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第四十九回 大燕皇帝誕生




 両大剣りょうだいけんの重い一撃を、こうせんついけんで受け止めた。しかし、フォルトゥナは反転してぎゃくがわで斬りつける。すんでのところで、雷先らいせんが飛び込み、棒で受けた。


「いいですよ。全員で来てください」


 フォルトゥナはさそうように笑う。カッとなった雷先が棒で突きかかり、李秀りしゅう双戟そうげきいどんだ。百威ひゃくい魯乗ろじょうふところから飛び出す。萍鶴へいかくは鋼先を引っぱって下がり、筆を構えてすきうかがった。


 突然の戦いになったが、収星陣しゅうせいじん連携れんけいは良い。


 まず李秀が、低い位置から双戟で連続に斬りつけた。フォルトゥナが回り込んで避けると、百威が垂直に近い降下で襲いかかる。同時に、雷先が棒で突き込んだ。


 しかし、フォルトゥナは慌てることなく、両大剣を身に寄せて構え、その場でターンしながら、李秀、百威、雷先と、全ての攻撃を弾き飛ばす。


「こいつ、やるな!」


 それを見ていた鋼先が、とっ酔剣すいけんで挑んだが、案の定かんたんにさばき飛ばされて、転倒した。


「鋼先、とくわざはどうした」


 鋼先に近付いた魯乗がうながす。


「やってるよ、でも歯が立たない」


「酔剣の方ではない、説得せっとくじゃ」


「そっちか」


 鋼先はてんし、両手を広げて呼びかけた。


「待て、あんたが強いのはよく分かった。もうやめてくれないか」


 するとフォルトゥナは手を止め、両大剣を壁へ戻す。


「ご挨拶あいさつですから、これくらいにしましょうか。では、お茶をれますね」


 そう言って、鋼先たちをとなりの部屋へまねいた。




「お茶は本当に良いものですね。私の国にはまだ渡ってないものでしたから、すっかり気に入ってしまいました」


 フォルトゥナは、打って変わって明るい笑顔を見せた。


 鋼先たちは、落ち着かずに黙って茶をすすっている。


「それで、俺たちは何をすればいいのかな。あんたの仕事を手伝うために来たはずだが」


 鋼先が訊いた。フォルトゥナはうなずいて答える。


あんろくざん様は、このたびけっに当たり、私にこうぐん人選じんせんを占わせました。そのときに、いろいろと良くないことも、占いに現れたのです」


「と言うと」


「部下の中に、力を持ちすぎた者がいます。今までは、行軍を有利に進めるためにその力を使って来ましたが、この騒動そうどうが終わってせいきょくが安定すれば、逆に自分の憂患ゆうかんになる、と安禄山様はお思いのようです」


 雷先が言った。


「優秀な部下がいることは、悪くないと思うが?」


 フォルトゥナは微笑して首を振る。


功績こうせきが大きければ、発言力はつげんりょくも強くなり、ばつ形成けいせいします。安禄山様ご自身も、同じけいで出世しましたからね」


「で、その連中をどうする? 殺したいとでもいうのか」


 鋼先が顔を曇らせると、フォルトゥナは笑った。


「功績ある部下を処刑しょけいしたら、人心じんしんは離れてしまいます。そうではなく、彼らの身辺しんぺんさぐり、わいや不正な蓄財ちくざいなど、明るみに出せないしょぎょうを押さえておくのです」


 鋼先はおおぎょうに頷く。


「いつでも手を下せるように、弱みを握っておくのか。何だ、普通の政治家と同じだな」


 そう言って、あっと口をふさいだ鋼先に、フォルトゥナは笑って手を振った。


「権力の世界は、どこも同じです。私は外国の者ですし、気をつかうことはありません」


 そしてフォルトゥナは一冊のめい簿を卓に置く。


「これに、要注意人物ようちゅういじんぶつの名前と所属しょぞくが書いてあります。やり方は任せますが、くれぐれもこちらの意図いとさとられないよう、お願いします」


 鋼先が、しるされた名前とフォルトゥナをこうに見た。


「お、俺たちが全部やるのか?」


 フォルトゥナは、にっこりほほ笑んで言う。


「あなた方は新人で、顔がれていませんから。でも、まだ待っててくださいね。開始の時期は、安禄山様から指示があります」


 そう言ってフォルトゥナはしつに下がって行った。


 部屋に残された鋼先たちは、ぜんとしながら顔を見合わせる。


 やがて、雷先が言った。


「なあ鋼先、何かに似てないか、これ」


「言わないでくれ、兄貴」


「まるで鉄車輪てつしゃりんみたいじゃのう」


 魯乗の言葉に、全員がくりと肩を落とした。




 やがて日は過ぎ、新年を迎えた。天宝てんぽう十五さい(七五六)の元旦がんたん


 とうちゅうしんとして奸悪かんあくを討つはずだった安禄山は、手のひらを返し、洛陽らくようにおいて皇帝となることを宣言せんげんした。みずからを雄武皇帝ゆうぶこうていしょうし、国号こくごうを「大燕だいえん」と定めた。ほんきょ范陽はんようが、らいよりえんと呼ばれることにらいしたのである。


 新皇帝しんこうていの誕生を祝い、洛陽では盛大せいだいな祭りが繰り広げられ、民にも兵にも景気よくおんしょうが下された。


 鋼先たちにも、かなりの額になる金銀が贈られた。


 だが、鋼先は複雑な顔で言う。


せんしゅうでは大功であった。その手腕を活かし、例のけんよろしく頼むと手紙がえられていた。安禄山に頼られてしまうとは、皮肉ひにくだな」


はいに入った以上、仕方のないことじゃ。しかし、いずれ奴に接近するためにはこうごうよ」


 魯乗はそう言ったが、声はくちしげだった。


 それを聞いた李秀が、資料を見た見解けんかいを述べる。


「実際には、そんなに景気は良くないみたいよ。がんしんけいさんたちが義兵ぎへいを挙げて、范陽を討つ気配を見せているし、糧米確保りょうまいかくほのために狙っているこうなんほうも、ちょうじゅんさんががんばっているから、落とせていないわ。何より、安禄山におうしてくれるせいりょくがまだ無くて、りつしている」


 鋼先が頷く。


ていを称しておおばんいしてるのは、あせってるからか。となると、とうちょうたいおうだいで勝てるだろうな」


 しかし魯乗が首を振った。


「鋼先、忘れたのか。唐朝のがわにも、魔星の力を濫用らんようする奴がおるのじゃぞ」


「そうだったな、つまり泥沼どろぬまってわけだ」


 鋼先も首を振る。


「入りますよ、よろしいですか」


 部屋の外から、フォルトゥナの声がした。


「正式に指令が下りました。祭りの浮かれた空気が消えないうちに、例の人物たちを調べろと。……では、気をつけて」


 鋼先たちは、顔を見合わせる。


「そうか、祝賀しゅくがで油断しているから、調査はやりやすいな」


 雷先が言った。鋼先は頭をかく。


「彼女の魔星も気になるんだが、ああも強いと手が出せない。とりあえず、やれることからやるか」




 鋼先たちは、名簿にせられた人物を調べ始めた。


 やってみると、ちょっと細かく調べただけで汚職おしょく証拠しょうこがる。しかし、鋼先たちは別の理由で驚いていた。調査の対象者たいしょうしゃには必ず、魔星がいたのである。


 鋼先たちは、安禄山から密命みつめいがあると言って彼らをおびき出し、かげからついけんを刺すことでしゅうせいすることができた。


 孫孝哲そんこうてつ将軍よりけんせい


 那承慶なしょうけい将軍よりせい


 崔乾祐さいけんゆう将軍より地強星ちきょうせい




 しかし、この三人は名簿の一部でしかなかった。残りの人物は、調査しようにもなかなか近づけない者が揃っている。やや遠隔地えんかくちにいる武将ぶしょうや、常に安禄山のそばにいる側近そっきんなどであった。


 名簿を見ながら、雷先が疑問を言う。


「なんで自分の側近まで疑うんだろう。疑り深い奴だな、安禄山は」


 魯乗がため息とともに言った。


「力を持った者は、うちくびかれることも多い。いかに安禄山といえども、内側にひそむ敵には手が回らんのじゃろう」


 鋼先も頷く。


「だが、これを口実こうじつに、俺たちは安禄山に近づける。表向きは側近らの調査をして、安禄山を収星する機会をうかがおう」


 そして翌日、鋼先たちは調査書をまとめると、フォルトゥナと共に宮殿におもむき、今や皇帝となった安禄山に面会した。

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