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第60魔:沙魔美さんが仰ってました

「あー、足元が! 足元が見えにくい! 見えにくくて歩きづらい! ということでお兄さん、手を繋いでいただいてもいいですか?」

「あ、うん……」


 真衣ちゃんは今、巨乳になっている。




 『何を言っているのか、わからねーと思うが』でお馴染みの、ユニークな髪型の人みたいなことを言っているが、順を追って説明しよう。

 まず本日3月31日は、真衣ちゃんの誕生日だ。

 先月の未来延ちゃん達の誕生日の時は全然準備ができていなかったので、慌ただしい誕生会になってしまったが(それでも未来延ちゃんとピッセは喜んでくれたが)、その時に真衣ちゃんは、


「別に他意はないんですけど、私の誕生日は3月31日なんですよねー。別に他意はないんですけど」


 と、他意のあることを言っていたので、俺達は今日のために、真衣ちゃんの誕生会を準備してきた。

 そして今日、真衣ちゃんを俺の家に招いて、俺と沙魔美と菓乃子とピッセと未来延ちゃんで、真衣ちゃんの誕生会を催した。

 沙魔美は真衣ちゃんの好物の唐揚げをしこたま揚げ、未来延ちゃんはこれまた真衣ちゃんの好物だというモンブランの特製バースデーケーキを作ってくれた。

 真衣ちゃんは大層喜んでくれている様子だった。


 と、ここまではよかった。


 問題は宴もたけなわとなり、誕生日プレゼントを渡す段になって起きた。

 最初は俺が、猫の着ぐるみパジャマをプレゼントした。

 大晦日の日にハムスターの着ぐるみパジャマを着ていたのを見たので、完全に俺の趣味だが、同じタイプの猫のパジャマをチョイスしたのだ。

 これは素直に喜んでくれた(神棚に飾って家宝にすると言ったので、そこは着てねと釘を刺しておいたが)。

 だがこの後がマズかった。

 以下、それぞれが用意したプレゼントを羅列すると、


 菓乃子:バストアップサプリ

 ピッセ:育乳ブラ

 未来延ちゃん:ラバーカップ

 沙魔美:ラバーカップ


 という、特定の部位に対する、熱いエールを感じずにはいられないラインナップとなっていた。

 特に未来延ちゃんと沙魔美の、悪ふざけコンビのプレゼントが被ったのが致命的だったらしく、沙魔美が、


「よかったじゃないマイシスター! これで入浴時に、左右同時にラバーカップで努力ができるわね!」


 と言ったのがとどめとなり、遂には真衣ちゃんは泣き出してしまった。


「み、みんな、わだしのごとを、ぞんなに貧乳だど思ってだんですが~」


 真衣ちゃんは涙ながらに訴えた。

 ……残念ながら、誰も否定できる者はいなかった。


「そ、そうだわマイシスター! こんなのはどうかしら?」

「え?」


 沙魔美が指をフイッと振ると、瞬時に真衣ちゃんは沙魔美並みの巨乳になった。


「ク、クソ程おおおおおお!!!!」


 恐らくいつものクセで、『クソがあ』と言いそうになったのを、無理矢理『クソ程胸が大きくなった』的なニュアンスに言い換えて歓喜した、真衣ちゃんであった。




 こうして冒頭のシーンに戻るのだが、巨乳になった真衣ちゃんはこの状態で外を歩きたいと懇願してきたので、春の色が濃くなった肘川の街に、みんなで繰り出したというわけだ。


「さ! お兄さん!」


 真衣ちゃんが右手を俺に差し出してきた。

 俺はチラッと沙魔美の顔を伺った。

 沙魔美は案の定嫉妬の炎を全身から漂わせていたが、「今日だけは5000兆歩譲って、特別に許可しましょう」といった意味のアイコンタクトを送ってきたので(俺も魔法は使えなくとも、そのくらいは読み取れるようになった)、俺は真衣ちゃんの手を左手で握った。

 まあ、今日は真衣ちゃんの誕生日だもんな。

 今日ぐらいは、なるべく真衣ちゃんの望みを叶えてあげたいというのは、みんなの共通意識だ。


「えへへー」


 真衣ちゃんは今日イチの笑顔を向けてきた。

 か、可愛い。

 養いたい!

 ……おっと、また俺の悪いクセが出てしまった。

 真衣ちゃんは既に、俺の親父に養われてるんだった(つくづく妙な人間関係だ)。

 しかしこう言ってはなんだが、真衣ちゃんは見た目は完全に中学生なので、ポリスメンに見付かったら職質されるんじゃないかと、ちょっとだけドキドキしている。


「あー、それにしても、最近私、凄く肩がこるんですよねー。疲れてるのかなー」

「……あ、そうなんだ」


 真衣ちゃんがここぞとばかりに巨乳だから肩がこるアピールをしてくる。

 巨乳になったのは、ついさっきなはずだが……。


「マイシスター、肩こりは栄養バランスが偏ってると起こりやすいっていうわよ。大方、普段から鶏肉と大豆製品とキャベツばっかり食べてるんでしょ?」


 沙魔美がバストアップに効果がある食べ物を羅列した。


「な、何故それをッ!?」


 ……当たっていたらしい。

 もしかして真衣ちゃんが唐揚げが好きなのは、バストをアップさせるためなのかな?

 残念ながら、今のところは、『なんの成果も!! 得られませんでした!!』と言わざるを得ないが……。


「なあ菓乃子、もうウチらはいなくてもええんちゃうかな? 二人でパンケーキでも食べに行かへんか?」

「ダメだよピッセ! そんなこと言っちゃ!」

「オイコラこの泥棒魚、隙あらば私の菓乃子氏をたぶらかすんじゃないわよ。魚肉ソーセージにしてスーパーのタイムセールで売って、利益を出すわよ」

「ちょっとそこの三人! 今回の主役は私なんですから、話の軸がブレるような発言はしないでください!」


 やっと回ってきた主役回に対する執着心がエグい。

 まあ、次はいつ回ってくるかわからないからな。

 真衣ちゃんがこうなるのも、無理はないが。

 ちなみに未来延ちゃんは真衣ちゃんが巨乳になってからの一連の遣り取りを、ずっとスマホのカメラで撮っている。

 大方またSNSにアップして、偏向報道するつもりなのだろう(完全に余談だが、未来延ちゃんてフォロワー多そうだよね)。


「あ! お兄さん! 私ちょっと服屋さんに寄ってもいいですか?」


 真衣ちゃんが俺の手を引いて、通りにある服屋を指差した。


「え? いいけど……」


 今は魔法で一時的に巨乳になってるだけなんだから、今服を買っても、後々着れないと思うよ?

 まあ、確かに今着てるブラウスじゃ胸がパツパツすぎて、ボタンが弾け飛びそうになってるので、気持ち悪いのはわかるが。




「あー、この服カワイイなー。あ、あとこれも」


 店内に入った真衣ちゃんは、早速服を物色し始めた。


「何かお探しですか~? 裏にサイズ違いもございますので、遠慮なくお申し付けくださ~い」


 今の若い子には伝わらないかもしれないが、いかにも柳原可〇子のコントに出てくるような、ウザめな店員さんが近付いてきた。


「この服がカワイイなと思ってるんですけど、これの大きめのサイズってありますか?」

「あ~、申し訳ございませ~ん。このタイプは大きいサイズは取り扱ってないんですよ~」

「えー、じゃあこっちは?」

「大変申し訳ございませ~ん。そちらもそのサイズのみの取り扱いとなっております~」

「あー、そうなんですかー。せっかくカワイイのになー。ホント、いつも気に入った服を見付けても、サイズが合わなくて買えないんですよー」

「ああ~、お客様は大変お胸が大きいですもんね~。私はあまり胸が大きくないので、羨ましいです~」

「いえいえ、こんなもの持ってても、邪魔なだけですよ。肩はこるし、男の人はいつもイヤラシイ眼で見てきますからね」

「なるほど~。それは大変ですね~」


 うわあ。

 これが言いたかったから、服屋に来たのか……。

 大丈夫かな真衣ちゃん?

 後で胸が元に戻った時、死にたくならないかな?


「じゃあこちらのカットソーなんていかがですか~? こちらでしたらお客様でもサイズは合いますし、とってもお似合いだと思いますよ~」

「え、うーん。そうですね……」

「ね? そちらの彼氏…………お父さ…………彼氏さんも、そう思われますよね~?」

「え、俺ですか!?」


 今、彼氏かお父さんかで、大分迷ったでしょ!?

 まあ、確かにどちらにしても、微妙なのはわかるが。


「ああ、俺は彼氏じゃなくて、この子の兄です」

「あ~、そうなんですか~。仲が良いご兄妹なんですね~」

「でも! 実質、彼氏みたいなものです!」

「「えっ」」


 急に何言い出すの真衣ちゃん!?

 店員さんが、「え? もしかして禁断の愛? 後でSNSで拡散させよ~」みたいな顔をしてるじゃないか!

 お兄さんが社会的に死んだら、どうしてくれるんだい!?


「じゃあ私、このカットソー買います!」

「え!? ま、真衣ちゃん……」


 だからそれは、本来の真衣ちゃんだと、サイズがぶかぶかになっちゃうよ?


「ありがとうございま~す。あと、こちらのブラウスとキャミソールも、お兄さん好みだと思いますよ~」

「買います! 両方共、買いまーす!」

「真衣ちゃーん!」


 柳原テメーコノヤロー!

 適当なこと言って、俺の妹に無駄な買い物させてんじゃねー!

 いや、この人の名前は、柳原ではないのだろうが……。

 と、思ったら、名札を見たら、『柳葉』と書いてあった。

 惜しいじゃねーか、柳葉ァ!




「いやー、実に良い買い物をしました」

「そ、そう、よかったね……」


 あの後も柳葉ァに勧められるままに、大量の服を買わされ、真衣ちゃんは両手いっぱいに紙袋を下げていた。

 ホント、どうするのこれ?


「お二人共、とっても楽しそうでしたね。お陰様で、私も良い画が撮れましたよ」


 未来延ちゃん、スマホをパシャパシャさせながら言った。


「あれ? 未来延ちゃん、沙魔美と菓乃子とピッセは?」


 買い物の最中に、いつもなら入る茶々が入らないなと思ったら、三人の姿が見えない。


「ああ、お三方は、パンケーキを食べに行かれましたよ」

「は!?」


 マジかアイツら!?

 まだ真衣ちゃんの誕生会の最中やねんぞ!?


「大方、兄妹水入らずにさせてあげるために、気を遣ったんでしょう」

「……」


 絶対違うと思うけどな。


「そういえば、そろそろ効果が切れる頃だと、沙魔美さんが仰ってました」

「え、効果って……」


 ボシュウッ


「「!?」」


 突然風船の空気が抜けたように真衣ちゃんの胸がしぼんで、定規で引かれたかのような、本来の美しい直線が描かれた。

 後にはサイズの合わない、大量の服だけが残った。


「ク、クソがあああああああああ!!!!!!!!!」


 この日の未来延ちゃんのSNSは、それはそれはバズった。

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