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第17話

「お引き受け願えますか?」


「まあ荊州に向かう途中立ち寄る程度で良ければ」


「ありがとうございます。これは袁紹様よりの詫びの案でございます。兵も三千ほど用意するとおっしゃっておりました」


 劉備にとっては袁紹の陣を離れる正式な理由が出来、断る必要など全くない。


 袁紹にしても、あれだけ多数の将の前で叱咤されたのでは君主の面目に関わる。


 事実、袁紹は幕に引き返した後、劉備に対して相当な怒りを覚え、罵り続けていたのだった。


 沮授は劉備の意見に賛同していた。


 弛みきっている将らには良い刺激となったであろう。沮授もそうだ。


 だが袁紹におもねる輩も少なくない。


 郭図を始めとする多数の参謀らが劉備の悪口を吹聴すると、一部の親劉備派を口撃する。


 それはそのまま、袁紹の後継者争いの派閥にも別れるのだが、戦陣において、軍団を分裂させるわけにはいかない。


 そのために沮授は、火種となり得る劉備を遠ざけようと試みた。


 幸いにも汝南の劉辟が反曹操で立ち上がるための援助を求めていたので、劉備派遣を袁紹に進言したのだった。


 その沮授の案を袁紹からの詫びの印として、君主の顔を立てることも忘れなかった。


「袁紹殿の心遣い感謝致します」


 劉備はそうは言ったが、即座に沮授の案と悟った。


 心や器が大きいように見せかけてはいるが、実際は猜疑心の強い袁紹にこのような案が出せるはずがない。


 だが沮授が心を折って、君主の面目を立てているのだから、劉備もそこは素知らぬふりをしていた。



 翌朝早くに、劉備は三千の兵とともに汝南へ向かった。


 まだ夜も明け切らぬ内に兵を集め、警護の兵に袁紹への伝言を伝えると、そのまま南の方角へと下っていく。


 劉備の放浪の旅が再び始まった。





「父上、このような進軍では決戦に間に合わないのでは?」


 信忠は懸念していた。あまりにも進軍が遅すぎる。


「決戦に間に合う必要はなかろう。我らは袁紹の背面を突ける位置を保てば良い」


「しかし……」


「心配いたすな。少ない兵力で大功を上げれば良いのだ。決戦に本格的に巻き込まれては、再起できぬほどの損害を受けるやもしれぬ」


 信長の言うことは正しいと思う。だがそれでも釈然としない。


 信長はそんな様子の信忠を若いな、と思いつつも指令を与えた。


「信忠、袁紹軍の急所を探るぞ」


 悶々としていた信忠には朗報である。目には光が差し込み、湿りがちだった表情に晴れ間が広がる。


 信忠はすぐさま密偵を放ち、自身も弥助を引き連れ偵察にあたった。


 官渡方面に結集中とはいえ敵地である。用心を重ね、街道を避け、任務を続けた。


 しかし、ところどころに簡易な関や集落はあるが、袁紹軍の影は薄い。


「やはり官渡へ出払っているのか」


 小声で呟き弥助を見やると、弥助はやや緊張めいた様子で呼吸をしていないのではないか、というくらいに潜んでいる。


(よもや敵か?)


 信忠も同じように息を潜め、弥助の視線の先を見る。


 見える影はたった一騎のみ。


「アレハ……」


 弥助の緊張感が一気に解け、安堵の表情を浮かべる。


 影が近づくに連れて、信忠にもその理由がわかった。


「趙雲殿!」


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