だなんて到底思えないが、あいつらはどうやって俺達の動きを掴んでいるんだろうか。
「王都が見えてきた。ここまで来ると禍々しい感覚が分かるようになってきた」
『モンスターが暴れているようです。森で凶暴化した魔物達が王都に攻め込んでいますよ。やっぱり邪神の一派です。青鬼と同じ気配がビンビンしてます』
「くそっ、やっぱり俺達が留守にするのを狙っていたのか」
黒煙の上がる王都のそこかしこから悲鳴が上がっている。
こんな状態にするのに目的がないなんて有り得ない。
そうなってくると、目的はなんだ?
『ニ、人間、ヨ……私ハ、モウダメダ。頼ム、私ヲ、殺シテ、アノ子達、ヲ救ッテ』
「諦めるなってっ! 絶対全部救ってみせるからっ!」
『違ウッ! コノママ、デハ……アノ子達ガ、危ナイ……邪神ガ、狙ッテ、イル』
「なんだと⁉」
『頼ム……アノ子達、ノ、タメ、ニモ』
「……ッ……分かったよ」
『シビルさん、まさかっ』
俺はしがみ付いていたフェンリルの下側に回り込み、上空に向かって蹴り上げた。
『ガッ⁉』
「魔狼帝、あんたの双子を想う親心、必ず報われるようにしてやるからな」
『……頼みます、神なる転生者よ』
やっぱりフェンリルは俺のことを分かっていた。
最後の瞬間に理性を取り戻し、まるで聖母のように柔らかく微笑んで見せた。
「せめて苦しまないように終わらせてやる」
エボルウェポンから大剣を作りだし、ありったけの魔力を込めて構える。
やがて最後の理性を失ったフェンリルの咆哮が鳴り響き、空中から空気の層を魔力で蹴り出してこちらに向かってきた。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO』
激しい叫びは悲しみに満ちているように聞こえる。
邪神に対する怒りが俺の中で今までにないほど満ち満ちてきた。
「眠ってくれ、魔狼帝……かぁああああああああっ」
『GA……ぁ……ありがとう……女神の使い、よ』
大剣の一撃技、『撃殺両断』によって一刀のもとに切り伏せる。
真っ二つになった魔狼帝は間違いなく絶命し、邪神の瘴気は霧散したのを確認した。
『シビルさん……』
「ミルメット、フェンリルの体をアイテムボックスに回収してくれ。他のアイテムとごっちゃにならないようにキッチリとな」
『あ、そうか。分かりました。後でフェニックスの羽根で復活させるんですね』
俺の意図を汲んでくれたミルメットはすぐにフェンリルの体をアイテムボックスに収納してくれた。
「……」
『シビルさん……。どうしましたか?』
「いや、なんでもない。ぼんやりしてる時間はないぜ。ホタルたちが心配だから王都に向かおう」
『そうですね。なんだか嫌な予感がします。急ぎましょう』
フェンリルを一度殺してフェニックスの羽根で復活させる方法は一番最初に思いついた。
だけど、俺は双子ヒロインとフェンリルの絆の深さを知っている。
だからそんな方法はできれば取りたくなかったんだ。
それでも、彼女達のために我が身を捨てる覚悟のフェンリルの気持ちを考えれば、これ以上躊躇することは誇りをなじるのと同じ事だ。
だからといって『蘇生できるから殺した方が早い』なんて割り切れるほど合理主義にはなれそうもない。
甘いんだろうな。これから邪神達を相手にしていくなら、非情な決断を迫られる事も覚悟しなくてはいかん。
そうして辿り着いた王都の中。
城下町ではそこかしこで兵士とモンスターの戦いが繰り広げられていた。
「ミルメット、ホタルたちはどうしてる?」
『フローラちゃんとセイナちゃんは城下町で魔物と戦ってるみたいです。奮戦してるみたいで被害は大分抑えられてますね。ホタルちゃんは城の方にいるっぽいです……あれ?』
「どうした?」
『ホタルちゃんの気配がなんだかおかしいです……。ねえシビルさん、スピリットリンカーの繋がりが変じゃないですか?』
そういえば、急いでて気が付かなかったが俺達の繋がりの中に、なにやら淀みのようなものが入り込んでいた。
「邪神の気配と同じじゃないか。ホタルに何かあったのか」
大急ぎで城に向かって走りながらホタルたちの元に向かう。
そういえばサダルはどこにいったんだ?
『あそこにいますよっ!』
ミルメットが指さす方向を見やると、城の塔の付近を旋回するように飛行している。
(サダルッ、サダル聞こえるか!)
『おお、我が主! 一大事にございます!』
俺を発見したサダルは真っ直ぐにこちらに向かって飛行してくる。
相当慌てているのかソニックブームが出そうなもの凄い速度で飛んできた。
「どうしたサダルッ」
『ホタルが双子と共に敵に捉えられました。申し訳ございませぬ。人質に取られて手が出せませんでした』
「なんだとっ⁉ 三人共か」
『そうです。いずこかに消えてしまい探しようがありません。既に敵が連れ去ってしまっております』
「くそっ。なんてこった。邪神の一派か」
『そうです。とにかく素早い奴でした。我も助けに入る前に見失い、面目次第もございません』
「分かった。俺は城の中に入って皆を探す。町で暴れるモンスターを蹴散らしてこい。セイナ達を手伝ってやれ」
ともかく敵に連れて行かれたというホタルたちを探さないと。
かといって襲われている王都の人々を放置はできない。
この国は双子ヒロインの愛した故郷だ。救い出した後に死体の山では幸せになんかなれない。
何を優先するべきか見極めながら動くしかない。
フェンリルを殺させやがった邪神の奴らには、絶対に報いを受けさせてやる。
絶対に許さねぇ。