目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第79魔:さ、続けましょ

「背景!!」

「何、急に!?」


 背景?

 何の?


「今の一言の意味は今回の話を最後まで読んでもらえればわかるから、今は気にしないで」

「あ、そう……」

「じゃあ、乾杯しましょっか」

「ああ」

「「カンパーイ」」


 俺と沙魔美は沙魔美が用意した俺達と同い年の、ブルゴーニュ産の赤ワインで乾杯した。

 俺も沙魔美も普段はあまり酒は飲まないが、今日は特別だ。

 明らかに高級そうなそのワインは一口飲んでみるとズッシリとしたコクがあり、それでいてとても飲みやすく、流石高いワインは文字通り一味違うなと思い知らされた。

 沙魔美が作ってくれた前菜の、ビンチョウマグロのマリネサラダもとても肉厚で柔らかく、赤ワインに合って凄く美味い。


「でも沙魔美、本当に俺ん家なんかでディナーにしてよかったのか? 今日ぐらいは、どっかのちょっとお高いレストランとかに行ってもよかったんだぞ」

「フフフ、言ったでしょ? 私は堕理雄の家ここがいいって。やっぱり私にとってはこの場所が、この一年で一番思い出深い場所だもの」

「……そっか。それならまあ、俺はいいんだけどさ」


 今日、6月6日は、俺と沙魔美が付き合ってからちょうど一年目の記念日だ。




「さあ、次の料理はたっぷり野菜のミネストローネよ」


 1センチ角に切られたジャガイモ・ニンジン・タマネギ・キャベツといった野菜がゴロゴロと入ったミネストローネスープを、沙魔美が俺の前に置いた。


「おお、良い匂いだな。いただきます」


 ミネストローネを一口飲むと、野菜から出た出汁がじんわりと口いっぱいに広がり、思わず口元が緩んだ。


「どう、美味しい?」

「ああ、スンゲー美味いよ」

「フフフ、よかった。3時間掛けて、じっくりコトコト煮込んだ甲斐があったわ」

「……こう言っちゃ何だけど、沙魔美って、意外と料理上手いよな」

「アラ、言ってくれるじゃない。これでも一年前、堕理雄に振り向いてもらえるように、必死になって勉強したのよ」

「え? そうだったのか!?」


 ……そんな話初耳だぞ。


「知っての通り、私は大層甘やかされて育ったからね。包丁すら一度も握ったことはなかったんだけど、堕理雄に一目惚れしたあの日から、ママに教わって、それはそれは死に物狂いで料理修業をしたの。幸い、どんなに包丁で指を切っても、私は魔法で傷を治せたしね」

「……そうか」


 あの頃、実は裏で沙魔美が、そんな涙ぐましい努力を俺のためにしてくれていたとは。

 ……ヤベェ。

 心臓がメッチャキュンキュンする。

 まさか今になって、今まで以上に沙魔美のことを好きになるとは思ってなかった。

 正直、今すぐにでも沙魔美を抱きしめたい。

 ……いや、待て待て。

 沙魔美のことだ。

 俺がそんなことをしたら調子に乗って、また監禁させろとか言ってくるに違いない。

 危ない危ない。その手には乗らないぞ。

 今後はこの一年の反省を活かして、監禁ナシの生活を送れるように心掛けねば。


「……でも、この一年、本当にいろいろあったわよね」

「ん、ああ、それはまあ……そうだな」


 確かにいろいろあった。

 とても一言では言い表せない程に、本当にいろんなことがあった一年間だった。


「まず去年の6月に、私達が付き合い始めたでしょ」

「うん」

「それから6月の末くらいに、堕理雄がヤクザに拉致られて、一回目のピー〇姫になったのよね」

「俺の人生いきなりドス黒くなったな!? あと、『一回目のピー〇姫』って言い方はやめてくれないか……」


 まあ、二回目もあるんだけどさ……。


「その少し後に、堕理雄の20歳の誕生日を、ネズミーランドでお祝いしたんだったわ」

「そこでお前が腐魔女だったってことも発覚したんだよな」


 その時の誕生日プレゼントで、俺がいつも身につけている南京錠をモチーフにしたチェーンネックレスを貰ったんだ(今は家にいるのでアクセサリースタンドにかけてあるが)。

 思えばもう一年も使っているので、あのネックレスもところどころに細かい傷が目立つようになってきたが、それも思い出の積み重ねの一つなのだと思うと、その傷さえも愛おしく思えてくるから不思議なものだ。


「そのすぐ後に――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ沙魔美。もしかしてこれ、このままこの一年を順に振り返っていく感じなのか?」


 制作が間に合わなかったアニメの総集編みたいに?


「ええそうよ。堕理雄は不満?」

「いや、別に不満ではないけど……」

「この一年は本当にいろんなことがあったから、読者の方々のためにも、この辺でここまでの流れを一緒におさらいしておこうと思って。多分、作者も忘れてる設定もいくつかあるでしょうし」

「それむしろ作者のためじゃん! ……まあ、一年を振り返ること自体は、やぶさかじゃないけどさ」

「じゃあ決まりね。どこまで話したっけ? ああそう、堕理雄の誕生日のとこまでね。そのすぐ後に、堕理雄が実は麻雀がスンゲー強いってことがわかったのよね。……フフフ、あの時麻雀で私のことを助けてくれた堕理雄は、格好良かったわあ。……何だか思い出したらムラムラしてきちゃった。ちょっと監禁していい?」

「絶対ダメだ。『ちょっと醬油取ってもらっていい?』くらいの感覚で監禁を要求するな。お前は一年経っても、本当に変わらないな」

「でも変わった部分もあるわよ。それはそう……私にも、ベスト腐レンドが出来たこと!」

「ああ、菓乃子のことか」


 俺の元カノである菓乃子も実は腐っていたとわかった時には、正直少しだけショックだったが……。


「そして菓乃子氏は、今では私のチーフアシとして、同人界という大海原を共に漕ぎ進む右腕になってくれた。もう私、菓乃子氏なしの生活は考えられないわ」

「菓乃子には菓乃子の人生があるんだから、あまり菓乃子に依存しすぎるなよ」


 ただでさえ沙魔美は、人に対する依存度合いが病的に高いんだから。

 沙魔美の被害に遭うのは、俺だけで十分だ。


「嫌よ。私はもう、一生菓乃子氏と一緒に生きていくって決めちゃったんだから」

「勝手に決めるなよ!? 菓乃子に断りもなく……」

「大丈夫。菓乃子氏だって絶対、一生私の側にいることを望んでいるはずだわ」

「完全に思考がサイコ誘拐犯のそれだな……」


 『あの子も絶対、私と一緒にいることを望んでいるはずだわ』とかいうやつ。

 こりゃその内菓乃子までが沙魔美に監禁されかねないから、俺が見張っておかなきゃな。


「菓乃子氏と出会ってから少しした頃に、未来延さんとマイシスターも魔女わらの一味のメンバーに加わったのよね」

「魔女わらの一味って何だよ!?」


 麦わらの一味みたいな言い方すんな!

 お前はル〇ィっていうより、どちらかと言えばビッ〇マムだろ。


「俺としてはその間に、お前のお母さんに会ったことも衝撃だったけどな。お前も相当ブッ飛んでるとは思ってたが、まさかお母さんはそれ以上だったとは……」


 今でも伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスがこの家の屋根を剥ぎ取って現れた時の光景は、たまに夢に見る……。


「確かに堕理雄には多少ショッキングだったかもね。でも私にとっては、ママのあの感じは日常の一部だから、特に印象的な出来事って程でもないのよね」

「お前の日常相当ファンタスティックだな」

「それからみんなで海に行ったり、夏祭りに行ったり、しゃべるトナカイを仲間にしたりしたのよね」

「何か違うの混じってたぞ!? 麦わらの一味のことは忘れろよ!」

「そして憎っくきカマセの登場よ! はいここで堕理雄二回目のピー〇姫案件。すっかり拉致られっぷりも板に付いてきたわよね」

「だからそういうこと言うなって……」


 気にしてんだからさ……。


「ホントにもう、カマセのやつ、堕理雄だけじゃなく、最近じゃ私の菓乃子氏にまで手を出してきやがって。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだわ」

「無理してギャル語を使うなよ! お前ももう20歳なんだから、正直痛々しいぞ」

「大丈夫よ。精神年齢は14歳だから」

「それは人間が一番大丈夫じゃない年齢だぞ」

「はい、次の料理は真鯛のポワレよ。召し上がれ」

「え? あ、ああ、料理か」


 急に真鯛のポワレとか言われたから、ピッセがポワレにされちゃったのかと思ったよ。

 ……え? 違うよね?


「どうしたの? 食べないの?」

「あ、いや、いただくよ。おお、これも美味そうだな。いただきます」


 真鯛のポワレは皮はパリッと焼けているが中身はジューシーで、これまたワインによく合った。


「そして満を持して、私がお義母様に娘として認められる、好感度アップイベントが発生したのよ!」

「急にどうした!? ……ああ、一年の振り返りの話か」


 話がチョイチョイいろんな方向に飛ぶから、よくわかんなくなってきたな。

 ワインで酔いも回ってきたのかもしれない。


「てか、お袋と会った時のことを、好感度アップイベントって言うなよ……」


 これだからゲーム脳は。


「あの時お義母様は私に言ってくださったわ、『この帽子を、お前に預ける』」

「言ってないぞ!? だから麦わらの一味が混じってるって!」

「はいこれは本日のメインディッシュ、牛フィレ肉のステーキよ」

「まだポワレ食べ終わってないよ!? なんで俄然提供ペースが早くなったんだよ!?」

「だって温かいうちに堕理雄に食べてほしかったんですもの」

「だったらポワレが食べ終わってからステーキを作れよ! ペース配分はお母さんから教わらなかったのか!?」

「何よ! せっかく作ってあげたのに! そんなに嫌なら食べなくてもいいわよ!」

「いや、食べるのが嫌とは言ってないだろ……」


 一年経っても相変わらず面倒くさい女だ……。

 そんな女に惚れてる俺も、大概だけどな。


「わかったよ、いただくよ。確かに温かいうちのほうが美味しいしな」

「フフフ、本当に堕理雄は、ツンデレなんだから」

「……」


 平常心平常心。

 これくらいのことでカリカリしてちゃ、この先沙魔美とは一緒にやっていけないぞ、俺。

 でも沙魔美がメインディッシュと言うだけあって、この牛フィレ肉のステーキは格別に美味そうだ。

 何て言うかこう……肉がキラキラしているように見える(食レポ下手)。

 沙魔美はお嬢様の割には俺に生活水準を合わせてくれているのか、普段は料理にあまり高い食材は使わないが、今日だけは奮発してくれたらしい。

 ナイフをステーキに通すと力を入れずとも肉はスッと切れ、その肉を口に含むと、数回噛んだだけで肉は蕩けて無くなり、口いっぱいに肉の旨味がジュワッと広がった。

 う、美味い! 美味すぎる!

 某食戟漫画であれば、間違いなくおはだけしているところだろう(野郎の全裸など需要はないだろうが)。


「お味はどうかしら?」

「ああ、美味いよ。メチャクチャ美味い」

「フフフ、よかった」


 幸せそうに微笑む沙魔美を見て、俺はまたもや不覚にも心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

 クッ! どうしちまったんだ今日の俺は!

 でも、包丁すら握ったことがなかった沙魔美が、俺なんかのためにここまで料理が上手くなってくれたのだと思うと、これはもう、惚れ直すなと言うほうが無理な話だと思う。

 何だかんだ言いつつも俺は、惚れるべくして沙魔美に惚れていたんだなと、一年経った今しみじみと実感したよ。


「その後は巨乳の考古学者やら、サイボーグの船大工やら、ガイコツ姿の音楽家やら、空手家の魚人やらを仲間に加えて、いろいろあって現在に至るというわけよね」

「それただの麦わらの一味の沿革だよ!! 俺達の一年はどこにいったんだよ!?」

「おかしいわね。今回の話を書く前は、作者は確かにこの一年を真面目に振り返るつもりだったんだけど、気が付いたらこうなっていたわ」

「作者は絶対人が真面目な話をしてる時でも、うっかり思い出し笑いとかしちゃうタイプだろ」


 最低だな。


「そしてまさかの牛フィレ肉のステーキ二枚目がドーン!」

「まさかすぎるだろ!? 流石にもう食えないよ!」


 なんでメインディッシュが二枚あるんだよ!?

 百歩譲って二枚あるなら、最初から二枚共一緒に出せよ!

 時間差で出されると、精神的なダメージがデカすぎる!


「え……食べないの? デザートにショートケーキもあるのに……?」


 沙魔美は俺の前に、大きなイチゴが乗ったショートケーキを差し出した。


「だから出すのが早いって!! 食わないとは言ってないんだから、頼むから順番を守ってくれよ!」

「だって、温かいうちにショートケーキを食べてほしかったから」

「ショートケーキが温かかったらダメだろ!? もし本当に温かいんだったら、今すぐ冷蔵庫で冷やしてくれ!」

「ウソウソ、冗談よ。ちょうど良い具合に冷やしてあるから、どうぞ召し上がれ」

「まだポワレもステーキも残ってるんだけど……」


 せっかく上がった株を、自ら暴落させていくスタイルだな……。

 まあ、沙魔美らしいっちゃ、らしいエピソードではあるが。


「……後で必ずいただくから、今は冷蔵庫に仕舞っておいてくれよ」

「しょうがないわね、今回だけよ」

「次回からも是非そうしてくれ」

「フフフ、堕理雄」

「ん? 何だ」

「……これからも、末永くよろしくね」

「……こちらこそな」




 その後俺はヒイヒイ言いながらポワレとステーキ二枚を平らげ、締めのデザートとして、おっきなイチゴのショートケーキをいただくことにした。

 流石に全部は食べきれないかなと思っていたのだが、ケーキは程よい甘さでイチゴの酸味も絶妙にマッチしており、いつの間にかペロリと食べ終えてしまっていた。

 ううむ、沙魔美の女子力恐るべし。

 これで監禁癖さえなければ、言うことないんだけどな。

 それは、高望みってもんなのかな……?(そうか?)


「どう? お腹いっぱいになった?」

「そりゃあな。ご馳走様でした。どの料理も、とっても美味かったよ」

「フフフ、それはよかったわ。あー、頑張って料理作ったから、今日はもう疲れちゃったわー(棒)。ちょっとだけ、ベッドで横になろうかしらー(棒)」

「……」


 沙魔美は流れるようにベッドに滑り込んだ。

 そして俺のほうに、チラチラと意味ありげな目線を送ってくる。

 ……えぇ。

 もうなの?

 俺まだお腹パンパンで、あんまり動きたくないんだけど……。


「ねえねえ、堕理雄は疲れてないの?(チラッチラッ)疲れてるなら、一緒に横になりましょうよ(チラッチラッ)」


 スゲーチラチラ見てくる……。

 ハイハイ、わかったよ。

 今日は付き合い始めた記念日だし、美味しい料理も作ってもらったから、とことん付き合いますよ。

 俺は沙魔美の隣でベッドに横になり、そっと沙魔美に唇を重ねようとした。

 ――その時。


「あ、そうだわ」

「え? な、何だよ急に……」


 せっかく俺が、重い腰を上げたってのに。


「一年前の今日、堕理雄は何時頃に、私に付き合おうって言ってくれたか覚えてる?」

「え!? えーっと……具体的な時間までは、ちょっと……。夕方ぐらいだったのは覚えてるけど……」


 それがどうしたってんだ?


「フフフ、答えは午後の6時ちょうどよ。これがどういうことかわかる?」

「どういうって…………あ!」


 今日は6月6日。

 そして俺が告白した時間が6時ちょうど。

 それら3つの数字を並べると……『666』!


「……獣の数字ってやつか」

「そう。転じて、悪魔や、悪魔主義的なものを指す数字とも言われているわね」

「悪魔……悪魔の女…………つまりは、『魔女』か」

「フフフフ、果たしてこれは、ただの偶然なのかしらね?」

「……偶然だろ」


 ……多分。


「ま、どっちでもいいんだけどね。さ、続けましょ」


 沙魔美は妖しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと眼を閉じた。

 俺は一瞬だけ逡巡したが、意を決して沙魔美の唇に、自分の唇を重ねた。

 仮にこれが悪魔に魂を売る契約の儀式なのだとしても、俺は後悔はしない。

 俺にとっての愛とは、『後ろを振り返らないこと』だからだ。


 なんちゃって。

 一周年の特別な日だからって最後だけ変にシリアスな感じにしちゃったけど、俺と沙魔美は二年目も今まで通りバカばっかやって過ごしていくと思うので、よかったらこれからもお付き合いいただければ幸いです。


 敬具

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?