馬に跨る凛々しきその勇姿は、まさしく趙雲であった。
信忠と弥助は茂みを掻き分け、街道に出ると、趙雲に向かって大きく手を振る。
「信忠殿、弥助殿。まさかここでお目にかかれるとは」
「同感だ。無事であったか?」
「貴殿の部下に助けられました。ですが……」
趙雲の端麗な顔に影が差す。
「皆、趙雲殿に心酔し、貴殿を生かすべく命を賭したのだ。気を落とさず、彼らの分まで生き抜いて欲しい」
趙雲は目を潤ませながら、信忠に頭を下げた。
「積もる話もあろう。本陣へ案内いたす。そこで一息つかれるが良かろう」
「ありがたい。お言葉に甘えます。それに信長殿にお尋ねしたい儀もございますので」
趙雲の表情が一瞬引き締まったのを信忠は見逃さなかった。
「うむ、それは父上に尋ねたいのだな?」
「はい」
信忠はこのことに関してはそれきり一切問いただすことなく、本陣までの道中を共にした。
途中、信忠と別れたその後のことや松永久秀の最後の話をしながら進んだ。
「趙雲殿、あそこが本陣ですぞ」
本陣が見えてくると、趙雲は口数を減らし、真剣な顔で、その奥にいるであろう信長を見つめていた。
「父上、趙雲殿が戻りましたぞ」
信忠ははしゃぐ子供のような笑顔で信長に報告した。
「生きておったか」
信長も趙雲の姿を確認し、安堵の表情を浮かべる。趙雲は片膝を地につけ、視線を下げたままの体勢で、
「勝手な行動をし、兵を失ったことをまずは謝罪致します」
と、信長に謝した。
「して、久秀はいかがしたか?」
「松永久秀は討ち取りました。また信長殿よりお借りした兵らに私の命を救われました」
「そうか」
信長は一瞬寂しげな顔をした。敵とはいえ、その才と野心は信長にとって好ましいものであり、出来ることならこの世界での覇業にも手を貸してもらいたいと思っていた部分もあったのだ。
「ご苦労であった。褒美を取らそう」
「いえ、私の単独行動により兵を失い、褒美などとても頂けませぬ。ただ、許されるならば私の問いに答えていただきたい」
趙雲は伏せていた顔を上げ、信長を睨みつけるように見た。
「良かろう」
「では。信長殿は罪もなき民を大量に虐殺したと松永が話しておりましたが、それはまことですか?」
「嘘……とは言えんな」
信長の言葉にはためらいや戸惑い、後悔などが全く感じられない。そのことに趙雲は激高した。
「なぜ……なぜ民を虐げたのですか?」
「民を虐げたわけではないぞ。宗教により死への恐れをなくし、武器を手に立ち上がり、儂らに刃向かったためよ。それを虐げたと言うのならば趙雲よ、この民らの反乱いかに対処すればよい?」
趙雲は口を閉ざした。
「女子供と侮り、討たれた将兵、民だとてごまんとおるのだ。誰が敵とはっきりわからぬ以上、怪しきは全て刈るのが普通に暮らす民のためではなかろうか」
信長の口調は穏やかで優しかった。
「なるほど、考え方は理解できます。ですが、全ての民を救う手段もあるはずです。例えば劉備殿ならばその方法を模索し、行動するでしょう」
趙雲はうなだれつつも反論を試みた。
「それは甘過ぎるのではないか?全ての民を救う、理想としてはなんの申し分もない。だが現実を見よ」
信長なりの答えを出さず、趙雲自身の解答を導く。
「甘いと言われようと、私は理想にすがり戦っていきたい」
「劉備ならばそれができる、と?」