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41 想いの全ては日記の中に……

 身長こそテオファネスより低いものの、彼と並ぶと父の横幅の広さが妙に際立って見えた。

 畜産業を営む男というだけあって、父はガッシリとしており肩幅が広い。起きたアルマを見るなりに父は引き結んだ唇を少しばかり綻ばせ「おはよう」と低く平らな声で言う。


「お父さん……テオも……」


 目を疑うとんでもない組み合わせである。それも男性の入出が禁止された宿舎だ。


「どうして……」


 戦きつつ言えば「喋るな馬鹿娘」と呆れた調子で言って、父はドカリとベッドのへりに腰掛ける。


「この若造から色々話は聞いたぞ。しかし、本当にコイツ、重いのなんの……アルマが目を覚まさなければ、俺はくわでコイツをバラバラになるまで殴り壊してたわ」


 そう言って父はテオファネスをギロっと睨んで鼻を鳴らすと、萎縮した彼は直ぐさま詫びを入れた。


 父が冗談のつもりで言っている事はすぐに分かった。なにせ、今にも笑いそうになって口角が上がっているのだから。


 しかし初対面のテオファネスからすれば冗談と分からないのだろう。彼は俯き今一度詫びを入れる。すると父はテオファネスの脇腹を抓って「うじうじするな」と豪快な笑い声を上げた。


 父は大抵いつもこんな調子だ。

 強面な見てくれ通りに頑固で口は悪く、喋り方も威圧的。だがその反面、冗談好きでお茶目な一面がある。

 そんな調子について行けないのだろう。テオファネスは心底困却したおもてを貼り付けて、いつも以上におどおどとしていた。


「ところでお父さん、何です?」


 ──修道院の宿舎です。親族と言えども、男性の立ち入りは控えるようにと言われていた筈ですが……。

 と、母が切り出せば、父は腕を組んでアルマとテオファネスを交互に見る。


「直接お前たち二人に伝えるべきだと思ったから、院長に無理を言ってコイツもこうしてアルマの所に連れて来た訳だ。それに、娘が苦しんで寝込んでいるのに父親が入れないなどおかしいだろう。〝娘が起きたら五分だけ〟って条件で入ってきた」


 フン。と鼻を鳴らして父は言う。

 父が院長をドヤす様は容易に想像できる。

 本当に無理を言って踏み入ったのだろう。その始終でも見たのかテオファネスは複雑な面持ちを浮かべて父の背を眺めている。


「……いいか。アルマよく聞け。俺も母さんも機甲マキナなんぞ見ていない」


 さっぱりとした口調でそう告げて、父はテオファネスに視線を向けた。


「俺が見たのは、退だ。随分シュタール語が上手いのな」


 分かったな? と、同意を求めるようにかれて、アルマは目をしばたたく。


「……え?」

「え? ではないだろ。そういう事だ。俺も母さんもそのくらいに捉えておく。だからアルマは安心しろ、俺たちが見たのはだ」


 分かったな。と今一度言われて、されたアルマは頷く他無かった。


 父はそうして今後はテオファネスに視線を向ける。


「いいな、おまえもだ。おまえは今日からただの外国人の若造だ」


 完全に萎縮したテオファネスはコクコクと何度も頷いた。


 それだけ告げると、父はテオファネスの首根っこを掴むと、引き摺るように部屋を出て行った。

 アルマは呆気に取られたまま彼らの消えたドアを見ていれば、母は呆れた調子の吐息を一つ吐く。


「まったく。お父さんは本当強引で無鉄砲で……貴女、本当にお父さん似ねぇ」


 いやいや全く似ていないだろう。

 あんなに強面でも強引でもない。しやくどうはつの母と違い、確かに髪の色素だけは遺伝しただろうが……。そう思いつつもアルマは母に視線を向ける。


「そのテオの事……」


 つまり誰にも漏らさないとの意図は汲み取れるが……。

 続けて喋ろうとすれば、母は首を振り、アルマの唇の上に指を突き立てた。


「当たり前だけど、彼の姿を見て、お母さんもお父さんも初めはギョッとしたわよ? あなたエーデルヴァイスの中だと一番強い力を持っているとはいえ、娘にそんな危険な務めを負わせていたと知ってゾッとした」


 母はため息交じりに言うと、少し疲れたような笑みを見せた。


「そりゃ見ての通り……お父さんはカンカンになったわ。院長先生に怒鳴り散らした程よ。危険なんか顧みず、目を覚ましたテオファネスさんに殴りかかろうともした。でもね、私が貴女の部屋に入った時、これが開きっ放しでどうにも目に入ったの」


 そう言って母は立ち上がり、アルマの机の上の日記帳を持ち出すと、パラパラとページを捲った。


「人の日記を見るなんて悪い事だと分かるけどね、どうしてもお父さんに伝えたかった。だから、これをお父さんに見せちゃった事も一緒に詫びるわ」


 見られたのは恥ずかしい。

 だが、母のお陰といっても過言でない。アルマは首を横に振る。


「これを見たら、アルマが懸命に向き合ってた事がよく分かったの。それに彼が人と変わらない事や、無害である事が分かった。だって、彼は私たちの目を真っ直ぐに見て、誠意のある謝罪をしたわ。それに、話をしてあの子がアルマをとても大切に思ってると分かったの」


 瞼を伏せて母は語る。

 娘が守りたいものを親が否定するのはどうなのかと。こんなに献身的な思いを無碍にする事なんてできない。。だから、私たち家族は絶対に彼の存在を外には漏らしたりしないと。

 それを聞いてアルマは胸を撫で下ろした。


「……ありがとう」


 小さな声でそう告げると母は優しく笑んで、アルマの髪を撫でた。そうされていると、心が落ちついてくる。

 次第に眠気もやってきて、アルマは再び眠りに落ちた。

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