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第36魔:仕事中に

 カランコロンカラーン


「いらっしゃ……何や、腹黒娘やんけ。今日は魔女は一緒やないんか?」


 ゲッ。

 ピッセしかホールにいない。

 スパシーバには何度も来てるけど、こんなことは初めてだな。

 堕理雄君と未来延ちゃんはどうしたんだろう?


「沙魔美氏は遅れて来るわ。あと、その腹黒娘ってのやめてくれない? 私の名前は菓乃子よ、ピッセ」

「ハッ、別に何でもええやろ呼び名なんて。ちーさい女やなあ」


 ムカッ。

 何よその言い方。

 言っとくけど私はまだ、あなたが堕理雄君を拉致した時のこと、完全には許してないからね。

 私はピッセのことは無視して、いつもの席に勝手に座った。

 まだ夕方の開店をしたばかりなので、お客さんは私だけだ。

 するとピッセが私の席に来て、水を雑に置いたので、少し水が零れてテーブルが濡れてしまった。

 ムカカッ。


「で? 注文は何にする?」

「……沙魔美氏が来てから一緒に頼むわ。ところで堕理雄君と未来延ちゃんは?」

「先輩はスーパーまで食材の買い出しに行っとる。お嬢も同じく食材調達なんやが、お嬢は北海道で今頃カニを捕っとるわ」

「は!? 北海道でカニ!?」


 ……流石未来延ちゃん。

 今更ながら、あの子のバイタリティは計り知れないわ。


「よいしょっと」

「え?」


 ピッセが私の向かいの席に腰を下ろした。

 なっ!? 何よこいつ急に!?

 それに今は仕事中でしょ!?


「ちょっと、ピッセ」

「うるさいのお。店長からは客がおらん時は楽にしててええって言われとる。だからカタいこと言うなや」

「私も一応客なんだけど……」


 それになんで私の前に座るのよ。

 座るにしても他のテーブルに座ってよ。

 ……でも、よく考えたらピッセと二人きりになるのって初めてかも。

 全然嬉しくないけど。


「そう嫌な顔すなや。ハッ、そうやっていつもしかめっ面しとるとこなんかそっくりやな」

「……」


 別にあなたの前以外ではしかめっ面なんてしてないわよ。

 ……ん?

 今そっくりって言った?

 誰と?


「……ねえピッセ、私が誰と似てるって……」

「クカー、クー、ンガガガガガ、クカー」

「……」


 寝てるー!!!

 流石に仕事中に寝るのはダメでしょ!?

 そろそろ他のお客さん来るかもしれないし。

 もう!

 しょうがないなあ!

 私はピッセの隣りに行き、ピッセのことを揺さぶった。

 なんで私がこんなことしなきゃいけないのよ。


「ピッセ! 起きなさいよ! コラ、ピッセ!」

「ん? んんん~……ヴァルコ。お前生きとったんかヴァルコ!!」

「は?」


 ヴァルコ?

 私の名前は菓乃子だけど……。

 もしかしてピッセ、寝惚けてる?


 ブチュウッ


「!?」


 おファッ!?

 ピッセに突然キスされた。

 え!? 何何!?

 今何が起こったの!?


「ちょ、ちょっとピッセ!何するのよ!?」

「あ? …………何や、腹黒娘か……」

「なっ!?」


 何やとは何よ!!

 寝惚けてたとはいえ、無理矢理人の唇を奪っておいて、その言い草はないでしょ!

 それになんで急にキスなんてしてきたのよ!?

 ……もしかして。


「……ねえピッセ、ヴァルコって誰?」

「ああ? ……何でもええやろそんなもん」

「よくないわよ。こっちは無理矢理キスまでされたんだから」

「ハッ、つくづくちーさい女やなあ。わーった、わーった、ほれ」


 そう言うと、ピッセは目をつぶって唇を突き出してきた。

 いや、別に私からキスしたかったわけじゃないよ?

 ピッセの星ではキスは挨拶みたいなものなのかもしれないけど、地球の、特に日本では、キスは軽々しくしていいものじゃないんだからね。


「ふざけないで。私をヴァルコって人と間違ったから、キスしてきたんでしょ?」

「……だったら何やねん」

「……恋人なの?」

「んなわけあるか。ただの相棒や。それにもうこの世にはおらん」

「あ、そうなんだ……ごめん」


 でも普通、相棒にキスなんてする?

 少なくとも、相棒じゃなかったんじゃないかな……。


「もしかして、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのクルーだった人?」

「……ああ、そうや。……よし、特別にジブンにも紹介しちゃるわ」

「え? 紹介って……」


 さっき、もうこの世にはおらんって言ってなかった?


「店長、ちょっと行ってきてええか?」


 ピッセは厨房に行き、新聞を読んでいた未来延ちゃんのお父さんにそう聞いた。

 倉庫?


「おういいぞ。おっ、菓乃子ちゃん、いらっしゃい」

「こんばんは。いつもお邪魔してすいません」

「いやいや、菓乃子ちゃん達は一番のお得意さんなんだから気にしないでよ。ちなみに今日はカルボナーラが食べたそうな顔をしてるね」

「え!? なんでわかったんですか!?」

「俺も一応プロだからね。ま、ごゆっくり」

「はあ……」


 未来延ちゃんのお父さんは何でもないことの様に、再び新聞に目を戻した。

 やっぱりこの人もただものじゃないな。

 未来延ちゃんもだけど、本当にこの親子は得体が知れない……。

 もしかして沙魔美氏と同じ、魔女の家系なんてことはないよね?


「おう、腹黒娘、こっちや」

「……だから腹黒娘はやめてよ」


 私はピッセに付いて行って、お店の裏口に回った。

 そこには小さな倉庫があった。

 さっき言ってた倉庫ってのはこれかな?

 でも、まさかこの中にヴァルコって人がいるの?

 こんな小さな倉庫に?

 私が訝しんでいると、ピッセはそんな私を無視して、おもむろに倉庫の扉を開けて中に入っていった。

 私も恐る恐る後に続く。

 そして私は目を見張った。


「なっ、何これ……」


 そこには体育館くらいの広さがある、広大な空間が広がっていた。

 そして夥しい数の墓標が建てられている。

 ざっと百基以上はありそうだ。

 もしかしてこれ、全部ピッセの仲間だった人達のお墓……?

 でも待って、ただの小さな倉庫の中が、こんな空間になっているのはおかしい。

 ひょっとして……。


「沙魔美氏に作ってもらったの? この空間」

「……ああ、そうや。まあ、代償も大きかったけどな……。あんの性悪魔女、ここぞとばかりにえげつないこと要求してきおった。まさかネギを……いや、この話はやめよ」


 ネギを何!?

 ネギで何されたのあなた!?

 むしろ、それだけで一話書けそうなくらい気になるんだけど!?


「こいつがヴァルコや。もっとも、骨も何も埋まっとらん、形だけの墓やけどな」


 ピッセは一番手前にある一際新しい墓標の前に立って、手を合わせた。

 ピッセの横顔はまるで深海の底の様に、暗く静かで、不謹慎にも私は、そんな横顔を美しいと思ってしまった。

 ……ハッ。

 イケナイイケナイ! 私ったら。


「伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツは、ウチとヴァルコの二人で立ち上げたんや」

「! ……そうなんだ」


 つまりヴァルコは副長だったってことか。


「ウチらの生まれた星は、地球以上に男尊女卑が激しい星でな。基本女は奴隷みたいな扱いやった」

「そんな……」


 いや、でも十分ありえることか。

 地球だって、男女平等が叫ばれるようになったのは、つい最近だし。


「だからウチとヴァルコで男を見返すために、女だけの最強の宇宙海賊団を作ろうってことになったんや」

「それが、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツ」

「ああ、幸い銀河を渡り歩いてく内に、ウチらに賛同してくれる女も少しずつ増えていってな。一番多い時は、総勢128人の大所帯にまでなったんやが……一人、また一人と抗争の中で死んでいった。結局最後まで残ったのは、立ち上げメンバーのウチとヴァルコだけやった」

「……そう」


 なかなかに壮絶な人生だ。

 海賊行為は決して許されることじゃないだろうけど、ピッセ達が生まれた境遇を考えれば、それしか生きていく手段がなかったのかもしれないな。

 地球でだって、海賊は権力者によって住んでいた島を追われた人達がなることが多かったみたいだし。


「ヴァルコもジブンみたいに腹黒い女でな。ついつい無策で突っ走りがちなウチに代わって、実質伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツはヴァルコが仕切っとった。まあ、ウチも人にアレコレ指図するんは得意やなかったんで、ちょうどよかったけどな」

「……」

「その割には何故か、いつもウチのこと立ててくれてな。ホンマオカンみたいなやつやったで」

「……ふーん」


 何だかちょっと、私と沙魔美氏の関係に似てるかも。


「せやけど、ウチがこの星に来る半月くらい前に、ウチら以外の、とある伝説の宇宙海賊から突然襲撃されてな。それでも敵のボス以外は、ウチとヴァルコでみんなブッ飛ばしたんやが、そのボスがとんでもなく強い男でな。ヴァルコは自分の身を挺して、ウチのことを逃がしたんや」

「……!」


 じゃあヴァルコって人はその時に……。


「ウチのこの右眼も、その男にやられたんや。だからは、ヴァルコとこの右眼の、共通の仇っちゅうわけや。せやから今はまだ無理でも、いつか絶対アイツは、ウチがこの手で倒す。そうやないとウチは、あの世でヴァルコに顔向けできん」

「……ヴァルコさんはきっと、そんなこと望んでないと思うけど」

「……そうかもな。せやからこれはただの我儘や。女の矜持ってやつや」

「……矜持ね」


 イケナイイケナイ。

 ちょっとだけピッセをカッコイイと思っちゃった。

 私はこのぐらいでほだされるような、安い女じゃないんだから。


「さて、そろそろ店に戻るか。ん? この声は……」

「え?」


 耳をすますと倉庫の外から、堕理雄君と沙魔美氏の声が聞こえてきた。


「沙魔美! マズいってこんなとこじゃ! それに俺は今仕事中だし」

「フフフ、こういうシチュエーションもたまには興奮するじゃない。この前だって、仕事中に抜け出してここでシたでしょ?」

「いや、あの時は、その……」

「「……」」


 何やってるのよ二人共……。

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