一週間後──アルマは
そんな父の後ろ姿を見つめつつアルマは幾度目になるかも分からぬため息を溢した。
氷点下の銀の世界だ。ため息さえも白々と色付く。それもその筈、年間のうち日照時間が最も短い今がヴィーゼンでは最も寒さが厳しいと言われる時だ。
しかしその割にあまり寒く感じないのは、やけに人口密度が高いからだろう。
アルマの両脇にはエーファとテオファネスの姿がある。もはや定員オーバーも良い所、いくら大型の
「ほらほら、アルマそんな顔しないで頂戴。折角のホリデーなんだから」
対面に座した母に言われてアルマは
──風邪が無事完治したと同時にホリデーがやってきた。それが今日だ。
今年の十二月は帰省する気はまったく無かったが、様々な事がありすぎたせいで、昨日まで帰省しない事を両親に言うのを忘れていた。
「今年は何日に帰るって来るのか」と母に問われたのはつい昨日。
「帰らない」と伝えたが……ホリデーの礼拝後、父が院長やゲルダに直談判して帰省の許可を取ってしまったのである。
テオファネスはどうするのか。それに帰省しないのは何も自分だけでない。エーファもそうだ。
この旨を訴えた所……「テオファネス君もその子も連れてきちゃえばいいじゃない」と母に軽い調子で言われてしまった。
その結果、エーデルヴァイスの皆に口を揃えて「三人で行ってきなさい」との事。そして今に至るのである。
しかし、困ったのは彼の服だった。
彼は寝間着兼部屋着の患者衣とシュタール軍の兵士の服しか持っていない。家までの距離は短く、こんな雪の中で誰かとすれ違う事も無かろうが、それでもあの装いではあまりに目立ちすぎる。万が一見つかれば、大騒ぎに違わない。そんな事を伝えた所「こんな事もあろうかと」と、母に服を手渡された。
──長袖のシャツにサスペンダー付きのズボン。トラハットと呼ばれる男性の民族衣装だ。
その上に厚手のフェルトのジャケットを纏った装いに彼は着替えたが、これが存外しっくりきた。つば付き帽子まで被ってしまえば、顔もはっきりと見えないので、顔さえ覗き込まねば田舎街の青年にしか見えやしない。
寸法もほぼぴったりだ。その所為もあって存外しっくりくる。
だが、この装いにアルマは見覚えがあった。どこだろう。と、考えて間もなく、自分が幼い頃に父が着ていた服だと気が付いた。
しかしながら父は随分と横に広がっただろう。筋肉質で元々体格は良かったが……。
「寒くないか。完治したとはいえ本調子じゃないだろ?」
そう言って、彼は
「大丈夫、むしろテオの方が……」
テオファネスは一度寿命を迎えた身だ。
またも身体に不調を来す事を危惧したが、アルマの代わりに様子を見ていたエーファやアデリナ曰く、その後何事も無かったかのように元気に過ごしているそうだ。
否、以前よりも快調らしい。
それどころか目に見えて金属に侵された密度も減っている。
本当に大丈夫なのか……。まともに会ったのは、あれ以来今日が初めてだ。アルマがジッと彼を見つめるとテオファネスは不思議そうに小首を
「どうした? そんなジッと見て……」
それもぎゅうぎゅう詰め状態。やたらと距離感も近く、覗き込まれるように見つめ返されたのでアルマの頬は一瞬にして赤みを帯びる。
「な、なんでもない……ただテオの身体の心配……してただけで」
「大丈夫。アルマのお陰で絶好調。むしろ身体が軽く感じるくらい……」
そんな事を彼が口走って間もなくだった。
「おお、良かった! 快調か! おいおまえ、
僅かに振り返って父が悪戯っぽく言ったと同時だった。
「分かりました」
そう告げるなり、彼は跳ね上がるように走行中の
「ちょ、ちょっとお父さん、悪ふざけしないでちょうだい! あの子とても真面目よ。本当に降りちゃったじゃない!」
母は慌てて捲し立て、アルマはエーファが吹き飛ばされないように抱き寄せた。
「ちょっとお父さん、流石にスピード出しすぎでしょ!」
「馬鹿言え、後ろ見てみろよ!」
豪快な笑いを溢しつつ父が言う。そうして母とエーファ三人で振り返ると、
……
雪の悪路だ。それなのに、彼はそれをものともせずに追ってくる。
浸食部位がかなり減ったというのに。元々運動神経も良かったのだろか……。
アルマはあんぐりと口を開けて何度も目をしばたたく。その隣でエーファもアルマと同じ表情を浮かべていた。
「すげぇな……あいつ。こりゃ干し草を運ぶだの牧羊犬の代わりに羊集められそうだな……」
「あんな牧羊犬は無いわよ! あんま揶揄わないで! ちょっとお父さん!」
アルマは訴えるが、追ってくるテオファネスを眺めるエーファは目を輝かせてる。
「お兄さんかっこいい!」
ぱぁあなんて笑顔を咲かせて、手を振り始めて。それに答えるようにテオファネスも手を振る。
余裕じゃないか。どういう事だ。
アルマは少し引いてしまった。
─────私の好きな人は、大人しくて臆病で繊細だけど、だいぶ変かも、しれない。
唖然とする中、父はゆったりと雪車のスピードを落とした。
「おお、もういい、いい。ほら乗れ、意地悪して悪かった」
真に受けるなよ。なんて笑って父は馬を止めて振り返ると、彼は息をひとつも切らさず笑んでいた。
「追いかけ甲斐ありますね。さすがに雪路は悪路で追いつけないですが、楽しかったです」
「はは、そりゃよかった」
肩を竦めて、父は呆れ笑い。そしてテオファネスの手をとって馬車に乗せた。