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35 〝おかえり〟

 その手に持つ認識票は。

 気付きもしなかったが、きっとこの手紙に同封されていたのだろう。手紙を全て読んでいなくても、もう誰のものか直ぐに見当が付く。


「エーファ……あの……」


 アルマは便箋を畳み、声をかけるなりエーファの瞳に張った水膜は破れた。その途端彼女は大声を上げてどうこくする。

 間違いない。それは、彼の兄のもので……。


「エーファ、ごめんなさい……その」


 どう謝って良いか分からなかった。

 自分たちはカサンドラとのやりとりから、彼女の兄の死を知っていたのだ。しかし、まさかこんな最悪な形で彼女に知られてしまうとは。


 テオファネスも、双子たちも突然エーファが泣き出した事に驚いたのだろう。彼らは唖然とした表情でアルマとエーファを交互に見る。


 どうしよう。どうしよう……。アルマが今にも泣きそうな表情を浮かべ、今一度彼女の名を呼んだと同時だった。


「……やっとお兄ちゃんが帰ってきてくれた!」


 どうこくしつつも、心底安堵したような言い方だった。認識票を大事に持ち、抱きしめるように胸に寄せると彼女はその場で崩れ落ちる。


 その様を見て心配したのだろう。双子は直ぐに駆け寄り、エーファを二人で抱き寄せた。テオファネスもベッドから起き上がり、アルマとエーファに近付いた。


「エーファ、ごめんなさい……私、その……」

 酷く胸が締め付けられる思いだった。


 隠し続けた事を本当にどう謝ったら良いのか分からない。時間が薬となり、いずれ話せれば良いと思っていた。


 そうして穏やかに解決できればと思っていた。

 その残酷さは理解していたが、他に手段が無かったのだ。だが、こんなひどい結果を招くだなんて思うまい。


 間違いなく、エーファを傷付けた。

 自分の無神経さがガサツさが、全てを壊してしまった気がしてしまい、次第に視界が歪みぽろぽろと熱い雫がこぼれてくる。


「エーファ、ごめんなさい……」


「アルマだけが悪い訳じゃない。この件は俺もアデリナもゲルダだって知ってた。どう伝えるか考えた結果、四人皆で共犯だろ」


 きっぱりとしたテオファネスの言葉がすぐ傍から落ちてきた。

 彼は取り乱したアルマを落ちつかせようと、背を摩る。


「エーファ、隠した事は何度だって謝る。罪滅ぼしにならんかも知れないが、アルマでも俺でもアデリナでもゲルダでも、手紙からいた知ってる限りの、おまえの〝お兄ちゃん〟の話を教えてやる」


 許されるならば、それで許してくれないか。と、彼が言うとエーファは嗚咽を溢しつつ何度も頷いた。


「怒ったりするわけない。ただね、ただ……エーファは分からない事の方が不安だったの」


 エーファは涙を拭いつつ、アルマとテオファネスを潤んだ瞳で交互に見る。


「……だって。兵隊さんに行くって事は、だって分かってた。みんなが教えないでいたの、きっとエーファの事を思ってしてくれた事。だからアルマは悪くない。お兄さんだって、アデリナもゲルダも悪くない」


 責められる訳がない。とエーファは付け添えると、泣きつつもやんわりとした笑みを向ける。


「だから、エーファは大丈夫だよ。ほんとね、お兄ちゃんだって分かるものが帰ってきて……安心したの。家族が居なくなっちゃったから、多分まだちょっと泣くかも知れないけど」


 そう言って、彼女は認識票に口付けを落としたと同時だった。


「──家族になってやるよ!」

「そうだよ! 俺らが働ける歳になって、お前がエーデルヴァイスの力を無くすまで待ってる。エーファの家族になってやる!」


 そう口にしたのは、レオンとロルフの二人だった。

 あまりの唐突の告白にアルマの涙はピタリと止まり、唖然と唇を開けてしまう。それは、エーファも同様だった。彼女は目を丸く開いて、泣き濡れた目を何度も目をしばたたく。


「え? それどういう……」


 訳が分からないとでもいったおもてでエーファがくと、レオンは顔を真っ赤に染めてエーファを睨む。


「俺らのどっちかと結婚すれば、お前とは家族になれるだろ?」


 そう言われて、意図を把握したエーファは固まってしまった。否、その場に居たアルマもテオファネスも硬直する。


 いくら何でも突飛すぎないか。

 いやいや子供だからこそだろう。しかし、問題児だったあの双子がここまでエーファを気に掛けるようになったとは思わず、どこか微笑ましい気持ちさえ沸き立ってくる。


 少し間を置いてからだった。

 エーファは「やだ」とやんわりと言った。


 その回答に、双子は「はぁ!?」なんて同時に大声を出すが、それをいて彼女はクスクスとした笑みを溢す。


「……だって先の事なんか分からないもん。それにエーファね、いつか恋をしてみたいし、結婚するなら好きな人と結婚したいな」


 全くもっての正論である。しかし、十二歳の割にしっかりしているものだと感心してしまった。


「……ね、アルマも女の子だしそう思うでしょ?」


 途端に話を振られて、アルマは戸惑いつつも頷いた。確かに、その通りだが。しかし思いの他、彼女がしっかりすぎていて、本当に感心してしまう。


「でもね、二人ともありがとう。そう言ってくれるの凄く嬉しい。万が一、いつかエーファが二人のどちらかを好きになったとしたら、その時も同じ事言ってくれたとしたら……」


 そうしたら宜しくね。と、それはもう最上級に愛らしい笑みを向けて双子に言うのだから、傍観するアルマまで面食らってしまった。


 それはテオファネスも同様だっただろう。何せ間近で彼の喉仏が動く音が聞こえたのだから。


 ---


 その後、アルマはカサンドラ准士官からの手紙を全て読んだ。そこには案の定、エーファの兄の事について綴られていた。


 何やら、以前エーファの兄の件をいたベルシュタインの技術者が暇を見て探し出し、身内が居るなら……と送ってくれたそうだ。


 それから、エーファに兄の話を聞きたいと言われ、アルマはこれまでカサンドラの手紙に綴られていた全てを話した。


 それを聞いて、エーファは再び涙ぐむが、全て話せば「教えてくれてありがとう」と泣き笑いを浮かべる。


「あのね、アルマ。その軍人さんにエーファもお手紙書いていい? お兄ちゃんの事お礼を言いたいの」


 そう言われてアルマは勿論。と、頷いた。


「あ、でも……十二月のホリデー中は多分休戦状態になって暇ができる可能性があるみたい。本人が来るかもしれないよ」


 その旨を伝えると、エーファは嬉しそうに頷くが、テオファネスは少しばかり煙たそうに目を細めていた。


 そうだ……彼からすればカサンドラは上役で管理者だ。

 正直、彼が彼女に対してどのような感情を寄せているかは分からぬが、立場上身構えるのは当然に違いない。


「お察しかもだけど、カサンドラさんにテオの体調不良の件を相談して手紙を送ってたの。私も出来る限りの事を模索してるけど、技術者に見て貰った方がきっと良くなる筈。もう少しだけ頑張ってね」


 そう言って彼を鼓舞すると、テオファネスは曖昧な表情で頷いた。

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