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第80魔:今日こそ

「コラ琴子ことこ! 何度言えばわかるんだ! キミの台詞には感情が乗ってないんだよ! 台本通りの台詞でなくとも構わないから、自分の中の本気の気持ちだけを口に出せ!」

「ハ、ハイすいませんヅカさん! ……じゃなかった、座長!」

「フウ。お、もうこんな時間か。では今日はここまで。解散」

「「「お疲れ様でした!」」」

「お、お疲れ様でした!」


 今日も俺が一番怒られてしまった……。

 俺が『娘野琴子』として玉塚歌劇団に入団して三週間程が経ったが、やはりまだまだ先輩方の足元にも及ばないのが現実だ。

 まあ、たった三週間で追い付ける程甘い世界ではないのは、百も承知なんだけどさ。

 それにしても、演劇の稽古がこんなに疲れるものだとは思ってもいなかった。

 稽古場に着いたら、最初にランニングを5キロ。

 それから柔軟体操を30分、発声練習を30分やってからやっと立ち稽古に入り、そのまま稽古は夜の9時過ぎまで続く。

 これを、ほぼ休みなく毎日繰り返している。

 ハッキリ言って、これは最早スポーツだ。

 今まで俺は演劇というと、もっと優雅に紅茶でも飲みながら稽古してるものだと思ってたけど、こんなにゴリゴリのスポ根だったとは……。

 よく考えたら、主役級の演者は2時間もの間、一切休みなしで大声で台詞を発しながら舞台上を縦横無尽に動き回らなきゃいけないんだから、これはほとんどサッカーをやってるようなものなんだ。

 そりゃ疲れるよな。

 演劇恐るべし。

 恐るべしといえば、特に女らしく振る舞っているわけでもないのに、まったく男だとバレる気配もない俺の女っぽさにも、我ながら若干引いている(まあ、一人称を『俺』から『私』に変えるくらいのことはしているが……)。

 しっかし、せっかくこんな美女だらけの楽園に潜り込めたというのに、稽古が辛すぎて、全然美女達とイチャイチャする時間が取れてないのは閉口ものだ。

 もちろんみんな俺のことは女だと思ってるんだから、仮にイチャイチャできたとしても、男女の仲になれることはないんだろうけど……それにしたって……それにしたってさあ!

 ちょっとくらいラッスケ的なことが起きても、バチは当たらないんじゃない!?

 稽古中にカワイ子ちゃんが俺にぶつかってきて、そのまま俺を押し倒しちゃうとかさ!?

 何かあるでしょそういうの!?

 ねえ!?(誰に言ってるの?)


「あ、琴子ちゃん、今から帰り?」

咲羅さくらちゃん! う、うん、今帰るとこ!」

「そうなんだ。じゃあ、よかったら一緒に帰らない?」

「え!? いいの!?」

「もちろん、いいに決まってるじゃない」

「そ、そっか。よ、よろしくお願いします!」

「うふ、何それ。じゃ、行こっか」

「うん!」


 先を歩く咲羅ちゃんの後を追って、俺は稽古場から外に出た。

 ふおおおお!

 ついに俺にも春が来たのか!?

 この子は一週間前に玉塚歌劇団に入団してきた咲羅ちゃん。

 団員の中では、唯一俺の後輩だ。

 スレンダーな体型で胸はあまりないが、清楚でおしとやかな美人で、ハッキリ言ってメッチャ俺のタイプだ!(それいつも言ってない?)

 歳は18歳だと言っていたから、俺とタメだ。

 でも、今日までほとんどしゃべったことはなかったんだけど、なんで急に俺を誘ってくれたんだろう?

 ま、まさか……俺に、気があるとか!?

 遂に俺も、童貞チェリーブロッサムをマイグラデュエーションしてしまうのか!?

 ……いや、待てよ。

 もし仮にそうだとしたら、咲羅ちゃんは百合ってことになってしまうぞ……?

 だとしたら、俺が男だとバレたら、その時点でフラれてしまう!

 ぐうううう!

 何てこった!

 せっかく千載一遇のチャンスだというのに、こんなのあんまりだ!


「琴子ちゃん、さっきからどうしたの? ビターインセクトをバイトしたようなフェイスをして?」


 ビターインセクトをバイトしたようなフェイス!?

 ……ああ、『苦虫を噛み潰したような顔』か。

 何故急にルー語?


「あ! いや、何でもないよ! 気にしないで、アハハハ」

「? 可笑しな琴子ちゃん」

「ハハハ……」


 イカンイカン。

 またいつもの妄想癖が炸裂してしまった。

 咲羅ちゃんは単純に、女友達として俺を誘ってくれた可能性が一番高いんだから、今の時点で深読みは禁物だ。

 それにしても、人通りのない暗い路地裏を二人だけで歩いていると、やっぱりドキがムネムネしてしまうぜ。

 こうやってカワイ子ちゃんと二人っきりで帰ったりするのが、精子時代からの夢だったぜ!(マジかよ)


「……でも凄いよね琴子ちゃんは。私と入団時期はそれ程変わらないのに、もう私より遥か先にまで行っちゃってるんだもの」

「は!?」


 何言ってるの咲羅ちゃん!?


「いやいや私なんか全然だよ! 毎日誰よりもヅカさん……じゃなかった、座長に怒られてるし、台詞も全然覚えられてないしさ! それに比べたら、咲羅ちゃんこそ入団して一週間しか経ってないのに、台詞は完璧だし、座長からもほとんど怒られてないじゃん! 天才だよ!」

「ううん。私が座長から怒られないのは、私の演技がまだ叩く程の価値があるところまで達せてないからだよ。座長が誰よりも琴子ちゃんを怒るのは、誰よりも琴子ちゃんに期待してるから。その証拠に、今日琴子ちゃんがトイレに行ってる時に、座長が琴子ちゃんのことを、『十年に一人の逸材だ』って褒めてたんだよ」

「マ、マジで!?」


 そうだったのか……。

 そういうことなら、ヅカさんも直接俺にそう言ってくれればいいのに。

 ああ見えて意外とツンデレキャラなのか?


「……実を言うとね……私も琴子ちゃんに憧れて、玉塚歌劇団に入団したんだ」

「…………え」


 ええええぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?


「ど、どどどどどどういうこと!?」

「私ね、先月肘川公民館で開かれた、座長と琴子ちゃんの二人芝居を、観客席で偶然観てたの」

「え!? そうだったの!?」


 星間戦争の時のロミジュリのやつを!?

 あの俺の戦慄の棒演技を、よもや目撃されていたとは……。

 恥ずかしすぎて、フェイスからファイヤーがアウトプットしそうだ!(俺もルー語がうつった!)


「あの時の琴子ちゃん、舞台の上で、すっごく光り輝いてた」

「そんな! ……そんなわけないじゃん。あんなただの棒演技のどこが……」

「確かに演技は拙かったかもしれない。でも琴子ちゃんは、観客の人達みんなを惹きつける、誰よりも魅力的なオーラを全身から発してたんだよ。現に、私以外にも大勢の人が、琴子ちゃんに見蕩れてウットリしていたもの」

「そ、それは……」


 主に男性客が、女としての俺を、エロい眼で見ていただけだと思うけど……。


「演技力は努力次第で伸ばせても、人としての魅力は生まれ持ったものだから……。何の魅力も持たない私は、そんな琴子ちゃんに憧れて、玉塚歌劇団の門戸を叩いたの」

「咲羅ちゃん……」


 咲羅ちゃんが俺のことを、そんな風に思ってくれていたなんて……。


「咲羅ちゃん!」

「え? キャッ! 琴子ちゃん!?」


 俺は思わず、咲羅ちゃんの肩を掴んでしまった。


「咲羅ちゃんは魅力的だよ! とっても可愛いし、清楚だし、髪の毛もサラサラだし! 最高に魅力的な女の子だよ! ……だから、お願いだから、何の魅力もないなんて、悲しいこと言わないでよ……」

「琴子ちゃん……」

「俺が……いや、私がもし男だったら、咲羅ちゃんを彼女にしたいくらいだよ!」

「! 琴子ちゃん…………今の言葉、本当?」

「え」


 やっべ!!

 勢い余って、聞きようによっては、告白とも取れるような言い方をしちまった!!

 今の俺はあくまで女なのに!

 ……でも何か、咲羅ちゃんの様子がちょっとおかしいような?


「……嬉しい。実は私もね、琴子ちゃんが私の彼女だったら、どんなに幸せだろうなって、いつも思ってたんだ」

「おファッ!?」


 咲羅ちゃんは何とも艶っぽい表情で、俺の眼を見つめてきた。

 キマシタワー!

 やっぱりこの子、ガチでしたわー!

 でもゴメン咲羅ちゃん!

 俺も君と付き合いたいのはやまやまなんだけど……俺、男なんだよ!


「さ、咲羅ちゃん……あの」

「琴子ちゃん……琴子ちゃん……」

「咲羅ちゃん!?」


 咲羅ちゃんは虚ろな眼で俺の名(正確には俺の名は琴男だが)を呼びながら、グイグイ俺に近付いてきた。

 咲羅ちゃん! ダメだよ咲羅ちゃん!


「う、うわっ!?」


 後退りしようとした俺は、アスファルトの窪みにつまずいて、仰向けに倒れ込んでしまった。


「キャッ!」


 そして咲羅ちゃんも俺につられて、俺の上に倒れ込んできた。

 しかも運悪く(運良く?)、俺の右手に、咲羅ちゃんの股間が当たってしまったのだった。

 俺の思い描いた、ラッスケ的なのがキター!!

 ――が、その時だった。


 ふにゅっ


 っ!?!?!?

 俺の右手に、大層慣れ親しんだ感触が走った。

 むしろそれは、18年間共に過ごしてきた、相『棒』とも呼べる存在の感触だった。


「キャアアアッ! ゴメンなさいゴメンなさい琴子ちゃん! 変なもの触らせちゃって!」

「さ、咲羅ちゃん……もしかして君は……」

「…………うん。実は私は、なの」

「…………」


 えーーーーーー!!!!!!!

 かよー!!!

 いやいやいやいや!

 これは悪手だわ!

 これは擁護できんわ!

 ヤンデレが被るならまだしも、男の娘を被らせるなんて、正気の沙汰とは思えんわ!

 一つの漫画雑誌の中で同じスポーツの漫画を、複数連載させるようなもんだわ!(それで上手くいった例もあるにはあるが)。


「……私ね、子供の頃から女装が趣味で」

「あ、そうなんだ……」


 何か語り出したよオイ!

 申し訳ないけど、俺は熟女だろうがロリだろうが、大抵の属性には萌えられるけど、男の娘だけは萌えらんねーんだよ!!(自分がそうだから)


「何か可愛いお洋服とか着ると、とってもテンション上がるじゃない?」

「う、うーん、そうかなあ……」


 咲羅ちゃん(咲羅君?)は俺と違って、自分から進んで男の娘になってるタイプなのか……。


「でも勘違いしないでね。別にゲイなわけじゃないんだよ? 恋愛対象は、ちゃんと女の子だし」

「……そう」


 今君が恋してるのは、紛れもない男だけどね!

 ちょっと何なんこれ!?

 どういう状況なのこれ!?

 俺も咲羅ちゃんも見た目は女だけど、中身は男で……、これって百合になるの!?

 それともBなの!?

 教えてエロい人!


「先月琴子ちゃんを見た瞬間、全身に雷が走ったんだ。……私がずっと探してた人は、この人だって」

「……それは、どうも」


 それだとずっと男を探してたことになっちゃうけどね!?


「だから居ても立っても居られなくなって、女の子のフリをして、玉塚歌劇団に入団しようとしたの。でも、座長には一瞬で男だってバレちゃって……」

「ああ……」


 あの人の女の子に対する嗅覚は、麻薬探知犬並みだからね。

 俺も生まれて初めて、一発で男だって看破されたし。


「でも何故か、私の入団を許可してくれたの。何でも、『この際だから、見た目が可愛い子なら誰でも入団は許可する』って言われたんだけど、あれってどういう意味だったんだろう? 琴子ちゃんはわかる?」

「え? い、いやあ、ちょっと私にはわからないかなー。アハハハ」

「そっかあ」


 多分そのまんまの意味だと思うけど……。

 今わかったけど、ヅカさんは女の子が好きなんじゃなくて、『可愛い子』が好きなんだろうな。

 自分が好みの子でさえあれば、性別は問わないってことだ。

 え?

 てことは、もしかして俺も、ヅカさんのタイプってこと?

 ……何故だろう、あまり嬉しくないのは。


「……ゴメンね琴子ちゃん」

「ん? 何が?」

「急にこんな私に告白されても、何て答えていいかわからないよね」

「あ、ああ……まあ、それは、その……」


 むしろ俺のほうこそ、君に言わなきゃいけないことがあるんだけどね……。


「今は頭も混乱してるだろうし、返事はまた今度でいいから! じゃあ、また明日稽古場でね!」

「え!? ちょ、ちょっと待って咲羅ちゃん! 咲羅ちゃん! 咲羅ちゃあああん!!」


 咲羅ちゃんは俺の呼び止めもガン無視して、物凄い速さで走り去っていった。

 おお、ああいうところは流石男の身体だな……。

 高校の時は運動部だったのかな?

 ……しかし、これは相当厄介な状況になってしまったぞ。

 いつかは俺が男だってことを咲羅ちゃんに言わなきゃいけないけど……完全にタイミングを逸してしまった感がある。

 これは明日から、稽古場に行くのが憂鬱になりそうだな……。


「お! これは前にスパシーバの前で会ったカワイ子ちゃんじゃありやせんか! 今日こそアッシと、お茶しやせんか?」

「……」


 またお前かよ。

 もしかして俺の前世って、森蘭丸とかだったのかな?

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