【sideホタル】
「ここは……」
真っ暗な闇の中。どうしてだか私は何もない真っ暗な空間を彷徨っていた。
なんにも見えなくて、どっちに行ったらいいのか分からない。
「シビル君ッ! セイナさん、フローラさんっ!」
呼びかけても誰も答えてくれない。ひたすらの暗闇だった。
それにしても……。
「あ、あれ? わ、私ッ、服、着てないっ⁉ なんで裸なの?」
不安感から腰に差した剣に手を掛けようとすると、奇妙な違和感に気が付く。
まるで素肌のような感触が最初にあって、ぺしぺしと叩くと間違い無く素肌の感触。
見えないけど、肩、胸、お腹を触って、お尻を触る。
裸だった。私は何も衣服を着用していない。
『それはここが精神体で存在している空間だからだ、娘よ』
「ひぁんっ⁉ だ、誰ですか?」
び、びっくりしたぁあっ! 誰よいきなり声かけるのはっ!
辺りを見回しても誰もいない。真っ暗闇でお互いの姿が見えないのかな。
「え、えっと、どちら様ですか? どこにいらっしゃるので?」
『ふむ、余にはそなたの姿がハッキリ見えるが……。魔力を込めて視界を集中してみよ。おのずと見えてくる』
「ひぇっ⁉ や、やだっ。み、見ないでくださいよっ。服着てないみたいだから」
『人間の女子の肌なぞ見ても面白くもない。それにまだ幼子ではないか。なにを恥じることがあるのだ』
「むぅうっ、こ、子供みたいな体型だって言うんですかっ⁉ どうせセイナさんやフローラさんに比べればお子ちゃま体型ですけどっ」
『そういう事ではないのだが……。それよりしっかり視界に魔力を込めよ』
むぅ、なんだか納得しがたいけど、今は言い争っている場合じゃないか。
目に魔力を込めるってことなのかな。
「魔力込めて視界を集中……むむむぅ……」
言われた通り魔力を集中させてみる。力んで眉間に皺が寄って変な顔になっているに違いない。
言われた通りに魔力を込めて辺りを見回すと、ぼんやりとした光のゆらめきが視界の斜め右側に現われてきた。
「あ、見えましたっ。あなたが話しかけてきたんですか? なんだかモヤモヤしててハッキリしないです。ゴースト系のモンスター? でも喋ってるし……」
『余を下等な魔物と一緒にするとは…。まあ良い』
「あっ、もしかしてここに連れて来られた時に私の体に入ってきた魔王さんですか?」
『その通りだ、今代の勇者よ。どうやら正気ではなかったらしいが、体を間借りしてすまなかったな』
「あ、えっとその…。なんというか」
『そう警戒するな。今の我らに敵対する理由はなくなった。そなたの仲間の転生者のおかげだ』
「転生…シビルくんのことですね」
不思議と敵意は感じなかった。
私達は魔王を倒すために旅してきたはず。
でも、私はそもそも魔王ってどんな存在なのかよく知らないし、考えたこともなかった。
目の前にいる魔王?は、そんな邪悪な感じはまるでしない。
『どうやら我らは2人とも体の主導権を別の何かに乗っ取られ、この暗闇に閉じ込められたようだ』
そうだ。段々思い出してきた…。
「私、あのお爺さんに操られて……。そっからどうなったか、あんまり覚えてないや」
『どうやら精神系の魔法を得意とする男だったようだな。だが既に心配ない。あの男が邪神の眷属を消滅させたから、そなたに掛かった精神支配は解除されている』
「え、シビル君が⁉ あのお爺さんをやっつけてくれたんですか。よかったぁ」
あのお爺さんに操られて、シビル君のことを忘れてしまっていた。
それどころか、むしろ敵意すら感じていたような気がする。
「私、シビル君と敵対しちゃうところだったんだ」
『あの老鬼がどのような目的でそなたを洗脳したか知らぬが、持っている感情を反転させる術式のようだったな』
「それより、どうしたらここから出られるんでしょうか?」
『さっきも言ったとおり、我らの体は別のなにかに主導権を奪われている』
「我らの体って……、私の体なんですけど……」
『そうだったな。だが余には肉体というものがない。本来の体は遙か昔に捨ててしまった』
「だからって私の体にずっと居座るつもりなんですか?」
『心配するな。代わりの体が見つかるまでのしばしの時だ』
「うー、なんか男の人に心の中に居座られるってなんかなぁ……」
『ん? 何を言っている』
「え? 何がですか?」
『それより、どうやらこの暗闇の構造が分かってきたぞ』
「どういうことです?」
『我らは主導権を奪われているだけだ。この体の本来の持ち主であるそなたが主導権を取り戻せばよい』
「そ、そんなことを言われても……どうすればいいんですか?」
『先ほどの目に込めた魔力と一緒だ。自分の肉体をしっかりイメージして主導権を取り戻せ』
「そ、そんなこと言われても…。コントロールなんてブレイジングソードみたいな魔法剣くらいしかやったことないですもん」
『ほう、既に勇者の技を会得していたか。それでコントロールが不得手とは順番がデタラメだな。これもあの不可思議な魂を持つ青年の影響か』
「シビル君ですか? そうだと思います」
『ふむ、その話は後にしよう。どうやらお仲間がピンチのようだぞ』
「え?」
『外にいた龍騎士と魔導師が戦っている相手は相当厄介だ。早くあの転生者の協力を得なければやられてしまうぞ』
「そ、そんな。ど、どうすれば」
『仕方あるまい。余がコントロールを手伝ってやろう』
「え、えっ、魔王さんがどうして?」
『余にはそなたらに敵対する理由は既にない。むしろ生き残ってもらわねば困る』
なんだか奇妙な話になっちゃったけど、シビル君のためにも早く体をとりもどさなくっちゃ。