両大剣の重い一撃を、鋼先は追魔剣で受け止めた。しかし、フォルトゥナは反転して逆側で斬りつける。すんでのところで、雷先が飛び込み、棒で受けた。
「いいですよ。全員で来てください」
フォルトゥナは誘うように笑う。カッとなった雷先が棒で突きかかり、李秀も双戟で挑んだ。百威も魯乗の懐から飛び出す。萍鶴は鋼先を引っぱって下がり、筆を構えて隙を窺った。
突然の戦いになったが、収星陣の連携は良い。
まず李秀が、低い位置から双戟で連続に斬りつけた。フォルトゥナが回り込んで避けると、百威が垂直に近い降下で襲いかかる。同時に、雷先が棒で突き込んだ。
しかし、フォルトゥナは慌てることなく、両大剣を身に寄せて構え、その場でターンしながら、李秀、百威、雷先と、全ての攻撃を弾き飛ばす。
「こいつ、やるな!」
それを見ていた鋼先が、咄嗟に酔剣で挑んだが、案の定かんたんに捌き飛ばされて、転倒した。
「鋼先、得意技はどうした」
鋼先に近付いた魯乗が促す。
「やってるよ、でも歯が立たない」
「酔剣の方ではない、説得じゃ」
「そっちか」
鋼先は合点し、両手を広げて呼びかけた。
「待て、あんたが強いのはよく分かった。もうやめてくれないか」
するとフォルトゥナは手を止め、両大剣を壁へ戻す。
「ご挨拶ですから、これくらいにしましょうか。では、お茶を淹れますね」
そう言って、鋼先たちを隣の部屋へ招いた。
「お茶は本当に良いものですね。私の国にはまだ渡ってないものでしたから、すっかり気に入ってしまいました」
フォルトゥナは、打って変わって明るい笑顔を見せた。
鋼先たちは、落ち着かずに黙って茶をすすっている。
「それで、俺たちは何をすればいいのかな。あんたの仕事を手伝うために来たはずだが」
鋼先が訊いた。フォルトゥナは頷いて答える。
「安禄山様は、この度の決起に当たり、私に行軍路や人選を占わせました。そのときに、いろいろと良くないことも、占いに現れたのです」
「と言うと」
「部下の中に、力を持ちすぎた者がいます。今までは、行軍を有利に進めるためにその力を使って来ましたが、この騒動が終わって政局が安定すれば、逆に自分の憂患になる、と安禄山様はお思いのようです」
雷先が言った。
「優秀な部下がいることは、悪くないと思うが?」
フォルトゥナは微笑して首を振る。
「功績が大きければ、発言力も強くなり、派閥を形成します。安禄山様ご自身も、同じ経緯で出世しましたからね」
「で、その連中をどうする? 殺したいとでもいうのか」
鋼先が顔を曇らせると、フォルトゥナは笑った。
「功績ある部下を処刑したら、人心は離れてしまいます。そうではなく、彼らの身辺を探り、賄賂や不正な蓄財など、明るみに出せない所業を押さえておくのです」
鋼先は大仰に頷く。
「いつでも手を下せるように、弱みを握っておくのか。何だ、普通の政治家と同じだな」
そう言って、あっと口を塞いだ鋼先に、フォルトゥナは笑って手を振った。
「権力の世界は、どこも同じです。私は外国の者ですし、気を遣うことはありません」
そしてフォルトゥナは一冊の名簿を卓に置く。
「これに、要注意人物の名前と所属が書いてあります。やり方は任せますが、くれぐれもこちらの意図を悟られないよう、お願いします」
鋼先が、記された名前とフォルトゥナを交互に見た。
「お、俺たちが全部やるのか?」
フォルトゥナは、にっこりほほ笑んで言う。
「あなた方は新人で、顔が割れていませんから。でも、まだ待っててくださいね。開始の時期は、安禄山様から指示があります」
そう言ってフォルトゥナは自室に下がって行った。
部屋に残された鋼先たちは、唖然としながら顔を見合わせる。
やがて、雷先が言った。
「なあ鋼先、何かに似てないか、これ」
「言わないでくれ、兄貴」
「まるで鉄車輪みたいじゃのう」
魯乗の言葉に、全員がくりと肩を落とした。
やがて日は過ぎ、新年を迎えた。天宝十五載(七五六)の元旦。
唐の忠臣として奸悪を討つはずだった安禄山は、手のひらを返し、洛陽において皇帝となることを宣言した。自らを雄武皇帝と称し、国号を「大燕」と定めた。本拠地の范陽が、古来より燕と呼ばれることに由来したのである。
新皇帝の誕生を祝い、洛陽では盛大な祭りが繰り広げられ、民にも兵にも景気よく恩賞が下された。
鋼先たちにも、かなりの額になる金銀が贈られた。
だが、鋼先は複雑な顔で言う。
「陝州では大功であった。その手腕を活かし、例の件も宜しく頼むと手紙が添えられていた。安禄山に頼られてしまうとは、皮肉だな」
「配下に入った以上、仕方のないことじゃ。しかし、いずれ奴に接近するためには好都合よ」
魯乗はそう言ったが、声は口惜しげだった。
それを聞いた李秀が、資料を見た見解を述べる。
「実際には、そんなに景気は良くないみたいよ。顔真卿さんたちが義兵を挙げて、范陽を討つ気配を見せているし、糧米確保のために狙っている江南地方も、張巡さんががんばっているから、落とせていないわ。何より、安禄山に呼応してくれる勢力がまだ無くて、孤立している」
鋼先が頷く。
「帝位を称して大盤振る舞いしてるのは、焦ってるからか。となると、唐朝も対応次第で勝てるだろうな」
しかし魯乗が首を振った。
「鋼先、忘れたのか。唐朝の側にも、魔星の力を濫用する奴がおるのじゃぞ」
「そうだったな、つまり泥沼ってわけだ」
鋼先も首を振る。
「入りますよ、よろしいですか」
部屋の外から、フォルトゥナの声がした。
「正式に指令が下りました。祭りの浮かれた空気が消えないうちに、例の人物たちを調べろと。……では、気をつけて」
鋼先たちは、顔を見合わせる。
「そうか、祝賀で油断しているから、調査はやりやすいな」
雷先が言った。鋼先は頭をかく。
「彼女の魔星も気になるんだが、ああも強いと手が出せない。とりあえず、やれることからやるか」
鋼先たちは、名簿に載せられた人物を調べ始めた。
やってみると、ちょっと細かく調べただけで汚職の証拠が挙がる。しかし、鋼先たちは別の理由で驚いていた。調査の対象者には必ず、魔星がいたのである。
鋼先たちは、安禄山から密命があると言って彼らを誘き出し、陰から追魔剣を刺すことで収星することができた。
孫孝哲将軍より地健星。
阿史那承慶将軍より地異星。
崔乾祐将軍より地強星。
しかし、この三人は名簿の一部でしかなかった。残りの人物は、調査しようにもなかなか近づけない者が揃っている。やや遠隔地にいる武将や、常に安禄山の側にいる側近などであった。
名簿を見ながら、雷先が疑問を言う。
「なんで自分の側近まで疑うんだろう。疑り深い奴だな、安禄山は」
魯乗がため息とともに言った。
「力を持った者は、身内に寝首を掻かれることも多い。いかに安禄山と雖も、内側に潜む敵には手が回らんのじゃろう」
鋼先も頷く。
「だが、これを口実に、俺たちは安禄山に近づける。表向きは側近らの調査をして、安禄山を収星する機会を窺おう」
そして翌日、鋼先たちは調査書をまとめると、フォルトゥナと共に宮殿に赴き、今や皇帝となった安禄山に面会した。