目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第87魔:言っちゃって堕理雄!

「そうだ! 沙魔美!」

「何? 堕理雄」


 俺は七夕山荘への道を全力で駆けながら、とても重要なことを隣を走る沙魔美に聞こうとした。

 むしろ、何故今までそのことを思いつかなかったのか、自分のバカさ加減にうんざりする。


「よく考えたら、お前の魔法を使えば、犯人なんかすぐに捕まえられるんじゃないか?」

「ええ、そうね。……でもね、さっきからオカシイのよ」

「オカシイ?」


 何が?


「どうやら私、魔法が使えなくなってるみたいなのよね」


 沙魔美はいつものように指をフイッと振ったが、確かに何も起きなかった。


「ハアッ!? な、なんでだよ!? 前にキャリコに使われたみたいに、誰かが封魔結界をこの辺りに張ってるってのか!?」

「いえ、そういう感じじゃないのよね。何て言うか……体調的な問題って言うか」

「体調?」


 どゆこと?


「あくまでこれは仮説だけど、ひょっとしたら魔法を使う上では、酸素濃度が深く関係しているのかもしれないわ」

「酸素濃度……?」

「ええ、いつも私達が生活してる範囲では、空気中には21%の酸素が含まれてるらしいけど、ここは高地だから、当然酸素は薄いじゃない?」

「ああ」

「だから私が上手く魔力を練れてなくて、魔法が使えないのかも」

「そ、そんな!? そんなことってあるのか!?」

「さあね。私もこんなこと生まれて初めてだから、何とも言えないわ」


 ……マジかよ。

 沙魔美は何でもないことのように言っているが、これって実は滅茶苦茶窮地だぞ!?

 今までは沙魔美の魔法があるから高を括っていたところもあるが、魔法が使えないとなると、状況は180度一変する。

 魔法が使えなければ沙魔美はただの監禁マニアの腐魔女だし(監禁マニアの腐魔女が、『ただの』なのかという問題は別として)、俺に至っては、麻雀が少し得意なだけの、一般人中の一般人100%中の100%だ。

 凶悪な殺人犯を目の前にしたら、一溜まりもない。

 だというのに――。


「沙魔美、なんでお前はそんなに落ち着いてるんだよ!? 犯人が怖くないのか?」

「フフフ、怖くないわよ。私は堕理雄が一緒なら、たとえ新宿二丁目だろうと手ぶらで歩けるわ」

「そこはお前は怖くないだろうけど、俺は滅茶苦茶怖いよ!!」


 むしろ新宿二丁目なんて、お前は大好物じゃないのか!?

 というより、沙魔美は俺と一緒なら、地獄に堕ちようが構わないってスタンスなのか……。

 相変わらず愛が重いし、忌憚のない意見を言えば、ちょっとバカなんじゃないかとさえ思ってしまう(そんな女に惚れてる俺も、同じくらいバカなのかもしれないが)。

 おっと。

 今はこんなノロケてる場合じゃない。

 一刻も早く七夕山荘に戻らなくては。

 俺は走る速度をもう一段階あげようとした。

 ――が。


「ゼハー、ゼハー、ゼハー。ご、ごめんなさい堕理雄……。どうやら私は、ここまでのようよ……」

「沙魔美ー!!」


 体力はおばあちゃん並みの沙魔美は、早くもその場にうずくまってしまった。

 犯人に殺される前に、自分で死にそうになってどうすんだよ!?


「ああもう! しょうがねえなあ! さあ、乗れ!」

「え?」


 俺はその場にしゃがんで、沙魔美をおんぶする姿勢を取った。


「……いいの?」

「いいに決まってるだろ! こんなとこにお前を独り残しておけないし。早く乗れ!」

「……堕理雄」

「ん? 何だ?」

「好き!」


 沙魔美はそう叫びながら、俺に飛び乗ってきた。


「ぐはあっ! 急に飛び乗ってくるやつがあるか!? お前意外と重いんだから、気を付けろ!」

「アラ、それはこの世で女性に最も言ってはいけない台詞の一つよ。しょうがないじゃない、片方の胸につき、10キロ以上の重みがあるんだから」

「それはいくら何でも盛りすぎだろ!?」


 とはいえ、少なくとも片方1キロ以上はあるのは確かだろうから、巨乳の人が肩が凝るというのも、さもありなんといったところだが。

 いや、だから今はそんなことを言ってる場合じゃないんだって!

 俺は気合を入れて、沙魔美をおんぶしたまま立ち上がった。

 ――が。


 ふにゅん


 っ!!

 当然の帰結として、俺の背中に沙魔美のたわわな胸が容赦なく押し付けられたのだった(ストレ〇ツォ容赦せん!)。

 くうううっ!

 ダメだ! ダメだ!

 今はミステリー長編の真っ最中だぞ!

 なんでさっきから、某なんたら荘アニメ(どっち?)の劣化版みたいな展開になってんだ!?

 話の軸がブレるから、ホントやめて!


「……じゃあ、しっかり掴まってろよ」

「がってん承知マッカーサー!」

「ごめん、それはまったく意味がわからない」


 俺はなるべく背中に意識を集中させないように努めながら、暗闇の中を駆けた。




「ああ、病野様! ご無事でしたか! おや? どこかお怪我でもされたんですか?」


 七夕山荘のロビーで俺達を出迎えてくれたオーナーが、俺におんぶされている沙魔美を見て言った。


「ああ、いや……こいつはちょっと足を挫いただけなんで、気にしないでください」

「そうですか」


 体力がおばあちゃんだからと言うのは沙魔美の沽券に関わる気がしたので、ちょっとだけ嘘をついてしまった。


「それで、その……犯人は見つかりましたか?」

「……それが」


 俺は沙魔美をゆっくりと背中から降ろしながら、気まずくも切り出した。


「……大変申し訳ないんですが、犯人は見付かりませんでした。それどころか、ここを行った先にある湖に、黒田さんの遺体が沈められているのを発見してしまいました」

「な、何ですって!? 黒田様までもが!?」

「……はい」


 ほとほと情けない話だ。

 俺がもう少し早く湖まで行っていれば、黒田も殺されずに済んだかもしれないし、犯人である天邪鬼も捕まえられたかもしれないのに。


「……こちらはあれから何か変わりはありませんでしたか?」

「ええ、みなさん食堂で待機されています」

「そうですか。じゃあ俺達も一旦、食堂に戻りましょう」

「そうですね」


 だが、食堂に行くと、そこにはオーナーの奥さんと愛人さんとタックンしかおらず、ユミユミの姿がどこにも見当たらなかった。


「おや? 宅間様、お連れ様はどちらに……?」

「ああ、ユミユミなら部屋にハンドクリーム取りに行きましたよ。ユミユミ乾燥肌で、ハンドクリームないと生きていけないんです」

「ハ、ハンドクリーム!?」


 エターナルバカかこいつらは!?

 こんな状況で独りになるなんて……狙ってくださいと犯人に言ってるようなものじゃないか!?

 一生ハンドクリームが必要ない身体にされても、文句言えないぞ!?


「すいません! あなたの部屋は何号室ですか!?」

「へ?」


 俺はタックンに、掴みかからんばかりの勢いで問い詰めた。


「あなたの部屋番号です!! 何号室なんですか!?」

「さ……3号室ですけど」


 クソッ!

 俺は3号室のほうに、遮二無二駆け出そうとした。


「待って堕理雄! 私も行くわ!」

「ああ。その代わり、絶対に俺より前には出るなよ」


 今のお前はスカウターで計ったら、「戦闘力……たったの5か……ゴミめ……」と言われるような状態なんだからな。


「わかったわ」

「や、病野様、どちらへ!?」

「すぐ戻ります! みなさんはここから動かないでください!」

「病野様!」


 オーナーの制止を振り切って、俺と沙魔美は3号室へと駆けた。




「あそこか!?」


 3号室の部屋の前まで来ると、3号室の扉は開けっ放しになっていた。

 俺は躊躇わずに、そのまま3号室の中に駆け込んでいった。


「ユミユミさん! 無事ですか!? ユミユミさん! ………………嗚呼」

「どうしたの堕理雄!? ……こ、これは!?」


 部屋の中には、ユミユミが独りでいた。

 だが、ユミユミは明らかに生きてはいなかった。


 ユミユミは天井の梁に浅黒いロープを巻き付けて、首を吊って死んでいた。


 ただ、これが自殺ではないことは明白だった。

 何故なら、ユミユミはかなり高い位置に吊られているにもかかわらず、足元には台の様なものは何も見当たらないからだ。

 その代わり、例によって魔除けの短冊が、床にそっと置かれていた。

 間違いない。

 ユミユミを殺したのも、天邪鬼だ。

 詩の三行目の、『輪を首に掛けて身を投げ出せば』という一説に見立てたのだろう。


「……ユミユミさん」


 初の女性被害者ということもあり思うところがあったのか、とても悲しい眼をして、沙魔美はユミユミのことを見つめていた。

 できればせめて遺体を降ろしてあげたいところだが、生憎近くに台の代わりになるようなものはないし、後で警察が来た時のためにも、なるべく現場はそのままにしておいたほうがいいだろう。

 申し訳ないが、ユミユミには少しの間、このままでいてもらうしかない。


「……沙魔美、一旦食堂に戻ろう」

「……ええ、そうね」


 俺はとてもやりきれない気持ちを抱えたまま、3号室を後にした。




「あ、ユミユミ部屋にいました?」


 食堂に戻ると、タックンが平然とした顔で、そう訊いてきた。

 こいつッ!!


「……ユミユミさんは、部屋で首を吊られて殺されていました」

「ハアッ!?」

「ええ!?」

「ヒイッ!」

「も、もうイヤあああ!!」


 タックンとオーナーと奥さんと愛人さんは、リアクションこそ違えど、皆心の底から恐怖に怯えているのは伝わってきた。


「そ、そんな……嘘だろ、ユミユミ? 嘘だって言ってくれよ……う、うわあああああああ!!!!」


 タックンはその場で、人目もはばからず号泣した。

 ふざけるな!!

 今更泣いたって、ユミユミは戻らないんだぞ!!

 お前も彼氏だったら、命を懸けて彼女を守れよ!!

 それができないんだったら、彼氏失格だ!!

 俺はタックンの胸ぐらを掴んで思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたい衝動に駆られたが、今はそんなことに時間を使ってられる場合じゃないと自らを抑え、これからどうするべきかを、無い頭で必死に考えた。

 これで犠牲者は三人……。

 あと残っている詩の部分は、四行目と五行目の、『様々な厄災が降り掛かり みなこの地からいなくなるだろう』の箇所だけ。

 三行目までは具体的なことが書かれていたのに、最後の部分だけは、えらく抽象的だ。

 ただ、文面をそのまま受け取れば、様々な手段を用いて、俺達を一気に全滅させるという意味にも取れる。

 例えば爆弾などで一ヶ所に集まっている俺達を、一網打尽にするとか?

 そう考えると、必ずしもみんなが同じ場所にいるのは、安全とは限らないのかもしれない。

 ……いや、ひょっとしたらそれこそが、天邪鬼の狙いなのかも。

 疑心暗鬼になり、それぞれが別行動をしたところを、個別に殺害していく。

 それこそが、天邪鬼が描いている筋書きなのか……。

 クソッ!

 頭の中がグシャグシャで、どうにかなりそうだ!

 ……いっそ、みんな天邪鬼にさっさと殺されてしまった方が、楽になれるのかな……。


「堕理雄」

「!」


 沙魔美が俺の手をそっと握って、優しく微笑んだ。


「大丈夫よ堕理雄。あなたならきっと、この事件の謎を解けるわ」

「……沙魔美」


 なんでお前はそんなに、聖母の様な眼で俺を見つめてくれるんだ?

 なんでそんな無条件に、俺のことを信頼してくれるんだよ?

 …………フッ、何弱気になってたんだ俺は。

 確かに俺は名探偵には一生かかってもなれないだろうが、魔女の彼氏にはなれてるんだ。

 見ようによっては、それは名探偵になるよりも難しいことだろう。

 だったらこれくらいの事件、サッと解決できないでどうするんだ。

 解ける。

 俺ならこの事件の謎を解ける!

 俺は自らにそう言い聞かせ、ゆっくりと顔を上げて、沙魔美を見た。


「……ありがとう沙魔美。お前はいつも、こういう時、俺に力をくれるな」

「フフフ、気にしないで。夫を支えるのは、妻の務めですもの」

「……そうか」


 まだ入籍はしていないんだが、ここでそれを言うのも野暮か。


「こういう時は、最初から事件をもう一度整理し直すのがいいんじゃないかしら?」

「ああ、それもそうだな」


 頭をリフレッシュするためにも、沙魔美が言う通り、事件をおさらいしてみよう。

 まず最初の事件。天邪鬼は、直前まで生きていたと思われる上木の身体を瞬時に真っ二つにし、密室から姿を消した。

 その後、俺達は1号室に黒田の安否を確認しに行ったが、黒田はいなかった。

 そしてみんなが食堂に集まったところで電話線が切られ、吊橋も焼き落とされていることが発覚する。

 その際、ロビーに飾ってあった笹の木の短冊がなくなっていることもわかった。

 それから俺と沙魔美は湖に出向き、そこで黒田の遺体を発見する。これが第二の事件。

 俺と沙魔美が七夕山荘に戻るとユミユミがいなくなっていたので、3号室に行くと、ユミユミは首を吊られて殺されていた。これが第三の事件。

 ――と、ざっと羅列するとこんなところか。

 どれもこれも不可解なことばかりだが、中でも一番異様なのは、やはり最初の密室殺人だ。

 天邪鬼はどうやって、人間の身体を瞬時に真っ二つにした上で、密室から抜け出したんだ?

 ……ん?

 真っ二つにした?

 真っ二つにしただって!?

 そ、そんなバカな……。


「っ! もしかして堕理雄その顔! 事件の真相がわかったの!?」

「……ああ、わかったよ」


 これ以外には考えられない。

 天邪鬼が上木の身体を瞬時に真っ二つにし、密室から姿を消した方法。

 そして天邪鬼の正体。

 俺は、大事なことを見落としていたんだ……。


「ほ、本当ですか病野様!?」


 オーナーが、希望に満ちた顔で俺に問いかけた。


「ええ、本当です」


 俺がそう言った途端、全員の顔に、緊張の色が走った。


「じゃあ、名探偵のキメ台詞、言っちゃって堕理雄!」

「……ああ」


 俺は、食堂にいる人間、全員の顔を見渡してから、言った。


「今回の事件を引き起こした真犯人、天邪鬼は……この中にいる」


 『可能性がないものをすべて除外したら、いかに可能性がなさそうでも、残ったものが真実だ』(シャーロック・ホームズの名言その3)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?