フェアリール王国の国王アルバートは、第一王子のサイモンの謀反によって地下牢へと幽閉され、暗い部屋の中で忍従の時を過ごしていた。
「アナス、スーリア……。すまない。私の力が足りないばかりに」
「もうっ、お父様ったらまたその話? おかしくなったお兄様のせいなんだから気にしないでって言ったじゃない」
「その通りだ父上。この苦渋、必ず我々を救ってくれる救世主が現われよう。ほら、最近よく口にしている男の名、なんと言ったかな?」
丁寧な口調の美しき銀髪の姫、アナスタシア。
華奢な肩と細い腰。しなやかな体付きで目鼻立ちのハッキリとして顔付き。
絹糸のような髪を一つにまとめ、汚れが目立つドレスを着ていながら気品を失っていない第一王女。
一方のスーリア姫。この国で上位に入る剣の使い手であり、美しき舞を踊る舞姫の異名を持つ美姫。
意思の強い赤い瞳には絶望の色は微塵も浮かんでいなかった。
瞳と同じ燃えるような赤い髪と、スラリとした体付きで見るものを魅了する第2王女。
2人の娘に支えられ、父である国王は勇気づけられた。
「この地下牢に捕らえられて早1週間。サイモンの変わり様は、間違いなく邪神の使いに操られてのことだ」
「ええ。お兄様があれほどの暴挙に出るなど、今まででは考えられないわ」
「そうね。邪神って奴のせいでおかしくなったといっても、性格はそのまま。あれは本音を引き出されてるって感じだわ」
「……。我が息子ながら情けない。だが、それ以上に情けないのは私だ。生け贄を差し出せと言われて身代わりになることすら出来ぬとは」
「それは言いっこなしって言ったでしょ。それより、なんとかしてここを脱出する手段を考えましょう。このままだと本当に戦争が始まってしまうわ」
アナスタシアの言うように、サイモンは国王と王女達を幽閉してすぐに戦争の準備に入った。
兵士を含めた国民がどれだけ混乱したか知れない。
貴族の反発の全てを恐怖と力によって押さえつけたのだ。
「
「私もだ。全ての民のため、救世主に全てを委ねよう。我が身の犠牲もいとわぬぞ」
「お前達……。よし、ここで大人しくしていても何にもならない。なんとかしてここを脱出しよう。生き延びれば再起の道は開ける」
娘2人に勇気づけられた国王は立ち上がり、脱出のために行動を始める。
『さすがです皆さん。助けにきましたよっ』
「「「えっ⁉⁉」」」
突然の声に驚く3人。しかしどこにも声の主は姿が見当たらない。
「い、今の声は」
誰もいない筈の地下牢で声が響くのが不気味であったが、その声に聞き覚えのあった国王が声を上げる。
「その声、まさかシビル君か?」
「「え?」」
透明な姿が解除され、そこには予想通りシビル・ルインハルドが現れ始める。
「おお、シビル君」
「国王様、姫様方。お助けに上がりました。見張りは全員気絶させてあります。外で仲間が安全な所までご案内しますので」
「おお、ありがたい。しかしこのままでは戦争が始まってしまう。なんとかしなければ」
「大丈夫です。既に対策は打ってあります」
「なんと」
「ほ、本当ですかっ」
「はい。魔王討伐の旅に出発する前、この王都に不穏な空気を感じとったので。次善策を打っておきました」
「凄い……」
「サイモン王子の動向は仲間が見張っています。王族の皆様の安全を確保したら反撃を開始します」
その時、アナスタシアとスーリアの心にシビル・ルインハルドという男が強く印象づけられた。
それまで妹ルルナの遊び相手という印象程度しかなかった男。
小太りでパッとしないシビルという男は、2人にとって、はっきり言えば有象無象であった。
だが2ヶ月前、目の前に現われた男のあまりの変わりように驚きを隠せなかった。
それだけなら取るに足らないことだ。顔の整った男など貴族の中にいくらでもいる。
それも掃いて捨てるほどに。顔の造形が良くなった程度で心証が変わるようなことはない。
その種が、この瞬間にひっそりと芽吹いた。
◇◇◇
それはまだシビルがルルナの遊び相手として王城に通っていた頃の話。
その頃のアナスタシア、スーリアは王族の娘として、既に英才教育と共に婿捜しを始めていた頃であった。
王族の娘に結婚の自由はない。
力のある貴族を婿に迎え、フェアリール王国の基盤を盤石にするための駒になる。
本人達もそのことに何の疑問も抱いておらず、そのようになっていくと思っていた。
『お二人には将来シビルちゃんの女になってもらいますね♡』
普通なら、そう、普通ならいかに公爵令嬢といえども無礼千万な言葉。
不敬罪に問われてもおかしくない暴言である。
だが現実に起こったのはその真逆の現象。
跪いた。
王女2人は、公爵令嬢の、それもわずか4歳の女の子に跪いたのである。
『まだ子供ですし、成人したらで構いません。シビル・ルインハルドは、いずれこの国、いいえ、この世界の全てを牛耳る男です。その時までに良い女になっててくださいね。私も負けませんからっ』
そのあまりにも純粋な笑顔と、純粋過ぎる狂気に、2人は恐怖した。
そして魅了された。普通の人間にはない特別な何かを、魂そのものが感じとったのである。
2人にとってこの感覚を言葉にして説明するのは非常に困難であった。
『でも好きでもない人にはいやですよね。安心してください。必ずシビルちゃん無しでは生きられなくなる時がやってきますから♡』
四歳の少女にそう言われ、2人の王女は何かを予感したのである。
そして植え付けられた因子は、2人の姫を
完全に芽吹くのはまだまだ先になる。しかし、2人の美しき王女が大輪の恋花を咲き狂わせる日は、そう遠い話ではない。
◇◇◇
「王様、王女様達、こっちです」
その先に待っていたホタルに案内され、王城の地下通路を通っていた。
「ここは我々王族が緊急の時に使う地下通路だが、君たちがどうしてここの存在を知っているのかね?」
「え? シビル君が知っていたんです。どうしてかは分からないんですけど」
「一体どういうことなんだ?」
アルバートが疑問に思うのも無理はない。この通路は王族がもしもの時のために使う場所であり、一般の人間が知っている筈がなかった。
逆を言うなら外部の人間に洩れていてはまったく意味のない場所となる。
「とにかく、王都奪還のために、私達はある人物のもとへ向かっています。そこで皆合流したら、反撃開始です」
「ある人物とは、誰なのかですか?」
「それは」
「それは?」
それは王族にとっても寝耳に水。予想外の人物であった。
「次期聖女様です!」