「みんな~、今日は『ちっこいズ』のライブに来てくれてありがとー! ちっこいズの監禁担当、『未来から来た監禁姫』、tamaだよー!」
「今日はみんなの生命エネルギーを、ごっきゅんごっきゅん吸い取っちゃうお! ちっこいズの魔王担当、『異世界の妹系魔王』、mawoだお!」
「会場にいるお兄さん達のハートを、私が癒してあげるからねー! ちっこいズのリーダー、『絶壁のブチギレ妹』、maiだよー!」
「「「「ウオオオオオオ!!!!(野太い声)」」」」
「tamaちゃーん! 俺のことも監禁してくれー!!(野太い声)」
「mawoちゃーん! 俺の生命エネルギーを、一滴残らず搾り取ってくれー!!(野太い声)」
「maiちゃーん! そのカッチカチの胸板で、俺をボコボコにブン殴ってくれー!!(野太い声)」
あれ? デジャヴ? と思われた読者のみなさん、ご安心ください。
これは星間戦争第三試合の光景ではありません。
その証拠に賢明な読者の方であれば、真衣ちゃんの台詞が棒読みではなくなっていることにお気付きだろう。
――今日はちっこいズの、メジャーデビュー初日である。
まさか本当にメジャーデビューしてしまうとは……。
と、最初は顔に縦線が入るくらいドン引きしていた俺だが、いざこうしてデビュー初日を迎えてみると、感慨深い気持ちになっているのも事実だ。
星間戦争終結後、沙魔美は早速独自でレコードレーベル『KANKINレコード』を立ち上げ代表取締役社長として就任し、ちっこいズのメジャーデビューに向けて、今日まで奔走してきた。
どこにそんな資金があったんだよと驚嘆したが、どうやら沙魔美のお母さんに資金援助をしてもらったらしい。
本当に、つくづく娘に甘すぎるお母さんだ……。
自分の実の孫のアイドルデビューも懸かっているとなれば、援助したくなる気持ちもわからんでもないが。
とはいえ、今更だが未来人である多魔美や、異世界人であるマヲちゃんがこの世界でアイドルになることは、問題ではないのだろうか?
まあ、昨今は性転換したヤクザがアイドルをやってるような世の中だから、これくらいは些末な問題なのかもしれないが(本当にそうか?)。
「頑張ってね、三人共」
KANKINレコードの代表取締役社長兼敏腕作曲家のYaminoSamami[nYk]は黒いスーツに身を包み、母親の様な顔で、俺と一緒に舞台袖でちっこいズの三人を見守っている(実際メンバーの一人は実の娘だが)。
YaminoSamami[nYk]も緊張しているのか、先程から事あるごとにメガネをクイクイ中指で上げている(社長モードの時のYaminoSamami[nYk]は伊達メガネをかけている)。
ちなみに俺はというと、YaminoSamami[nYk]から正式にちっこいズのプロデューサーに任命され、スーツとネクタイを新調させられた。
といっても俺がしていることと言えば、YaminoSamami[nYk]から「こういう方針で行こうと思うんだけどどう思う?」と聞かれたことに対し、「いいんじゃないですか」と返すことくらいだ。
完全にただのお飾りプロデューサーである。
まあ、唯一仕事と呼べそうなのは、最初は乗り気ではなかった真衣ちゃんを、「可愛いよ」、「その衣装とっても似合ってるよ」と励まして、モチベーションアップに努めていることくらいだ。
だがこれが意外と効果的で、俺が褒めれば褒める程、何故か真衣ちゃんはグングンとやる気をみなぎらせ、今ではすっかりちっこいズのリーダーとして他の二人を陰から支える、頼れるおねえさんに成長した。
……嗚呼。
俺ももう歳なのかな?(え?)
何だかここまでの三人の頑張りを思い出したら、不覚にも目から汗が零れそうになったよ。
頑張れよちっこいズ。
俺にはここから見守ることしかできないけど、俺は何があっても、三人の味方だからな。
ちなみに今日のライブは星間戦争の時と同じ、肘川公民館を貸し切って会場にしている。
ただ座席指定だった前回と違い、今回は客席をオールスタンディングにしているので、会場には2000人近いドルオタの方々が、所狭しとひしめき合っている。
無名のアイドルのメジャーデビューライブで、しかもこんな地方都市の公民館が会場なのにもかかわらずこれだけの人が集まるのは異例と思われるが、どうやら星間戦争のライブを観た人達から、口コミでちっこいズの評判が広まったらしく、KANKINレコードの潤沢な資金を乱用したプロモーション活動も相まって、これ程の規模のライブが実現したらしい。
アイドルが売れるためには、アイドル自身の魅力と活動資金、その両方が必要なのだということを、まじまじと実感させられるエピソードだ。
「ブヒャッヒィッ! エム・ワイ・エル・オー・ブイ・イー! マイラブmaiちゃーん!! ブヒヒブヒッフィッ!! お願いですから僕のことを、道端でカピカピになっている、干からびたガムを見るような眼で見下しながら、24時間程罵倒してくださーい!!!(野太い声)」
会長ーーー!?!?!?
……やはり来てくださってましたか。
しかもちゃっかり最前列のドセンターに陣取ってらっしゃる。
今日もTシャツにプリントされた真衣ちゃんの顔が横に伸びきって、ポ〇子みたいになっている。
ところで今会長が着ているTシャツは、前回のものとは異なる、今日のライブ会場でしか買えない限定Tシャツである。
その他にも今日しか買えない限定グッズとして、ペンライトやタオル、クリアファイル等を販売しており、中でも一番エグいと俺が思ったのは、ちっこいズの三人が様々なアニメキャラのコスプレをした、全30種類のアクリルキーホルダーを、ブラインドで売っていたことだ。
そんなに種類があっては目当てのものを当てるのに、いくら散財するかわかったものではない。
KANKINレコードの女社長は、良くも悪くも本気なのだということを痛感した俺である。
「オーイ三人娘ー! ウチも応援しとるから、精々きばれよー!」
「tamaちゃんmawoちゃんmaiちゃーん、三人共とっても可愛いよー!」
よく見れば会長の左隣に、ピッセ・菓乃子・未来延ちゃん・玉塚さん・娘野君といった、星間戦争を共に戦い抜いたメンバーの姿も見えた(菓乃子はピッセの腕に自分の腕を絡ませており、この二人だけ異様なオーラを発しているが、今は気にしないことにしよう)。
おそらくパトロンである沙魔美のお母さんもどこかにいるのではと思われるが、パッと見た限り見当たらない。
もしかしたら魔法で透明になって、宙に浮いて特等席で観ているのかもしれないな(後に判明することだが、実際その通りだった)。
「真衣ー! ここで観ててやるからなー! 歌詞間違えても泣くんじゃねーぞー!」
!?
会長の右隣から聞き覚えがある声がしたのでその位置を凝視すると、何とそこには俺の親父が真衣ちゃんのTシャツを着て、片方しかない腕でブンブンペンライトを振っていた。
何やってんだよ親父ーーー!?!?!?
……いや、娘の晴れ舞台なんだから観に来ること自体は不思議じゃないのかもしれないが(冴子さんは真理ちゃんがまだ出歩けないから、流石にここには来れないだろう)、片腕がない、明らかにカタギに見えないオッサンがアイドルのTシャツを着てペンライトを振っている様はあまりにも滑稽で、あれが俺の父親なのかと思うと、今にも泣きそうになった。
しかも親父は隣の会長と早速意気投合しており、オタ芸の振り付けを熱心に教わったりもしている。
会長は親父が怖くないのだろうか?
俺が会長の立場だったら、絶対親父みたいなやつには関わりたくないけどな。
ドルオタに壁はないということか……。
やっぱり会長は、ドルオタの鑑だぜ!
「それではまずは一曲目、聴いてください、『エブリデイ・ラブ・トレイン』」
多魔美がそう言うと同時に、昭和のアイドルソングの様なイントロが流れてきた(どうやらYaminoSamami[nYk]は、昭和のアイドルソングしか作曲できないらしい)。
そして三人は、軽快にダンスを踊りながら歌い出した。
「今日もー僕はー君を求めてー(tamaちゃーん!)、いつもの電車に乗るーよー(トレイントレイン!)」
そういえばこの曲は俺は初めて聴くな。
どんなテーマの曲なんだろう?
「君はーいつものドア付近でー(mawoちゃーん!)、外の景色を眺めてるー(ビュービュー!)」
「僕はー君のー後ろに立ってー(maiちゃーん!)、ゆっくり右手を差し出してー(ライトハンド!)」
「「「タタタタッチ!(タッチ!)ヒップにソフトタッチ!(タタッチ!)」」」
痴漢の歌じゃねーか!?!?!?
こんなのアイドルが歌っていいのか!?
「社長ッ!!」
「シッ、プロデューサー、この曲はここからが本番よ」
「え?」
どういうことだ?
「ある日―僕がーいつものようにー(エブリデイ!)」
「君のヒップをー堪能してるとー(ヒップホップ!)」
「横にいたオジサンがー僕にこう言ったー(セイセイ!)」
「「「ななななんでいつも何もない空間をー(フワッ! フワッ!)、あなたはさわさわしてるんですかー(フワッ! フワッ! フワッ! フワッ!)」」」
ホラーな内容だった!!!
いやどっちにしろアイドルが歌う歌じゃねーだろ!?
だが客席を見るとファンの方々はみんな、とても楽しそうにオタ芸を披露している。
……まあ、ファンに楽しんでもらえているのなら、歌詞の内容にあれこれ難癖を付けるのは野暮なのかもしれない。
「駅係員に」
「代わって」
「おしおきよ!」
「「「バキューン!(エル・オー・ブイ・イー・ちっこいズー!!!)」」」
最後の部分は毎回それで固定なの!?
どうもYaminoSamami[nYk]は、最後がいつも雑になりがちだな……。
とはいえ、今のでファンのハートをガッチリ掴めたのは確かだ。
これは順調な滑り出しだぞ。
その後もちっこいズは会場を大いに盛り上げ、残すところはラストの曲のみとなっていた。
「どうやら今日のライブは成功みたいですね、社長」
俺は真剣な眼でステージを見つめている女社長に言った。
「いえ、まだラストの曲が残っているわよプロデューサー。終わりが見えた時こそ、一番気を引き締めなさい。プロデューサーであるあなたが、そんなことでどうするの」
「あ、す、すいません」
すっかり沙魔美も敏腕女社長気取りだな。
でも、言ってることは正論だ。
最後まで何が起こるかわからないんだから、油断しちゃダメだよな。
と、そんなことを考えていた矢先だった。
「社長! プロデューサー! 大変です! 機材トラブルで、ラストの曲が流れません!」
「何だって!?」
運営スタッフの伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが、血相を変えて舞台袖に駆け込んできた。
「……やはりね。ここまでが順調すぎたから嫌な予感はしてたんだけど、そう来たか」
「社長! 何吞気なこと言ってるんですか!? どうするんですかこれ!?」
ステージ上では曲が流れないことに気付いたちっこいズの三人が、不安そうにこちらを見ている。
客席も異変を感じ取ったのか、ザワザワとし始めた。
……くっ!
「社長! 本当はあまり魔法には頼りたくなかったんですが、こうなった以上、社長の魔法で機材を直しましょう!」
「……いえ、それはダメよプロデューサー」
「な、なんでですか!?」
「確かに私の魔法を使えば、機材はすぐ直るわ。でもそれでは、今後も何かトラブルが起こる度に、ちっこいズは私の魔法を頼るようになってしまう」
「! ……それは」
……確かに、そうかもしれないけど。
「でも、じゃあどうするんですか!? せっかくこんなに盛り上がってるのに、ここでライブを中止するんですか!?」
「それはもっと有り得ないわ。……フフフ、見てプロデューサー。あの子達は、ちゃんと自分達がなすべきことをわかってるみたいよ」
「え?」
「僕はきーみをー、心からあーいーしーてるー」
「っ!!」
慌ててステージのほうを見ると、真衣ちゃんがアカペラでラストの曲を歌い出しているところだった。
真衣ちゃんッ!!
「だからぼーくはー、いつも君から離れーたーくないんだー」
「ずっとずーっとー、僕と君はいーっしょだよー」
マヲちゃんと多魔美も、真衣ちゃんに続いて歌い出した。
これは!!
アイドルアニメの、王道中の王道!
『機材トラブルで曲が流れない中、アイドルがアカペラだけで難局を乗り切るやーつ』だ!
「フフフ、子供の成長って、こんなにも早いものなのね」
社長はメガネを外して、目元に浮かんだ涙をそっと拭った。
確かに俺はちっこいズのことを心配しすぎだったのかもしれない。
あの三人は既に、一人前のアイドルだったんだな……。
そういえばこのラストの曲も俺は初めて聴くけど、これはどんな曲なんだろう?
「「「僕が就職しないのはー、君の帰りを家で待っていたいからさー」」」
ヒモの歌だった!!!
なんでちっこいズの歌は、どれも無駄にアグレッシブなの!?
奇をてらえばいいってもんじゃないでしょ!?
「社長ッ!!」
「シッ、プロデューサー、確かにこの曲は、終始ヒモの日常を描いてるだけだけど、それだけに男性ファンのハートには、ビンビンに響き渡るはずよ」
「社長は男性ファンに喧嘩を売ってるんですか!?」
俺はもうどうなっても知らないからな!
「君のーためにー料理も覚えたー」
「マッサージだって練習してるー」
「会社の愚痴もー何時間でも聞くよー」
それはいいから就活をしろよ!
これ、少なくとも女性ファンは完全に離れるな。
「だから今日もー1万だけ貸してくれないかなー?」
「今日の最終レースは鉄板なんだよー」
「競馬場でー」
「「「シゲさんが待ってるんだー」」」
シゲさんて誰だよ!?
競馬仲間か!?
この歌詞のやつ最低だな!!
アッ! わかった!
この歌詞のモデル、ヒモドラゴンだ!
絶対あのクズオブザイヤーがモデルに違いない!
「シゲさんに」
「代わって」
「おしおきよ!」
「「「バキューン!(エル・オー・ブイ・イー・ちっこいズー!!!)」」」
シゲさんはむしろおしおきされる側だろ!?(もちろん一番されるべきはヒモドラゴンだが)
「「「ちっこいズー!(野太い声)ちっこいズー!(野太い声)ちっこいズー!(野太い声)」」」
だが俺の気持ちとは裏腹に、客席はちっこいズコールで埋め尽くされている。
会長と親父は数十年来の親友の如くお互いに涙を流しながら、熱い抱擁を交わしている。
……えぇ。
俺が言うのもなんだけど、みなさんそれでいいんですか?
その後ちっこいズは2回のアンコールに応え、大盛況のうちにメジャーデビューライブの幕を閉じたのだった。
「三人共本当によくやったわね。私はあなた達三人のことを、心から誇りに思うわ」
幕が下りて舞台袖に戻って来た三人に、社長が労いの言葉をかけた。
「べ、別に悪しき魔女のためにやったわけではありません! 私はただ、お兄さんに褒めてほしかったから頑張っただけです!」
「フフフ、素直じゃないんだから」
でも確かに真衣ちゃんはリーダーとして、誰よりも頑張って今日までちっこいズを引っ張ってきてくれたよ。
正直真衣ちゃんがリーダーじゃなかったら、今日のライブの成功はなかっただろう。
「……本当にお疲れ様真衣ちゃん。今日の真衣ちゃん、とっても格好良かったよ」
「ほ、本当ですかお兄さん!? えへへへ! 私これからも、もっともっと頑張ります!」
「うんうん。でもあまり無理はしないでね」
「ねえねえお兄ちゃん、アタチはアタチはー?」
マヲちゃんが俺の右足にしがみついて、評価を強請ってきた。
「もちろんマヲちゃんも凄く可愛かったよ」
「んふふふー、やったー」
「パパー、私はどうだった?」
多魔美は左足にしがみついてきた。
俺は多魔美の頭を撫でながら、こう言った。
「多魔美も本当にキラキラしてたぞ。お前は俺の、自慢の娘だ」
「パパだーいスキー!」
多魔美は俺の左足に、スリスリと頬擦りをしてきた。
「さあ三人共、ご褒美タイムはその辺にしておいて、そろそろ撤収するわよ。この会場、9時までしか借りてないんだから」
「「「はーい」」」
敏腕社長の鶴の一声で、俺達は急いで撤収作業に移ったのだった。
撤収が完了した後はピッセ達とも合流し、今日は特別に伊田目さんが遅くまでスパシーバを開けてくれていたので、スパシーバで打ち上げをした。
身体は疲れているはずなのだが、言いようのない達成感が全身を支配しており、打ち上げの最中、俺は一切疲れを感じなかった。
だが独りで家に帰って来た途端、鉛の様に身体が重くなり、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
そしてゆっくりとまぶたを閉じる直前、こう思った。
……何やってんだろう、俺達。