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第80話セイナ、全力の奥義

 ホタルの体を乗っ取っていた魔王。

 その異形となった姿が更なる化け物へと変貌してしまった。


 目の前が真っ赤になった俺は黄鬼のオベロンを瞬殺した。


 奴が元に戻す手段を残している可能性も残っていた。


 だが、この異形と化したホタルと黄鬼の両方を相手にしてはどちらにも対処できなくなってしまう。


 隙を狙って黄鬼を粉々に砕いた。

 変身が完了していない一瞬を狙って黄鬼に攻撃対象を変更し、最大火力を連続で叩き込んだ。


 即死させた事を確認し、死体の粉末をアイテムボックスに収納する。


 アイテムボックスは生物を収納することはできない。

 つまりそこに収まったってことは、確実に生命活動が終わったということだ。


 最悪でもフェニックスの羽根を使って蘇生させ、元に戻す手段を吐かせるって手も残っている。


 だから速攻で殺した。もたついている時間はない。


 早いところ目の前のホタルもどうにかしないといけないし、セイナ達の戦況も気になる。


 ミルメット、2人の状況がどうなっているか分かるか?


『まだ善戦しているようです。早めにこっちを対処しましょう』


 よし、頑張ってくれホタル、セイナ、フローラ。


 皆救って城に帰るぞ。


◇◇◇


 ――一方、セイナ達は異形に変貌してしまった双子姫救出のための戦闘は続いていた。


「アーシェ姫、レネリー姫ッ、目を覚ましてくれっ! 心を強く持てっ! 故郷の人達が帰りを待っているんだぞッ」


「頑張ってっ! 頑張ってくださいっ! 救世主様もそれを望んでいます!!」


 2人は必死になって双子姫に呼びかけ続けた。

 先ほどのホタルの状況から見て、単純に浄化ノ光を浴びせたとしても元に戻らない可能性が高かった。


 浄化ノ光は集中力と大量の魔力を消費するため連発は難しい。


『おおおおあああっ! ああああっ』


「くっ! 届かないか」


 このままではじり貧になってしまう。双子姫の異形は呼びかける彼女達の言葉を振り払うように攻撃を仕掛けてくる。


 セイナは自分達のやっている事が無意味ではないかと思い始めるが、フローラには違うものが見えていた。


「違うよセイナちゃん。私達の言葉は届いてる。確実に届いてるよ」

「なんだと? どういうことだ」


 攻撃を避けながらフローラにヘイトが向かないように自らに引きつける。


(フローラ、何か作戦があるのか)


 それはまだ分からないが、力一辺倒の自分では見えていないものが見えているに違いないと踏んだセイナは、引き続き双子姫に力強く呼びかけながら戦いを続ける。


(私にも浄化の光が自在に使えれば……。一度発動してしまえばフローラが無防備になってしまう)


 浄化ノ光の弱点は、発動してパーティーに効果が行き渡ると再度使用するまで魔力の収束が鈍くなる点にある。


 故に戦いの中で使用する場合、絶対に安全な防御役を必要とした。


 今まではセイナに加えてホタル、なによりシビルがいたので安心して使うことができた。


 しかし今はセイナ1人しかいない。


 もし一度発動して効果が発揮されなかった場合、魔力を練れないフローラを守りながらセイナ1人で戦わなければならなくなる。


 そのために2人は魔法の発動を躊躇していた。


 しかしこのまま続けていてもいずれ力尽きてしまう。

 相手は体力が無限にありそうな巨大な魔物。


「姫……くっ、一体どうすれば」


『うう、おおああ……うう、殺……して、ください』


「⁉ 姫様、意識がっ!」


『もう、ダメです……殺してください……救世主様の、足手まといには』


「違うッ! ダメなのだっ! お二人は死んではならないっ。フローラッ!」


「うんっ!」


 セイナは瞬時に判断し、フローラに呼びかける。 

 それはフローラも同じであり、セイナが声をかけるのと同時に魔法の発動を完了させていた。


 セイナの槍にライトグリーン色の淡い光が宿っていき、全体に行き渡る。


 聖者の光を帯びたがごとく、これまでよりも強い輝きを放つ武器に驚くヒマもなく、セイナは双子姫に呼びかける。


「我らは生きねばならぬっ! この世界の存続のためには、我々は1人として死んではならんのだっ! なにより!」


 セイナの頭に浮かんだのは、世界の平和とか、そういったことではない。


「アーシェ様ッ! レネリー様ッ! あなた達に知ってほしいっ! 私達が経験した素晴らしい体験をっ」


「⁉ そうですっ! 私達は、この世界の人達じゃ絶対に味わえない幸福を知っています。救世主シビル様と一緒に来れば、それを味わえるんですよっ!」


「その通りだっ! 素晴らしいぞっ。我らと共に主に仕えようではないかっ! 普通の女の子として、1人の男性を愛するのだっ! 我らと共にっ」


「私達と一緒にっ! 共に愛しましょうっ!」


 それは生きる希望を与えること。セイナもフローラも、双子姫がシビルを救世主と呼び希望を抱いていた事を知っている。


 そして2人が物語のヒロインであり、いずれ自分達と道を共にするものだという確信を持っていた。


 だからこそ、自らが体験した未知の幸福をありったけの言葉で伝えたのだ。


 その強い想いが双子姫の何かを動かしたのか、異形の化け物の腹に浮かび上がった双子の顔が微かに動きを見せた。


「光よっ! 浄化ノ光よっ! 2人の魂を正常に戻したまえっ! 悪なる邪気を祓いたまえっ!」


 セイナは浄化ノ光が宿った大槍を突き出し、異形の心臓目掛けてまっすぐ突き出した。


『ぎょああああああああっ!』


「突き刺したっ! 浄化ノ光が届いている。でもまだだっ! フローラっ」


「うんっ!」


 動きの止まった敵と対峙するセイナに寄り添い、その腕にそっと手を添える。


「浄化ノ光ッ!」


 フローラの魔力が再び集束し、浄化ノ光が双子の体内に注がれていく。


「魔力が集束しないなら、注ぎ込みながら発動すればいいっ! セイナちゃん、もっともっとっ、奥まで突き刺してっ! 2人に直接届くようにっ」


「おうっ! でぁああああっ」


『うぐおおおおっ⁉ お、おおおっ』


「「うぁあああああああああああ」」


 裂帛の気合いと共に二人分の力で槍を突き出す。

 体にめり込んだ大槍に注がれていく浄化ノ光。


 それは槍を伝って異形の中へと注がれ、双子の魂に癒やしの光を降り注ぐ。


「届いたっ! 確かに届いたぞっ!」


『あ、ぁああ、これは、まさしく『神力』、救世主様の神なる力……。やっと……』

『私達は、待っていた……あなた達が、現われるのを……』


『『救世主様の、神なる力を……』』


「ごぁああああああああ」


 光が弾け、異形の腹が臓物をぶちまけながら爆ぜていく。


 その中から2人の少女が飛び出し、セイナとフローラがそれを咄嗟に受け止めた。


「やったっ! やったぞフローラッ。よーしっ、化け物にトドメだっ。やるぞフローラっ」


「うんっ!」


 セイナとフローラは残った力を絞り尽くし、双子姫を切り離した異形の化け物に立ち向かう。


「もう遠慮はせぬぞっ! 【龍真化・ドラゴニックアーツ】」


 セイナはこれまで出せなかった全力の攻撃を放つため、究極の戦闘形態である【龍真化】を解放する。


 ドラゴン特有の雄々しきツノと鋭い爪、大きな赤い翼を広げて激しい炎の闘気を纏う。


「これでぇえええっ! 終わりだぁああああ! 奥義【煌龍絶華こうりゅうぜっか】」


 赤い炎の闘気がセイナの槍に限界まで凝縮され、飛び上がったセイナは翼をはためかせて風を起こす。


 音速に迫る勢いで飛び出したセイナは、そのまま槍を突き出して異形を貫いた。


「ぎょヵああああああああっ」 


 断末魔の叫びと共に炎に包まれ、異形はとうとう崩れていく。

 爆発した体の破片は黒焦げのチリとなって霧散していき、数秒と掛からず跡形も無くなった。



「はぁ、はぁ、はぁ……やったっ! やったぞっ。そうだ、姫様達は」


「大丈夫、回復ポーションで落ち着いた」

「そうか。よかった……。これで主達の元へいける……くっ」


 セイナは踏ん張って立ち上がろうとするが、全ての力を使い果たしてその場にへたり込む。


「くっ……ダメだ、動けん。せめて双子が無事であることだけでも知らせなくては……」


「それなら私が行ってくるよ……」


「ああ、頼んだ。私は2人を見ている。お前も主の邪魔にならないように慎重にな」


「うん」


 ようやく双子姫を救い出したセイナとフローラ。

 安らかな寝顔で呼吸をする2人の姫を見て、セイナは安堵の息を漏らすのだった。



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