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第135魔:お任せください

「アハッ、ギリギリセーフだったね沙魔美くん。危うく不戦敗になるところだったよ、君」


 オーゼットはにこやかな表情のまま言った。


「フン、何言ってるのよ。大方私がギリギリで間に合うことも計算通りだったんでしょ、バブ君?」

「アハッ、どうだろうね」


 ……オーゼットのことだ。

 多分そうなんだろう。

 今思えば仰々しい選手入場コールも、時間稼ぎの一種だったのではないかとさえ思えてくる。

 そもそもオーゼットは自身を楽しませるための余興としてオーワングランプリを開いたのだから、選手の一人である沙魔美が不戦敗になったら興醒めだもんな。


「ところで沙魔美、畜城は会得できたのか?」


 これだけは確認しておかないとな。


「フフフ」

「……?」


 沙魔美は不敵な笑みを浮かべている。

 これは……どっちだ?


「フフフフフフ」

「え? さ、沙魔美?」


 だからどっちなんだよ!?


「ハハハハハ。ハーッハッハッハッハッハッハ」

「沙魔美! オイ、沙魔美!!」

「……ダメでしたわ」

「っ! エスト!?」


 エストは深い溜め息をついた。


「あと少し……、あと少しというところまではきていたのですが……。このワタクシともあろうものがコーチについておきながら……。無念ですわ」

「そ、そんな……」

「申し訳ございやせんエスト様。アッシがもっとシッカリしてさえいれば」

「そうよこの引きこもり執事が! あんたがオタサーの姫とイチャイチャしてばっかだったから、私の修行時間がガリガリ削られてったんじゃない!」


 っ!?


「い、いえ、お言葉でやすが、エスト様の身の回りのお世話は、アッシの最重要任務でやすから……」

「オーホッホッホッホ! そうですわよ東の魔女さん。自慢ではありませんが、ワタクシ一人では着替えもままならないんですもの。伝説の上級魔獣インフィニティデスフレイムドラゴンは、一日平均15時間はワタクシに付きっ切りですのよ」

「何しに来たのよあんた達ッ!!」


 ホントだよ!

 ……えぇ。

 つまり沙魔美はバカップルがイチャイチャしてるのを横目に、ほぼ自主トレで一ヶ月もの間過ごしてたってこと?

 それは最早魔法の修行ってよりは、どちらかと言うと精神修行じゃないか?

 ……なんてこった。

 つまり沙魔美は、この過去最高に過酷な戦いになると思われるオーワングランプリを、畜城なしで勝ち抜かなくてはならなくなったのか……。


「アハッ、それは残念だったね沙魔美くん。でも流石にこれ以上は待ってあげられないよ」

「わかってるわ。畜城なんかに頼らなくても、私がナンバーワンだってところを見せてやるわよ」


 沙魔美は右手の人差し指を、天高く掲げた。

 ……沙魔美。


「アハッ、アハハハッ、アハハハハハハハッ。やっぱり沙魔美くんは面白いね」


 オーゼットは心底楽しそうだ。


「――さてと、ではみなさんお待ちかねのようだし、早速第一試合の組み合わせを抽選するよ」


 オーゼットがステッキでコツンと地面を突くと、オーゼットの目の前に穴が開いた正方形の箱が出現した。


「対戦の組み合わせは、毎試合ごとに僕がこの抽選ボックスでランダムに決めるからね。直前まで対戦相手はわからないってわけさ」


 なるほど。

 それじゃあらかじめ対策が立てづらいな。

 臨機応変さが求められるわけか。


「ではまず一人目を決めるよ」


 オーゼットは抽選ボックスに手を入れ、程なくして引き抜いた。

 するとオーゼットの手には、手のひらサイズのボールが握られていた。

 何やらそのボールに名前みたいなものが書いてある。


「ふむふむ、記念すべき初戦の一人目は――マヲくんだね」

「「「っ!」」」

「ふええ? アタチー?」


 マヲちゃんが露骨に不安そうな顔になった。

 確かにマヲちゃんがそんな顔をするのももっともだ。

 ただでさえラスボスクラスの連中ばかりがひしめき合う中で、トップバッターに選ばれてしまったのだから、プレッシャーも相当なものだろう。


「アハッ、さて、マヲくんの相手は誰かな~」


 オーゼットは続けて二つ目のボールを取り出した。


「オッ、これはこれは――エリアスくんか」

「「「っ!」」」

「本日の見せ場~!」


 どこかで聞いたことがあるような台詞を発しながら、ボヤッキ――もとい、緑の全身タイツのエリアスが一歩前に出た。

 早速伝説中の伝説の宇宙海賊マージドロンアクダマオジャマミレンの一人が出てきたか。

 正直元ネタの人的に、生身では然程強そうには見えないんだけど、実際はどうなんだろうか……?


「アハッ、では、対戦者以外は一旦下がってもらうよ」


 オーゼットがステッキでコツンと地面を突くと、マヲちゃんとエリアス以外の選手は、全員俺達の後ろ辺りの席に転送された。


「よいしょ、っと」

「なっ!? 何するんですか悪しき魔女!?」

「沙魔美!?」


 そんな中、沙魔美は真衣ちゃんをヒョイと抱きかかえて、そのまま真衣ちゃんが座っていた俺の隣の席に陣取ったのだった。


「は、放してください! ここは私の席ですよ! あっ! 私の頭の上に胸を乗せるのはやめなさいッ!」

「まあまあいいじゃないマイシスター。私は常に胸の重さに悩まされてるから、こうしていると楽なのよ。まあ、マイシスターにはわからないでしょうけど」

「クソがあああ!!!」


 ……またやってるよ。

 これからマヲちゃんの真剣勝負が始まるんだから、ちゃんと応援しろよ。


「アハッ、試合を始める前に、簡単にルール説明だけさせてもらうね」


 っ!

 そういえばまだルールを聞いてなかったな。


「ルールは至ってシンプル。使、相手を場外に落とすか、降参させるか、戦闘不能にするか――もしくは勝ちだよ」

「「「っ!!」」」


 こ、殺すのもアリなのか……。

 これは最早完全に、古代ローマのコロシアムで戦っていた剣闘士だな。

 自らの命を懸けて死闘を繰り広げ、観客を魅了したという……。

 実際オーゼットは、心待ちにしていた新作映画が上映される直前の子供みたいな顔で、闘技場を見つめている。


「アハッ、というわけで、両者共に健闘を祈るよ。それでは第一試合――始め」


 ――ついに始まってしまった。

 宇宙史に残る、オーワングランプリが、今。




「全国の女子高生の皆さ~ん!」

「「「!」」」


 エリアスが高らかに声を張り上げた。

 元ネタの人よりも範囲が広がっている!?

 オイやめろって!

 昨今はコンプライアンスがいろいろと厳しいんだから、せめて中学生は外せよ!(高校生も余裕でアウトだが)


「アタクシの華麗なる劇闘に、注目してちょーよ」

「アタチは女子中高生じゃないから!」


 マヲちゃんが指をパチンッと鳴らすと、地面からヌルヌルした無数の触手が生えてきて、エリアスを縛り上げた。

 おお!

 相変わらずオッサンの触手プレイは絵面がエグいが、これでマヲちゃんが大分有利なはずだ。


「オホホ~、本日の見せ場~!」


 お前それさっきも言ってなかったか!?

 何回見せ場あんだよ!?


 パシャン


「「「っ!?」」」


 すると信じられないことに、エリアスの全身は水になってその場で崩れてしまった。

 当然マヲちゃんの触手も、縛り上げる対象を失って右往左往している。


「あ、あれは……」

「アハッ、エリアスくんはね、僕が、『水人間』の子孫なのさ」

「はあっ!?」


 そ、そんなこともできるのか!?

 ……いや、そういえばオーゼットは、無機物をヒト型にしたこともあったと言っていた。

 だが、まさか水さえもヒト型にできるとは予想だにしていないなかった。

 あれでは物理的な攻撃は一切効かないじゃないか!


「オホホ~、覚悟してちょーよ」

「ふえ?」


 染み渡った水からエリアスの声が響いたかと思うと、水は見る見るうちに一本の巨大な槍の形に姿を変えた。

 ニャッポリート!?


「ズシャッとな」


 ズシャッ


「きゃあああっ!」

「マヲちゃん!!」

「マヲちゃん!!!」

「マヲ叔母ちゃん!!!」


 その水の槍は水しぶきを上げながらマヲちゃんに突貫していった。

 マヲちゃんも咄嗟に避けたが、それでも肩口を掠ってしまったらしく、肩から鮮血が噴き出た。

 そんな……、あいつは自身の形体までも自在に変えられるってのか!?

 そんなのほぼ無敵じゃないか。

 これが伝説中の伝説の宇宙海賊マージドロンアクダマオジャマミレンの一員の強さなのか……。


「オホホ~、ドンドンいきますよ~」


 ズシャッ

 ズシャッ

 ズシャッ

 ズシャッ


「ああああああああああっ!」

「マヲちゃーーーん!!!」


 四方八方、上下左右からの自在な槍の乱舞に、マヲちゃんは為す術もなく斬り刻まれてゆく。

 嗚呼!

 このままではマヲちゃんの命が……!


「マヲちゃん! もういいから棄権するんだッ!!」


 背に腹はかえられない。

 元々マヲちゃんにはこの大会は荷が重かったんだ。

 後は沙魔美達に任せて、君はゆっくり休むんだ!


「オホホ~、お仲間さんはそう言ってますよ~。どうします~?」


 再びヒト型に戻ったエリアスは、挑発するように吐き捨てた。


「……ふぅ、そうじゃのう、それも悪くないかもしれんな」

「っ! マヲちゃん……」


 わかってくれたか。

 あれ?

 でも口調が、おばあちゃんモードになってない?


「――とでも言うと思ったのかこのバカ兄がッ!!」

「っ!?!?」


 えーーー!?!?!?

 メッチャ年上の妹から怒られたーーー!!!(ゾクゾク)


「わらわがこんな三下に敗けたとあっては、異世界の魔王の名が廃るわ」

「……はあ」


 でも、それでも死ぬよりはマシじゃないですかね?

 それに、とてもエリアスは三下なんて呼べないくらい強いと思うんだが……。


「……致し方ない。人前でこの姿にはなりたくなかったんじゃがな」

「え?」


 そう言うなリマヲちゃんの小さな身体は、風船みたいにボコボコと膨れ上がっていった。

 なっ!?

 何だあれは!?

 ……いや、俺はあれを一度見たことがある。

 エストの下僕の伝説のボディビルダーアーノルドマッチョアブマッスルと、マヲちゃん達が戦った時だ。

 何故今の今まで俺はそれを忘れていたんだ?

 わからない。

 何もわからないが、ただ一つ、あれは相当にだということだけはわかる。

 俺の本能がフルボリュームで警鐘を鳴らしている。

 全身の冷や汗が止まらない。

 何だあれは?

 いったい何なんだあの姿は……。


 マヲちゃんはお腹の部分に巨大な口が生えてきて、身体が肥大化するのに比例してその口も拡大していった。

 結果、最終的には全長5メートル程もあるパック〇ンの上に、幼女の上半身が乗っているような、何とも歪な形体になったのだった。


「――これがわらわの真の姿、『爆飲爆食オーダーイーター』じゃ」

「オ、爆飲爆食オーダーイーター!?」

「オホホ~!? そ、そんな見掛け倒しには、騙されないわ~! これでとどめ刺してやるわよ~」


 エリアスは直径10メートル程もある、長大な杭の形に変化した。


「グサッとな!」


 エリアスはそのまま、錐揉み回転しながらマヲちゃんに突貫していった。


「マ、マヲちゃーーーん!!」

「フハハ、

「「「!?」」」


 バクンッ


「「「!!!」」」


 マヲちゃんの腹部の巨大な口は更に更に巨大化し、エリアスの全身を一滴残らず一口で喰ってしまった。


「ご馳走様でした」


 闘技場には直径10メートル程もある、クレーターの様なものだけが残された。

 まるで巨大なスプーンで、その場だけを抉り抜いたようだった。

 ……ああ、伝説のボディビルダーアーノルドマッチョアブマッスルと戦った時も、これとまったく同じ跡が残っていたけど、こういうことだったのか。

 マヲちゃんは今回と同じように、伝説のボディビルダーアーノルドマッチョアブマッスルを、しちまったってわけか。

 これがオーゼットが言っていた、マヲちゃんがひた隠していた力だったんだな……。


「やれやれ、この姿を人前に晒すのは、汗顔の至りなんじゃがな」

「エリアス!!」

「エリアスどーん!!」


 上司であるリーブルと、同僚であるターラスの悲痛な叫びが木霊した。


「……おのれ、マヲとやら、必ずエリアスの仇は取るから、覚悟しておきなよ」


 リーブルはマヲちゃんを、猛獣のような眼で睨みつけた。


「フハハ、心配せんでも、あの男は死んではおらんよ」

「何だって!?」


 えっ?


「わらわの爆飲爆食オーダーイーターで喰われた者は、この世界のどこかに自動で転送されるんじゃ」

「そ、そんな!?」


 そうだったの!?


「ま、もっともわらわでも、どこに転送されたかまでは把握できんがな。生きてさえいれば、いずれ再会することもあろうよ」

「……そうかい」


 正直マヲちゃんが言っていることがどこまで真実なのかは誰にもわからないし、そんなことはリーブルも百も承知なのだろうが、リーブルは一旦矛を収めた。


「凄いよマヲちゃーん!!」

「マヲ叔母ちゃんやったー!!」


 が、ちっこいズの二人は、変わり果てたマヲちゃんの真の姿を、あっさりと受け入れたようだった。

 流石普段から共に血と汗を流してきたメンバーだけあって、これくらいのことでは信頼は揺るがないらしい。

 ホント良いトリオだな、この三人は。


「アハッ、初戦に相応しい、手に汗握る素晴らしい勝負だったね。――勝者は異世界の女魔王、マヲくん。コングラチュレーション」


 オーゼットはオーバーリアクションでマヲちゃんの勝利を祝福した。

 ホント楽しそうだな、この創造神様は……。


「では時間も押しているので、早速だけど第二試合を始めよう」


 オーゼットは抽選ボックスに手を入れた。

 ケツカッチンなの!?

 もしかしてここって、貸しスタジオ的なものなの!?

 さっきからちょくちょく創造神様の庶民派なところが垣間見えるな……。


「さてと、一人目は――ターラスくんだね」

「「「っ!」」」

「オッシャー! エリアスの仇討ったるでー!!」


 ターラスが雄々しく吠えた。

 早くも伝説中の伝説の宇宙海賊マージドロンアクダマオジャマミレンの二人目が選ばれたか。

 先程のエリアスの実力からして、ターラスも相当な力を持っていると思われるが……。


「アハッ、さて二人目は~、おお、来た来た――ノーズェくんだ」

「ふ……ふふ……、お任せくださいオーゼット様」

「「「!!」」」


 出たか。

 優勝候補の一角、最凶の魔女ノーズェ。

 むしろ沙魔美のためにも、ここでノーズェの畜城がどんなものなのか確認しておきたいところではあるが、果たして……。


 次回、「オーワングランプリ第二試合、ターラス対ノーズェ!?」。デュエルスタンバイ!

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