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第十八回 杞憂無き反抗




 じょしゅうのとあるしゅろう


 こうせんたちに会おうと人界に来ていた九天玄女きゅうてんげんじょ六合慧女りくごうけいじょは、ある魔星に出くわしたので、その酒楼で食事をし、話をしていた。


「で、何か事件でもありました?」


 きゅうてんが尋ねると、その魔星――まんせいは答えた。


「ええ。実は先日、ぶんえいと名乗る男が、私を宿やどぬしから引きずり出したんです。私はふなだいの男にいて、平和に暮らしていました。悪さはしていません、本当に」


 地満星は、女神二人ににらまれて、冷や汗をかいている。


「んー、信じるわ」


 れいたんな流し目でりくごうが言うと、地満星は背筋を伸ばして続けた。


「あんな気味の悪いことは初めてです。呉文榮に首根っこをつかまれ、毛むくじゃらの胸板に顔を埋められました。ひどくあせくさい胸毛でした」


「要点だけ言って」


 六合が、匂いそうに手を振る。


「はい。呉文榮の中に取り込まれそうになったので、とっさに胸毛を引きちぎり、奴がひるんだすきに逃げ出しました。そしたら、お二人に出くわしたのです」


「なるほど、ありがとう。参考になりました」


 九天がうながして、三人は酒楼を出る。


 歩きながら、地満星が訊いた。


「私をどうする気ですか?」


 不安な表情の地満星に、六合が言う。


「あなたの兄弟が集まっている上清宮じょうせいぐうというところへ、案内してあげてもいいわ」


「そりゃ助かります。あんな不気味な奴には、二度と遭いたくない」


 そのとき、軽快な男の声がした。


「おやおや、何してるんだ、あんたがた」


 九天は振り向くと、驚いて言った。


「鋼先! よかった、さがしていたんですよ」


らいせんたちは一緒? 無事かしら」


 六合が尋ねたが、鋼先は首を振る。


「説明するから、そこのうらへ入ろう。あんたたち天界の格好のままじゃないか、目立つぞ」


 そう言って皆で身を隠すと、とんこうの森での一件を話した。


 九天がうなずく。


「あなたたちの気配が分散していたのは、そのせいでしたか。道理で捜しにくいはずです」


「じゃあ、あんたがたも兄貴たちの居場所は知らないのか。参ったな」


 鋼先が頭をかく。その横で、地満星が急にすすり泣きを始めた。


「どうしたの、地満星。何を泣いているの」


 六合が声をかけると、地満星は涙をいて言った。


「いえ、なんだかこの人から、てんかいせいのあにきと同じ匂いがするもんですから。いきなり懐かしくなっちまいまして」


 鋼先が苦笑する。


「ああ、そうか。その通りだもんな、仕方ない」


「え?」


 驚いた地満星に、九天が告げる。


「このこうせんは、天魁星と融合しているのです。人界に散らばったあなたたちを集めるために」


「紛らわしい言い方は止してくれよ。別に志願したわけじゃないぜ」


 鋼先は辟易した言葉を吐いたが、それでも地満星は喜びの声を上げる。


 そのとき、誰かの野太い声がした。


「そうか、貴様が天魁星だったのか。ならば早速引きずり出して、取り込むとするか」


 四人がはっとして振り向くと、呉文榮が光る目で笑っていた。


「しまった……まだこの辺りにいたのね」


 九天が歯がみをすると、地満星が落ちていた木切れを拾って呉文榮に投げつける。


「逃げてください、あにき。ここは俺が!」


 鋼先はとっさに、朔月鏡さくげつきょうで呉文榮を映した。


 てんそくせい


 せいせい


 とうせい


「まずいな、魔星三つだ。こりゃ逃げたほうがいい」


 地満星がさらに木切れを投げた。だが呉文榮はがんぜんでつかみ取り、無造作に捨てる。


 鋼先は地満星の肩を叩いた。


「突破するぞ。来い」


 二人は走り出し、呉文榮に体当たりした。呉文榮は少しよろめいたが耐えきり、二人ののどもとわしづかみにする。


 九天が叫んだ。


「鋼先、呉文榮の弱点を狙って! 胸毛をちぎるんです!」


「姉さん、それ違うと思うわ」


 六合は、ため息をつきながら、卵ほどの鉄球がついた縄を取り出し、勢いよく投げつけた。


 両手がふさがっていた呉文榮は避けることができず、鉄球は眉間みけんに命中した。


「ぬぐっ」


 怯んだところで、鋼先と地満星はすかさず蹴りを入れ、手を逃れた。


 六合は鉄球を戻し、再び投げる。しかし呉文榮はうまくつかみ取り、二人で縄の引っ張り合いになった。


「今だ」


 鋼先はついけんを抜き、呉文榮のももに突き刺した。


「ふんっ」


 呉文榮は、鋭い気合いを込めた。身体から電光がほとばしったが、魔星は抜け出てこない。


「なんてこった。追魔剣に耐えてやがる」


 鋼先は剣に力を込めるが、呉文榮に蹴り飛ばされた。


 そのとき、


「はあっ!」


 六合が大きく跳躍し、蝶のように宙返りしながら、縄を舞わせて呉文榮を縛る。そして彼の背後に着地した。


「鋼先、もう一度。いえ、何度でも刺して!」


 六合が、身をよじって縄をしぼる。


「あにき、やっちまいましょう!」


 地満星も、がんじがらめになった呉文榮を殴りつけた。


 鋼先は起き上がり、呉文榮を追魔剣で連刺れんざする。


「ぐああっ! もう無理だ!」


 呉文榮の身体が一際強く光り、三人のじんしょうが飛び出た。


 同時に、呉文榮は気を失い、倒れ込む。


 鋼先が、息を切らしながら六合を見た。


流星錘りゅうせいすいか。女神さんが持つには、物騒な武器だな」


「い、いいじゃない、便利なんだから」


 六合は、照れてふてくされる。


 鋼先は朔月鏡を出した。天速星たちが、恐怖で身構えたが、


「待て。この人には、天魁星のあにきが入っている。争うのはやめてくれ」


 と地満星が取り持った。


 鋼先はしゅうせいしようとしたが、ふと思いついたことがあり、鏡をしまう。そして尋ねた。


「お前たちに訊くが、百八星に、『あん』の字が付く星はいるか?」


 九天と六合も、はっとして魔星たちを見る。


 地闘星が頷いて、


あんせいだったら、人界に来てからも会いましたぜ。南の方にいます」


「それなら頼みがある。そいつを捜して、見つけたら皆で竜虎山りゅうこざん上清宮じょうせいぐうに行ってほしいんだ。そこには、他の兄弟たちも集まっているから」


 鋼先がそう言うと、魔星たちは嬉しそうに顔を見合わせ、お任せ下さいと告げて出発した。


 彼らを見送って、六合が片目をつむってほほ笑む。


「雷先のためね。んー、なかなかいい考えだと思うわ」


「気休めだがな」


 鋼先は苦笑する。


 九天も、感心して言った。


「いえ、大したものですよ。それに、旅立った当初から比べて、天魁星があなたにんでいるのが分かります。魔星たちがあなたに敬意を払うようになっていますね」


「そうかい。相変わらず、腕力も何も出ないがね」


 そして倒れている呉文榮に近付き、


「おい、起きろ。お前にはいろいろ訊きたいことがある」


 といた。


「う……」


 うめきながら目を覚ました呉文榮は、縛られた身をよじりながら鋼先をにらむ。


「またも魔星を奪ったな。返せ、賀鋼先!」


「もうここにはいない。それより、お前はどうして魔星を集めている。何が目的だ」


「言えば、ほどくか」


「解かないが、言わないとこうだ」


 鋼先は匕首あいくちを抜いて呉文榮の首筋に当てる。呉文榮は苦笑し、低い声で言った。


「魔星を取り込んで、強くなる。それだけだ」


「お前は元々強い。さらに強くなりたいわけがあるだろう」


「…………」


 黙ってしまう呉文榮に、鋼先は匕首を圧す。


「呉文榮、俺は武器の扱いも下手だ。いまの力加減にも、自信がない。かえって危険な相手だと思うがね」


 と、変なおどしをした。


 呉文榮は、短いため息をついて口を開く。


「……師匠をな。倒さねばならん。道を、誤ってしまった男だ」


「ほう」


 鋼先は、呉文榮の目を見る。嘘をついている目ではない。


「もう一つ。お前はどうして魔星のことを知った?」


「元々は、その師匠からだ。師と魔星の因縁は深い」


 そこへ、九天が割り込んできた。


「でも、それはわたくしごとではないですか。魔星の力を使っていい理由にはなりません」


 六合が、にがにがしく言った。


「もういいわ。とどめを刺して、鋼先」


 鋼先が慌てて手を振る。


「俺にやらせるのか。そりゃひどいぜ」


「そのための匕首でしょう。放せば、あなたの天魁星を狙うわ」


 そう言われて鋼先は呉文榮を見ながら考える。そして、きっぱりと言った。


「いや、逃がしてやる。そのかわり、今日だけは、魔星を狙わない約束をさせよう」


「なんですって?」


 がみまいが驚きの声を上げ、呉文榮を見た。


「何を勝手な。……まあいい、応じてやる」


 呉文榮は偉そうに答えた。


 鋼先が縄を切る。呉文榮は身体をさすると、あっという間に走り去って行った。


 六合が、鋼先に詰め寄る。


「ねえ、甘いんじゃないの。どうせ約束するなら、二度と魔星と関わらないと言わせれば良かったのに」


「それは応じないだろう。あいつは、自分の望みが果たせないなら死を選ぶ。そういう目をしていた」


「だったら、死なせればよかった。あなたは必ず狙われるわ」


「いいか、俺が言いたいのは」


 鋼先は口調を荒げた。


「殺したいなら、自分でやれってことだ。なぜ俺にさせる?」


 六合と九天は、されて後ずさる。


「それは……私たちが人間の命を奪ったら、罪を受けるから」


 六合がおずおずと答えると、鋼先の眼光が更に鋭くなった。


「おいおい、人界にも法があるんだぜ。呉文榮を殺して、俺が役所に捕まったらどうする。考えがさんだぞ」


 鋼先はきっぱりと言った。


 九天が、眉をひそめて忠告する。


「鋼先、言葉には気をつけてください。私たちは、えいていどうじょ様の代理で来ています。やりとりは全て、報告しなくてはなりません」


 しかし、鋼先はひるまない。


「じゃあなおさら、英貞さんに言っとけ。文句があるなら、ちゃんとした段取りを持ってこいってな。丸投げしてるくせに、面子メンツだけはこだわりやがって」


 鋼先はつかみかからんばかりの勢いである。姉妹は、うつむいて黙ってしまった。


「忘れないでくれ。俺は、好きで収星なんかやってるんじゃない。それに、呉文榮は味方じゃないが、恨みもない。無造作に絡んでややこしくするな」


 そして流星錘の鉄球を投げて返し、歩き出した。


「俺たちは、この北のがいえいざんに集まることになっている。何日かしたら来てみてくれ。じゃあな」


 そして、彼女たちからかなり遠ざかったところで、最後のつぶやきを吐き出した。


「要領が悪いくせに態度だけはでかい。神なんて、ってみるもんじゃないな」




 姉妹は、重苦しい気持ちで鋼先を見送っていた。


「怒ってしまったわ。いや、自棄やけになったというべきかしら」


 そう言って、六合がため息をつく。


「仕方ないわ。彼らは、限りのある命で生きている。時間が無限にある私たちとは、分かり合えない壁があるわ」


「鋼先の言ったことは、もっともだと思う。姉さん、私、もっと彼らのことを知りたくなって来てる」


「ええ」


 九天は、にこりと笑って妹を見た。


「私も、同じ気持ちです。それに、あなたにはちょうどいいお相手がいるようですし、きっとすぐにも、分かり合えるんじゃないかしら」


「何よ、やだ」


 びっくりした六合が、照れてむくれる。そして、ふと思い出して言った。


「今日のこと、えいてい様にどう報告しようか」


「ありのままを言えば、不和が生まれるでしょう。英貞様は今、立場的にもつらいはず。少しかつあいした報告にしましょうね」


 九天は苦笑して、ゆっくりと歩き出した。

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