その姿は、大悪魔とでも呼ぶべきか。
5メートルはありそうかという大きな体躯。青白い肌、コウモリのような羽根、いや、もう翼と呼べる代物を生やしている。
本来は青と白のコントラストでデザインされているが、裏ダンジョン仕様だから体に入っているラインが赤く光っている。
ホタルの異形は魔王の数倍のスピードとパワーで襲い掛かってきた。
今の俺のステータスでギリギリだ。
裏ダンジョンのボスクラスの強さを持っている。
っていうかコイツ、裏ダンジョンの魔王と同タイプのボスと同じ姿をしている。
ホタルに取り憑いた魔王もかなりの強さだった。まだ体に慣れていない状態だったから不意を突くことでなんとか制圧できた。
邪神の一派の戦力は想定以上のものだ。これはもっと強くなっておく必要が出てきたぞ。
「……」
化け物は唸り声一つあげることなく淡々と襲い掛かってくる。
奴の目は左右がそれぞれで違う方向を向いており、何を考えているのか分からない。
いや、思考している生物なのかどうかすら分からない。
あのジジイの作り出すのはこんなのばっかりか?
裏ダンジョンの魔王は通常のストーリーで戦うラスボスの魔王最終形態の色違いだ。
そこに至るまでには壮大な経緯が存在するのだが、無理やり引き出して意志なき魔物にしやがって。
そう、裏ダンジョンで戦う魔王は【魔王の嘆き】という名前で登場する。
本編で語られることのなかった魔王の本音、【理解ある者との出会い】【自分と対等に戦える存在への渇望】が明らかになる。
そこにはちゃんとしたドラマと設定がある。こんな適当にでてきて良い敵じゃない。
「ホタルッ! 聞こえるかっ、意識はあるかっ!」
魔王の動きが一瞬ピタリと止まる。
呼びかければ反応はある。声は聞こえないが、俺の声は届いているに違いないっ。
「ホタルッ、ホタルッ! 目を覚ませホタルッ!」
スピリットリンカーの繋がりが先ほどより濃くなってきた。
一度魔王に乗っ取られたものの、魔王と一時的に和解した影響でつながりが戻ったのだろう。
チャンスは今しかない。
「ホタルッ、気をしっかりもてっ! 俺の声が聞こえたら返事をしてくれ」
もっとっ、もっと強く呼びかけないと。どうしたら彼女を元に戻す事ができるのか。
俺にも浄化ノ光が使えたら……。どうしたらいいんだ。
(ミルメットッ、俺には浄化ノ光は使えないのか⁉)
『駄目ですシビルさん。まだ使えません』
「まだっ⁉ じゃあ使える素養はあるってことなのか」
攻撃を避けながら初めて聞く情報に思わず仰け反りそうになる。
これまでドラグニート山での修行を経て俺には浄化ノ光を再現することはできないという結論に至った。
「まだってどういうことだっ。知ってる事があったら教えてくれ」
『すみません、記憶にもやが掛かってて思い出せないんです。ここまで出かかってるんですけど』
「だったら早いところ思い出してくれ。このままホタルを救えない」
ホタルに呼びかけつつ、自分にできることを模索する。
『……ッ』
「くっ」
魔王の攻撃が激化し、防戦一方になっていく。
どうしたらいい? 一体どうしたら……。
「シビル様ッ」
「⁉ フローラッ」
俺が魔王を攻めあぐねていると、フローラの氷魔法が魔王の足下を固めてくれた。
『ッ⁉ ッ、ッ』
無言の魔王だが、その表情には今まで見えなかった感情が見え始めた。
「助かったぞ。双子は?」
「大丈夫です。救出してあります」
「ありがとうフローラ。あとはホタルを助け出すだけだ」
「あれがホタルちゃんなのですね。すぐに浄化ノ光の詠唱に取りかかります」
「頼む。恐らくホタルの意識に俺達の声はちゃんと届いているはずだ」
「はい。姫殿下達も私達の呼びかけに対して反応してくださいました。黄鬼に魔物化された人間は心に訴えるのが大事なんだと思います。セイナちゃんが必死に呼びかけてくれて2人は意識を取り戻しました」
「それを聞いて安心した。やっぱり俺の考えは間違っていなかったらしいな」
「はい! 浄化はお任せくださいっ! そろそろ魔法の足止めも限界です」
「よしっ!」
◇◇◇
一方、セイナはポーションで体力の回復を図りながら、気絶している双子の面倒を見ていた。
「ん……ぁ、ここは」
「おお、お目覚めですか、姫様たち」
やがて目を覚ましたアーシェ。それに続くようにレネリーも目を開けた。
「「救世主様はっ⁉」」
同時に目を覚まし、まったく同じタイミングで声を上げる2人。
まるで一つの魂を二つの肉体で分けているかのように、2人の動きは丸っきりシンメトリーに動いている。
あたかも鏡に映った左右対称の虚像のようであった。
「シビル殿、救世主様は扉の向こう側で魔王と交戦中です。危険ですから安全なところに避難いたしましょう」
「「早く救世主様の元へいかなければっ!!」」
「なんと。いけません、相手は魔王です。我々では足手まといになってしまう」
「「今のままでは勝てないのです。いえ、そもそも勝ってはいけないのです」」
「ど、どういうことでしょうか。勝ってはいけない?」
理解できない訴えで困惑してしまう、が、彼女達がシビルのところに行きたがっていることは理解できた。
「「とにかく救世主様のもとへっ。このままでは勇者様まで死んでしまうっ」」
「お、おう……っ。それは一大事。分かりました。私が護衛いたします。決して前に出ないようにお願いします」
かくも必死に訴えてくる2人の迫力に押されて戦いの場へと赴くことにした。
セイナは力の入らない体に鞭打って立ち上がろうとするが、戦いのダメージが残ってうまく力が入らなかった。
「くっ……限界以上に奥義を使い過ぎたか……魔力が欠乏している」
魔法が不得手であっても、スキルを使えば魔力は減る。
体を巡るもう一つの生命エネルギーとも言える魔力が巡っていなくては、体内に血液はあっても流動しないと同じように体がうまく機能しなくなるのだった。
「大丈夫ですか、龍騎士様」
「う、うむ……。どうやら力を使い過ぎたらしい。大丈夫です。私は救世主様の従者。この程度の疲労でへこたれてはいられません」
「少しジッとしていてください」
「いま治します」
「え、あ……」
おもむろにセイナに手をかざす双子。
戸惑う時間の一瞬に、2人の手の平が柔らかい光が包んで広がった。
「精霊よ」
「大地の守護たる精霊よ」
「我らの願いを聞き届けたまえ」
「大地の守護たる精霊よ」
「かの者に癒やしの祝福を与えたまえ」
「お、おお、これはっ⁉」
(か、体がっ)
「これは精霊から神の力を借りたエルフの魔法です」
「精霊は神の因子。エルフはその代弁者」
「体に力が漲ってくるっ。こ、これは凄い。魔力も回復しているとは」
「体に流れるマナの力を活性化しました」
「体力も魔力も全快したはずです。さあ、これで救世主様のもとへ」
「うむ、お願いいたします。これで私も一緒に戦える」
「どうかお急ぎを」
「救世主様のもとへ」
「よし、お二人とも、体は大丈夫なのですか?」
「「問題ありません。精霊様の加護で体は元通りです」」
よくみれば痩せ細っていたアーシェ姫の体は徐々に元の美しかったであろう姿に戻りつつあった。
「そうか、呪いが解けて……っと、それは後にしよう。ともかく我が主のもとへ」
「「急ぎましょう。伝えるのです。【神力】の目覚めを……」」