「呂蒙、利三、頭を上げよ」
二人の頭上から、力強さの溢れる声が届いた。呂蒙と利三は顔を上げ、孫策を見上げる。
「やはり堅苦しいのは俺に似合わんな」
孫策は壇上から飛び降りると、二人に近寄り、光秀の手を取った。
「呂蒙、君の働きに期待しているぞ。利三、呂蒙の補佐を頼むぞ」
輝く瞳に見つめられ、二人は気圧されたが同時に孫策が人を惹きつける魅力を感じ取った。
呂蒙は軍議場の末席に案内され、席に着き、利三は呂蒙の後ろに立ち待機する。
「では軍議を始める」
進行役は周瑜のようで、他国情勢が伝えられていく。
なかでも、袁紹と曹操の争いの件は、皆息を呑み真剣に耳を傾けていた。
どちらが勝つのかまだはっきりとしていない状況である。
「どちらが勝っても、疲弊の度合いはひどいもんだろう。我らはそこを突いていけばいい」
孫策は全く意に介してないようである。放たれる言葉はいい加減なようであるが、なんとも言えない心地よさが光秀の心奥をくすぐる。
それからしばらくの間、何事もなく平穏な日々が続いた。光秀と利三の警護はいささかの抜かりもなく、逆に孫策が窮屈に思うほどであった。
孫策の近くで接しているだけに、君臣の間柄と言えども、かなり打ち解けることができた。
孫策は呂蒙と同じように光秀の腰の刀に興味を示し、また利三には故郷のことを寝る間も惜しむ尋ねようであった。
そして運命の日を迎える。
孫策はいよいよ許昌に兵を進めるべく、大号令をかけていた。
長江には水上都市があるがごとく、大小様々な船が浮かび、漢帝を救うという使命を帯びた兵らの士気は、天に立ち上ろうかの勢いである。
これほど大規模な遠征軍ともなると、周瑜以下の諸将は皆慌ただしくかけずり回り、それは光秀と利三も例外ではなかった。
「ふあぁ……」
皆が忙しそうな中、孫策は一人自室であくびをしていた。
「呂蒙も利三も構ってくれん。退屈だな」
窓から外を覗く。
「だが……あいつらがいると窮屈で仕方ないからな。久々に羽を伸ばすか」
ほくそ笑んで独り言を呟くと、軽装で部屋を出、そのまま外へ、まるで朝日に向かうかのように飛び出していった。
「孫策様入りますぞ」
光秀が孫策の部屋を訪れたのは正午近く。細々とした雑務に追われ、ようやくひと段落して落ち着いた時であった。
だがそこには、いるはずの孫策の姿がない。
光秀は顔面蒼白となった。今日の孫策の予定は何もないはずである。
孫策の部屋を蹴破るように出ると、会う人会う人全てに孫策を見かけなかったか尋ねたが、光秀が求める解答は得れなかった。
「利三!」
光秀は利三の姿を発見すると慌てて駆け寄り、
「孫策様を見なかったか?」
と、息を切らして尋ねる。
光秀を落ち着かせ詳細を聞くと、利三はすぐに自軍から捜索隊を編成し、本陣周辺を捜索するよう命じ、自身は光秀と周瑜の下へとおおわらわで走りだした。
「何っ!孫策様が行方知れずだと!」
周瑜もその報を聞くと怒り心頭で怒鳴った。
「主だった将らに孫策様の行方を尋ねさせ、捜索させよ」
周瑜らしからぬ取り乱し様に配下の兵らは戦々恐々としていた。