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第103魔:紳士淑女

「東の魔女……」


 沙魔美がエストの言葉を反芻して、息を呑むのがわかった。


「……って、何?」


 ……え?

 ええええぇぇぇえええ!?

 お前も知らねーのかよ!?

 メッチャシリアスな空気だったのに、一瞬でいつものノリに戻ったぞ!?


「適当な噓をコいてんじゃないわよ。地球上には、私の一族以外に魔女はいないはずよ。前に魔法で確認したんだから、間違いないわ」


 え? そうなの?

 じゃあエストは何者なんだ?

 クズオ兄を従えてる時点で、ただの人間ではないと思うんだが……。


「ホホホ、それは当然ですわ。ワタクシは地球人ではありませんもの」

「「「!!」」」 


 何!?


「ワタクシを下ろしてちょうだい、伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン」

「へい」


 ずっとクズオ兄にお姫様抱っこされっぱなしだったエストは、クズオ兄に自分を下ろすように命じた。

 クズオ兄は、伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンて名前なのか……。

 ちなみに抱っこされている時は気付かなかったが、床に下りてみると、意外とエストは背が低かった。

 その割には、胸は沙魔美並みに大きい。

 トランジスタグラマーというやつだろうか?

 またマニアックだな……。


「確かに地球には、魔女はあなたの一族以外にはおりませんわ東の魔女さん。ですが、この広い宇宙には、あなた方以外にも、魔女の一族が存在しているのですわ」

「「「!!」」」


 そ、そんな……!?


「ワタクシはその中でも最強の魔女と名高い、『西の魔女』ですわ。もちろん宇宙には東西南北なんて方角は存在しませんから、西の魔女というのはあくまで便宜上の名前ですが――。あなたの住むこの地球は、ワタクシの星と対極に位置するため、あなたは東の魔女というわけですわ」

「……なるほどね。確かにここは、極東の地だものね」

「ウオオォォッ!!」

「「「!?」」」


 その時、ラオが突然エストに殴り掛かった。

 キャリコ達の仇を目の前にして、堪えきれなくなったのかもしれない。

 が。


「まだワタクシが話してる最中ですわよ?」


 エストが指をクイッと曲げると、ラオを含む俺達全員の身体の周りに大きな天使の輪っかのようなものが出現し、それが一瞬で締まって、俺達を拘束した。

 なっ!? 何だこりゃ!?


「があっ!? ク、クソッ、何だこれ……全然動けねえ」


 ラオの言う通り、輪っかは俺達の胴の辺りを腕ごと縛っているだけなのに、何故か足も一歩も動かなくなっていた。

 まるで首から下だけが、自分の身体じゃなくなっているみたいだ。


「オーホッホッホッホ!! それは強力な拘束魔法でしてよ。ワタクシから半径10メートル以内にいる者にしか効果はないのですが、その代わりそれに縛られたものは一切の力を行使できなくなりますの。もちろん、魔法も使えませんわよ」

「チッ……そのようね」


 既に使えないか試したのか、沙魔美が悔しそうに言った。

 マ、マジで本物の魔女だったんだ……。

 しかも本人曰く、最強の魔女だって!?

 最近宇宙海賊が襲ってこないと思っていたら、とんでもない隠し玉が出てきやがった……。


「……そういうことだったのね」


 え?

 沙魔美が腑に落ちたと言わんばかりの表情をした。


「何が『そういうこと』なんだ沙魔美?」

「星間戦争の時に、5000歳BBAは私のことを、『地球の魔女さん』って呼んでたでしょ? あれ、ずっと気になってたのよね。あれだとまるで、地球以外にも魔女がいるみたいな言い方じゃない」

「……ああ」


 なるほど。

 言われてみればその通りだ。


「……キャリコはこいつのことを、知っている風だった」

「「「!」」」


 ラオはエストのことを睨みつけながら言った。

 対するエストはそんなラオのことなど歯牙にも掛けていない様子で、自分の爪に施された煌びやかなネイルアートをチェックしている。

 やっぱりそうなのか。

 確かに5000年生きているマッドサイエンティストのキャリコなら、この世の大抵のことは既知なのかもしれない。

 でも、キャリコもエストのことを知っていたなら、あらかじめ俺らに教えておいてくれてもよかったんじゃないか?

 まあ、キャリコが親切に情報を開示してくれる性格ではないのは、重々承知だが。


「……目的は何なのよ」

「はい?」


 沙魔美がエストに、みんなが抱いていた疑問を投げ掛けた。

 そうだ、星間戦争の時のキャリコ達には、ピッセを取り戻すという目的があったが(本当の目的は別だったものの)、エストが何のために地球にやって来たのかは、現状不明だ。

 ラオ達を襲撃した以上、仲良く魔女会(?)を開きに来たわけではなさそうだし。


「ああ、目的ね。どうせここで死ぬあなた方には言っても詮無き事ですが、せっかくですから冥途の土産に教えてさしあげますわ」


 っ!

 こいつ、やはり俺達のことを、全員殺すつもりなのか!?

 これはヤバいぞ。

 かつてなくヤバい。

 ただでさえエストは自分を最強の魔女と謳っている上に、全員力を封じられて拘束されてる現状は、絶体絶命なんて言葉でも言い足りないくらいのピンチだ。


「ワタクシが地球に来た目的、それは『伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドン』を、ワタクシの召喚獣とするためですわ!」

「「「!!」」」


 伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドン!?

 また舌を噛みそうな名前が出てきたな……。

 でも、字面が沙魔美のお母さんの召喚獣の、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスと似てるけど、何か繋がりがあるのか……?


「伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンは、この世に君臨する伝説の三魔神の内の一体なのです。それがこの星のここ、肘川に眠っているということが最近判明いたしましたので、遠路はるばる出向いたというわけですわ」


 伝説の三魔神!?

 そんな神話みたいな存在が、肘川に!?

 次々に新設定が出てきて、頭が追い付かないんですけど!?!?


「伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンを我が下僕とできれば、全宇宙をワタクシの支配下に置くことなどスーパーウルトライージーモード! そしてワタクシは、全宇宙のナイスルッキングガイをはべらせて、理想の逆ハーを築くのですわー! オーホッホッホッホ!!」


 清々しい程に業が深い!!

 今時まだこんなキャラいたんだ!?

 てか、ナイスルッキングガイって何だよ……。

 某セレブ姉妹が従えてるイケメン達と、響きが似てるけど……。


「時にそちらのナイスルッキングガイは、ひょっとして東の魔女さんのステディでいらっしゃるのかしら?」

「え?」


 エストが俺のことを顎で指しながら言った。

 ステディって……。

 いつの言葉だよ。

 さっきから思ってたけど、エストは全体的に昭和臭が半端ないな。

 エストのいる星では、これが普通なのか?

 それとも言語を魔法で日本語に翻訳する過程で、こうなってしまっているのだろうか?


「……ええ、そうよ。言っておくけど堕理雄に手を出したら、どんな手を使ってでも、あなたをこの世から消滅させるわよ」


 沙魔美はいつもの般若モードになりながら、呪いの言葉を放った。

 相変わらず愛されてるなあ……俺。

 何故かあまり嬉しくはないけど。


「ホホホ、そう言われると、俄然自分のものにしたくなってしまうタチなんですのワタクシ。よし、決めましたわ。あなたも特別に、ワタクシのナイスルッキングガイの一員に加えてさしあげますわ!」

「ゲッ」


 エストはネットリとした視線を、俺に向けてきた。

 えぇ……。

 また俺はピー〇姫ポジなの?

 俺ってそんな前世で、悪いことしたの?


「フザけんじゃないわよこの〇〇〇〇がぁ!! あんたなんか〇〇〇〇〇で、〇〇〇〇でもしてなさいよ!!」

「沙魔美!?」


 一応この小説は全年齢向けだから!

 最近みんな発言攻めすぎだよ!

 毎回伏せ字にしてる、こっちの身にもなってね!(誰目線なの?)


「ホホホ、これだから庶民は嫌なんですわ。そうやってすぐ汚い言葉を使って。ま、いいですわ。何はともあれ、まずは伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンを手に入れることを優先いたしましょう。おいでなさい! ワタクシの、ナイスルッキングガイズ!」

「「「!」」」


 エストが指をクイッと曲げると、新たに三人の男がエストの周りに召喚された。


 一人は歌舞伎町のホストみたいな格好をした、いかにもチャラそうなイケメン。

 一人は黒のロングコートを着た、ナイスミドルで無精髭のイケメン。

 一人は上半身裸で腹筋が綺麗に六つに割れている、ゴリマッチョのイケメン。


 クズオ兄も合わせると、随分と多種多様なイケメンに囲まれており、確かに逆ハーそのものである。

 何だか昔の乙女ゲーのジャケットを見てるみたいだ……。


「フン、何が逆ハーよ。あんたなんて所詮、オタサーの姫じゃない」

「なっ、何ですって!?」


 沙魔美からの煽りに、エストは今日初めて動揺を見せた。

 オタサーの姫知ってるの!?


「いいこと、イケメンっていうのはね、イケメン同士がイチャイチャしてるところを傍から見て、ホッコリするために存在しているのよ。イケメンの視線を自分に向けさせちゃ、台無しなのよ! よく覚えておきなさい!!」

「っ!?」


 腐魔女の暴論出たーーー!!!

 だがそんな沙魔美の至言(?)に、菓乃子と多魔美は、うんうんと深く頷いている。

 この空間の腐り率高いな……。


「……見解の相違ですわね。イケメンとは自分に跪かせてこそ、初めて価値が出るもの。手の届かないイケメンなど、絵に描いた餅以下ですわ」


 オタサーの姫の暴論も、なかなかにパンチが効いているな……。


「マスター、今はそれよりも、アッシらにご命令をば」

「あ、ええ。そうですわね」


 クズオ兄が、さりげなく話を本筋に戻した。

 本当に、兄弟でこうも性格が違うもんかね。


「では伝説のボディビルダーアーノルドマッチョアブマッスル、あなたの担当は南ですわよ」

「ウッハー! お任せくださいマスター! 俺の上腕二頭筋に誓って、必ずやご期待に応えマッスル!」


 ゴリマッチョのイケメンが、雄々しく吠えた。


「伝説の殺し屋キラージャックファントムアサシン、あなたには東を担当していただきますわ」

「やれやれ、相変わらずマスターは人使いがお荒い。ま、報酬分はキッチリ働きますよ」


 ナイスミドルで無精髭のイケメンが、ダルそうに呟いた。


「伝説のホストピンドンシャンパンタワーアフターボトルキープ、あなたは西ですわ」

「ご指名ありがとうございまッす! 今宵は姫を、一夜限りのドリーミングパーリーにご招待いたしまッす!」


 いかにもチャラそうなイケメンが、ハイテンションでほざいた。

 さっきから、各々のキャラのウザさもさることながら、南とか東とか、何の方角を表してるんだ?


「そして伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン、あなたは北を担当なさい」

「承知いたしやした」


 クズオ兄は、エストにうやうやしく頭を下げた。


「……兄貴」


 クズオは兄に向かって悲しみとも、怒りとも取れる目線を投げ掛けた。

 この兄弟に、昔何があったというのだろう……?


「そんな眼でアッシを見るんじゃないでやす。お前とはもう、兄でも弟でもないでやす」

「っ! 兄貴ッ!」

「……マスター」

「ん? 何ですの? 伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴン」

「……こいつらの始末は、アッシに任せてもらえやせんか?」

「「「!!」」」


 なっ!?


「ホホホ、そうですわね。せめて最後くらいは、身内に介錯させてあげませんとね。よろしい、許可いたしますわ。一思いにこの場にいる全員を、あなたの炎で消し炭にしてさしあげなさい」

「ありがとうごぜいやす」

「そんなっ! 兄貴!!」

「黙るでやす」

「っ!」


 クズオ兄は空気が凍りつきそうな程、冷たい眼で俺達を見下ろした。


「今のアッシは西の魔女たるエスト様の下僕。そしてお前は東の魔女の下僕でやす。アッシとお前は、相容れない敵同士なんでやすよ」

「な、何ででやすか!? アッシは……兄貴と……」


 クズオの頬を、一筋の涙がつたった。


「……さらばでやす」


 クズオ兄がスウッと息を吸い込むと、肌が焼けそうになる程、瞬時に辺りの空気が熱を帯びたものに変わった。

 こ、これは!?


「マズい! こいつの炎に、一撃でキャリコ達はやられたんです姐さん!!」

「何やと!?」


 あのキャリコが!?

 どんだけバケモンなんだよクズオ兄!!

 そのクズオ兄の口から、今にも全てを焼き尽くす獄炎が放たれようとしていた。

 クソッ! こんなところで――。


『ハッハー! どうやらお困りのようだね、紳士淑女の諸君!』

「「「っ!?」」」


 ――その時、聞き慣れた声が、上からスピーカーのようなものを通して聞こえてきた。

 思わず皆一斉に上を向くと、破れた屋根の隙間から、昔のRPGに出てくるような、巨大な飛空艇が空に浮かんでいるのが見えた。

 飛空艇には例によって玉塚さんの顔写真の数々が、所狭しと塗装されていたのだった――。


 ……マジっすか。

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