満月に照らされながら、
「月見でもしに来たのか。
李秀は、ばれていないと分かると、わざとしおらしい声を出した。
「す、すみません陛下。あまりにも美しい月でしたので、つい
すると安禄山は、驚きながら笑う。
「なんと、その声は。いつ
「は、はい?」
「
「……!」
楊貴妃と呼ばれた李秀は、わなわなと震えながら、
「どうしたのだ、楊貴妃?」
「誰が楊貴妃よっ!」
李秀は
(今の、もの凄い速さだった。足払いだから軽かったけど、あの速度であの体重が乗った打撃が来たら、あたしなんか吹っ飛んじゃう)
その怖れを感じ取ったかのように、安禄山はなだめる手つきを見せる。
「……そうか、楊貴妃ではなかったか。しかし、人違いになぜそこまで怒るのかな? 本当に良く似た声をしている。ふふふ」
安禄山は、含みを持って笑っていた。李秀は答えず、立ち上がってまた双戟を構える。安禄山は手で制して言った。
「いいか、
「
李秀の叫びを聞いて、安禄山の口調が
「……ほう、するとお前も、
安禄山が、笑ったままの白目で、李秀をにらむ。李秀は思わず退いた。
安禄山が続ける。
「互いに利用し合っていたが、ここらで潮時だな。いずれお前たちも処刑するつもりだった。行くぞ」
安禄山が、袖の長い
李秀は、じりじり移動した。明るい満月が
安禄山は、山のような巨体を高速に回転させながら、
「
再び、回転しながら安禄山が突っ込んできた。李秀は、なんとか受けられるのだが、打撃の重さに耐えられない。打数が増えるうち、李秀はどんどん後退し、
「そら、拳ばかりではないぞ」
安禄山はそう言って、腰にあった
「うわっ!」
李秀は
「きゃああああっ!」
「ふん。押し
安禄山が狙いを定めて飛び降りようとしたとき、背後から声がした。
「待て、安禄山。わしが相手じゃ」
安禄山は振り返る。そして笑った。
「羅公遠、無理をするな。まだいくらも回復していまい」
確かに、
「そうじゃがな、仲間を見殺しにはできん。
魯乗の
百威は、魯乗を
「なかなかやるな。おもしろい、相手になってやる」
そう言って、安禄山は胡旋舞を始める。鋭い
魯乗が、後方に声をかける。
「
屋根の上に現れた萍鶴が、
魯乗はうなった。
「目が見えない故、
しかし、萍鶴は目を鋭くして言った。
「いえ。やはり今、あなたが倒して」
そして、魯乗の足下に飛墨を打った。
「
「ほっ」
今の魯乗は、飛墨が当たるだけでも消えてしまうほど薄いが、文字を踏むと、驚いたことに、
「これは! そうか萍鶴、うまい考えじゃ!」
安禄山が魯乗の
「何が起きた? おい羅公遠、
そう言って、安禄山は
「力が出たから何だと言うのだ。貴様の幻術は、どの
突っ込んできた安禄山を、魯乗はまた跳躍で躱し、両手を舞わせて念力を発現する。
「安禄山、これでも食らえ!」
突然、宮殿の屋根瓦が無数に
「うぬっ」
安禄山はさらに高速で身体を回転させ、その遠心力で瓦を
「幻術がダメなら、
「なにっ」
ドオンと
魯乗はふわりと屋根に立つと、遠巻きに見ていた百威を手招きした。
「大丈夫か。今、こやつを収星するからな」
しかし、萍鶴が叫ぶ。
「魯乗、危ない!」
安禄山は、よろめきながら立ち上がった。口と鼻からも、焦げ臭い煙を吐いている。
「忘れたのか、貴様は前にもこの技で勝ったと
安禄山は、魯乗を両手につかんで高々と
だが、魯乗は外套を脱ぎ捨て、手を
「しぶといのう。やはりお主を倒すには、奥の手を使うしかないな」
そう言った
萍鶴は幻術かと思ったが、安禄山も異変を感じている。
「何だ、何かいるぞ、この中に」
安禄山は外套を捨て、両手で雲を
「受けてみよ。奥義、
「何だ。何の声だ」
「巻け!」
魯乗が言うと、龍は安禄山に巻き付いて力を込めた。
「ぐおああっ!」
もの
そして龍と雲は、すぐに消えた。
魯乗の魂魄が少し
萍鶴と百威も来た。
「今のは何だったの、魯乗」
萍鶴が訊ねる。魯乗は、弱々しい声で答えた。
「四雷天罡。
外套が、形を失ってくたりと落ちる。
「今のわしでは、魂魄そのものが減る。すまん萍鶴、後を頼む」
それきり、魯乗の声はしなくなった。
萍鶴は素早く安禄山に飛墨をうち、「収星」と現す。すると、安禄山の身体から、
「うわははは! この俺を倒したか、見事だ。安禄山め、皇帝にまでなるとは思わなかったが、それなりに楽しかったぜ。では兄弟に会いに行くとしようか。さらばだ!」
そう言って、天殺星は南の空へ飛んで行った。
そのとき、李秀が屋根の上に上がって来る。
「やったね、見てたよ。……でも、収星したからって、こいつが改心するとは思えない。あたしが
李秀の非情な
「李秀、落ち着いて」
しかしそのとき、宮殿の下に
「宮殿の屋根に誰かいるぞ!
萍鶴が李秀の肩をつかむ。
「今は魯乗を守らないと。行きましょう」
「……残念ね」
李秀はそう言って、魯乗の魂魄を外套でそっとくるむ。そして急いで屋根を下りていった。
◇
足場から落ちた
宮殿の
「くそ、木が邪魔で剣が振れぬ」
「兄貴、今だ」
「よし」
雷先は、棒を捨てて厳荘につかみかかった。
「ううっ!」
厳荘の身体が大きく震え、中から
しばらく歩くと、屋根を下りてきた李秀たちと出会った。
「どうした、みんな揃って」
雷先が聞くと、李秀は外套を見せる。
「屋根の上で安禄山と闘ったのよ。魯乗がやっつけたけど、力を使い果たしたの」
そして、天殺星を収星したが、安禄山がまだ生きていることを話す。
鋼先が頷いた。
「こっちも、厳荘が目を覚ませば
収星陣は、手配を警戒しながら夜を明かす。翌朝、
この三人を収星した後、安禄山お付きの
鋼先が、李豬児の資料を見て少し驚いた。
「ほう、表向きは安禄山の世話係だが、裏では情報網をまとめていたのか。しかし、最近は安禄山への不満が
すぐ近くに安禄山の
◇
負傷した安禄山は、寝所で横たわり、夢を見ていた。
夢の中なので、目が見える。
彼は怒って、
後をつけていくと、厳荘は李豬児に会っている。
「厳荘様も打たれたのですか。最近の陛下は、怒ると
厳荘は、頬に
「ひどいものだ、もうまともに話もできない。
「私も、ちょっとした間違いで打たれ、いつも気を失います」
「そうか。このままだと、お前も私も、陛下に打ち殺されるな」
「冗談じゃない。俺は陛下の
李豬児は
「心配するな、私に
安禄山はそれを見て
寝床では
「陛下、早く私めを安心させてくださいませ。どうか、我が子の
安禄山は、段氏に触れながらため息をつく。
「もうちょっと待て。
「きっとですよ、陛下」
段氏の声を聞いているうちに、安禄山は意識が遠のいた。
どれくらいか、
李豬児がいた。笑っている。その手には、鋭い刀が握られていた。
「くたばれっ」
李豬児が勢いよく斬りつけた。刀は安禄山の腹を
「うぬ、
安禄山は
夢はそこで終わり、安禄山は目を覚ました。
そして、突然気付き、叫び出す。
「いない! 天殺星がいない! おお、俺はこれからどうすれば!」
その声を聞きつけて、宦官が駆けつけて来た。
「陛下、いかがなさいましたか。李豬児が参りました」
「おお李豬児、
李豬児は、意味が分からず
「いったい何のことで。それは夢のお話ですか?」
安禄山は、笑われたと知って激怒し、立てかけていた鞭を取って李豬児を打ち
「夢? そんなもの、憶えとらぬわ!
「痛い! どうかご勘弁を! まだ先日の
「それがどうした! ほら
「あああ! ひ、ひどすぎます! もう嫌だ! げうぅっ!」
李豬児は泣いて許しを