【sideホタル】
危なかったぁ。シビル君のおかげでようやく自分の体を取り戻せたよ。
戦いは終わった。全てを使い切ったシビル君は気絶したまま目を覚まさず、助け出した双子姫様達が治療に当たっていた。
(ふむ。やはり女神の使いであったか、あの男。余が勝てぬはずだ)
相変わらず魔王さんは私の頭の中でずっと喋ってる。
意識は完全に自分の体を取り戻している事が分かるけど、こういうのはなんか変な感じだ。
「あの、魔王さん、いつまで私の体にいるつもりですか?」
(それはあの男次第だな。そなたの代わりになる肉体を見つけるまではガマンせよ)
「それっていつまでなのかなぁ。頭の中で他人が喋ってるって凄く変な感じがする」
(なに、直ぐに慣れる。慣れた頃には出て行くから安心せよ)
全然安心できないんですけど……。
そもそも私はこの人を倒すために旅をしていた筈なのに、これからどうすればいいんだろう。
(勇者というのも難儀なものだな。神々から勝手に選定されて余を倒せとか使命を押し付けられるとは)
「そもそもあなたはどうして人間を滅ぼそうとするんですか?」
(ん? 余は人族を滅ぼそうとした事などないぞ? 余の力にひれ伏した魔族や知恵ある魔物達が勝手にやっていることだ。まあ余がその頂点に君臨する以上、最終的な責任は余にあるが……余自身は人族に思うところは特にない)
「なんですかそれ。もうちょっと崇高な目的とかなかったんですか?」
(あの男も言っていた通り、余が求めていたのは血湧き肉躍るようなギリギリの戦いができる対等な相手だ。魔族共の人類敵対はそのための手段に過ぎぬ)
え、じゃあシビル君がそれになってくれるなら、もう世界は魔王の脅威にさらされないってこと?
(さてどうかな。神々はどうしても魔族と人族を戦わせたいだろうから、適当に新しい魔王でも餞別するのではないか?)
「は? ……今なんと? どういうことですか? 魔王を選定するのが神様って」
(言葉通りだ。余は強きものだった故に魔王に選定された。以来幾星霜、余は余の目的のために動いてきた)
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 情報が多すぎて整理できません」
(ふむ、ならばあの男が目覚めた後で詳しく話すとしようか)
ここに来て新しい情報が大挙して押し寄せてくるのは勘弁してほしかった。
「シビル殿は目を覚ましそうか?」
「神力の発動に体が慣れていないからかなり消耗しています。精霊魔法で神力を循環させていますので、しばらくすれば……」
アーシェ姫様とレネリー姫様。二人はそれぞれに彼の手を握って祈りを捧げている。
神力っていうのは私を救ってくれた特別な力の事で、初めての事に体がビックリしているだけらしい。
甘露の水差しで体力は回復したけど、神力っていうのは体力とは別物らしい。
それにしても……。
「こんな所早く脱出したいけど……」
「姫様方、主の体力は万全なのだろう? ここは危険だ。早く脱出に移動を開始した方がいい」
「「分かりました」」
「幸いここに入る時に魔物はまったくいなかった。原因である黄鬼が消滅した以上、再び魔素を取り込んで魔物が誕生しないとも限らん。早めに安全な場所に運び、そこで治療した方がいいはずだ」
セイナさんの提案で遺跡を脱出することになった私達。
『待つのだ。その前にやるべきことがある』
「あ、龍帝さん。今までどうしてたんですか?」
セイナさんがシビル君を背負って出発しようとしたところで龍帝さんが魔王さんが封印されていた部屋の方から飛んできた。
今はこの狭いダンジョンの中でも自由に動けるように大きめの鳥くらいのサイズだった。
そういえばずっと姿を見かけなかったけど、どこに行ってたんだろう?
『我が主の命令でこの魔王廟の奥にある空間を調べていた。勇者ホタルの中にいる魔王よ、聞こえるか?』
(むっ。どうやら余に話しかけているようだな。勇者の娘よ、そなたの声を借りても構わぬか?)
「え、いいですけど」
そのまま体の主導権とかとられないかな? 心配だけど、悪意がないのはなんとなく分かるから重たく考えないでおこう。
「うむ、そなたは何者ぞ?」
自分の口と喉が勝手に動くのは凄く変な感じだなぁ。
『久しくあっておらぬから忘れたか? 我が名はサダルゼクス。人の世にて魔龍帝と呼ばれし龍族の長なり』
「ほう、魔龍帝であったか。確かに懐かしい気配だ」
『今はシビル・ルインハルドを主と崇めて従魔として仕えておる』
「やはりそうか。覚えのある気配がすると思っていたが」
『さて、積もる話もあるが今は用事を優先させよう。魔王ゴルディーバよ、そなたにも無関係の話ではない。この霊廟の奥には、そなたの真なる肉体が眠っておる』
「なんだと? そんな筈はない。元の肉体は前世の世界に捨ててきた。この世界と理を
『だが確かにそなたから感じる魂に同調する波動を持っている。放置してよいものではないから持っていくべきだと主に進言したかったのだが』
え、じゃあ魔王さんの本当の体があるってことは、もう私の中に居座らなくてもいいんだ。よかったぁ。
「それが本当なら丁度良い。この娘の精神に居座るのもいささか居心地が良かったが、本人はあまり歓迎しておらぬようでな」
そりゃ頭の中に他人が居座るのは普通に不気味だと思うんですけど……。
『ふむ。残念だがすぐに元通りとは行かぬかもしれん』
「なんだと? どういうことだ」
『まずは実物を魔王本人が見た方が早かろう。龍騎士セイナよ。そなたらは双子を連れて先に王都に戻るが良かろう。我は勇者を連れて後を追う』
「分かりました龍帝陛下」
『魔導師フローラよ。ついでに魔力を回復してやろう。今なら脱出魔法を使うのも難しくないはずだ』
「わ、分かりましたっ」
そうして魔王廟の奥へと進み、龍帝さんの案内で魔王さんの体があるっていう棺の間へと入った。
(ふむ……今代の勇者よ。どうやらすぐにお別れという訳にはゆかぬようだな)
「え、どういうことですか?」
魔王さんの体は棺の中に収められているという。
でも奥の部屋にはそんなものはどこにもなく、小さな箱がぽつんと鎮座していただけだった。
『勇者よ。魔王の肉体はこの箱の中だ。開いてみよ』
「え、魔王さんってこんなに小さいんですか?」
まさかそんな筈はないと思いつつも箱を開いてみるが、そこには透明な水晶が入っているだけだった。
「なにこれ……水晶?」
『その宝玉に魔王の肉体が封印されているようだ。しかも長い年月が経過して朽ちかけておる。このまま封印を解けばたちまち風化が加速して本当に朽ちてしまうだろう』
「え、それならどうしたらいいんですか?」
『方法がないわけではない。しかし今すぐには無理だな』
(なるほどな。どうやらしばらくの付き合いになりそうだな、勇者の娘よ)
「そんなぁ」
がっくりと肩を落とす私に龍帝さんが尻尾で頭を撫でてくれた。
龍帝さんがなんか優しい。
「うう、仕方ない。早く解決するためにもこの水晶は持っていった方が良さそうですね」
『うむ。心配せずとも方法はある。ともかく我らも戻るとしよう。戦いの疲れを癒やすのだ』
本当のその通りだった。私は操られてばかりだったので戦ってないけど、精神的な疲労は溜まっている。
水晶をアイテム袋に入れ、龍帝さんの脱出魔法でシビル君達に追いつくことになった。