「
「……危ない状態だ」
それを聞いて、朱差偉は笑う。
「では、私が
いきなり呉文榮が、朱差偉の
「ごぼっ!」
「やかましいぞ
そのまま、朱差偉の首の骨をゴキリと
「もう、たくさんだ」
呉文榮は
「長く暮らした街ではあったが、今は去る
そう言って、店じまいをしていた市場から
開けた場所で
煮汁の味見をして、根菜と雉肉を入れる。途中で香辛料を加え、肉に火が通ったところで火を止めた。
腹が減っていたので、熱さに構わず一気に食べ終えた。しばらくは身体が温まっていたが、十一月上旬の夜は冷え込む。後片付けをしながら、呉文榮は身震いした。
「やあ呉文榮。あっ、鍋だったのか。間に合わなかった」
突然、
「どうしたんだよ。師匠の事は終わったんだろう?
呉文榮は構えを
「確かに、師匠の
童子服は、笑顔を浮かべる。
「君があの僵尸に勝つには、魔星の力が必要だった。それを教えたのは僕だよ」
「ほう。そうだったな。感謝する。これでいいか」
「心がこもってないなぁ。君の
「
呉文榮があっさり答えると、童子服は苦笑した。
「じゃあ、聞き流していいよ。――まだ魔星は残っている。
「賀鋼先の
すると、童子服はため息をついた。
「そうかい。でも、関わりたくないのは彼等も同じなんだよ。さっさと収星を終わらせて、普段の暮らしに戻りたい。君は
「……それは、そうだが」
呉文榮の表情が
「もう
そう言って、童子服はくるりと背を向けて去って行く。
それを見送った後、呉文榮は星を見上げ、
「仕方ない、寺へ帰ってみるか。今なら
◇
「ついに動いたか。奴の野心と魔星の
魯乗はきっぱりと言う。鋼先たちは
「
鋼先は、分かった、と
「安禄山軍は
「
魯乗の見立ては確信に満ちていた。李秀も頷く。
鋼先が訊いた。
「だが、俺たちが安禄山に接触するには、それなりの段取りが要る。どこかにツテがあるといいんだが」
すると李秀が膝を叩いて言う。
「
「よし。訪ねてみるか」
鋼先は立ち上がった。
◇
平原への旅が決まり、一同は手早く準備を進めた。
夜になってみんなが寝静まった頃、鋼先は魯乗に報告をする。
「唐流嶬が、そう言ったのか?」
「ああ。俺の中の
鋼先は真剣な目で聞いた。魯乗はいろいろと角度を変えながら彼を見たが、力なく首を振る。
「すまんな、やはりわしの法力はまだ弱い。以前も見たが、細かいところまでは
落胆する魯乗に、鋼先は手を振ってねぎらう。
「いいんだ、気にしないでくれ。唐流嶬のハッタリかもしれないし」
「英貞どのに聞いた方がよいかの?」
「そうだな。……あ、いや。それは止そう」
魯乗の提案に、鋼先は顔を曇らせる。
「天界は、最初から何かを隠していた。俺はそれに気付かない振りをすると決めている。やばそうな質問はしたくない」
「……確かに。本当に半分にしたのなら、その意図を伝えないのは妙じゃな」
魯乗は改めて鋼先を見つめようとしたが、鋼先は首を振って拒否した。
「気付かない振りを続けるぜ。油断させておいて、いつか先手を取ってやる。
それよりも今は、地上の
◇
「
平原太守・
鋼先が驚いて言う。
「俺たちを知っているのか?」
顔真卿は頷き、
「筆ですごい術を使うらしいじゃないか。俺も書道はかじってるんでな、気になってたのさ」
それを聞いて、鋼先たちは
「筆の術は、私が使います。
顔真卿は、大声で楽しそうに笑った。
「
そう言って、
顔真卿が紹介する。
「これは俺の
「そうか、
鋼先たちは、苦笑しながら納得する。
顔真卿も笑い、腕くらいの長さの棒を取り出した。だがよく見ると、
「こいつが俺の筆、『
「ずいぶん長いのう」
魯乗が言うと、顔真卿は頷いて続ける。
「
「なにっ?」
収星陣は驚く。
「そして能力は」
顔真卿は、ビタリと萍鶴を指さした。
「あんたの術と同じだ」
「なんだと?」
さらに驚く様を見て、顔真卿はまたも大きな声で笑う。
顔杲卿が、ため息をついて言った。
「騒々しくてすまん。こいつ、
「私の、
「そうだ。俺の『
目をギラギラさせ、顔真卿は笑った。
◇
亭から歩いて、裏庭に出る。ここにも大きな亭があった。顔真卿はそれを指さす。
「もう使っていないが、ここは井戸だった。ご覧の通り大きく、そして深い。ここで勝負だ」
「確かに、普通より大きいわね」
萍鶴が近付いてのぞき込んだ。直径が通常の五倍くらいあり、囲いの付いた池のようにも見える。
「一度に大勢で水を
そう言うなり、顔真卿は萍鶴を井戸の中に突き落とした。
「あっ!」
全員が叫ぶ。
「心配するな、水は
そして顔真卿は笑いながら井戸に飛び込む。
顔杲卿が苦笑しながら、皆を制した。
急に突き落とされた萍鶴は、落下しながら何度か
萍鶴が言う。
「強引な人だわ。とにかく、ここを出れば勝ちなのね」
萍鶴は少し眉を
顔真卿も、朧瞭を左手に持った墨壺に入れた。
「戦い方は自由だが、まあ怪我をせん程度にするか」
「何でもいいわ。早く終わらせたい」
萍鶴は無表情に答える。顔真卿は、にやにや笑いながらひゅっと墨を放った。井戸の底面に「
「ハハハ、好い反応だな!」
顔真卿は墨を飛ばし、萍鶴の頬に「落下」の文字を現す。上昇は止まり、二人は落ちた。顔真卿は墨を飛ばして「射出」を
着地して、顔真卿が笑った。
「言い忘れたが、魔星は一つじゃないぜ」
「えっ?」
萍鶴は、落下を
「俺にも憑いてる。
そう言って、顔真卿は連続で墨を飛ばした。萍鶴はとっさにしゃがむ。墨は
「まさか、あなたたち……!」
萍鶴がにらむ。顔真卿は、おどけた笑いで墨壺に浸した。
「そうだ。
「くっ」
萍鶴は飛墨を打ったが、顔真卿は
顔真卿は、それを眺めて首を振る。
「
顔真卿は、井戸の底面に墨を打った。力強い
「知ってるだろうが、この術には三つ弱点がある。一つは水」
萍鶴は顔真卿に飛墨を打ったが、水に
「いけない。墨が乗らないと、壁も登れないわ」
萍鶴が
「もう一つは、飛ばせる距離が短いこと。だが、俺はそれを
そう言って、長い
「根」の文字が現れ、壁面を破って樹の根が降りてきた。
顔真卿はそれをつかんでよじ登る。途中で上の壁面に墨を打ち、また根を生やした。
「まずいわ」
萍鶴も根をつかみ、追い登る。
「急げ急げ。俺を落とさなきゃ、先に出るのは無理だぜ」
顔真卿はするすると登って行った。だが萍鶴は腕力が足りず、速くは登れない。
「じゃあな」
顔真卿は、出口の近くに墨を打って、根を生やす。
萍鶴は、その一瞬を狙って飛墨を打った。根に「腐」の文字が現れる。顔真卿がつかんだ途端、根はちぎれた。
「う、おおおっ!」
顔真卿は支えを失って、落下した。萍鶴は飛墨で新たに根を生やし、それを伝って出口に手をかけた。
「まだまだ。今度は、天慧星の力を使わせてもらうぜ」
顔真卿は壁面に跳躍し、生やした根を踏んで次々と跳び登る。
「それ、
萍鶴がしかめ面をする。
「そして三つめの弱点。
それは、術者の心が反映すること。お前は優しすぎるんだよ。
ヒャハハハハ!」
顔真卿が、高笑いしながら長筆を振った。
萍鶴の頬に、墨が付く。
「……私の、負けね」
しかし、萍鶴はなぜか浮き上がり、井戸の外に飛び出した。
「え、どうして?」
萍鶴は辺りを見回した。
亭の向こうで皆が宴会をしている。彼女に気付いて、鋼先が
「お、勝ったのか萍鶴。
萍鶴は首を振り、
「平気よ。それより、あなたたちは? 顔杲卿さんにも魔星が」
と慌てる。
鋼先は不思議そうに言った。
「ああ、いたぜ。だからみんなで飲んでるところだ」
指さす方を見ると、皆に
「どういうこと?」
すると、井戸の底から笑い声が聞こえる。
「勝ちは
「もう! 何よ、人騒がせね」
萍鶴は苦笑して、