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第16話

「確かに序盤戦は劣勢だが、まだ袁紹には四十万の大軍があるぞ」


「ああ。しかし戦は兵力のみではあるまい。独断専行する将軍や、個の感情がそのまま意見の対立になっている参謀ども。これらを纏めきれず、決断が右往左往する君主。これで勝てるほど曹操とその配下は甘くはあるまい」


「へへ、戦下手の兄者が語ってらぁ」


 張飛は劉備の言葉に納得したが、小馬鹿にしたように大口を開けて笑った。


「とりあえず、袁紹に報告だけはいたそう」


 劉備も釣られて笑ったがすぐに冷静な顔つきに戻した。


「だが、どうやってここを去る?」


「荊州の劉表への使者が良いかと思う。腰の重い劉表を説得し、曹操の背後を突かす、と」


「ふーん……まっ、こんな頭を使う策なんかは兄者に任すさ」


 劉備主従は船の上で開けっぴろげに話しながら、黎陽の袁紹の本隊へと向かった。


 到着するころにはすっかり日も落ち、袁紹の本陣から漏れる大小の灯りが川面を照らしていた。


 時には宴会のような楽しげな声や音楽が聞こえ、戦の最中とは到底思えない緊張感の無さであった。


「抑えよ」


 袁紹の幕に到着した劉備は、振り返らず後ろに立つ張飛に注意を促した。


「ふん、わかってらぁ」


 張飛は怒気を含んでいた顔を自身でなだめ、拗ねたように言い放つ。


 劉備はそれを確認するかのように無言で頷くと、幕の入口を乱雑に開け広げた。


 一斉に皆が入口を注視する。賑やかな場が静まりかえる。


「これはこれは劉備殿。今お戻りかな?まずは一献差し上げようではないか」


 ほろ酔い加減の袁紹は劉備を労うかのように酒を勧めた。劉備は歯を食いしばり、両方の拳を固く握りしめて、憤懣を抑えこんだ。


「顔良殿、文醜殿は討死、戦は敗北。とても喜ぶ気持ちになれません」


 劉備の言葉で座は再びざわめきだした。


「文醜が討たれただと?」


 袁紹の顔色が変わる。だがその一言を聞いた劉備の顔色は袁紹以上に変化した。


「戦場なのに偵察も出してないのか!しかも我らが命を賭している最中に宴など……話にならん!失礼する」


 劉備はこの人物にあるまじき声で怒鳴り散らすと、踵を返し立ち去った。


 劉備が去るとすぐ袁紹も席を立った。そのまま宴は終了となり、夜は更けていった。


「劉備殿、劉備殿」


 夜半皆が寝静まったころ、劉備の幕には客が訪れていた。張飛は蛇矛を構え、不意の襲撃に備え息を潜める。


「どなたかな?」


 劉備は客と同じように、ささやくような小声で対応した。


「某は沮授でございます」


「沮授殿?」


 袁紹の軍師である沮授が何をしにきたかわからないが、とりあえず幕内へと通した。


 人目を忍ぶように素早く幕内に入るなり、沮授は深々と頭を下げた。


「袁紹様に成り代わり謝罪いたします」


「いや、もうよいのです。明日にでも我らはここから去ろうと思います」


「恥ずかしくて引き止めることもできません。どちらに向かわれるのですか?」


「劉表殿を頼ろうかと」


「荊州ですか。その前に一つお願いしたいことがあるのですが」


「なんですかな?」


「荊州に向かう前に汝南に立ち寄ってもらいたい。そこでは劉辟りゅうへきという男が許都を強襲すべく反乱を企んでいる。これに手を貸してもらえないですか?」


「ほう、官渡に兵力が集中している今、後方を突ける勢力があるのは大きいですな」

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