目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第102魔:参りましたわよ

 オレがあねさんに初めて出逢ったのは、オレの1歳の誕生日だった。

 1歳っていっても、地球人に置き換えるなら10歳くらいだ。

 オレらが生まれた星じゃ、1年が地球のちょうど10倍くらいの長さだったからな(だから姐さんも、地元じゃまだ20歳だ)。

 それだけに、オレの星では1歳の誕生日は盛大に祝うのが慣わしになっていた。

 もっとも、親にちゃんと誕生日を祝ってもらえるのは、オレみたいな貴族の家に生まれた人間だけだったけどな。

 こう見えてオレは、イイトコのお嬢様だったんだぜ?

 一人娘だったオレは、父様と母様に蝶よ花よと可愛がられて育った。

 毎日の暖かい食事。

 フカフカのベッド。

 溢れかえる程のぬいぐるみ。

 何一つ不自由のない、幸せな日々が続いていた。


 ――あの日までは。




「まあ、そのドレスとっても似合ってるわねラオ。やっぱり私の見立て通りだったわ。ねえあなた?」

「ああ、そうだな。まるで天使みたいだ。どれ、我が家の天使を、私にも抱っこさせておくれ」

「あーん父様、お髭が当たって気持ち悪いよー」

「おやおや、もう反抗期が来てしまったのかな」

「旦那様、ラオ様のバースデーパーティの準備が整いました」

「おお、そうか、今行く。よし、では天使の誕生を、皆で盛大に祝おう!」

「うふふ、あなたったら」


 今思えば、この瞬間がオレの人生の絶頂だった。

 母様に選んでもらったフリフリのドレスに身を包み、父様に誕生日プレゼントとして買ってもらったリクザメのぬいぐるみを両手で抱えて、オレ達はパーティ会場へと上機嫌で歩を進めた。


 が、パーティ会場の扉を開けると――。


「ああ、これはこれはご当主様、お邪魔させていただいてますよ」

「「「!!」」」


 そこには武装した、明らかにカタギには見えない男達が、会場の料理を手掴みで貪っていた。

 そして床には、我が家の使用人達が一人残らず血まみれで倒れていた。

 既にみんな事切れているようだった……。


「なっ、何者だ貴様らッ!!」


 オレ達を呼びに来た執事長が、物凄い剣幕でそいつらに掴みかかろうと前に出た。

 が。


「うるせえなあ」


 パーン


「がはっ」


 手前にいた男が放った無機質な銃弾が、執事長の左胸を容赦なく深紅に染め上げた。


「キ、キャアアアアァァ!!」


 母様の悲鳴と共に、執事長は口からドス黒い血を吐いて前のめりに倒れ込んだ。

 そしてピクリとも動かなくなった。


「あ、あなたぁッ!」

「大丈夫! わ、私が付いてる!」


 狼狽する両親とは対照的に、この時のオレはどこか冷めた眼で一連の光景を眺めていた。

 幼い頭では、目の前で何が起きているのか理解できていなかったのかもしれない。

 まるで退屈な白黒映画を観ているような気分だった。


「何なんだ君達は!? いったい何が目的なんだ!!」


 父様がオレと母様の前に立って、執事長を撃った男に詰問した。


「オイオイ、貴族のご当主様ともあろうお方が、俺達のこともご存知ねーのかよ。ま、いーか。冥途の土産に教えてやるよ。俺達こそがあの、伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツさ」

「なっ!? き、君達が!?」


 父様は目を見開いて驚嘆したが、当然オレにはその名前が何を意味しているのかはわからなかった。


「あともう一つの質問は何だっけか? ああ、そうそう、目的は何だってやつか。んー、目的ねえ。ま、一言で言うなら、金かな」

「か、金だと!?」


 父様の口調は、そんなことのためにこんなに人を殺したのかとも言わんばかりだった。


「いやいや、金を舐めちゃいけねーよ当主さん。この世は所詮金が全てなんだからさ。ま、生まれた時から一度も金に困ったことがねーあんたには、死んでもわかんねーことだろうけど、よ」


 パーン


「ぐあっ」


 今度は父様が、理不尽な銃弾に左胸を貫かれた。

 父様は虚ろな眼を天井に向けながら、大の字に倒れ込んだ。

 そしてその瞳は、瞬く間に色を失っていった。


「イヤァ、イヤアアアアァッ!!!」


 母様の魂の絶叫が、会場中に響き渡った。

 だが、この時でさえオレは、父様の返り血で赤く染まったドレスとリクザメのぬいぐるみを、ぼんやりとただ眺めているだけだった。


「おーいお前ら、やっぱりこの家、たんまりお宝を貯め込んでやがったぜ」

「っ!!」


 と、その時、とても太った男が、両手に財宝を抱えながら会場に入って来た。


「あっ! 何だよお前ら。俺より先に料理食ってんじゃねーよ」

「心配すんなよ。まだまだたっぷり、ご馳走は残ってるからよ」

「へへへ、そういうことならいいけどよ。じゃあ俺もひとつ、ご相伴にあずからせてもらおうかね」


 太った男は財宝をその辺に投げ捨てながら、料理の乗っているテーブルにのしのし近付いていった。


「っ!」


 その時だった。

 太った男が目の前を通り過ぎた隙に、母様がオレを抱きかかえて会場から逃げ出そうとした。


「ぬあっ! ま、待ちやがれこのアマッ!」

「待て! 殺すな!」

「え?」


 パーン


「かっ」


 っ!!

 父様を撃った男の制止も聞かず、太った男は懐から銃を取り出し、母様の背中目掛けて咄嗟に発砲した。

 母様はその場に倒れ込み、オレを守るように、オレの上に覆い被さってきた。


「ラ、ラオ……あなただけでも……逃げ……」

「……母様」


 それだけ言うと母様の身体は全身から力が抜け、その体重がズシリと重く伸し掛かってきた。


「母様……母様ーーー!!!」


 この時になって初めてオレは、事態が取り返しがつかない程絶望的になっていることを自覚した。

 父様も母様も優しかった使用人達も、みんなこいつらに殺されてしまった。

 もう二度とみんなには会えない。

 そう思うととめどなく涙が溢れ、喉の奥からは自分のものとは思えない程の、悲痛にまみれた叫び声が放たれた。


「ったくよー。嫁と娘は売りに出すから殺すなって、何度も言ったじゃねーかよ。この分は、お前の取り分から引いとくからな」

「そ、そんなあ! この女が逃げようとしたのが悪いんじゃねーかよお!」

「だからそれが、お前が料理なんかに気を取られてたせいだっつってんだろーが」

「で、でもよお……」

「あーうるせえうるせえ、その話は後だ。とりあえず娘のほうだけでも、生きたまま確保しねーとな」

「ヒッ」


 父様を殺した男が獣の様な眼でオレを見据えながら、ゆっくりと近付いてきた。

 ガチガチという不可解な音が聞こえていたが、それはオレが恐怖のあまり、無意識に奥歯をかき鳴らしている音だった。

 男は母様の遺体をどけて、その手をオレに伸ばしてきた。

 ……助けて。

 父様。

 母様。

 助けて。

 誰か。

 誰か――。


「伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ」


 ドウッ


「ぷげぱっ」


 っ!!!

 一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 気付けば男の上半身から上が綺麗に吹き飛んでいた――。


「ジブンらか、最近ウチらの名を騙って、悪さしとる不届きモンちゅーのは」

「だ、誰だテメェは!?」


 太った男が、いつの間にかそこに佇んでいた女の人に怒声を浴びせた。


「アァン、ウチか? 今言ったやろが。ウチこそはホンモンの伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのキャプテン、ピッセ・ヴァッカリヤや」

「なっ!? お、お前が!?」


 ――その人はオレが今まで見たどの女の人よりも、気高く美しかった。




「なんで本物の伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのキャプテンがここに……」

「アホか。そんなん必死こいて探したからに決まっとるやんけ。最近ここらでウチらのニセモンが、善良な貴族ばっか狙うて強奪の限りを尽くしとるって噂を耳にしたもんでな。まあ、主に探し回ったんはヴァルコやけど」

「クッ! そんな……」

「そんで今日辺りこの屋敷を襲うかもしれんて、ヴァルコが言うもんやから来てみたらこれやもんな。まったく、けったくそ悪いモン見せよってからに。ウチらは悪い貴族しか狙わんちゅーのがポリシーの宇宙海賊なんやで。それなんに、せっかく評判が良うなってきた伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの名に傷を付けるようなことしよって。貴様ら全員――万死に値するで」


 ピッセと名乗った女の人は、全身から凄まじい殺気を放った。

 それは圧倒的な力を持つ者が放つ、捕食者のそれだった。


「ヒェッ」


 本能が命の危機を感じ取ったのか、太った男は後退りした。

 だが相手は所詮女一人なのだということに気付いたのか、急に態度が強気になった。


「ハッ、威勢だけは良いようだけどよネーチャン。こっちはこんだけ人数がいて、武器まで持ってんだぜ? 丸腰のネーチャン一人蜂の巣にするくらい、訳ねーんだぞアァン!?」

「うーわ、ジブンダッサー。自分が安全で有利な状態でしかイキれん、典型的なネット弁慶やんけ。ジブンみたいなモンだけにはなりたないもんやで、ホンマ」

「バ、バカにしやがって!? ヤっちまえ、お前ら!!」


 バババババババババババ


 っ!?

 ピッセ目掛けて、四方八方から銃弾の雨が降り注いだ。

 アァッ!!

 突如現れたヒーローがあえなく散ってしまった様は、オレをさっき以上に深い絶望の淵に叩き落した。


 ――が。


「ふわ~あ。おっ、もう終いか? 最近また胸がデカなって肩こりが酷かったもんやから、ちょうどエエ刺激になったわ」

「なっ!?」


 !?!?

 ヒーローはかすり傷一つ負ってはいなかった。

 ニャッポリート!?


「せめてもの礼に、一撃であの世に送ったるさかい」

「ま、待っ――」

「伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ」


 ドウッ


「ぶぷんっ」


 太った男の上半身も、一瞬で木端微塵になった。


「う、うわああぁぁああ」

「ひえええぇぇええ」

「バケモンだー」


 残った男達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「アッ! 待てやジブンら!」

「伝説の必殺兵器エンドコンテンツクソゲービーム」


 ズドバーッ


「「「びゃー」」」


 っ!!

 四方に逃げ出した男達は、どこからともなく放たれた極太の光線によって、跡形もなく蒸発させられた。

 い、今のは!?


「もう、一人で先走らないでって、いつも言ってるじゃないピッセ」

「いやあ、スマンスマンヴァルコ。せやけど、結果オーライやったんやからエエやんけ」

「フォローするこっちの身にもなってよね」


 光線を放ったヴァルコと呼ばれた女の人が、ピッセの横に来て苦言を呈した。

 この人も、ピッセ同様に美しい人だった。

 正直ここまで何が起きていたのかこの時のオレは半分もわかっていなかったが、自分だけは助かり、父様や母様達は助からなかったのだということだけは、漠然と理解していた。


「う……うぅ……父様……母様……」


 そう思った途端、またとめどなく涙が溢れてきた。

 その涙は真っ赤に染まったリクザメのぬいぐるみの上に落ち、血の色を少しだけ滲ませた。

 もう父様も母様もいない。

 自分はこの世で独りぼっちになってしまった。

 そう思えば思う程、涙は次々に溢れ出した。


「ピッセ、この子は……」

「……ああ、この屋敷の娘やろう」


 ピッセは眉間に皺を寄せながら、オレの前まで来てその場にしゃがみ込み、目線をオレに合わせた。


「……スマンかったな」

「え?」


 ピッセはオレの頭に優しく手を置き、心底悔しそうにそう言った。


「ウチがもう少し早く着いとったら、ジブンの家族を死なせずに済んだんやが」

「……」


 そんなピッセの顔に少しだけ母様の面影が重なったオレは、ピッセの胸に飛び込み、さっき以上にワンワンと泣き叫んだ。


「泣いたらエエ。今は好きなだけ泣いたったらエエ」


 ピッセはオレのことを、いつまでもいつまでも暖かく抱いていてくれた。

 ヴァルコはそんなオレ達のことを、立ったまま無言で見つめていた――。




 オレの涙も枯れ果てた頃、ピッセとヴァルコは父様達の遺体を裏庭に埋め、簡素だけれど墓も建ててくれた。

 その墓を眺めていたら、また目頭が熱くなってくるのを感じた。


「……じゃあの。精々達者で暮らすんやで」

「!」


 素っ気なくそう言うと、ピッセとヴァルコは立ち去ろうとした。


「ま、待って!」

「……?」


 オレは思わず、二人の背中を呼び止めた。


「わ……私も連れて行って!」

「……ハアァ?」


 ピッセはオレの言った言葉の意味が理解できていない様子だった。


「……正気かジブン。ウチらは宇宙海賊やで。傍から見たら、さっきの連中と括りは一緒や。ジブンはそないなってもエエ言うんか?」

「いい! だから私も連れて行って!」

「…………ダメや」

「っ!」

「ピッセ」

「ジブンは黙っとれヴァルコ。ええか娘っ子、宇宙海賊は、ジブンが思てるよりも何百倍も過酷な修羅の道や。いつ何時、無残な死に方をするかもわからん。そないな道に、ジブンみたいな娘っ子を引き込むわけにはいかんのや。ジブンなら、同じく貴族の親戚の一人や二人おるやろ? そいつらんとこ行って、大事に育ててもらえや」

「嫌ッ!」

「っ!?」


 確かに親戚はいた。

 でも、どいつもこいつも父様の財産目当ての強欲な連中ばかりで、あんなやつらのところに行ったら、散々利用された挙句ボロ雑巾みたいに捨てられる未来しか見えなかった。

 それだったら、ピッセ達と一緒に生きていきたい。

 自分も宇宙海賊になり、自由に世界を駆け巡って、自分みたいな理不尽な暴力で人生を滅茶苦茶にされてる人達を救う、正義の義賊になりたい。

 ――なにより、ピッセのそばにいたかった。


「……フン、ダメやダメや。この話は終いや。行くで、ヴァルコ」

「え、ええ」

「っ!」


 そんなオレの思いも虚しく、二人はオレを置いて行ってしまった。


「……クッ!」


 でもオレは諦めなかった。

 コッソリと二人の後をつけていき、隙を見付けては仲間にしてくれるように頼んで、また断られてを繰り返した。

 とても寒い時期だったが、血に染まったリクザメのぬいぐるみを抱きかかえながら、生まれて初めての野宿もした。


 ――何日そうしていただろうか。

 家を出て以降ろくなものを食べていなかったオレは遂には力尽き、道端で倒れそうになってしまった。

 ――が、その時。


「しゃーないのお。その根性だけは認めたる」

「……!」


 ピッセがオレのことを抱き支えてくれた。


「……辛い道やぞ。それでも一緒に来るか?」

「っ! う、うん!」


 ――こうしてオレは伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツの、三人目のクルーになったのだった。


「これからよろしく! ――いや、よろしくお願いします! !」

「姐さん!? ……フン、好きにせい」


 そんなオレ達の遣り取りを、ヴァルコねえさんは傍らから微笑ましい顔で見ていた。




 それからのオレは宇宙海賊として、死に物狂いで働いた。

 一人称も『私』から『オレ』に変え、日サロに通って日焼けしたり、姐さんとお揃いのビキニをヴァルコねえさんに頼み込んで作ってもらったりして、形だけでも姐さんに近付けるように足掻いた。

 オレには姐さんみたいな力も、ヴァルコねえさんみたいな頭脳もなかったけど、根性だけは誰にも敗けないつもりで、何とか二人に喰らい付いていった。


 全ては、姐さんの隣にいたかったから――。




 それから10年以上(地球だったら100年以上)、オレ達伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツは、着々とその規模を拡大していった。

 宇宙にも進出し、クルーの数も最盛期は128人にまで増えた。

 全ては順調だった。

 それを成し遂げたのは、姐さんの圧倒的なカリスマ性があってこそだった。


 そんな姐さんへのオレの想いは、日に日に強くなっていった。


 ……でも、姐さんの隣には、いつもヴァルコねえさんがいた。


 姐さんもヴァルコねえさんのことを、他の誰よりも信頼しているのが見て取れた。

 オレから見ても、二人は最高のパートナーだった――。

 それでもオレは諦めなかった。

 諦めの悪さだけが、オレの唯一の取り柄だ。

 地道に手柄を立て続けていれば、いつかは姐さんもオレに振り向いてくれるかもしれない。

 今や、そのことだけがオレの生き甲斐になっていた。




 焦っていたのだと思う。

 何とかひとよりも多く手柄を立てたい一心で、ある日オレは他の宇宙海賊との抗争中、深入りしすぎて敵の地雷トラップに引っ掛かってしまった。

 夜で足元が見えにくかったことも災いした。

 地雷の爆風でオレの半身は吹き飛び、そのまま近くの谷底に落下した。


「ラ、ラオー!!!」


 谷に落ちる瞬間姐さんのオレを呼ぶ声が聞こえたが、すぐにその声は遠く離れていってしまった。


 ……ああ、オレは死ぬんだな。

 谷底から狭い星空を見上げながら、オレは朦朧とした意識の中、死神がヒタヒタと近付いてくる足音を聞いていた。


「ンフフフ、これはこれは、面白い被検体を見つけたわ」

「……!」


 だが、それは死神ではなかった。

 敢えて言うなら『悪魔』だった。

 悪魔とはこんな美しい姿をしているんだなと、その時オレは、ふと思った。

 悪魔はオレにこう言った。


「あなたが私に魂を差し出せば、あなたに誰にも敗けない強靭な肉体をあげてもいいけど、どうする?」

「っ!」


 ……上等だ。

 どうせこのままなら消えて無くなる命。

 オレの魂なんかで姐さんの隣に立てる力がもらえるなら、いくらでもくれてやる!


「……ああ、いいぜ。今この瞬間から、オレの魂はあんたのものだ。好きに使ってくれ」

「ンフフフ、ンフフフフフフフ。イイわ。最高よあなた。私があなたを、最強の戦士にしてあげる」


 悪魔はこの世のものとは思えない、妖艶な顔で笑った。


 ――こうしてオレは、悪魔に魂を売った。




「どうしたのラオ? そんな思い詰めた顔して」

「ん? ああ……何でもねーよキャリコ。ちょっと昔のことを思い出してただけだ」

「ンフフフ。そう」

「……なあキャリコ、本当に今のオレは、あの時のオレよりも強くなってるのか?」


 あの時というのは、地球の時間で数ヶ月前の、オレと姐さん(あとついでに地球のメス猿)のプロレス対決のことだ。


「ンフフフ、何度も言ったでしょ? それはあなたの戦い方次第よ。あなたのその新しい力は、使いようによっては、十分ピッセ様と互角以上に戦えるポテンシャルを秘めているわ」

「……それならいいんだけどよ。あ~あ、どっかに腕試しができるくらいの、ツエーやつはいねーかな」

「ンフフフ、それは難しいんじゃないかしら? 地球人じゃ、あなたと互角に戦える人間なんていないわよ」

「じゃあ、どっか他の星に行くとかよー」

「まあまあ、焦らなくとも、その内機会はあるわよ」

「母様、次の目的地に着いたみたいよ」

「ああ、ジェニィ、そうみたいね、ありがとう。じゃあみんな、今日はもう遅いから、ここをキャンプ地としましょう」

「「「ハーイ」」」


 オレ達伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのクルーは、フネでカリブ海上空を飛んでいた。

 地球で一番有名な海賊である、『カリブの海賊』に思いを馳せるためだ。

 同じ海賊として、ここだけは押さえておきたい(こういう行為を、地球では聖地巡礼というらしい)。


「アラ? あれは――」

「え?」


 その時ふと、キャリコがモニターに映るフネの前方の映像を見て、呟いた。

 フネのライトで、夜空が明るく照らされている。


「なっ!? 何だありゃ!?」


 つられてオレも見ると、そこには信じられないものが映っていた。


 ――それは一組の男女のペアだった。

 男のほうは執事の様な格好をしていて、高身長でクールな感じのイケメンだった。

 そして男は、白を基調とした豪奢なドレスに身を包んだ女をお姫様抱っこしていた。

 ――その女も思わず見蕩れてしまう程、美しい女だった。

 だが、少なくとも男のほうは地球人でないことは明白だった。

 何故なら男の背中には竜の様な翼が生えていて、空中を優雅に浮遊しているからだ。

 男も女も、不敵な笑みでこちらを見ている。


「あれは――『西の魔女』」

「っ!」


 キャリコはボソッと、そう零した。

 西の魔女?

 何だそりゃ?

 あの白いドレスを着た女のことか?

 それってこの間キャリコが戦った、あの沙魔美とかいう女と関係はあるのか?

 頭の中に様々な疑問符が浮かんだが、それらを口に出す前に、


「みんなッ!! 伏せて!!」

「「「!?」」」


 キャリコが凄い剣幕で、オレ達に怒鳴った。

 ど、どうしたってんだよ!?

 だが、時は既に遅かった。

 モニター越しに男のほうが、こちらに向かってフウッと息を吹きかけるのが見えた。

 すると男の口先から、大地を覆う程の巨大な青い炎が放たれ、その炎は瞬く間にモニターを青一色に染め上げた。


「なっ――」


 ――次の瞬間オレの意識は深い暗闇の底に、無理矢理引きずり込まれた。




「……う、うぅ」


 気付くとオレは、仰向けで夜空を見上げていた。

 初めてキャリコと会った時と、似たような星空だった。

 でも、フネの中にいたはずのオレが、どうして外にいるんだ?

 その答えはすぐにわかった。

 外に出たのではなく、フネが大破して地上に落下したのだ。

 フネはほぼ全壊しており、僅かに骨組みを残すのみで、後のパーツは全て先程の青い炎で蒸発してしまったようだ。

 辺りにはまだ、プスプスと金属が焼け焦げる音と不快な臭いが充満していた。

 ……そんな。

 だが、その時オレの上に、何か重いものが乗っていることに気付いた。


「えっ……キャ、キャリコ!?」


 それはキャリコだった――。

 あの時命懸けでオレを助けてくれた母様みたいに、キャリコはオレを炎から守るために、オレの上に覆い被さっていた。

 全身には、明らかに致命傷としか思えない大火傷を負っていた。


「キャリコ!! キャリコッ!!」

「…………ンフフフ、よかった。あなたは無事だったのね」

「キャリコ」


 よかったのはこっちだ。

 まだ辛うじて、キャリコは生きていた。

 辺りを見回すとジェニィもキャーサもジタリアも、キャリコと同様に大火傷を負ってはいるものの、まだギリギリ死んではいないようだった。


「キャリコ、さっきのやつらは――」

「説明している時間はないわ……。あなたは、ピッセ様のところに行きなさい」

「え?」


 キャリコが奇跡的に壊れていなかった手元のタッチパネルを操作すると、オレの全身に奇妙な模様が浮かび上がった。

 これは!

 キャリコの発明した、瞬間転移装置!


「キャ、キャリコ! でも、お前らは!?」

「私達なら大丈夫。とにかくあなたは……ピッセ様……に……」


 ――オレは光に包まれた。


「キャリコオオオ!!!」







「えー、みなさんに本日お集まりいただいたのは、この小説の今後の展望をみんなで話し合うためです」

「またメタいこと言い出したなおい。しかもこんな昼間っから」


 普段俺はバイトは夜からなのだが、今日の昼、急遽沙魔美がみんなをスパシーバに呼び出して、上記のような台詞をほざいた(ちなみに玉塚歌劇団の面々は新作舞台の稽古が始まったので、遅れて到着する予定らしい)。


「伊田目さんも、いちいち沙魔美の我儘に付き合う必要ないですから」

「いやいや、俺は別に構わねーよ。俺も今後この小説がどういう方向に進んで行くのかは、気になってるしよ」

「あ、そうなんですか」


 伊田目さんも意外と俗っぽいところあるんですね。


「ハイハーイ! そういうことなら、私はお兄さんと二人でピクニックに行く話を希望しまーす!」

「それでは私は全国のカニを食べ歩く、日本横断ツアーをやってみたいです」

「オッ、それエエなお嬢。ウチもこの間邪魔が入ったさかい、今度こそ菓乃子と二人で旅行したいわ」

「えー、でも私当分、飛行機は怖いな」

「私はパパとネズミーランド行きたーい」

「アタチもアタチもー」

「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」

「ハイハイみんな一遍に喋らないでね」


 みんな自分自分だな!

 正直どれも、話としてはあまり面白くなさそうだし……。


「私としては100話も突破したことだし、ここらでそろそろまた長編バトル展開にしてみるのもアリかなと思ってるのよね」

「えぇ……俺はそういう物騒なのは嫌だなぁ」

「堕理雄の意見は聞いてないわ」

「じゃあなんで呼んだんだよ!?」

「それはもちろん、いつも通りツッコミ役としてよ」

「お前は本当に俺の彼女なのか!?」


 俺はただのツッコミマシーンかよ!


「ハイハイマスター! バトル展開だったら、ここは敢えてアッシを主人公にして、アッシが生き別れた兄貴と骨肉の争いを繰り広げるってのはどうでやすか?」

「却下よ。そんなの誰が読みたいのよ」

「そ、そんなあ」


 クズオには悪いが、俺も沙魔美と同意見だ。

 主人公の座だけは、譲れないぜ!(俺も伊田目さんのこと言えないな)


「それこそあなた、生き別れたお兄さんなんか本当にいるの? そんな話、聞いたことないんだけど」

「ああ、それは――」


 カランコロンカラーン


 あっ、誰か来た。

 玉塚さん達かな?


「あ、姐さん……」

「っ!? ラオッ!!」


 なっ!?

 ――そこには全身ボロボロのラオが立っていた。


「ジブン、どないしたんやその傷!! 誰にやられたんやッ!!」

「いや、オレは大丈夫なんです。……でも、キャリコ達が……」

「何やと……!?」


 ズドバシャーン


「「「!?」」」


 その時、スパシーバの天井を突き破って、一組の男女が俺達の前に降り立った。

 男のほうは執事の様な格好をしていて、高身長でクールな感じのイケメンだが、背中には竜の様な翼が生えている。

 そして男は白を基調とした豪奢なドレスに身を包んだ、美しい女性をお姫様抱っこしていた。

 女性は金髪の縦ロールで、いかにも悪役令嬢といった風貌をしている。

 な、何だこいつらは……!?

 男のほうは明らかに人間ではないが。

 でもこの男、どこかで……?


「あっ!! 姐さん、こいつらですよ! さっきオレ達に突然襲い掛かってきたのは!!」

「何!? ホンマか!!」

「あ……兄貴」

「「「っ!?」」」


 クズオが男のほうを兄貴と呼んだ。

 そうだ……確かにこの男は、顔はクズオによく似ている。

 身なりが全然違うので、すぐには気付かなかったが。


「久しぶりでやすな伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン。相変わらず、締まりのない顔をしてやすね」

「……兄貴は相変わらずの、仏頂面でやすな」


 ヌッ!?

 マジで兄弟だったのか……!?

 それにしても、クールなイケメン執事が江戸っ子みたいな話し方をすると、違和感がエグいな。


「オーホッホッホッホ!!」

「「「!」」」


 突然金髪縦ロールが高らかに笑い出した。

 笑い方までテンプレの悪役令嬢だな!?


「はじめまして『東の魔女』さん。ワタクシは『西の魔女』の、エスト・バートリーと申します。あなたのお望み通り、長編バトル展開をご提供しに参りましたわよ」

「なっ、何ですって!?」


 っ!

 エストと名乗った金髪縦ロールは、沙魔美のことを『東の魔女』と呼び、自分のことは『西の魔女』と称した。

 どういうことだ!?

 魔女は沙魔美の一族以外にも存在していたってのか!?


 ――こうしてここに、『西の魔女編』が唐突に幕を上げたのだった。


 ……マジかよ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?