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34 衰弱する身体

 それから二週間。月は変わり、十二月になった。


 テオファネスの部屋を掃除するアルマは箒を置き、雪で真っ白に染まった窓の外を見つめてほぅと息をつく。


「どうした。ため息なんかついて?」


 患者衣姿のテオファネスはベッドに横になったまま訊く。

 アルマはそんな彼を見て「何でも無い」と首を振った。


 ……温湿布の治癒を初めたものの、テオファネスの容態は芳しいものにはならなかった。


 温湿布後は一時的に状態は良くなるが、時間が経過すればやはり間接部位が痛むそう。明らかにおかしい事は目に見て取れる。

 しかし、彼はそんな状態でも修道院や孤児院の手伝いをしようとした。足手まといという訳でないが、流石にもう無理だと判断した。


 もはや半強制──アルマは彼に手伝いなど一切せず、体調の為に部屋で過ごすように言った。


 結果、やはり調子が悪いようで、数日前からほぼベッドで過ごしている。男の意地だが何だの知らないが、よくぞこれで手伝いたいなど言ったものだと思う。


 痛そうにする頻度も確実に多くなった。つい数週間前までは、一日に二回、三回程度だったものの、今では一日に六回、七回は鈍痛に耐えるような顔をする。


 夜間はどうしているか分からぬが……あまり眠れないのだろう。目の下に色の濃いクマができているので、碌に眠れていないと分かる。


 安眠効果の高いカモマイルのお茶に関節部位の痛みに効く言われる矢車菊の花のブレンド。それに、神経を安定させる蜂蜜を混ぜたものを消灯前に与えているが、これだって効果があるのかいまいちよく分からなかった。


 それでも、彼は精神的には元気そうだった。

 お見舞いと称して、子供達が部屋に遊びに来ても嫌な顔を一つもせず、冗談を交えて話したりするなどの余裕はうかがえた。


 ────本当に何だろう。私の手には負えない。どうすれば良いのかな。


 窓の外をぼんやりと眺めたまま息をついたと同時。こうが二つ響く。

 テオファネスが返事して間もなく姿を現したのは、エーファと双子だった。


 双子は、部屋に入るなり軽い挨拶をして、ベッドのへりにドカリと腰掛ける。


「ねぇ……テオ先生、昨日より顔色悪りぃよ?」

「マジで大丈夫なの?」


 双子にかれてテオファネスは「大丈夫大丈夫」と軽い調子で答える。


「お兄さんおはよう」


 少し遅れてエーファが挨拶すると、彼はやんわりとした笑みを浮かべた。


「おはよ。絶好調と言えないけどアルマが色々やってくれてるから気分的に凄い楽だよ」


 大丈夫だ。と、心配する三人を宥めるように言って、テオファネスはエーファの髪をぽんぽんと撫でた。


「アルマ曰く、寒さが原因になってるみたいでな。それで身体が動かし難くなってるかもしれないって」


──だから多分、春には良くなってるよ。と彼は明るい調子で付け添えるが、双子は「長いな」と同時に言って、寂しそうな顔をしていた。


「大丈夫だ、すぐ良くなるよ。なんだよ、二人とも心配してくれるのか? おまえたち、本当に良い奴だな」


 テオファネスが笑うと、双子は頬を上気させて唇を綻ばせる。



 そうして幾何か、軽い談笑の後、双子たちは「昨日アデリナから出された宿題で分からない所がある」とテオファネスの前でノートを開き始めた。


 彼はそれを食い入るように見つめ、丁寧な解説を始めた。勉強の邪魔にでもなると思ったのか、エーファはアルマの居る窓辺へととことこと小走りで近付いてきた。


「そうだった。アルマにお手紙が届いてるの。渡さなきゃって思って忘れる所だった」


 エーファはスカートのポケットから手紙を取り出した。それを受け取り差出人を見る。ハッと目を丸くしたアルマは慌てて封を切った。


 ──差出人は、カサンドラ・アンガミュラー。喉から手が出る程に欲しかった返信だ。


「エーファ、ありがとう」


 軽く礼を言い、アルマは急いで中の封筒を取り出した。その拍子に床に何か落ちたのだろう。チャリンと金属質な音が鳴ったが、お構いなしにアルマは直ぐに便箋を開いた。


 カサンドラに二度も手紙を出したが、返信はいつまで経っても来なかった。

 彼の状態をどうにか改善させる手立ては無いのかと切々と綴ったが……その返信は絶望的だった。


 多忙の為、修道院に足を運ぶ事が出来ぬ状態を詫びてはいるが、容態の急変に置いては何も書かれていないのだ。

 否、ひとつも触れられていない。


 だが、一つだけ希望があった。

 十二月末のホリデー中は恐らく一時休戦状態になる。そちらに足を運ぶと約束しようと。しかしそれにしては便箋が分厚い。アルマが次を捲ろうとした途端だった。


「ねぇ……アルマ、これ……」


 突然話しかけられて、アルマはエーファに目をやった。

 エーファは今にも泣きそうなおもてを浮かべていた。大きな琥珀の瞳には分厚い水膜が張っており、今にも破裂してこぼれ落ちんとしている。


 それも、彼女の手に持つものを見てアルマのゾッとしてしまった。


 先程の金属質な音の正体……恐らく今、エーファの手に持つ認識票に違いない。

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