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第9魔:ひたすら耐えるのよ

「およ! 普津沢さんと彼女さんじゃないですかオッスオッス」

「未来延ちゃん……」

「アラ、昨日のお嬢さん」


 こりゃまた厄介なシチュエーションになったな。

 確かに経済学の講義で一緒だとは言っていたが、昨日の今日でもう会ってしまうとは。

 しかもなんで俺の隣の席に座るの!?

 俺の左側に座っている沙魔美の機嫌が、あからさまに悪くなっているのがわかる。

 昨日の夜は、薄い本せんりひんが豊作だったおかげで、何とか『沙魔美の好きなところを百個言うの刑』で勘弁してもらったのに、また振り出しに戻ってしまったようだ。


 ギリギリギリギリ


 沙魔美が左手で、俺の左の二の腕辺りをつねってきた。

 イタいイタいイタいイタい。

 しかも右腕はいつも通り、俺の左腕に組んでいるので、俺の左肘は沙魔美の胸に当たっているし、二の腕はつねられて痛いしで、アメとムチの波状攻撃が半端ない。

 オオ〇コ半端ないって。


「ところで彼女さんのお名前は、何とおっしゃるんですか?」

「……病野沙魔美よ、お嬢さん」

「お嬢さんはよしてくださいよ沙魔美さん。私は伊田目未来延といいます。よかったら未来延と呼んでください」

「そう、未来延さん。未来延さんは、あのお店のシェフの娘さんなのよね?」

「うちのお父さんはシェフなんて大層なもんじゃないですけどね。私も昨日からうちの店でバイト始めたばかりで、沙魔美さんがお帰りになった後、普津沢さんに手取り足取りご指導いただきました」

「未来延ちゃん! その言い方は語弊があるんじゃないかな!?」


 ギリギリギリギリ


 イタいイタいイタいイタい。

 二の腕が千切れちゃう、千切れちゃうよ。


「あ、二人共、教授が来たよ。講義が始まるよ」


 フウー。

 危なかった。

 これでとりあえず、未来延ちゃんも静かになるだろう。




 実際講義が始まって、十分程は二人共静かだった。

 沙魔美はいつも通り、講義の内容をノートに取るフリをして、ノートにひたすら『堕理雄を愛してる堕理雄を愛してる堕理雄を愛してる……』と呪いの言葉を書き綴っているが、沙魔美はこう見えて成績はいいので、放っておくことにする。

 ただ、未来延ちゃんは明らかに講義に飽きた顔をしていた。

 未来延ちゃんは不意に何かを思い付いたようで、爛々とした目で俺の方を向いて言った。


「普津沢さん、コンドミニアムって何か響きがエロくないですか?」

「未来延ちゃん、今は講義中だよ」


 ギリギリギリギリ


 イタいイタいイタいイタい。

 勘弁して、未来延ちゃん。

 とっくに二の腕のライフはゼロよ。


「あと、トリニダード・トバゴも、そこはかとないエロスを感じますよね」

「それは全然感じないし、君は今すぐトリニダード・トバゴの方向に土下座しなさい」


 ギリギリギリギリ


 ふぐううううううう。

 俺何も悪いことしてないのに、納得いかないぜ。

 まあ、沙魔美と付き合ってる時点で、これらはどうしたって避けられないリスクなのだが。

 ちなみに今の『ふぐううううううう』は『不遇』と掛けたわけではないので悪しからず。

 俺も痛みで、思考がどうにかしているのだ。


「ふわああああ。何だかこの講義、退屈で眠くなってきちゃいましたね」


 君はどの講義でも眠くなってそうだけどね。

 幸いこの講義の教授は、寝てても注意するような教授ではないので、いっそ寝ててくれた方が、俺の二の腕のためにもいいだろう。

 そう思っていると、未来延ちゃんは、の〇太並みのスピードで、スヤスヤと寝息を立て始めた。

 ……まあいいだろう。

 戦いは終わったんだ。

 これでやっと俺も講義に集中できる。

 ん? 何だ?

 何か右のふとももに違和感があるな。

 見ると、寝惚けた未来延ちゃんが、左手で俺のふとももを撫で回している。

 ナッ! それはマズいよ未来延ちゃん!

 俺の左にいる最終兵器彼女にバレたら、第三次世界大戦が勃発してしまうよ!


「んん~、これは可愛いカピバラさんですね~」


 どうやら未来延ちゃんは、可愛いカピバラさんの夢を見ているらしい。

 でもそれ以上は本当にマズいよ未来延ちゃん!

 このままだと、俺のカピバラさんが、アルパカさんになってしまうよ!(意味不明)

 俺は沙魔美の死角になるように気を付けながら、未来延ちゃんを起こすために、右肘で未来延ちゃんをツンツンと小突いた。


「んん~、何ですか~、むにゃむにゃ。普津沢さんと沙魔美さんは、最高に理想的なカップルですよー!!!!」


 えー!!!!

 この子、寝言で何叫んでんのー!!!!

 うわあ。

 教授を含めて、この場にいる全員がこっちを怪訝そうな目で見ている。

 コホンと、一つ咳払いをしてから、教授が俺達の方を向いて言った。


「普津沢君と沙魔美君というのは、君達のことかね?」

「いや、何と言うか、その……本当に申し訳ありません」

「……講義中は静かにね」

「……はい」

「むにゃむにゃ。バッキンガム宮殿も、大人のエロスを感じますよね~」


 君は一生、夢から醒めるな。

 だが何故か、沙魔美は満更でもないといった表情でニコニコしていた。

 最近少しずつわかってきたけど、こいつはおだてに極端に弱いらしい。

 まあ結果オーライだと思って、諒とすることにしよう。

 そう思わないとやってられない。




 結局未来延ちゃんは、講義が終わるまで一度も起きることはなかった。

 講義が終わった後の未来延ちゃんは、正月元旦の朝に新しいパンツをはいたような、スゲーッ爽やかな顔をしていた。

 そりゃ、あんだけぐっすり寝ればね。


「ではでは普津沢さん、沙魔美さん、来週の経済学の講義でまたお会いしましょう。あ、普津沢さんはバイトの時も、よろしくお願いしますねー」

「ははははは、またねー(白目)」


 嵐が去って行った。

 正直、経済学の単位は落としてもいいから、来週からはずっと欠席したいぜ。


「ねえ堕理雄」

「ん? 何だ沙魔美」

「可愛い女の子に、ふとももを撫で回されるのは、さぞかし気持ち良かったでしょうね?」

「なっ」


 ……バレていたのか。


「でもそんなイケナイ堕理雄には、罰を与えないとね」

「……どんな?」

「次の講義も私達は一緒よね。次の講義中、今度は私が堕理雄のふとももに、ずっとアレコレするから、堕理雄は周りにバレないように、ひたすら耐えるのよ」

「……」


 地獄だ。

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