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第11魔:呼んであげるわね

 ピンポーン


 ん? 誰だろう?

 何か前にもこんなことがあった気がする。

 嫌な予感がするから無視しようかな。

 今日もこれから、沙魔美と出掛ける予定あるし。


 ピンポーン


 ……。


 ピンポーン

 ピンポーン


 ……。


 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン


 しつこいなッ!?


「はいー! どちら様でしょうかー。んっ?」


 目の前には中学生くらいの、可愛い女の子が立っていた。


「あのー、君は……」

「はじめましてお兄さん。私はあなたの妹の夜田よるだ真衣まいといいます」


 は?




「麦茶でもいいかな?」

「どうぞお構いなく。あまり長居するつもりはありませんので」

「ああ、うん」


 俺は妹だと名乗る、謎の女の子の前に麦茶を置くと、その向かい側に腰掛けた。


「それで、真衣ちゃんだっけ? さっきの話の続きだけど……」

「私が妹だという話ですか。嘘だと思ってるんですか?」

「いや、嘘とは思ってないけど……」


 本当だとも思えない。

 ただ、嘘とも思っていないというのは噓じゃない(ややこしいが)。

 だからこそ、あからさまに怪しいこの女の子を家に上げたのだ(決して俺がロリコンだからではない)。

 何故なら、夜田というのは、俺の親父のだからだ。

 親父は婿養子だった。

 そして、この子が夜田と名乗った以上、親父と無関係ではないはずだ。

 ひょっとして隠し子とかなのか?

 それにしては、真衣ちゃんは俺とも、親父とも似ていない。


「どういうことなのかってお顔ですね」

「……まあね」

「然程難しい話ではありません。シングルマザーだった私のお母さんと、あなたのお父さんが再婚しただけです」

「はっ!? 再婚!?」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 頭が追いつかない。


「でも、親父はまだ……」

「とっくにお兄さんのお母さんとは、離婚されてたんですよ。家を出た時に」

「なっ! そんなバカな」


 だって、お袋はそんなこと一言も。


「……順を追って説明します」

「……ああ、頼むよ」


 長い話になりそうだ。

 先に沙魔美に連絡したほうがいいかな?


「お父さんが桜紋会おうもんかいっていう、暴力団の代打だいうち(※暴力団員の代理として、麻雀等の賭博を行う者)をしていたのは知っていますか?」

「……知ってるよ」


 それを仕事と言っていいのかはわからないが、少なくとも親父が金を稼ぐ手段ではあった。


「お父さんが家を出る少し前、桜紋会はライバルの暴力団と、激しい縄張り争いをしていました。そしてその決着は、麻雀でつけることになったそうです」

「その勝負に、親父が駆り出されたってわけか」

「その通りです」


 初耳だ。

 もっとも、俺は親父のやっていることを、ほとんど知ろうとはしなかったが。


「もしかして、親父はその勝負に負けたの?」


 だから家を出たのか?


「いいえ、お父さんは勝ちました。でもそれがいけませんでした」

「? どういうこと?」

「お父さんはライバルの暴力団から恨みを買ってしまったのです。端的に言えば、命を狙われました」

「!」

「そしてその魔の手は、そのご家族にも及ぶところだったのです」

「なっ! まさか……」

「そのまさかです。お父さんはお兄さんと、お兄さんのお母さんに危害が及ばないように、敢えて家を出たのです」

「……」

「ですが、ただ家を出ただけでは、逆にお兄さん達が人質に取られてしまう可能性もありました。そのため、さもお兄さん達のことはどうでもよくなったから出ていったという体にしたんです。それなら、お兄さん達には人質の価値はなくなりますからね」

「……でも、それなら別に離婚しなくても……」

「お父さんは、お兄さんのお母さんに、早く他の人と再婚してほしかったんだと思います。自分は一生お兄さん達の下には戻れないかもしれないから……。だから、お兄さんのお母さんも、素直に離婚に応じたんでしょう」

「……」


 そういうことか。

 でも、俺の知る限り、お袋は再婚する気はなさそうに見える。

 多分、今でも親父のことを……。


「……それならそうと、俺にも言ってくれればよかったのに……」

「当時まだ高校生だったお兄さんには、お父さんを嫌っている演技ができないかもしれないと思ったんじゃないでしょうか? ライバルの暴力団に、お父さんが本当は家族を捨てていないことがバレれば、たちまちお兄さん達の命が危なくなります。お兄さんには、あくまでお兄さん達を捨てた、どうしようもない父親のフリをし続ける必要があったんです」

「……」


 何なんだよ。

 今更そんなこと言われても。

 じゃあ俺の今までの怒りは、どこにぶつければいいんだ。

 ん? 待てよ。


「それと、親父が君のお母さんと再婚した話は、どう繋がるの?」

「……いや、それは……然程繋がりはないんですが……。逃亡先でたまたま知り合った、私のお母さんと、イイ感じになりまして……。再婚と相成ったわけです」

「……」


 あんのスケベ親父がー!!!

 何逃亡者の身でありながら、さっさと新しい相手見付けてんだよ!

 ちょっとだけ見直した気持ちが、すっかり霧散したぜ。

 こんなこと、お袋には絶対言えない。


「ああ、ちなみに再婚のことは、お兄さんのお母さんもご存知ですよ」

「えっ!? そうなの!?」

「再婚する時に、お父さんのほうから電話で報告したそうです。『そんなこったろうと思った』とおっしゃっていたそうですよ。お兄さんが住んでいるこの家の住所も、その時に聞いたそうです」

「……マジかよ」


 でもそうか。

 うちのお袋なら、そう言いそうだな。

 まったく、どいつもこいつも。


「でも、それなら俺と君は、法律上、兄妹にはならないんじゃないかな? 俺の親権はお袋にあるんだろうし。俺もその辺の法律には詳しくないけど」

「私も詳しくはないですけど、法律上どうかなんて、どうでもいいんです。私はお父さんのこと、本当のお父さんだと思ってますし、だから、お父さんの息子のあなたは、私のお兄さんなんです」

「……そう」


 なら、別にどう思おうと構わないけどさ。


「それに、実際会ってみたら……やっぱり格好良かったし……」

「ん? 何か言った?」

「い、いえいえ! 今のは独り言です」

「ふーん。で? 本当の要件は何なんだい?」

「えっ」

「まさか、そのことを教えるためだけに、ここに来たわけじゃないんだろ? 何か目的があったんじゃないのかい」

「……はい。実はお兄さんにお願いがあるのです」

「……何かな」

「お父さんと会っていただけないでしょうか」

「!」


 親父と!?

 俺が?


「……何故だい」

「お父さんはお兄さんに会いたがっています! 口には出さないけど、私にはわかります。お父さんはいつも、お兄さんの話をする時、とっても楽しそうに話すんです。あいつは自慢の息子だって。当然ですよね、血の繋がった親子ですもん。だから本当は会いたいに決まってます。最近は、追跡の目もほとんど無くなったみたいですし」

「でも、真衣ちゃんが親父から直接聞いたわけじゃないんでしょ? それに、それを言うならお袋にこそ、会うべきだろ」

「お兄さんのお母さんには、会ったらブッ飛ばされそうだから、会いたくないって言ってました」

「ああ、そう……」


 まあ、そりゃそうか。


「でも、だったら尚更、俺だけ親父に会うわけにはいかないよ。正直、真衣ちゃんの話を聞いても、俺はまだ親父のことを、完全に許す気にはなれないからね。追われる身になったのも、半分は自業自得だし」


 元より代打ちなんて危ないことをしていなければ、こんなことにはならなかったのだ。


「それはそうかもしれませんけど、お父さんは本当に……」

「悪いけど、今から彼女に会う約束があるんだ。そろそろいいかな?」

「えっ!? 彼女って……」

「そうです。私が堕理雄の彼女の、伝説の魔女ラブリーチャーミーボンキュッボンサマミオネーサンです」

「キャアア!! ど、どなたですか!? どこから入って来たんですか!?」

「……沙魔美」

「! もしかしてこの人が……」

「だから今彼女だって言ったでしょ、お嬢さん。いや、真衣ちゃん」

「なっ!? なんで私の名前を!」

「だってずっと聞いてたもの。あなた達のすぐ側でね」

「そんな! そんなわけないわ! だったらすぐに気付きます!」

「……認識歪曲の魔法か」

「えっ? お兄さん、今何て」

「私は魔女なのよ真衣ちゃん。あなた達の視界から消えるなんて、ハ〇ターハン〇ーを休載させるより容易いわ」


 そう言って沙魔美が指をフイッと振ると、沙魔美は俺達の前から煙のように消え去った。


「なっ!? ど、どこに行ったの!?」

「どこにも行ってなんかないわよ、真衣ちゃん」

「キャアッ!」


 沙魔美はまた元いた場所に、忽然と現れた。


「今のが認識歪曲の魔法。私はずっとこの場所から動いてなかったのだけど、あなた達の認識からは外れていたのよ」

「そんな……そんなことが……」

「……いつからそこにいたんだ、沙魔美」

「そうね、『はいー! どちら様でしょうかー』の辺りからかしら」

「ほぼ最初じゃねーかッ!」


 待ち合わせの時間には、まだ大分あったはずだろ。


「私の最強魔法『女の勘』が発動したからね。この部屋で、待ち伏せていたのよ」

「そうなのか……」


 女の勘チートすぎだろ。

 最早それがあれば魔法いらなくね?

 する気はさらさらないが、絶対に俺は浮気できないな。

 コンマ一秒でバレそうだ。


「そういうわけで、私が堕理雄の彼女で、魔女で、ボンキュッボンなことはわかってもらえたかしら? 堕理雄は、あなたみたいなツルペタロリータには興味ないの。申し訳ないけど、諦めてちょうだい」

「オイ、沙魔美!」

「ツ、ツルペタロリータですって!? 確かに胸はまだ発展途上かもしれませんが、私はこれでも高校三年生です! 子供扱いしないでください」

「「えっ」」


 そうだったんだ。

 なんかごめん。

 確かに中学生にしては、大人びた話し方をするなとは思ってたけど。


「お兄さん!」

「は、はい!」

「この人がいろんな意味で、普通の人間じゃないというのはわかりました。でも、だからこそ、お兄さんはこんな人とはさっさと別れるべきです! お兄さんに相応しい人は、もっと他にいるはずです。そう、例えば……」

「真衣ちゃん」

「え?」

「悪いけど、俺は沙魔美と別れる気はないよ。こう見えて俺は、沙魔美のことを誰よりも愛してるんだ。きっとこの先死ぬまで、沙魔美以上の人には巡り合えないよ」

「そ、そんなの……わからないじゃ……」


 それより先の言葉が出ず、真衣ちゃんは俯いてしまった。

 横目で沙魔美を見ると、沙魔美は満面の笑みでドヤ顔をしていた。

 正直、ちょっとイラッとした。


「……わかりました。今日のところは帰ります」

「あ、そう」


 ん? 


「でも、私は諦めませんからね! お父さんと会ってもらうことも! あと! お……お兄さんの……ことも……」

「え? ごめん、最後のほうが小声でよく聞こえなかったんだけど?」

「と、とにかくまた来ます! その時には、きっと私はFカップになってると思います!」


 いや、それはないでしょ。

 自分で自分の首締めすぎだよ。

 真衣ちゃんは目の前の麦茶を一気飲みすると、ズカズカと大股で俺の部屋から出ていった。


「ウフフ、なかなか面白い子ね、あの子」

「年下相手にムキになりすぎだぞ沙魔美。でも、お前にしては珍しく嫉妬はしなかったな」

「当然よ。だって私と堕理雄が結婚したら、真衣ちゃんは私の妹にもなるんだから。妹には嫉妬しないわよ。私、昔から妹がほしかったのよねー」

「そうか……」


 向こうはお前のこと、姉とは認めなそうだけどな。


「……堕理雄」

「ん? 何だ?」

「お父様のこと、どうするの?」

「……そうだな」


 俺の考えがガキっぽいのは、自分でもわかってるんだがな。


「やっぱり今すぐに、じゃあ会いましょうって気にはならないよ。真衣ちゃんには悪いけどな」

「そう。私はその件については、堕理雄の気持ちを尊重するわ。未来の妻としてね」

「はいはい、こんな素敵な妻をもらえて、俺は幸せものですよ」

「ところで堕理雄」

「……今度は何だ」

「もしかして堕理雄って、妹萌えだったりするのかしら?」

「なっ……何を言ってるんだお前は……。こ、根拠のない憶測はやめてくれよ」

「動揺しすぎじゃない? じゃあわかったわ」

「?」

「今日は一日、堕理雄のことを、『お兄ちゃん』って呼んであげるわね」

「そ! それは……」


 ……悪くないな。

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