「ありがとうございました玉塚さん。お陰で助かりました」
「ハッハー! 礼には及ばないよマイライバル。キミを倒すのは、このボクだからね!」
「俺達って、そんなバトル漫画のライバルみたいな関係でしたっけ?」
でも、実際玉塚さん達が駆けつけてくれなければ、俺達は全員殺されていたのは事実だ。
クズオ兄の手によって……。
「兄貴……」
クズオは飛空艇ブレイブホープ号(玉塚『勇希』だから、『ブレイブホープ』号と名付けたらしい)の窓から、スパシーバの方向を見つめながら、拳を強く握り締めていた。
――間一髪だった。
今まさに、クズオ兄の口から獄炎が放たれようとした最中、痛飛空艇(?)から俺達に光の筋が伸びてきて、気が付くと俺達は全員、痛飛空艇の内部と思われる場所に立っていた。
「よし、全員乗ったね。琴子、咲羅、面舵いっぱーい!!」
「「ヨーソロー!」」
ギュンッ
うおっ!?
そして痛飛空艇は瞬時に超加速しその場から離れ、俺達は何とか窮地を脱したのだった(ちなみに玉塚さんは面舵いっぱいを、『出発進行』的な意味だと思っているらしい)。
それにしても、玉塚さんは遂に
今の玉塚さんなら、宇宙戦艦とかでさえ具現化できるかもしれないな。
「何シケたツラしてんだよクズオ。お前らしくねーな」
「そうだよ(便乗)。元気出しなよ。あ、でも、琴男君に手を出したら、〇〇〇を〇〇〇〇るからね」
「琴男きゅん、咲羅きゅん……」
操縦をオートパイロットに切り替えた娘野君と咲羅君がやって来て、クズオを励ました。
俺も最近知ったことなのだが、どうやらこの二人とクズオは前から知り合いだったらしい。
と言うより、最初はクズオが娘野君を女の子と間違ってナンパしたのが出会いだそうだ。
まあ、それだけなら想像に難くないエピソードなのだが、俺がドン引いたのは、娘野君と咲羅君が男だとわかった後でも、クズオの態度が一切変わらなかったことだ。
どうやらクズオ的には、二人が男でも「わたしは一向にかまわんッッ」ということらしい。
こいつもエストとは違った意味で、業が深いな……。
「……追ってこないわね」
沙魔美もスパシーバの方向を見ながら、ボソッと呟いた。
「まあ、俺達のことなんて眼中にないってことなんじゃないか? あくまでエストの目的は、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンとかいうのを配下に置くことなんだろうし」
どの道伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンがエストのものになった暁には、地球は一瞬で消滅させるつもりだから、俺達のことはその時まとめて始末すればいいと思い直したのかもしれない。
ちなみにエストの拘束魔法が10メートルしか効果がないというのは本当だったらしく、今の俺達は自由に動けている。
「……そうかもしれないけどね。ま、いいわ」
沙魔美は腑に落ちていない様子だったが、表情を上司としてのそれに切り替え、部下であるクズオに向き合った。
「で? これはどういうことなのか説明してもらいましょうか、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン」
言い方こそ落ち着いている風だが、明らかに怒気を孕んだ口調だった。
そりゃそうだ。
突然部下の身内から命を狙われたのだから、本来ならクズオは即クビ(二重の意味で)にされてもおかしくない状況だ。
「……へい、お話いたしやす。アッシと兄貴の間に起きた、あの悲しい出来事を」
……。
回想に入るのは百歩譲って許すが、なるべく早く済ませろよ。
兄貴はアッシと違って、成績優秀、スポーツ万能の、絵に描いたような優等生でやした。
県立魔界南高校――通称マカナンでは、生徒会長も務めてやした。
テストは万年赤点だったアッシにとっては、兄貴は憧れの存在でもあり、同時に何かにつけて比べられる、目の上のたんこぶでもありやした。
ただ、そんな兄貴にも一つだけ、致命的な弱点がありやした。
それは女性に免疫がなかったことでやす。
高校の頃から女の子と遊ぶことだけを生き甲斐にしてきたアッシとは違って、兄貴は良く言えば真面目、悪く言えばヘタレで、女の子を目の前にしただけで緊張のあまり一言も喋れなくなっちまうくらい、恋愛偏差値ゼロの、俗に言う残念なイケメンでやした。
え? 何でやすか堕理雄さん?
残念なイケメンはお前もだろうって?
ハハハ、そんな褒められたら照れやすよ。
あ、褒めてない。
そうでやすか……。
えーと、どこまで話しやしたっけ?
ああ、そうそう。
兄貴が女性が苦手ってとこまででやした。
ですがそんな兄貴も、大学に入ってからは、初めて好きな女の子ができたんでやす。
兄貴はああ見えて漫画やアニメが大好きで、とあるオタサーに所属していたんでやすが、そこで一人の女の子と出逢い、恋に堕ちたんだそうでやす。
その子は顔はあまり可愛いくはなかったそうなんでやすが、ロリ体型な割には巨乳で、しかも兄貴が好きな、『バンカラ魔獣 一本気ドラゴン』っていう硬派なアニメがその子も好きで、生まれて初めてアニメの話を女の子とできた兄貴は、一瞬で心を奪われてしまったそうなんでやす。
でも、みなさん薄々感付いてるやもしれやせんが、その子は所謂オタサーの姫だった上、サークルクラッシャーでもあったそうなんでやす。
マニアックなアニメに興味があるフリをして、オタク男子の気を引きチヤホヤされることだけが目的だったんでやす。
実際兄貴の所属していたオタサーは、その子を巡って男子同士で諍いが起き、文字通りサークルはクラッシュしてしまいやした。
それ以来兄貴はそのことがショックで、大学も辞めて引きこもりになってしまいやした。
アッシの記憶の中にある兄貴の大半の姿は、狭い部屋の隅で、虚ろな眼をしながらアニメを眺めてる姿でやす……。
でも、何が一番悲しかったって、それ以来兄貴が、ロリ巨乳のアニメキャラにしか萌えられなくなってしまったことでやす!
兄貴は『WORKI〇G!!』と『ぼくた○は勉強がで○ない』のアニメを、毎日のように繰り返し観てやした……。
本気でそのオタサーの姫のことが好きだったんでやすね。
アッシが今でも後悔してることは、この時の兄貴の背中に、一言でも声を掛けてあげられなかったことでやす。
世の中にはロリ巨乳以外にも、素敵な女の子は星の数程いる!
熟女だって猫耳だって、何なら男の娘だって!
人の数だけ萌えはある!
唯一の兄弟だったアッシなら、そのことを兄貴に教えてやることもできたかもしれないのに。
次第に実家にいるのが気まずくなっちまったアッシは、女の子の家を転々とするようになり、ほとんど実家には帰らなくなってしまいやした。
それから何年経った頃でやしょうか。
ある日アッシが、当時付き合ってた彼女に浮気がバレて、転がり込んでいた家を追い出されたもんで、久しぶりに実家に帰って来た時でやす。
お袋が青い顔で、兄貴が置き手紙を残して家を出て行ったと言うではありやせんか!
慌ててアッシもその手紙を読むと、そこには一言だけ、『理想のロリ巨乳に出逢った』と書かれてありやした。
――それ以来兄貴とは、今日まで一切音信不通でやした。
「……これがアッシと兄貴の、これまでの
クズオは眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
………………。
いや、何そのくっっっっだらない過去エピソードは!?!?!?
万が一クズオ兄と似たような境遇に陥った方がいたら申し訳ないが、それにしたって情けなさすぎるだろうクズオ兄!?
要はロリ巨乳の三次元の女の子にフラれて、二次元に逃げたら、また似たようなロリ巨乳の三次元の女の子に出逢って、その子の下僕になり、今ではその子の命令とあらば、実の弟やその上司をも絶対ブッ殺すマンになってしまったってこと!?
シッカリしてよお兄ちゃん!!
どんなシリアスエピソードが出てくるのかと思ったら、昭和のギャグ漫画が飛び出てきたよ!
弟がクズオブザイヤーなら、お兄ちゃんはヘタレオブザイヤーだよ!
今後はお兄ちゃんのことは、ヘタオって呼ぶからね!
「……よくわかったわ。あなた達も、いろいろあったのね」
「っ! ……マスター」
っ!?
だが、俺の胸中とは裏腹に、クズオの上司は聖母の様な慈悲深い瞳で、クズオのことを見つめていた。
あれ!?
これ、俺がオカシイの!?
上司のリアクションが普通なの!?
「つまり私は次の同人イベントで、あなた達兄弟のカップリング本を出せばいいってことね?」
「…………は?」
やっぱり上司のほうがオカシかったー!!
なんで今の話を聞いて、部下と部下の兄のカップリング本を出そうって発想が出てくんだよ!?
お前は男が二人いたら、どんな食材でも料理せずにはいられないのか!?
お前こそが、B漫画家の鑑だよ!!(褒めちゃった)
「……ま、それは冗談として」
「あ、ああ! なんだ冗談でやしたか! マスターもお人が悪いでやすねー」
嘘だ絶対に冗談じゃなかったぞ。
次のイベントでは、ヘタオ×クズオ(もしくはクズオ×ヘタオ)本が、腐海の魔女の新刊として並ぶことになるだろうよ。
「あなたのお兄さんについてはわかったけど、一番の謎は、あのオタサーの姫が、どうやって伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンとやらを復活させようとしているのかってことよね」
……。
そうだな。
肘川に眠っているとは言っていたが、肘川のどこに眠っているのか、そしてどうやったら復活させることができるのかは、見当もつかない。
エストがナイスルッキングガイ達に命じていた、東西南北の担当とやらが関係しているのではないかという気はするが……。
「ここで悩んでたって仕方ないわね。わからなければ訊いてみましょう」
「え?」
誰に?
沙魔美は胸の谷間からスマホを取り出すと、それにフッと息を吹きかけた。
すると、スマホから禍々しいオーラのようなものが溢れ出てきた。
そ、それは!?
作者も忘れていた、実に5話以来の登場となる、知りたいことを何でも教えてくれるチートアプリ!
「伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンについて教えてちょうだい」
沙魔美はスマホに、そう話しかけた。
ピピッ
スマホは瞬時に、それに答える。
やっぱりこの魔法が、一番エグいな……。
『伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンとは、伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスと並ぶ、伝説の三魔神の内の一体です』
っ!
やはり伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスと同列の存在だったか。
確か伝説の超魔神ラグナロクジェノサイドトールハンマーザッハトルテアポカリプスは、くしゃみをしただけで銀河系が消滅するって前に沙魔美のお母さんが言ってたから(流石にそれは冗談だと思いたいが……)、それと同列の伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンがエストの下僕になった暁には、地球なんて一瞬で塵にされてしまうだろう。
これは、何としても伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンの復活を阻止せねば。
チートアプリは、伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンについての説明を続ける。
『伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンは、
角質山だって!?
それって毎年夏祭りの時に沙魔美と花火を見てる、あの裏山の名前じゃないか!?
確かピッセが初めて地球に来た時に、宇宙船を停めてた場所もあそこだ。
まさかそんな身近な場所に、核兵器なんて目じゃない代物が眠ってたなんて……。
何気に世界一の危険地帯だったんじゃないか、肘川は!?
『伝説の豪魔神カタストロフィエクスキューションロンギヌスガトーショコラハルマゲドンを復活させるには、角質山の四方を取り囲む、
……なるほど。
全貌が見えてきた。
大方エストは、その封神石の破壊を、四人のナイスルッキングガイにそれぞれ命じてたってとこか。
そして自分は角質山に陣取って、魔力を注ぎ込む。
それがエストが思い描いているシナリオってわけだ。
何だかここでも、昔のRPGのノリが出てきたな。
RPGじゃ四ヶ所の封印を解いて回るのは、普通主人公側だけどな。
まさかその封印を、守る側になるとは……。
『封神石が存在している場所は、それぞれ北の
なっ、何だって!?
流応橋っていうのは、前にクズオが佇んでた、川の手前の空き地(※18話参照)の近くに掛かっている橋で、世煮下ビルというのは、俺がボンバー
そして肘川公民館はちっこいズのメジャーデビュー等を飾った場所であり(※78話参照)、池麺公園は俺が玉塚さんと初めて会った時に対決をした場所(※66話参照)だ。
俺達が何気なく訪れていた場所に、そんな大事なものが隠れていたなんて……。
一歩間違えば、知らず知らずのうちに、封神石を破壊してしまっていた可能性もあったってことか。
こっわ!!
いつもながら、なんで俺の人生はこんなに、死と隣り合わせなんだ!?
前も言ったけど、俺は吉良〇影並みに、激しい喜びはないが深い絶望もない、平穏で波の無い『植物の心のような生活』を望んでるんだけどな……。
「フム、オッケー大体わかったわ。じゃあ最後に、一つだけ教えてちょうだい」
沙魔美が改まって、チートアプリに聞いた。
「あのオタサーの姫には、どうやったら勝てるの?」
っ!
人一倍プライドが高い沙魔美が、そんなことを訊くとは……。
つまり沙魔美も、心の中では自分よりもエストのほうが強いと感じているということか。
やはり、最強の魔女の名は伊達ではないらしい。
だが、チートアプリからの回答は、次のようなものだった。
『残念ですが、あのオタサーの姫に勝つことは不可能です』
「「「!!」」」
「……何ですって?」
『あなた様達とオタサーの姫とでは、実力が違いすぎます。あなた様達が束になって掛かっても、オタサーの姫には勝てないでしょう』
「……へえ」
その瞬間、この場にいた沙魔美以外の全員は、恐怖のあまり背筋が凍りついた。
沙魔美から発せられた殺気が、地獄の底から溢れ出ているのではないかと思える程、禍々しかったからだ。
「フフフ、フフフフフフ。燃えるじゃない。いや、むしろ、萌えるじゃない。私は、無理だって言われれば言われる程、萌えるタチなのよ」
沙魔美は魔女らしく、妖艶に微笑んだ。
……やっぱり俺の彼女が、この世で一番怖いな。
「みんな、安心して。あのオタサーの姫は、私が必ずフルボッコだドンにしてみせるわ」
「……ああ、わかった。俺は、お前を信じるよ沙魔美」
他のみんなも、異論はないようだった。
「よし、沙魔美ちゃんのお陰で士気も高まったところで、みんなに俺から頼みがあるんだけど聞いてくれるか?」
「え、伊田目さん、頼みって――って、伊田目さん!?」
伊田目さんはいつの間にか、本職の忍者の格好に着替えていた。
まだ伊田目さんが忍者だってことは、俺と未来延ちゃん以外には秘密なのに!?
「アラ、シェフ、その格好は、忍たま乱〇郎の山〇先生のコスプレですか?」
なんで山〇先生限定なんだよ。
土〇先生とかだって、格好は一緒だろ。
「いや、山〇先生は俺がもっとも尊敬する人物の一人なんで、そう言われるのはやぶさかじゃねーんだけどね。実は俺は、現代に生きる本物の忍者なのよ」
「「「っ!」」」
流石にみんな、驚きの色を隠せない様子だ。
「詳しいことは今度ゆっくり話すが、俺は服部半蔵の子孫でよ。日本を影から支える、IGAっていう秘密警察の局長をやってるんだ」
「「「!?!?」」」
「つまり未来延も、こう見えてくのいちの端くれってわけだ」
「お父さん、私はくのいちになったつもりはないよ。私はイタリアンレストランの娘だからね」
「はいはい、そうだったな」
ともするとほのぼのとした親子の会話に聞こえるが、言っている内容はなかなかにフィクショナル且つセンセーショナルだ。
俺もあらかじめ知っていなければ、にわかには信じられなかったかもしれない。
が。
「なるほどね。これで今までシェフや未来延さんに抱いていた、違和感の正体がわかりましたわ。それはお二人が忍者だったからなんですね」
と、沙魔美を始め、みんな一瞬で納得したようだった。
……まあ、みんな魔女やら異星人やらを普段から目にしているだけあって、忍者くらいの非現実感では、驚く程のことでもないのかもしれない。
慣れって凄いね。
「で? 服部シェフのお頼みとは、何なんです」
服部シェフってお前。
そう言うと、某料理学校の校長みたいだろ。
「ああ、できればこの件の解決にあたって、ここにいるみんなの協力を、IGAの局長として正式に要請できねーかと思ってよ」
「……フフフ、何だそんなことですか」
そんなこと言われなくともこっちは
他の面々も続く。
「何や水臭いのう店長、そんなかしこまった言い方せんでも、これもバイトの一環やって言えば、喜んで仕事するでウチは」
「私も。私は戦う力はないけど、ピッセのサポート的なことならやらせてもらいます」
「オレもやる。キャリコ達の仇は、絶対にオレが取る」
「ま、私はやりたくないって言っても、どうせお父さんに強制参加させられるんでしょうからねー」
「私もやってやりますよ! お兄さんの命は、私が守ります!」
「私もパパのために頑張るよー」
「アタチもアタチもー」
「ハッハー! これより玉塚歌劇団の、緊急公演を開幕する! いいな? 琴子、咲羅!」
「「はい、座長!」」
「……今度こそアッシが、兄貴にちゃんとした女の子を紹介してやりやす」
「「「「「「どうも、私達六人が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズです」」」」」」
他のみんなも、既に覚悟完了していたらしい。
実際問題、俺みたいな凡人を除けば、今この場には地球側の最高戦力の面々が揃っていると言っても過言ではない。
ただでさえ今回の敵達は過去最強の連中なのだから、この中の誰一人欠けたとしても、オタサー『ウエストウィッチ』(俺命名)に勝つことは不可能だろう。
自分達の双肩に、文字通り地球の命運が懸かっているということは、ここにいる全員が自覚している。
こうなった以上、この場から尻尾を巻いて逃げ出すような臆病者は、ここにはいない。
「……伊田目さん、俺も微力ながら、できることなら何でもやらせてもらいます。遠慮なく言ってください」
「……ありがとうみんな。感謝する」
伊田目さんは親子程も年の離れた俺達に(若干名大分年上もいるが)、深々と頭を下げた。
こういう年齢に関係なく、人に感謝の意を表することができることこそが、伊田目さんの器の大きさなのだろうと思う。
伊田目さんはIGAの局長としても、スパシーバの店長としても、かけがえのない人なんだなと、ふと思った。
「ではこの件は、暫定的に俺が指揮を執らせてもらう。ザックリとした方針としては、東西南北の封神石を防衛しつつ、角質山に向かっていると思われる、西の魔女エストを打倒するってとこだな。戦場は五ヶ所だから、こちらの戦力も五つに分けようと思う。戦力の割り振りは俺の独断で決めさせてもらうが、もちろん不満があったら遠慮なく言ってくれ。なるべく個人の意思は尊重するのが俺のやり方だ」
「……だったらアッシから一つだけいいでやすか?」
っ!
クズオが恐る恐る名乗り出た。
だがその瞳には、ある種の決意が滲んでいた。
「さっき、兄貴は北の封神石を破壊する担当にされてやした。だから、北の兄貴を止める役は、アッシにやらせてもらえないでやすか」
「「「!」」」
……クズオ。
「……大丈夫なの伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン? 私の見立てだと、あなたとヒキニート兄の間には、三頭身だった頃のゴ〇ウとラデ〇ッツ並みの戦闘力の差がありそうだけど」
ヒキニート兄って……。
殺されかけたとは言え、部下の兄に対するあだ名が容赦ないな(ヘタオと名付けてる俺も、人のことは言えないが)。
でも実際問題、キャリコに瞬殺されたクズオじゃ、そのキャリコを瞬殺したらしいヘタオには、奇跡が起きても勝てなさそうではあるよな。
「……それでも、アッシは……」
「心配いらねーよ。オレも手伝うからな」
「っ!」
ラオがクズオの右隣に立って、そう言った。
「オレもお前の兄貴には大事な仲間をやられてんだ。ダメだって言われても、オレも北に行くぜ」
「……百合マッチョさん」
百合マッチョさん!?
どこのウザメイドだよ!?
「ただし、オレはお前の兄貴を殺す気でいくからな。文句は言うなよ」
「……わかりやした」
「では私達六人も、大事な同僚のために一肌脱ぎましょうかね」
「っ! 伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンズ……」
六つ子がクズオの左隣に立って、そう言った。
クズオは、思わず眼から溢れそうになったものを隠すために、上を向いた。
「よし、いいぜ。では北の防衛は、この八人に任せる」
「へい!」
「姐さん! オレの活躍を見ててくださいね!」
「いや、ウチはそっちには行かんから、直接は見れんけど……」
「そんじゃ次は南の防衛担当を決める。南は、ちっこいズの三人に頼みたいんだが、いいかな?」
……ほう。
そうきましたか(誰?)。
南は確か、伝説のボディビルダーアーノルドマッチョアブマッスルとかいう、ゴリマッチョのイケメンが指名されてたはずだ。
三人の体積を足しても、ゴリマッチョには及ばないくらいの体格差があるけど、大丈夫かな?
伊田目さんのことだから、何かしらの狙いがあるのかもしれないが。
「お任せください! ちっこいズも、佐賀のゾンビアイドルには、敗けてられませんからね!」
「パパっとやっつけちゃうよ!」
「アタチもアタチもー!」
「……でも、多魔美とマヲちゃんはともかく、真衣ちゃんは普通の人間なんだから、戦うのは危なくないかい?」
俺は当然の心配を口にした。
「ハッ! お兄さん! 私のことを、そんなに心配してくれるんですか……!? 私もう、死んでもいいです!」
「いやだから死なないでよ。真衣ちゃんは簡単に自分の命捨てすぎだよ」
こっちの身にもなってよ。
「フフフ、マイシスターも、堕理雄には言われたくないと思うけどね。安心して堕理雄、これならいいでしょ?」
「え?」
沙魔美が指をフイッと振ると、真衣ちゃんの全身は、前にマヲちゃんがいる異世界に行った時に着ていた、ナイトの様な重厚な鎧で包まれた(※29話参照)。
おおっ!
「これならちょっとやそっとの攻撃じゃ、傷一つ付かないわよ」
「で、でもこれ、前も言いましたけど、ゴツくて可愛くないからヤなんですけど私!」
「いや、真衣ちゃん、それ、とっても可愛いよ」
「えっ!? お、お兄さん、いいいいい今何と!?!?」
「とっても可愛いって言ったんだよ」
「ハウッ!!」
真衣ちゃんは顔から湯気を出して、その場に倒れそうになった。
それを慌てて、多魔美とマヲちゃんが支える。
真衣ちゃんには悪いが、真衣ちゃんは何故か俺が褒めると素直になる傾向があるから、今回はそれを利用させてもらったよ。
たとえ格好がアレでも、可愛い妹を傷付けさせないこと以上に、優先されるべきことなどない。
そのためなら、俺も喜んで詐欺師になろう。
「よーし、次は西な。西は玉塚歌劇団の三人に任せようと思う」
ほうほう。
西に向かってるのは、伝説のホストピンドンシャンパンタワーアフターボトルキープっていう、いかにもチャラそうなイケメンだよな。
あいつは若干玉塚さんとキャラが被ってる気がするけど、まさかそんなことが理由で選んだんじゃないですよね伊田目さん?
まあ、今や大抵の兵器は具現化できる玉塚さんが率いる玉塚歌劇団なら、どんな相手でも互角以上に戦えるとは思うが。
「ハッハー! ボク達はどこでも構いませんよプロデューサー! 真の役者は、演じる場は選びませんからね! いくぞ、琴子、咲羅!」
「「はい、座長!」」
うん、ここは多分、大丈夫だろう。
「そんで東は俺達忍者チームが担当する。いいな? 未来延」
「はいはい、しょうがないですねー」
え?
「い、伊田目さん、その……お言葉ですが、東はお二人だけで担当されるんですか?」
東は伝説の殺し屋キラージャックファントムアサシンっていう、ナイスミドルで無精髭のイケメンが向かってるはずだ。
実は俺は、個人的にはこのオッサンが一番ヤバいと思っている。
何せ『伝説の殺し屋』だ。
あの飄々とした雰囲気の裏に、どんな冷徹な顔と暗殺術を隠し持ってるのかわかったもんじゃない。
「ハハ、お前の言いたいことはわかるぜ普津沢。俺と未来延だけじゃ、あの伝説の殺し屋には勝てなさそうだってんだろ?」
「い、いえ、その……」
「心配は無用だ。言ったろ? 忍者チームが担当するって。ここにいる忍者は、俺と未来延だけじゃない」
「は?」
それって、どういう……。
「出番だぜ、イチ」
「御意」
「「「!!」」」
突然伊田目さんの右腕のイチさんが、伊田目さんの影の中から現れた……ように見えた。
アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?(お約束)
この人、今までどこにいたんだ!?
ここは遥か上空の、飛空艇の中だぞ!?
「みんなに紹介しよう、こいつは俺の右腕のイチだ」
「はじめまして、イチです」
イチさんは、素っ気なく自己紹介した。
俺達に多くを語るつもりはないらしい。
まあ、忍者なら当然か。
「これでこっちは三人。流石に三対一なら勝てるだろ。何なら、ジェットスト〇ームアタックを仕掛けてもいいしな」
「いや、むしろそれを仕掛けるのは負けフラグですよ?」
最近やってたアニメでも負けてましたし!
「カッカッカ。まあ、それに暗殺術なら、忍者だって負けちゃいねーよ。見せてやるよ、忍者の矜持ってやつを」
っ!
普段は常にニコニコしている伊田目さんの表情が、一瞬だけ暗殺者のそれになったような気がした。
「それに俺にはとっておきの秘策もあるしよ。ま、結果は楽しみにしててくれや」
「……わかりました」
どちらにせよ、素人の俺が口を挟めることじゃないしな。
ここは伊田目さんを信じよう。
「と、いうわけで、大ボスのエストは沙魔美ちゃんとピッセちゃんの、地球側の戦力ツートップに頼むぜ」
「フフフ、カマセなんていなくても、私一人で十分ですけどね」
「ピッセや! そないなこと言っとると、ホンマに手伝わんぞ魔女!」
「そうだぞ沙魔美! ただでさえ相手は最強の魔女なんだ。ラデ〇ッツと戦った時のゴ〇ウとピッ〇ロさんみたいに、ちゃんと協力し合えよ」
「フン。じゃあいざという時は、カマセがあの女を羽交い絞めにしてる間に、私の魔貫光〇砲で諸共貫いてあげるわ」
「ウチが貫かれる側なんか!? ウチはどっちかいうたらピッ〇ロさんポジやろ!?」
「まあまあ、喧嘩はそれくらいにしてくれよ二人共。――で、普津沢と菓乃子ちゃんは、沙魔美ちゃんとピッセちゃんを、精神面でサポートしてあげてほしいんだ」
「「!」」
なるほど。
流石伊田目さん。
俺と菓乃子に、ピッタリの役割を与えてくれる。
「了解です伊田目さん。俺が全力で支えます」
「わ、私も……本気で応援します!」
「フフフ、これで勝ち確フラグが立ったわね。二人が側にいてくれるなら、私は元気100倍、沙魔パンマンよ!」
「イヨッシャー! あのバイキンウーマンを、ウチが宇宙の彼方までブッ飛ばしたるわ!」
「と、いうわけで、こんなのはどうかしら?」
え?
沙魔美が指をフイッと振ると、俺の服は応援団風の学ランに、菓乃子の服は布面積が少ないチアガール衣装に変化した。
ファッ!?
「キャアッ!? さ、沙魔美氏、何この格好!?」
「ディ・モールト(非常に)よしッ! 我ながら秀逸な応援衣装ね。さながら、菓乃マエールってとこかしら」
「えぇ……」
「ウオオォォッ!! やるやんけ魔女ー!!!」
「でしょでしょー」
沙魔美とピッセは、熱いハイタッチを交わした。
……まあ、菓乃子には悪いが、期せずして二人の心が一つになったのは僥倖だ。
今の沙魔美とピッセなら、不可能を可能にしてくれるかもしれない。
何にせよ、俺にできるのは二人を応援することだけだ。
戦いが始まったら、喉が潰れるまで檄を飛ばしてやるぜ。
「これで準備は全て整ったな。――では只今より、西の魔女討伐作戦を開始する。各自、健闘を祈る!」
「「「オオッ!」」」
伊田目さんの号令で、俺達は一斉に鬨の声を上げた。
これにて賽は投げられた。
後はこの戦いの行方は、神のみぞ知るといったところだろう。
「そんじゃ沙魔美ちゃん、お手数だけど、各員をそれぞれの持ち場に魔法で転送してくれるかな」
「了解ですわ服部シェフ。各戦場の半径1キロ以内には、人払いの魔法を掛けておきますから、各々全力を出しても大丈夫ですわよ」
「それは助かるぜ」
「ああそれと」
「ん? 何だい」
「各地の戦況の伝達役がほしくはありませんか?」
「ああ……まあそりゃ、いれば助かるけどね」
「フフフ、私にお任せください」
そう言うと沙魔美は、俺のほうを見ながら指をフイッと振った。
すると俺の目の前に、俺とまったく同じ格好をした分身が四体出現した。
「「「「「なっ!? 沙魔美! 何だよこれは!?」」」」」
っ!
流石俺の分身達。
ツッコミも綺麗にハモッたな。
「その四体の分身は本体の堕理雄と意識が繋がっているから、東西南北に一体ずつ、伝達役として派遣しましょ」
「「「「「……えぇ」」」」」
それって俺、五倍大変ってこと?
……マジかぁ。